第32工程 「語り部君、用無し?」

「なんじゃこりゃ」


 モデリング部室。三琴君と僕が入ると、そこでは、異様な睨み合いが始まっていたのでありました。

 互いが互いの様子を伺う……、そんな緊張感が続いています。


 も、もしや、先生の発言から、誰かが犯人じゃないかと疑っていらっしゃるんですか!

 そんな事はやめてください! 誰かを疑うだなんて、そんなの士気が乱れるに決まってるじゃないですか。


「ん? 語り部君どうしたの?」


 僕の語りを聞いて、山菊先輩がいつも通りの表情に戻り、こっちを見ます。

 いや、皆さんが睨みあっているから、例の情報を漏らした犯人が部内に居るかもしれないって疑っているんじゃないかと思ったのですよ。


「まっさかー。モデリング部にそんなことする奴なんているわけ無いじゃん。もう、何を言ってるのかなぁ、この子は」


 山菊先輩は井戸端会議をする主婦の如く、手の動きを付けながら笑いました。

 では、どうしてにらみ合っている最中なんですか?


「机の上を見たら分かるよー」


 机の上ですか……、山菊先輩にそう言われて僕が机の上を見ると、中央にはトランプの山、各部員の手元には、裏向きにされたトランプが数枚ほど置いてありました。


 これ、ババ抜きの真っ最中ですか?


「ババ抜きだよ。語り部君も参加する? ちょっと、やり方は特殊なんだけどね」


 副部長が部長の手元からカードを一枚拝借し、自分の手元にあるカードを確認。その後、じっと周囲に睨みをきかせます。普通ババ抜きって、手で持ちながらやるもんじゃないでしたっけ?


「それだけ、瞳にカードの柄が反射して見えちゃうことがあるんだよ。だから、机の上に伏せて、取ったときだけカードを確認しているようにしているんだ」


 部長がスッと、手札を確認して再び戻しました。


「ハイレベルなババ抜きすぎるだろ」


 ハイレベル過ぎますねぇ。手に持っていたら目にカードが映るだなんて、気にしたこともありませんでしたよ。


「この方がドキドキ感あっていいだろ? あ、今、部長の目が泳いだ。部長がジョーカーを持ってるね」

「ギクッ」


 宮前兄が部長をいきなり指差すと、部長は目線を逸らして冷や汗を垂らします。

 なるほど。皆さんが睨んでいらっしゃるのは、ジョーカーを誰が持っているのかというのを発見する為なんですね。確かに、ジョーカーがずっと手元にあるとヒヤヒヤしますもんね。


「これも一応、訓練の一環なんだよ。敵の表情を伺って、戦術を変える訓練」


 山菊先輩をそう言いながら、宮前妹の手札のラスト一枚を貰い、手札を確認。どうやらペアが出来たらしく、山札に投げ込み、無事上がることが出来たもよう。

 なるほど、相手の表情で相手の出方を推測して、戦術を変えるのって重要ですもんねぇ。唯のババ抜きだと思って侮ってはいけないわけですね。


「それにしても、カズ君は表情作るの下手だなぁ。カズ君と塩原君は表情分かりやすい部員ナンバーワンだよね。直ぐに顔に出るから楽でいいけど」

「なんっ……、俺は顔に出ないぞ」


 山菊先輩の言葉に、塩原君が否定をします。


「確か、好きな子が居るんだよね」

「にゃ、にゃんでそれを」


 そう言われた塩原君は見る見るうちに顔が赤くなっていくじゃないですか。あ、本当だ。直ぐに顔に出ますね。


「言ってもいいんだけど」

「やめっ、やめろ!」


 塩原君が必死に山菊先輩の口を塞ぎにかかります。塩原くーん、下手したらソレ、婦女暴行にあたるので気をつけてください。

 塩原君があたふたしている間にババ抜きも佳境ですねぇ。

 おっとここで、部長が手札の確認をしてからシャッフルを始めたぞ。場をかく乱させる狙いでしょうか?


「最初に、ジョーカーを遠ざけようとする心理があるから、ジョーカーはそこだね」


 副部長はトントンを部長の手札にある2枚の内、とある1枚を指で叩きます。


「ん゛っ」


 副部長の推理は正しかったようで、部長の表情が段々と引き攣っておりますねぇ。


「可哀想だけど、勝負には全力で行かないとね」


 そういって、ジョーカーではない札を取り、見事上がれた静流副部長。

 そして、ババが残って撃沈した部長。


「もう、この訓練苦手だよぅ。うわーん」


 部長、机に突っ伏して泣き出してしまわれましたねぇ。


「今度、ラーメン奢ってあげるから一緒に食べに行こう? だから、元気出して?」


 ここで、山菊先輩が好きなシチュの登場だぁ! 慰めるかのように、副部長が優しく部長に問いかけます。


「うん、前に教えてもらった所に行こう」

「そうだね」


 もう、山菊先輩には堪らない光景じゃないでしょうか?

