第5部 分裂した心。いつかは合わさる?

■山吹三琴の場合

第34工程 「なんなら、鏡でも用意しようか?」

 アイツらから放たれた言葉は衝撃的だった。

 俺が地球で一番?

 夏水が俺を主人公に選んだ?

 何もかもが、理解できなくて。耳を塞ぎたかった。

 でも、塞げなかった。塞ぐことが出来なかった。

 そんな分からない事ばかりで悩んでいる俺を置いて、アイツらは遠いところへと言ってしまう。

 手を伸ばしても届くことすら叶わない。



「……ん」


 あの時、背中に痛みが走ってからの記憶が無い。ボーっとしたような感覚から察するに、気絶をしていたらしい。

 目から見える景色は白。

 アイツなら、知らない天井ですねぇ……とでも言うのだろうか。


「おう、起きたか」


 俺が顔を向けるとそこには、亀山先生が行儀悪い座り方でコチラを見ていた。

 どうやら俺が起きるまで読書をしていたらしい、手には週刊誌が握られていた。


「先生、ここは?」

「市の中央病院だ。山吹が中庭で倒れているという報告を受けたから救急車を手配した。一応脳波とCTを撮ったが異常は見られなかった。安心しろ。夜には退院できるらしいぞ」


 俺はむくりと起き上がる。すると、腰に痛みが走った。


「……っ」

「ただし、倒れるときに腰を強打したらしいな。打ち身が酷かったぞ」

「そう言うのは……早めに言ってください」


 先生は、スマンと言いつつ頭を掻く。


「丸一日寝ていたわけじゃ……無いみたいですね」


 横においてあった携帯を見ると、まだ今日だった。

 正味、3時間ほど気絶していたということか。


「ところで、中庭で何があったんだ。夏水も居ないし」

「……」


 やはり、話題はその話になった。

 当然といえば当然だ。ずっと、俺の横を金魚のフンのように付いていたアイツが急に居なくなったら、そりゃ誰だってビックリする。

 俺は、真実を言おうか言わないべきか考えていた。


「言えないなら、それでもいいが……」


 今日の先生は、何故か妙に優しかった。


「怖いぐらいに今日は優しいですね」

「考えているときのお前の辛そうな表情を見れば、誰だって聞きたいという気持ちは薄れるんじゃないか?」


 そう言われて、俺は両手で顔を覆う。

 俺、今、そんな酷い顔をしてるのか?


「なんなら、鏡でも用意しようか?」


 先生はニヤリと笑う。もう、俺を慰めたいのか、馬鹿にしたいのかどっちなんだよ。この人は……でも……、


「優しいのか、鬼なのか、どっちなんですか? でも、鏡、お願いします」


 すると、先生は自身の持ってきた鞄から折りたたみミラーを取り出し、俺に差し出してきた。

 俺がソレを受け取り、顔を見る。


 確かに、酷い顔だった。


「これだけ酷いと逆に笑えてきますね」

「夏水に実況して貰えそうな顔だな」


 その言葉に心がズキンと痛む。

 俺は、はぁ……とため息を一つつき、パチンと頬を両手で叩く。

 先生に話す決心がついた。


「先生、聞いて貰えますか?」

「おう、聞いてやるよ。何でも言ってみろ」


 先生はそう、どしんと構える。本当に、男みたいな先生だなぁと常々思う。


「中庭でクラップス星人に接触しました。ソイツは、幼馴染の菜音でした」

「あの最初にクラップス星人から追われていたマドンナがクラップス星人だっただと……」


 先生も驚きで目を丸くします。


「恐らく、モデリング部の情報を横流ししたのも菜音だと思います。何回か部室へ出入りしたことありますし、学園の生徒だったら、施設のことも大抵分かるし。それに、……俺が口を滑らせたこともあるし」


 あの時までは、何も知らなかったから。菜音を良き相談相手だと思っていた。

 だけど、今はそのことを逆手に取られたかと思うと腹が立つ。


「ずっと、菜音として地球に溶け込んで、侵略の機会を伺っていたそうです」

「そうか、化けられるとどうしようもないからな」

 先生は特に深い追求なんかせずに、ただただ聞いていてくれた。

「あと、夏水が……」


 夏水の話題になると急に口が動かなくなる。

 アイツの正体を先生に言っても大丈夫なんだろうか。ずっと隠し続けていた秘密をバラしたら、アイツはどんな顔をしてしまうのだろうか。失望してしまうのだろうか。

 そんなことを考えたら自然と涙が溢れてきた。


「先生、俺……」


 頭の中がぐちゃぐちゃで整理が出来ない。そして、涙を止めることすら出来ない。

 えぐえぐと泣いている俺を先生がそっと胸元に抱き寄せる。


「泣きたいときは存分に泣け。そうすりゃスッキリする」


 そう言って俺の頭を優しく撫でる。

 その言葉に、俺の涙腺が決壊し、まるで雄たけびかの大声でわんわんと泣く。

 気が済むまで。



「気が済んだか?」


 10分ほど泣き続けて、疲れ切った俺はようやく涙が止まった。

 先生からティッシュを渡され、それで鼻をかむ。


「なんとか、ご迷惑をおかけしました」


 わんわんと声をあげながら泣いたせいで、声もガラガラというさらに酷い状況になった。


「その状況じゃ、家に帰っても親御さんに心配されるな。目も真っ赤だし」

「あれだけ泣きましたからね」


 目が腫れぼったいような気がする。何処かで冷やしたい気分だ。


「アタシの方から親御さんに連絡を入れておくから、ちょっと晩御飯付き合え」

「もしかして、マスターのところですか?」

「よく知ってるな。あ、夏水から聞いたんだな。山吹は何が食べたいか?」

「カルボナーラとパンダパンケーキ」

「お前本当にパンダが好きだな。源三に伝えておくよ」


 先生は携帯を取り出し、何やら操作をする。恐らく、メールでマスターにリクエストでも送ったのだろう。


「先生、ありがとうございます」

「なんだよ急に。照れくさいじゃないか」


 先生は顔をやや紅潮させながら照れくさそう。


「あと……」


 これだけは言わないとダメだということを意を決して伝える。


「先生の胸、堅かったです」

「ぶっ飛ばすぞ、テメェ」

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