第19工程 「そのフリは訊いていいんだな?」

 僕は、三琴君が浴場へ行っている間、他の皆さんのことでも実況しようかと思いましたが、特に何も起こらない様子でしたので、星空でも眺めようかと、外へ出ました。


 時刻は夜の9時。さすがに学園内に残っている生徒の影は僕ら以外には無く、静寂の中に僕の声と遠くで響く自動車のエンジン音だけが学園に木霊します。

 上を見上げると、目を奪われるほどの満天の星空が映ります。学園内はそんなに過度な証明をしていないからでしょうか。小さい星も良く見えますね。


「何、空なんて眺めているんだ?」


 僕がビクッとして、隣を見ると、そこには風呂上りで体から少々湯気が立っている三琴君の姿が。

 いきなり出てきてビックリしたじゃないですか。いつから居たんですか?


「満天の星空がどーのこーのっていう辺りから。さっぱりしたし、部屋へ戻ろうかと歩いていたら、夏水の姿をみかけたから来てみたわけなのだが。何してんだ」


 ちょっとした暇つぶしに星座でもみようかなぁと思いまして。三琴君が部屋に戻るのであれば、今すぐ戻って、語り部を再開しますけど?


「いや、今戻っても特に変わったことは起こらないと思うぞ。それに、夏水もたまには俺達の語り部なんてせずに、自分の時間を持ってもいいんじゃないか? その方が、煩く無くていいし」


 三琴君、それは褒めているのか貶しているのか分からない言い方ですね。


「良い方に捉えた方がいいと思うぞ」


 では、良い方に捉えておきますが、僕は語り部が使命ですからねぇ。そう簡単に仕事を投げるっていうことは出来ないのですよ。皆さんの邪魔にならないように、そっと寄り添う、それが僕の役割だと自負しています。


「寄り添うというよりは、結構前に出ているような気がするけどな」


 ……ガーン。


「あ、自分ではそういう意識なかったんだな」


 すいません。僕自身はそんな意識全くなかった訳で、あー! どうしましょうか。皆さんに迷惑をかけているようでしたら、ここで、切腹するしかないです!


「切腹しないでいいから。迷惑なんてしてないぞ」


 僕が正座して切腹の準備を始めると、三琴君は急いで引き止めます。

 迷惑してないという話、本当ですか?


「夏水が居なかったら、学園生活そのものが淡々としていただろうし、感謝してるよ」


 三琴君の突然の言葉に、僕は不意に涙が溢れてきました。ポロポロと流れ出す涙を僕は止めることが出来ません。


「うわっ、夏水、何でいきなり泣いているんだよ」


 ううっ、三琴君は……卑怯です……、ぼぐはそういう言葉によわい……のに。ぐすっ。素でやって……るのですか。


「いいから、泣くな」


 ぐすっ……。ズズーッ。


「これじゃ暫く語り部の役目も無理そうだな。ちょっと一緒に校内でも散策するか」


 ……はい。




 僕の気を落ち着かせるために、校内の探検を始めて10分ほど経ちました。


 あー、なんとか落ち着いてきました。いやはや、三琴君にはご迷惑をおかけしました。

 まさか、僕もあんな状況になるとは思っていませんでしたよ。


「心に何か抱えているんじゃないのか?」


 心に何か? まっさかぁー。僕はいたって普通の男子高校生ですよ。そんな心に何かあるとしたら思春期特有の恋の悩みくらいですって。


「夏水でも恋するんだな」


 僕でもとはどういうことですか! 僕だって、恋はするんですよ。初恋の相手だっているんです。


「そのフリは訊いていいんだな?」


 三琴君が僕を見てニヤニヤしている。し、しまった! 三琴君が巧みな話術で僕の初恋の相手を聞き出そうとしています。


「いや、今のは完全に夏水の自爆だと思うが」


 それは言わない約束ですよ、三琴君。

 さて、初恋の相手ですが……。


「さては、言いたいんだな。ま、止めはしないが」


 どうぞと三琴君は素っ気無い態度で僕に話の続きを促します。


 初恋の相手は、転校してきた女子生徒でした。初めて見たときの透き通った白い肌で鳥肌が立ったのを覚えています。それくらい素敵だったんですが……、

 そう思ったのは最初だけ、彼女はとんでもないモンスターでした。あー、思い出すだけでも恐ろしい。


「もしかして、夏水の前に言っていたトラウマってそれか」


 はい、そういうことになりますね。とにかく彼女は恐ろしい人でした。今は落ち着いてくれると嬉しいんですけど。


「ふーん。それにしても、夏水のプライベート話、聞くのはこれが始めてだよな」


 そうですね。僕もなかなか話すことが無いですからねぇ。不思議です、三琴君には口を滑らせてしまうなんて。もしかして、話易いのかもしれないです。


「そりゃ良かった。まだまだ話してもいいんだぞ。弱みを握ってやるから」


 またまた三琴君はそんな事を言う。僕の弱点だなんてよ。


「チッ。あ、見ろ、夏水、流れ星だ」


 突然、三琴君が空を指差し、叫びます。

 僕もつられて夜空を眺めると、丁度、春の大三角形の付近に星が流れました。

 本当だ、流れ星ですね。あれは、彗星の塵のタイプですかね、もしくは、宇宙に漂う人工物スペースデブリが燃え尽きたのかもしれません。


「夢の無いことを言うなよ。願い事とか言えなくなるじゃないか」


 三琴君は困り顔で僕を見ます。両手は組んであって、どうやら願い事をしていたようですね。ファンシーですね、流れ星に願いを託すだなんて。


「うるせぇ。夏水も神頼みすることぐらいあるだろ」


 三琴君はそういって赤面。

 神頼みですか、そりゃ、叶えたい願い事の一つや二つありますよ。でもそれは、神頼みじゃ叶えられないシロモノだって気づいちゃったんです。だから、願う事も諦めました。


「結構、そこらへんはサバサバしているんだな、お前」


 あ、でも、三琴君のお願いはきっと叶うって、僕、信じていますよ。きっと、パンダ関連でしょうし。


「いつか、俺、パンダ幼稚園へ入園したいんだ」


 ……前言撤回です。その願い事はたとえ神様でも難しいかもしれません。


 それにしても、今はとても平和ですね。


「そんなにポンポン攻めてこられても困るだろ」


 アハ、確かに。バンバン攻めてこられたら大変ですし、三琴君も倒れてしまいますね。


「クラップス星人も攻めてくるっていうし、これからは気を引き締めていかないといけないんだろうなぁ」


 三琴君は体操着のポケットに手を突っ込み、空を見上げます。


「……宇宙にはどれだけ生命体がいて、どのくらいがこの地球を狙っているんだろうなぁ」


 なんだか哲学的な質問ですね。僕らが知らないだけで、もう数えるのも億劫な位の生命体がいると思いますよ。その中で高度な文明を持っている生命体が、特に、地球を狙っているのかもしれませんね。


「きっと、戦いは終わらないんだろうなぁ……」


 そうですねぇ。何か打開策を打ち出さない限りは終わらないのでしょうねぇ……。


「打開策見つかるといいな」


 ですね。

 でも、三琴君。


「なんだ?」


 そんなことより、学生である三琴君は、目の前のテストを片付けないといけませんね。


「……急に、話題が身近なものになったな」




【次回予告】

いよいよ中間考査開始。

いっそう気を引き締めて行かねばなりません。

襲来によってテストが中止になってしまうことなんて、あってはいけないのです。

名付けて、テストクライシス!

その危機を三琴君は食い止めることができるのか!

次回、もでりんぐ!!第20工程、お楽しみに!

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