過去の思い

「ここまでやるか?」


俺は結界をくぐり抜け、九十九から預かった鍵で扉を開けた。


日差しが僅かに差し込む中、隅に置いてあるベッドに近付く。



「――っ!」



声が出なかった・・・。



まさか、彼女は、






「に、い・・・・さ」







――兄さま。



『私の兄さまだって、海翔と同じぐらい強いんだから!』


『海翔ー!!』


『ごめんなさい、兄さま・・・』








忘れたはずの思いが俺を満たす。

5年もの間焦がれ続けた、俺の一番守りたかったもの。



「リア・・・」



貴女の声が聞きたい・・・。

ただそれだけなのに、


叶うことはもう2度とない。







「ん・・・・・・、あれ?」


俺の声で目が覚めてしまったのか、ベッドに寝ていた彼女が起き上がる。


「ここって、」


「神彩華王国、白家の客室だ」


彼女の言葉を遮るように、俺は言葉を紡いだ。


「え、あの・・・」


さっきと違う人物がいるからか、動揺する彼女。


「王が言わなかったか?

護衛をつけるって」


「あっ・・・!」


どうやら記憶にあるようだ。

目を見開いて、申し訳なさそうにしている。

今にも土下座しそうな勢いだった。


「ごめんなさい、私」


「別にいい。

どうせ王だって詳しいことを言わなかったはずだ。

お前が謝る必要はない」


「はい・・・」


俺の言葉を聞いて少し安心したのか、彼女は肩の力を抜いた。


「自己紹介しとく。

俺は 白 海翔。

守護騎士の1人だ」


「えっと・・・よろしくお願いします」


座ったまま深々と俺に頭を下げる彼女に俺は内心舌打ちをした。


俺の知っている彼女はこんなことしない。

簡単に人に頭を下げたりはしない。


雰囲気も顔立ちも全く同じなのに、行動の全てが違っていた。


別人だと認識しながらも、俺は苛々を隠すことが出来なかった。


「俺に頭下げんな」


殺気を滲ませ、地を這うような声色で言うと、彼女はびくっと肩を揺らした。


「ご、ごめんなさい」


反射的に謝る彼女に、更に苛々させられる。

切り替えるために1つ溜め息をついて彼女を見る。


「お前、名前は?」


そう聞くと、彼女は首をふった。


「分かりません・・・」


「分からない?」


「・・・・・・記憶が、ない・・・んです」


言いにずらそうに言う彼女に、俺はしまったと思った。


リアに似ていることに気をとられて九十九の言葉を忘れていた。


『彼女、記憶がないんだ。

色々思うところはあると思うけど、優しくしてあげて』


『ああ、分かった』




九十九が言った色々とは、おそらく似ている彼女がリアに似ていることだろう。

あの時に言わなかったのは、彼なりの配慮か、それとも。







「・・・・・・リーヴァ」









「え、」



「リーヴァ、っていうのはどうだ?」






『見て、海翔!

この木、綺麗だと思わない?』


『これ・・・シダレヤナギか?

何処にでもあるだろ、こんな木』


『もー!この良さが分からないの!?』


『あー、悪かったって』





最低、と彼女は言うだろうか・・・。


リアとの思い出を名前にして、自分勝手に名前を付けた。

別人だと分かっているのに、リアへの思いを彼女に乗せるのは間違っているだろうか。




リアの代わりにするのは、間違っているだろうか・・・。




「リーヴァ・・・」


ぽつりと呟いた彼女は、何を思ったのだろうか。


お互いが沈黙する中、俺は彼女に対して今更のように罪悪感が芽生えた。

やっぱり王に考えてもらったらどうだ?と提案しようとした時だった。


「・・・っ・・・」


すすり泣く声が聞こえた。

彼女自身も戸惑っているのか、必死に涙を拭っている。



俺は不覚にも、その涙が綺麗だと思ってしまった。

純粋で汚れを知らない瞳から零れる、その涙。




俺が拭ってやる、だから泣くな。




そう言うことが出来たらどれだけ良かったか。

俺の手は絶対に届くことはないのに。



俺は溜め息をついて、伸ばした手をもとに戻した。



「嫌なら王に決めてもらえ。

あの人なら、きっとお前に似合う名前を付けてくれる」


これ以上側に居ることができずに、俺は彼女に背を向けて扉に向かう。


だがその時、小さな声が聞こえた。



「・・・・・・違・・・いま、す」



とても小さな呟きだった。

聞こえるか、聞こえないか分からない程に。


でも確かに届いた。



「私に、・・・下さい。」



俯いたままだった。

けれど必死に言葉を紡いでいるのが分かる。



「リーヴァ、って、呼んで、欲しい、・・・です」



彼女に背を向けていて良かったと思った。

見ていたら、きっと、抱き締めていただろうから。


だから俺は一言、そうか、と言って部屋を出た。







海翔さんが部屋から出たところで、私は視線を上げた。

そこにはさっきまで彼が座っていたであろう椅子があった。


「リーヴァ」


彼から貰った、私の名前。

彼が私に付けてくれた名前。


もう部屋にはいないけれど、もしかしたら聞こえているかもしれない。

だから心を込めて。

私の精一杯の想いを、貴方に。




「ありがとう」








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