第36工程 「罰を与えないとね」

 次の日。登校途中に毎日聞いていた、煩いくらいの声は全く聞こえない。聞こえるのは街の喧騒だけ。

 まるで、アイツの居場所がすっぽりと抜け落ちたようだった。

 いや、元々、アイツの居場所はココじゃなかった。それが当たり前だったのに、なんだか、あの光景に慣れてしまったみたいだ。


「おっはよー!」

「はよはよー!」


 俺がボーっとしながら歩いていると、後ろから宮前兄妹の突撃を喰らう。


「っつー……」


 昨日の腰の痛みはまだ取れていない。背中に突撃された為、痛みが全身を駆け巡って俺は道端で蹲る。


「どうしたの? お腹でも痛い?」

「拾い食い?」

「違います。昨日、強打したところを攻撃されたからです」


 俺は痛みが走らないようにゆっくりと立ち上がる。すると、宮前妹が辺りをキョロキョロと見回していた。


「あっれぇ? 語り部君は?」

「そういえば、見ないねぇ」

「あー、夏水は……」


 例のことは三人だけの秘密だ。俺は、ここをどうやって切り抜けてやろうかと必死に頭を動かす。


「す、ストライキらしいですよ。ストライキ」


 俺の言葉に首を傾げる宮前兄妹。しまった、逆に怪しまれるような言葉だったろうか。


「兄ちゃん、ストライキってなぁに?」

「賃金の値上げを要求するのに、仕事をしないことだよ」

「なぁるほど、語り部君は、お金が欲しいんだね!」


 宮前兄が宮前妹に説明してあげると、やっと納得してくれた様子。あー、なんだ、ストライキの意味が分からなかっただけなのか。


「で、何時ストライキ終わるのかなぁ? 流石に1週間後には終わるよね?」


 宮前妹の質問に俺は目を背ける。


「いやぁ、アイツは何時終わるか言わなかったので、納得するまでじゃないですかねぇ」

「えー。折角、実況しがいのあることが起きるのに?」

「えーっと……」


 ダメだ、この後に言えるような言葉が思いつかなかった。

 アイツなら、上手くかわしたのかな? そう思うだけで胸が痛んだ。



 昼はモデリング部で活動、夜はマスターの店で三人だけの作戦会議の毎日だった。


「クラップス星人はここらへんを拠点にしているとの報告があったが、残念ながら中に人間が入っていったという報告は無かった」


 マスターは、県内が描かれた地図を取り出してバッテン印をつける。クラップス星人に関する情報があった場所に印を付けているのだ


「結構、目撃情報があるみたいですね」


 ここ2、3日でクラップス星人に関する情報が増えてきた。おかげで地図も真っ黒になりそうな勢いである。

 それだけ、相手方も活動的になっているということだろう。


「あと気になる情報が一つ。自衛隊の基地からクレポンが500キロほど無くなったらしい」

「500キロって結構な量ですよね。もしかして……」

「あぁ、クラップス星人がクレポンを使って兵器を作っている可能性がある」


 おれは、戦いがそう簡単なものでは無いという事を実感する。でも、ちょっと待てよ。俺は一つの矛盾点が頭を過ぎる。


「レシピがあればクレポンが作れるはずなんですよね? 何で軍からクレポンを盗んでクレポンを作る必要があるんでしょう?」


 もしかして、真のレシピが相手の手に渡ってないのでは? そんな期待が過ぎったが、


「既存のクレポンに何かを混ぜ合わせるという作戦かもしれないからな」


 先生の一言で、淡い期待が落胆へと変わる。


「はぁ……、こんな俺に助けることなんて出来るのだろうか」


 不安でいっぱいの俺は、次第にやる気さえ失いそうになっていた。


「何弱気になってんだ。助けるって決めたんだろ? ほれ、これでも飲んで元気出せ」


 マスターが差し出したのは、パンダが描かれた立体ラテアートだった。


「パンダぁぁぁあああああ。飲むのが勿体ない……」

