姫様

「そう言えば、今日は日蝕だろ?

旦那、いいのかい?」


Schwarze《シュヴェルツ》で不思議な石を貰った私は、何か思い出せることはないかと、街中を歩いていた。


そんな時、海翔さんや九十九さんがよく訪れる武器屋が近くにあると聞き、私は興味を示した。

少し渋った海翔さんだったが、見たい、とせがむとしょうがないな、と私を連れていってくれた。


そして武器屋に着き、店内の物を少し見せてほしい、という話をすると意外そうな顔で海翔さんを眺め、冒頭に戻ることになる。



「・・・今日って、何かあるんですか?」


彼の質問がよく分からず私が尋ね返すと、彼は心底意外そうな顔で私に言った。


「だから、日蝕だよ。

王様も戦う姿勢でいるみたいだしよ」


「日蝕・・・?

戦う・・・・・・?」


私の中では到底結び付かない言葉が、この国の人にとっては普通なんだろう、と理解するまでに数秒を要した。

それほど意外なことだったから。


「あー、オヤジ。

その子まだうちの家に来たばかりの新人でさ。

国の情勢とか知らねぇから、勘弁してやってな?」


海翔さんが釘を刺すが、おじさんはまた驚いたように声をあげた。



「えっ、じゃあこの子が姫様なのかい?」




その時、空気が一瞬にして変わった。

正確には、隣にいた海翔さんの空気が、だ。

私が王様の執務室に入った時に感じた、あの酷く痛い緊張感のような。



「・・・おい、それを何処で聞いた」



もし私がこの場にいなかったら、彼に腰の剣を向けていたんじゃないか。

おじさんもそれを感じ取ったのか、今までの雰囲気を消し、真剣な顔つきで海翔さんに向き合った。



「2.3日前から噂になってんだ。

姫様が再び表れたってな」





――2.3日前。


それは、私が初めてあの部屋を無断で出た日だ。





あの時、私は体の痛みも引き体力もつき始めた頃だった。

だからだろうか。

子供のような好奇心で、自分がいる世界よりももっと別のものを見たくなったんだ。


私は少しぐらいなら、と部屋の扉を開けて外に一歩踏み出した。


だけど、私の小さな探検は呆気なく終わった。

九十九さんが偶々そこを通りかかったのだ。


酷く怒られた私に、海翔さんという護衛が就いたのもこの頃からだ。





「・・・あれか。」


海翔さんも思い出したのか、私の方を恨めしそうに見てくる。

そこには先程の張り詰めた緊張感はなかった。


「・・・・・・」


海翔さんの視線に耐えられなくなり、私は俯いた。

私が一歩部屋から出ただけだと言うのに、物凄く九十九さんが怒ったのは、こういうことなのだろうか?


とはいえ、姫様、の意味は全く分かってはいないけれど。


「その話、誰から広まったか、なんてのは知らねぇよな?」


「俺も人伝に聞いただけだからな・・・。

こういう情報に強いのは姐さんだし、そっちを当たってみた方がいいかもしんねぇな」


「やっぱそうだよなー・・・」


海翔さんは、頭を掻きながら溜め息をついた。

ご主人も苦い顔をして、さっきのお詫びにと紅茶を奢ってくれた。

元々は喫茶店だったらしい。

それは城で飲んだお茶よりもさっぱりとしていて、とても美味しかった。









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