今やるべきこと


「・・・・・・眠ったか」



俺は彼女に布団を掛け直し、寝顔を見つめる。





――似ている。



顔立ちが似ているだけならまだいい。

だが、雰囲気もしぐさも彼女そのまま・・・。


5年前に失ったはずのぬくもりと同じだった。








「雷榎」


ふいに自分の名前を呼ばれて我に返った。

どうやら深く考え込んでしまったらしい。


「大丈夫?」


いつの間にか傍に来ていた九十九が心配そうに俺を見る。


俺はああ、と言いながらも彼女の寝顔を見つめていた。

九十九もそれに気が付いたのか、眠っている彼女を複雑な顔で見つめる。


「・・・本当にそっくりだよね。

泉で見つけた時、実はリアが帰って来たんじゃないかって思ったんだ。


もう5年も経っていて、力もあるのに」


それは嘆きなのか贖罪なのか、俺には分からない。

ただその言葉を聞きながら、俺は強く自分の手を握っていた。


「行くぞ、神議に遅れる。」


視界から彼女を外し、俺は気持ちを切り替える。

今しなければならないことが山のようにある。


「分かった。

僕は海翔を呼んでからそっちにいくよ」


「ああ」


彼女の部屋の戸を閉め、厳重に鍵を掛ける。

更に能力者しか入れないよう結界を敷き、俺たちはそれぞれの場所へと向かった。











「雷炎様、それだけはなりません!!」


一番の古株であるモラリスが立ち上がり、批判の意を唱える。

それに続き、次々と反対意見が数を占めた。


だが、そんな中でも雷炎が怯むことはない。


「武器とは言ったが、他国に戦争を仕掛けるつもりは毛頭ない。

白家に仇名すものがいると考えるなら、この家はそれまでだったということだ。」


神彩華王国では、200年程前から民衆に武器の所有を禁じている。

建前は様々あったが、要するに民衆が白家に逆らえないよう力を削ぐことが目的だった。

祖父の代も父の代でもその法を曲げなかったのは、異能の力が正しく機能していたからだ。

だが、今は――


「黒家はもはや我らの敵だ。

本質も見ている者は誰もいない。

よって、民衆を守るものが何もない。

そんな状態では、いくら神のお告げがあり先が視えても国を維持することはできない」


現在の白家と黒家の状態を考えれば、もう少し早く解除したいところだった。

だが、政治とはそう簡単にはいかないもので。

一つの法案を通すのに3年以上使ってしまった。


「ですが、」


納得がいかないのか、尚も言い募るモラリスに俺は王としての権限を行使する。


「これは提案ではない。


命令だ」


その言葉に立ち上がっていたモラリスも椅子に座る。


そう、ここは民主制ではない。

絶対君主が統治する国である。


そしてその頂点にいるのが、王様であり白雷炎であった。







「君のやり方は相変わらず、だね」


執務室に戻るなり、九十九が口を開いた。


「今回の件についてはどんな手を使っても通す気でいた。

長期戦になったのも、これからのことを考えればかけたかいがあったと思うけどな」


そもそも九十九が行けと言ったんだ。

こうなることを分かっていたのだから、文句を言われる筋合いはない。


「ま、確かにね。

王様の権限を無理にでも使わないと、モラリスさんとか文句言いそうだから」


「どっちにしても文句を言うお方だ。

白家の最後の良心とか言われているが、ホントのところは分からない」


モラリスは父の代からいる大臣だ。

基本的に雷炎のやることに口出しはしないが、武器や異能に関しては強く反発する。

白家の中では古参の部類に入るので、雷榎としても扱いにくい人物だった。


「彼にはそろそろ引退して頂きたいんだけど。

あの様子じゃまだまだ元気だね」


「だろうな」


内心でため息をつきながら俺はそう返した。

正直あまり考えたくはない。

彼が俺と本気で言い合いを始める前にどうにかしたいものだ。


そんなことを考えながら、俺は書類整理をし始めた。

執務室にはサクラが置いて行ったであろう書類が山積みになっている。


一枚ずつ処理をしていくと頭の痛い書類が目についた。

しかも作成したのは海翔だ。

字が汚く読めたものではない。

だが付き合いの長さ故か、読めてしまうので実のところ問題はない。


「・・・また黒家と揉めたのか」


<闇の異能>を持つと言われる一族。

血族にのみ異能が宿るため、兄弟婚などで血筋を守り続けている。


「あー、そういえばサクラがそんなこと言ってたような・・・」


どうやらサクラも一緒にいたようだ。

つまりこの書類は後始末についての請求書である。


「あいつら・・・。

やるのはいいが、モノを壊すなと何回言えば分かるんだ・・・」


「無駄でしょ?

サクラはフェルと遊び始めると人格崩壊してるし、海翔の戦い方は派手だから」


実は守護騎士の人選を間違ったか、と思うぐらいに2人は黒家との相性が悪い。

好敵手になればいいのかもしれないが、これではもはや最悪のライバルだ。


「剣術道場師範級の腕前なのに、戦闘狂だけがあいつの悪い癖だ」


「だから放置されてたんでしょ?

海翔は順当にいけば、僕たちとは相反する側にいたかもね」


海翔の腕前は俺や九十九を上回る時がある。

もっとも、九十九は長距離型のスナイパーなので比較するだけ無駄だが。


「それはそれで厄介だな」


請求書に判を押し、九十九に渡し処理を任せる。

王都へ出ていく任務は基本的に九十九が一任しているからだ。

ちなみに2人の後始末も九十九の専門である。


「じゃあ僕は行くよ。

そろそろサクラが書類を届けにくると思うけど、勝手に彼女のところに行ったらダメだからね」


うっ、と声が漏れた。

どうやら九十九にはばれていたらしい。


「やっぱり行く気だったんだ・・・」


「海翔が騒いでないか、心配なだけだ。

あいつに護衛任務なんて不向きだろう」


どちらかといえば、護衛対象をほっといて勝手に敵と遊んでしまうタイプだ。


「でもそう命令したのは君だろ?

それに海翔は意外と上手くやると思うよ。


あれで頼れるお兄ちゃんみたいなところもあるし」


ニヤニヤしながら九十九は俺の反応で楽しみ始めた。

海翔が彼女になつくのが嫌なんでしょー、と聞こえるのは気のせいではない。


「分かってる。

剣を抜かなきゃスイッチも入らないし、それなりに歳を食ってんだ。

それぐらいしてもらわないと困る。」


口調が素に戻りかけたが、この際気にしない。

いるのは人の表情で楽しんでいるむかつく幼馴染だけだ。


「はいはい、じゃそういうことにしておこうかな」


そう言い残すと、九十九は俺の執務室から出て行った。


俺は窓の外を見つめる。

目の前に広がる王都に、俺は・・・・・・。





「俺は、守れているか――?」

















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