「欲しかったらおかわりあるぞ、今は景気づけにグッと飲め」


 マスターは促されるがままにラテアートをグイッと一気飲みした。

 中はどうやらココアだったらしい。甘いチョコの味がした。


「きっと、助けるって気持ちがあれば、山吹の本領も発揮されるはずだ。絶対出来る」


 先生の励ましで、俺はきっと助けられるような気がしてきた。



 そして、運命の日。俺達モデリング部は、茶山陣学園のモデリング部司令室でその時を待っていた。

 俺は、サポートサイドにとりあえず回って、夏水の姿を見つけ次第、外へ駆け出していくという手筈になっていた。その為、監視カメラの映像をくまなく見張っていた。

 きっと、何かしらの交渉材料に夏水を囮にする。それが、俺達三人の見解だった。



『ウオォォオオオオオーーーーーン』



 来た。サイレンの合図でクレポンたちが一斉に発射台から放たれていった。

 あちこちでドシンドシンと交戦の音が聞こえる。


「格段に強くなってますね……」


 静流副部長に焦りの声が漏れた。

 やっぱり、真のレシピが相手の手に渡ってしまったのか。だったら、夏水はもしかしたらもう……、

 そんな不安を拭い去りたいが為に、懸命に監視カメラを確認する。


「おい後輩、何をそんなに探してい」

「塩原先輩は黙っててください」

「……はい」


 俺は切り替えスイッチを駆使しながら映像を確認する。すると、


「居た!」


 学園高等部の屋上に、夏水と菜音の姿があった。

 何やら揉めているような感じに見えるのだが、生憎、音声までは届かない。


「先生、俺」

「見つけたか。行って来い」

「ありがとうございます!」


 俺は、最初に作った三叉槍を持って、司令室を出た。



 高等部屋上。そこにはやはり、夏水と菜音が居た。


「夏水!」

「み、三琴君!」


 俺が現れたことに驚きを隠せない夏水。


「予想通り来たね。三琴君」


 菜音はいつも通りの笑顔で笑っていた。


「夏水を返せ」

「返す? 別に三琴君の所有物じゃないよね? それに、彼は三琴君を勝手に主人公にしちゃった悪い人なんだよぉ? 悪い事をする人は……」


 菜音はニヤリと笑うと、片手で夏水の首を絞めて屋上の端へと連れて行く。


「ぐっ……」


 苦しそうにもがく夏水。


「罰を与えないとね」

「夏水!」

「み……こと……く……、わ……です。に……」


 苦しそうに何かを伝える夏水。


「夏水を解放しろ」

「解放してもいいよ? その代わり、分かっているよね?」


 つまり、こっち側へ来いということか。

 俺は呼吸を整え、口を開く。


「菜音。一つお前に言っておきたいことがある」

「んー? なぁに?」

「俺は……、この話の主人公になってよかったと思ってる。例え、夏水が勝手に書き換えた話だとしても」

「は? 何をいきなり言っているの? 三琴君、頭大丈夫?」


 菜音は俺の話を呆れ顔で聞く。


「だから、こんな俺を主人公に選んでくれた夏水に感謝している。夏水を助けたいと思っている。夏水。お前が俺を信じてくれるというなら手を伸ばせ。赤い点線の中で閉じこもってないで、出てこい! お願いだ。お前は、俺の手を掴んでくれるだけでいいんだ」


 そう言って、俺はゆっくりと右手を伸ばす。夏水は、苦しそうにこっちを見るだけだった。


「夏水?」


 どうして、どうして手を差し伸べてくれない?


「あーあ、つまんなぁい。私の目立たない舞台なんて。もう、交渉決裂ね。サヨナラ」


 そう言って菜音は、夏水の首を絞めていた片手を開き、屋上から夏水を落とす。


「夏水!」


 その光景を見た瞬間、俺は同じ様に屋上から飛び降りた。

 夏水を助けるために。

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