 ……あれ? 山菊先輩の姿が見えませんが。


「あそこで仏の顔をしてるのは違うのか?」


 三琴君が指差す先には、部長・副部長の横で跪き、両手を合わせて拝んでいました。


「嗚呼、尊い」


 その姿はさながら、何かを悟っているようですね。それぐらい神々しくも思えます。


「山吹君も次のラウンドから一緒にするかい?」


 山札をかき回しながら、副部長が三琴君をババ抜きに誘います。


「訓練なら参加しましょうか」


 三琴君がそう言って、椅子に腰掛けました。



『緊急放送をお知らせします。緊急放送をお知らせします』



 え、何ですか、この放送は。台本にないことを勝手にしているのは誰ですか。

 三琴君が座った瞬間に、校内放送から聞いたことの無いアナウンスが流れ、不快感を引き起こしそうなけたたましいサイレンが鳴り響きます。


「おい、夏水。何が起こったんだ」


 僕だって聞きたいですよ。この台本にだって書かれてない事が起こっているのは確かです。それに……。

 あの放送が鳴ってから、台本をいきなり真っ白になったんです。僕もこれからどういう状況になるのかが全く予測することが出来ません。


「語り部君、用無し?」

「用無し! 用無し!」


 宮前兄妹、不穏なことを言わないで下さい。用無しになったら泣きますよ。

 台本無しでも乗り切って見せようじゃないですか。



『地球の皆さん、ご機嫌は如何かな? 我々は、この星でクラップス星人と言われている者だ』



 放送から聞こえたのは、男性の声。

 というか、クラップス星人ですと!!


「お前ら、大丈夫か!」


 先生が部室へ駆け込んで来ます。その顔には一切余裕など感じられません。


「先生、放送が」

「あぁ、聞こえて飛んできた。奴ら、一体何をするつもりなんだ」



『ついに我々は戦闘の準備を整うことが出来た。近々、地球侵略計画を実行に移す』



「な、なんだと」


 三琴君の頬に汗が伝います。

 クラップス星人の計画が実行される。つまりは……、


「科学者が奴らの手に渡ったのか、クソッ」


 先生はドンッと壁を叩きます。

 科学者は捕まった!? そんな馬鹿な、だって彼は……、



『作戦決行日は1週間後。せいぜい、最後の時を楽しんでくれたまえ。我々によって、地球は新しく生まれ変わるのだ』



 そして、校内放送は途切れました。


「ふざけやがって」


 放送が終わって、部員達は皆、伏し目がちになっています。

 本格的な戦いが始まるから、皆不安になっています……よね?


「だね」


 副部長はちょっと辛そうな表情で僕を見ます。


「お前ら、今日はもう帰れ」


 でも、先生。これから、作戦会議とかはしないんですか?


「政府の見解も聞かないといけないからな。恐らくさっきのは、ありとあらゆる電波を乗っ取った放送だったはずだ。政府のお偉いさん方の耳にも入っていることだろう。ということで、詳しいことは明日にならないと伝えられない。今日は大人しく帰って、心を落ち着かせろ。心が乱れたままだと、戦闘にも支障が出るからな」


 確かに、今は心を落ち着かせるのが一番大事なのかも知れません。三琴君、帰りましょう。


「お、おう」


 三琴君は鞄を持ち上げ、部室から出ました。


「もう、何が何やら分からなくなってきたな」


 そうですね、この台本も使い物にならなくなりましたし、僕は一体どうすれば。

 部室から外へと通じる廊下を抜けると、そこには、菜音さんが待ち構えていました。


「菜音。どうしてここに?」

「そろそろ三琴君が部室から出てきそうだなぁって待ってたんだ」


 先ほどの放送を聴いていないかのように、いつも通りに笑う菜音さん。


「ちょっとね、二人に話があるから、中庭に来てもらえるかな?」



 僕と三琴君は菜音さんに連れられて、中庭へとやってきました。

 中庭に人の気配は無く、三人だけのプライベート空間となっています。


「ところで、話ってなんだ?」

「さっきの放送……聴いた?」


 菜音さんは僕らに背を向けたまま訊ねます。


「あぁ、聴いた」

「攻めてくるって、言ってたね」

「あぁ、言っていたな」


 三琴君に問う菜音さんの声色は怖いほどいつも通り。そんな彼女に、三琴君は訝しげに尋ねます。


「一体、どうしたんだ、菜音」

「三琴君はさ……」


 菜音さんはそう言ってくるりと振り返ります。



 寒 気 が す る ほ ど の 、 気 持 ち 悪 い 笑 み で 。



「私が、そのクラップス星人の手下だって言ったらどう思う?」



【次回予告】

ガガッ、ピーーーーーーーーーー

何か、マイ……調子がガッ、悪いみたビッ

jhgfsklgkl;x,cdsgjjere.,r /\d.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る