第17工程 「俺に頼らずに宿題頑張れよ」

 モデリング部の合宿当日の特Sクラス。意気揚々と入ってきた渉少年の目に留まったものは、机の横に、人が一人くらい入りそうな大きな鞄が置いてある三琴君の姿でした。


「おはよー、みこちゃん! って、何その大荷物!」


 ビックリする渉少年をちらりと見る三琴君。その次に大きなため息をつきます。


「渉。昨日説明したよな? 明日はモデリング部の合宿があるって」

「あれ? そうだっけ?」


 どうやら、昨日、三琴君は渉少年に合宿について説明をした模様。

 しかし、渉少年はそのことをすっかり忘れてしまっているみたいですね。

 再び、三琴君の重いため息が教室中に木霊します。


「それは置いておいて、いやぁ、正義の味方は休み無しだねー。テスト勉強もする暇がないみたいだし。知らないぞぉ、テストの点数が悪くて特Sクラスから追い出されても」


 渉少年は三琴君にニヤニヤと笑います。


 ご説明しましょう。特Sクラスはとにかく秀でた生徒が集まる特殊クラス。テストや授業態度が著しく悪い生徒は、問答無用で一般クラスに降格させられるのです。

 三琴君の場合、モデリング部に所属しているので、授業態度は免除されるとして、テストの点数が最悪だった場合、一般クラスへの降格もありえるのであります。


「俺は別に一般クラスへ降格しても大丈夫だけど、渉はいいのか? 勉強をみてくれる奴が居なくなるんだぞ」


 先ほどの反撃で、三琴君がニヤニヤし始めると、渉少年は事の重大さに気づいたらしく、段々と顔が青ざめていきます。


「あ、やっぱ、ダメ。みこちゃん居ないと、俺の宿題の危機が」

「俺に頼らずに宿題頑張れよ」


『ゴンッ!』


 三琴君のチョップを頭に直撃した渉少年は、頭を抑えて悶絶していました。

 勢い良くチョップしましたねぇ。ゴンって音が本当に聞こえるってことは結構な加速が加わっていますよ。


 先ほどの攻撃を食らった、渉少年の頭が心配です。


「大丈夫だ、これ以上悪くなることはないだろうから」

「何気に酷くないっ! あ、そんな事言っている場合じゃなかった。みこちゃん、否、三琴様。一つ、折り入ってお願いがあるのですが」


 渉少年は恭しく、三琴君にまるで悪徳商法のセールスマンかのような笑みを振りまきます。


「昨日の漢文の宿題なら見せないぞ」


 渉少年の目的は三琴君にはバレバレだったわけで、すっぱりと断ります。

「えっ。そんなぁ、お願いだよぉ、どうしても分からなかった一問だけでいいんで……」

「この間、俺を放置して先に逃げた罰だ」


 渉少年は鞄から漢文のワークドリルを取り出して、ページを開いて三琴君に見せます。

 それでも、頑なに三琴君は断ります。

 開かれたページには一問だけ、空欄で何も書かれていない、漢詩の白文が載っていました。

 これは……、漢詩の白文を書き下し文に直す問題ですかね?


「おぉ! 夏水君分かるの!」


 渉少年はそう言って、僕に問題のワークを見せてくれました。

 んー、上から3番目にレ点を打って、5と8番目に一二点、下から2番目にレ点で、恐らく意味が通じるんじゃないかと思いますが。


「どれどれ……、あ、ホントだ! 夏水君凄いや!」


 いやぁ、それほどでも無いんですけども。褒められると、なんだかくすぐったいですねぇ。たまたま得意科目だけだっただけですから。


「夏水、お前、勉強出来たのか」


 三琴君が驚いた顔で僕を見ます。

 僕は、語り部の中の語り部なので、そこらへんの勤勉は怠らないのですよ。


「語り部の中の語り部ってなんだよ。つまり、勉強は好きなんだな」


 はい、勉強と読書は大好きですよー。そのせいか……、


「そのせいか、どうしたんだ?」


 突如会話を止めた僕を三琴君が不思議そうに見ます。

 いや、ちょっと嫌なことを思い出しちゃったので、この話は止めましょう。


「まさか、イジメられていたとか!?」


 渉少年は心配そうに僕を見てきます。

 いいえ、そんなんじゃないんですよ。ちょっとしたトラウマが……。なので、気にしないで下さい、大丈夫です。



 さて、時間はびゅーんと飛び、放課後。三琴君は学園の南側に位置する合宿場へ着きました。

 合宿場の外観はまるで、海や山にある自然の家みたいな感じですねぇ。運動部の合宿で使う、トレーニング室も完備されているそうです。三琴君、鍛えていきますか!


