聞える……


 俺には聞こえる……


 泣き声が……  すすり泣く オマエの声が……




 いつの間にか俊介は、靴も履かず、裸足のまま睡蓮鉢の前に立っていた。


 ぐっしょりと雨を吸った芝生と、土の匂いが辺りに濃く漂っている。

 雷雲に覆われていた空はすっかり晴れ、濃紺の夜空に星が輝いて見えたが、月の姿は見えない。


 鉢の中には、雨水がたっぷりと貯まっていた。

 俊介は、その傍にしゃがみ込むと、重なり合う円い蓮の葉を手でよけ、中をじっと覗き込んだ。

 波紋が収まると、水面は黒々と闇を吸い込み、鏡のように見えた。

 そこに俊介の、表情の乏しい顔がくっきり映る。



 なぁ、いるんだろう……?



 ぐるりと葉を束ね寄せ、鉢の中に手を入れる。

 水は生ぬるく、俊介が手を沈めた分だけ、藍色の、ぶ厚いふちを伝って静かに外に零れ出た。

 それに合わせて水の鏡に映った顔が、ゆらゆらと揺れる度に、俊介のようにも、見知らぬ他人のようにも見えた。


 どこにいる……?


 鉢の内側を撫でるように探る。

 いつもは手に触れるはずの、硬い信楽焼の感触や、もやもやとした水苔の感触がどこにもない。

 それを不思議と感じるわけでもなく、俊介はただぼんやりと、鉢の中を探り続ける。

 水をかき回せばかき回すほど、その先を求めれば求めるほど、鉢の中は俊介自身を吸い込むように、深く広く、果てしなくなっていくようだ。



 出てきてよ……



 土の上に膝を付き、さらに奥深くへと手を差し伸べる。

 肘を伸ばした両腕が、肩口まで水に浸かり、顔が、青黒い水面へと近づいていく。


 それを迎えるように、水の中から白い手が現れて、そのまま俊介の頭を掻き抱くと、俊介の体は睡蓮鉢の中に、音も無くするりと消えた。




















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