漂う記憶

 


 はい、それではみなさん、静かにして。騒がない。

 三浦君、ほら、そんなに前に乗り出さないで。佐藤さん達の班から見えなくなるでしょう?


 ……そう、いいですね。


 それではこれから解剖の実習を始めます。

 この魚はフナです。

 スーパーで売っているのを目にする事は、この辺ではあまり無いですが、食べられる魚で、沼や川にいる淡水魚です。形は、海にいるアジなんかと…まあ、ちょっと似ていますね。

 これから、このフナのお腹の中を、みんなで一緒に観察していこうと思います。

 お母さんが、魚の調理をしているのを見たことのある人は、あまり気にならないかもしれませんが、もし今、気持ちが悪い、見たくない、と言う人がいるようでしたら、遠慮しないですぐに手をあげて下さい。

 松本さん、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?

 そうですか。

 途中でも気分が悪くなったら、すぐに席に戻って構いませんからね。

 解剖を見学するのは強制ではありません。

 見ていられないと言う人は、あとで資料を渡しますから、それを見てレポートを書いて下さい。

 ただ、できれば見て欲しいと先生は思います。

 どうしてかと言うと、この実習には、命の大切さを知る、という意味も含まれているからです。

 解剖とは面白半分に、魚を殺すことを目的に行うものではありません。

 このフナには、尊い命を捧げてもらう事にはなりますが、それによって、生命の仕組み、つまり骨や筋肉、内臓が、体の中でどういう形で収まっていて、どういう動き方、役割を果たしているのかをより良く知り、私達人間も含めて、生物が生きていかれる理由と同時に、死んでしまう理由、という事についても考え、理解するきっかけになればと、思っているからです。

 この解剖実習の実施については、あらかじめみんなの家にもプリントでお知らせを渡してありましたね。

 なので、みんなも読んで、分かってくれていると思います。


 命の大切さについては、まだまだ話したい事はたくさんあるのですが、今、特に質問がなければ、時間も限られていますので、先に進めようと思います。


 良いですね?


 それでは進めます。


 このフナは、氷冷麻酔という処置をして、あらかじめ血液は抜いておきました。なので、痛がって暴れたり、お腹にハサミを入れた途端に血が噴き出すような事はありません。

 まだ中学生という、感受性の豊かな年頃のみんなに、必要以上の心の負担をかけるのは、先生が望むところではありません。だから、ホラー映画のような事はおきません。

 それじゃ面白くない?……鈴木君、そんなことは言わない。良いですね?


 はい、静かに。笑わないで、説明を続けますよ。


 ……良いですか?


 解剖自体、難しいことは全くありません。

 さっきも言った通り、自分で魚を料理をするようになったら、似たようなことをする事になります。そんな感じと思ってもらった方が、今はむしろ良いかもしれません。

 だからもし、やってみたいという人がいたら、手をあげて下さい。

 その人に、先生の代わりをお願いしようと思います。

 本間くん、いけませんよ、強制したりしては。

 名指しは……推薦は、無しです。


 もう一度、訊きます。


 自分の意志で、やりたい人。いたら手を挙げて下さい。


 いませんか?







***


 あーあ、なんだか変なことになっちゃったね。


 松本さん、大丈夫かなぁ。


 まさか気絶しちゃうなんて……しかも、、、ねぇ。


 あたしだったら、もう恥ずかしくて明日から学校来れないよ。


 恥ずかしくはないんじゃない?だって気を失ったんだから。


 あ、そうか。でもさあ、みんなの前で、、、ねぇ。


 あんた明日、松本さんが来ても普通の顔してるんだからね


 うん。絶対そうするよ。だって可哀想だもん。


 うんうん、かわいそ過ぎるよね、男子びっくりしてたもんね。


 汚ねぇーって大騒ぎしてたもん。


 先生、お姫様だっこして保健室に連れてったけど、先生の手も汚れちゃったよね。


 明日までに制服、乾くのかなぁ。


 無理じゃない?あんなに漏らしちゃったんだから。


 あー、わたし無理かも。てか男子が絶対、バラしちゃうよね。


 あの子、大人しいからさー。これからイジメられちゃったりして。



 あ



 俊介だ。


 こっち見てるよ。


 あの時のあいつの目、見た?


 すっごい冷たい目、してたよね。


 なんかギラッて、光ってなかった??


 そうそう、なんかメス持ちながらニヤついてた!!


 気持ち悪いー!


 俊介のせいで、松本さん気絶しちゃったんだよ。


 あいつ、家でネズミとかネコの解剖とかもやってるらしいよ。


 やだー!怖い。


 でしょー?あいつんち、すっごく広いじゃん。庭にいっぱい死んだネコとか埋まってるってウワサ。


 昔、牛とかも飼ってたんだって。


 えー!牛??


 そう、おばあちゃんが言ってた。俊介んち、牧場やってたんだって。


 うそぉ。こんなとこで??


 うん。今はないけど、昔はこの辺、まだ牧場とかいっぱいあったらしいよ。


 へえ。そうなんだ、びっくり!


 じゃあさ、牛の解剖とかも平気なのかな。


 だから、今は牛はいないってー!


 あ、そっか。


 あははー


 やだ、あいつ。うちらのこと睨んでるよ?


 怖い!!そのうち私たちも解剖されちゃうかも!!


きゃー


逃げよー!


早くぅー!!


 


             キャハハ……



                    アハハ……









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