「鍛えない。俺はこのままの体でいいんだよ。ジャイアントパンダと格闘するっていう場面に出くわしたら鍛えるかもしれないが」


 その状況が訪れることは恐らく無いでしょう。断言します、来ません。


「さてと、とりあえずは、部屋に鞄を置いてくるか。場所は……」


 モデリング部男子は、2階にある大広間で雑魚寝らしいですよー。女子は2人部屋みたいですけど。


「男女の格差大きすぎやしないか?」


 三琴君が不満に思うのは最もですが、モデリング部は女子より男子の方が圧倒的に多いですからねぇ。致し方ありません。三琴君が女子に囲まれて寝たいっていうのでしたら、僕は止めませんけど?


「ばっ、そんな事、するわけないだろ! 雑魚寝で我慢するとするか」


 三琴君はやれやれと言いつつ、合宿場へと入っていきました。



 合宿場の中にある、研修室。

 ここで今から勉強会が行われているのですが、宮前兄妹と三年生トリオは、仲良く茶菓子を摘みながら談笑をしている様子。

 あのー、テスト勉強は一体どうしたんですかぁ?


「そんなの一夜漬けで何とかなるし」

「なるなる!」


 とクッキーを頬張る宮前兄妹。


「三年になると美術科は提出点で評価だからねぇ、三人とも、前期分の課題は既に提出済みさ」

「イエーイ」


 部長が律儀に説明してくれると、横で山菊先輩はチョコレートを食べながらピースサイン。

 この5人は、ハイスペックの持ち主か何かですかねぇ?

 元々、モデリング部はハイスペック集団で結成されてはいるのですが。一部を除いて。


「うぅ、桔梗に負けないようにしないといけないのに、分からぬ……」


 あ、その一部である塩原君は何やら唸りながらテスト勉強をしている様子ですね。ほうほう、見る限り、物理の問題ですね。


「重力も考えろとかなんだよ、重力なくなれよ」

「うるさいなぁ、勉強に集中できないんですけど?」


 塩原君が泣きながら計算式を解いている横で、三琴君は英語の問題集を解いているみたいですね。


「先輩、ココとココの奴を利用して、この公式に当てはめると、解けますよ」


 なんと、三琴君が上級生の勉強も教えている! 立場が逆転だぁ!


「あ! 解けた、ありがとう後輩。俺、後輩に一生ついていく」

「いえ、そういうのは迷惑なんで、嫌です」


 おーっと、塩原くんの“ついていく”発言をばっさり断ったー! これが、三琴君のドライさなのかー!


「ドライドライ」

「こわいこわい」


 クッキーをボリボリとさらに貪る宮前兄妹。食べながら喋ると、口の中のものが飛び散って汚いですよー。


「夏水、ここの問題、分かるか?」


 三琴君は僕に英語のワークを突き出します。そこには、びっしり英文が書かれており、眺めているだけで目がチカチカしそうですね。


 ん? 3つ目の文節の始め、表記ミスというか誤字じゃないですかね? コレの文章だけじゃ、意味が通じませんよ。


「やっぱりか。ありがとう、夏水」


 いえいえ、どういたしまして。というか、ナチュラルに三琴君も僕に勉強を訊ねてきたことが驚きなんですが。

 そんな僕を余所に、三琴君は僕の指摘した箇所に赤ペンで線を引いて、何やら書き加えているようです。


「うっし、これで勉強おーわり」


 三琴君はいそいそと勉強道具を鞄にしまいます。


「それでは、先輩。頑張ってくださいねー」


 まだ勉強が終わらない塩原君に向かって、ヒラヒラと手を振ります。


「そんなっ! 教えてくれないのか」

「あとは自力で頑張ってくださいね」


 そう言って三琴君はハイスペック5人組の輪の中に入って、一緒に談笑を始めました。


 一人残された塩原君は……、途方にくれているようですね。そっとしておきましょう。



【次回予告】

いよいよ始まったモデリング部の合宿!

やっぱり、合宿の醍醐味といえば、アレですよね!アレ!

え? トンと見当がつかないのですか? アレですって!

”アレ”の正体は、もでりんぐ!!第18工程にて。

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