第三十七話 艦長、決闘です。

「……あれか」


 まるで辻斬りのように敵部隊を次々に切り捨てていく刹那は、ようやく一つの戦艦を発見する。


 その甲板には何かを待つように立つ一機のEG──紛れもなくそれは彼女との再戦を望むウルカ卿であった。


 彼の命令か、戦艦は一切の攻撃を行わず、甲板に敵機であるツクヨミを無抵抗のまま迎える。

 それほどこの艦の主は、出会って間もないはずの敵である刹那の事を、自らの好敵手として信頼しているのであった。


「……待っていたぞ。異国の騎士、神崎刹那」

「残念だが私は武士だ、騎士ではない」

「む……そうか、それはすまない。だが、互いの道に違いはあれど、同じ剣の道に生きる者には変わりない……再度刃を交えようか…」

「フッ、ああ、そうだな……」

「人工重力を発生させよ!」


 ウルカの命令を聞くなり、ブリッジにいる彼の部下は甲板にローメニアの地と同等の重力を与える。


「やはり、地に足がつかなくてはな」

「その配慮、感謝する」

「では始めよう。全機、この決闘が終わるまで一切の攻撃を止めよ!」

「命、こちらに味方を呼ぶな」

「よくわかりませんが、負けないように頑張ってください」


 この瞬間から、宙域には二機のEGのみが戦うことを許された戦場が形成された。


「アルパイス艦長、ウルカ・ファウスト……Aパンデイア──」

「エーテリオン所属、一番隊隊長、神崎刹那……Aツクヨミ──」

「行くぞ!」

「参る!」


 二機は地を蹴り互いの距離を詰め、剣の間合いへと突入した。


「月下神斬流連の型──既朔三日月きさくみかづき!!」

「美しい……それでいてこの強さ。素晴らしい、素晴らしいぞ、神崎刹那!」


 キレのある連撃を賛美の声と共に捌き、反撃の構えを取るウルカ。


 この数年間、剣の戦いにおいて彼をここまで昂らせた相手は刹那をおいて他にはいなかった。


「では、この突き──捌き切れるか」

「月下神斬流鋼の型──満月!」

「周囲全てに対する防御! なんという技だ」

「そちらこそ、中々の素早い突き──油断の隙もないな」


 互いに美しい技の数々を繰り出し、その決闘は見る者の視線を釘付けにする。


 その一方で、美技の欠片も感じさせない戦いが勃発しているとも知らずに……。



 ……



「オラオラオラオラオラァッ!!」

「無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」


 怒声と共にアインの両手が、ツヴァイの砲火が敵を左右から一掃していく。


「チッ、ゴキブリどもか! キリがねぇ」

「弱音吐いてんじゃねぇぞ!」

「黙ってろ、テメェから先に潰すぞ!!」


 相も変わらず平常運転の二人の戦いを、勿論、恋の悩みを抱える三十路の男は見逃すはずもなく、味方のアモールを掻き分けて彼らの前へと姿を現した。


「見つけたよ、僕の運命の人!」

「げっ、あの変態野郎!」

「性懲りもなくまた来やがったか!」

「はは、酷い言われようだ──だが悪くない! それに僕も本気だ。こうなったら力ずくでも奪っていくよ! 君というたった一人のフィアンセを!」


 言っていることは滅茶苦茶であるが、アルゴのパイロット能力は機体の性能も合わさり二人にとっては脅威の相手であることは変わらない。


 互いに気を引き締めて、アインとツヴァイは敵の出方に身構える。


「来るぞッ!!」

「遅いよ!」

「チッ、だがここなら!!」


 瞬間、アルゴのケイオンがアイン目掛けて接近戦を仕掛けた。


 だが、ここはローメニアの重力下とは違い、無重力空間、アインの分離した両腕の動きは比べ物にならないほどのスピードで宇宙を駆ける。


 それにもかかわらず、彼はそれをスルリと避けると、更にアインへと急接近する。


「宇宙空間ならスピードが速いみたいだけど、やっぱり本体は隙だらけだよ!!」

「させるかよッ!!」

「おっと、二人の仲を邪魔する恋敵かい?」

「わけのわからねぇことヌカしてんじゃねぇ!!」


 全身の銃口が、仲間に危害を加えようとするアルゴに向けて火を吹いた……が、アルゴは反撃する素振りも見せずにそれを嘲笑うかのように避ける。


「ふふ、そんな力押しじゃ、女も私も落とせないよ!」

「余所見してる暇あんのかよ!!」


 彼の背後からアインの両腕が飛来するが、容易くその手を掴むと、勢いを生かしたままツヴァイへと放り投げる。


「残念だけど、大きい分反応を掴みやすくてね、それに、小回りも利かないから動きも読みやすい!」

「ぐうっ!」

「宗二!」


 ツヴァイの方へと視線を向けるアインの前に、ケイオンは被さるように彼女の前へと立つ。


「あとは君だけだ、まだ抵抗するかい?」

「くっ、こんのぉぉぉーっ!!」

「若さゆえの過ち、そんな君も好きだけどね!」

「きゃぁぁぁーっ!!」


 両手の無いアインは足のブレードで反撃を試みるが、ケイオンはそれを華麗に避け、腕の二本の棒をアインへと突き立てる。


 そこから流される電流はアインの全身へと走り、搭乗する零までも痛みが伝わる。


「暴徒鎮圧用の電機ステークだ、効くだろう?」

「オイ、零!」

「……っく」

「少女には少し刺激が強すぎたな?」


 体を駆け巡る高圧電流に、意識が朦朧とし視界が霞む。

 この相手に太刀打ちするのは不可能だ──ならばせめて仲間を救おう。

 ぼやけた視界に現れるツヴァイの姿を見た零は、弱々しい声で阿久津へ通信を送る。


「……ゴメンね、宗二さん……いつも酷い事言って……私、あなたと違って、強がってただけなの、だから、ホントは──だから私の事は置いて逃げ、あぁぁぁーっ!!」

「零!」

「弱気になる君も好きだよ、だから私の──!」


(零さんも、僕と同じ……ッ!)


「くっ! 零さんから離れろぉぉぉーっ!!」


 今まで知ることのなかった事実をようやく知った宗二は、ただ彼女を助けたい、その一心で機体を起こし、攻撃を繰り出す。


 そこに策や狙いなどというものはなく、アルゴにとってそんなものは当然当たるはずもなかった。


「まったく、だから君は邪魔なんだよ!!」

「ぐあぁぁぁーっ!!」


 機動性を活かした動きでツヴァイの眼前へと移動したケイオンは、その腹部に思いきり蹴りを入れ、ツヴァイを遥か後方へと吹き飛ばす。


「さてと、続きを──あれ?」


 邪魔者も遠ざかり、後は二人の空間──と思い振り返るアルゴだったが、そこに零のアインの姿はなかった。


 物陰に隠れて奇襲を行うつもりか? アルゴは周囲を見回すが、アインの居場所は物陰ではなく、ツヴァイの隣であった。


「大丈夫、宗二さん!?」

「……ゴメン零さん、僕も──僕も君と一緒なんだ!」

「え?」

「君が、その、怖かったから、僕も、その──張り合って!」

「あ…………そう、だったんだ……ゴメンなさい、私のせいで」

「こっちこそゴメン」


 その後もゴメン、ゴメンと反復し言い合う二人を見ていると、それを見るアルゴは胸の辺りがムカムカし、しきりに尻が疼いた。


 ──三十路が少年少女のイチャコラする姿を見て耐えられるわけがないのだ。


「……なんなんだこの甘酸っぱいボーイミーツガールの空間は! これが愛の波動か!? こんな空気、私の若い頃には味わえなかっぞ……!! くっ、これでは私が悪者みたいではないかァァァーッ!」


 胸の中から込み上げてくる衝動を解決するために、アルゴは二人に向かって武器を構え攻撃を仕掛ける。


「──! 零、この話はあとでね」

「うん、わかった宗二

「何がくん、何がちゃんだぁぁぁーっ‼」

「まずは──」


 優しい顔立ちとなっていた二人だったが、それを邪魔しようと迫る醜いを確認するなり、その表情はいつもの顔つきに戻っていった。


「変態ロリコン犯罪者の始末からだァァァーッ!!」

「行けぇッ、零!!」

「言われなくてもわかってんだよ、宗二!!」

「動きにキレが増している……恋愛効果とでもいうか!!」


 宗二の作り出す弾幕、それを背後に迫る零。その動きは今までのアルゴの知る挙動よりも格段に上回った動きであった。


 ただでさえ冷静を欠いている今のアルゴに、彼らの動きを分析する暇もなく、色んな意味で余裕のなくなったアルゴは窮地に立たされる。


「五月蝿ぇんだよ、行き遅れのオッサンがぁぁぁーッ!!」

「オッサン言うな! 正面から堂々と──と見せかけて……本命は後ろだ ッ!」


 背後を取ろうとするアインの腕を回し蹴りで一蹴すると、余裕を持った態度で彼らの甘さを指摘する。


「フッ、私に騙し討ちを仕掛けるなんて、二十年──」

「黙れっての!!」


 しかし、アルゴの目の前にはすでに腕の無いアインが迫っていた。


「まさか、あの弾幕を抜けてくるとは……だが、それも読んでいた!」


 ブレードを手に迫るアインを迎え打とうとするアルゴ。


 狙いは足攻撃に対するカウンター……しかし、アインはアルゴの予想する攻撃の素振りを一切見せなかった。


「ったく、さっきから騙すだの本命だのわけのわからねぇこと言いやがって……」

「? どういうことかな?」

「ハッ、喜べ──全部だ!!」


 足による攻撃を待っていたケイオンに対しアインの放った一撃は、ケイオンの顔面に対しての、あらかじめ装着していたのスペア腕による右ストレートであった。


「何っ!? 腕を飛ばしたら、手がなくなるのではないのか!?」

「腕利きのメカニックに副腕用意させたんだよ!! それとなぁ、弾いたぐらいじゃどうにもなんねぇんだよ、私の腕は!!」


 正面の攻撃に気を取られていたケイオンに、追い討ちをかけるように主腕による攻撃がケイオンの背中をガッチリと掴み、身動きを封じる。


「くっ、メインカメラに続いて背後から拘束するとは……しかも彼女を捕らえるつもりが、逆に捕らえられた……いや、これは喜ぶべき──なっ!?」

「ピーチクパーチクうるせぇんだよ! キャッチアンドリリースだ、弾幕の海に帰れ!!」

「ちょっ、やめっ──!? ぎゃぁぁぁぁぁーっ!!」


 ケイオンを掴んだアインの腕はその場でグルグルと回転し、その勢いのままツヴァイの放つ銃弾の嵐の中へと投げ飛ばす。


 視界も無く、機体制御も出来ないケイオンは、その攻撃を一身に受け、瞬く間に大破していった。


「ヘッ、ナイスコンビネーション」

「当然だな。他の雑魚も片付けるぞ!」


 協力して倒した強敵を前に二人は横に並ぶと、拳と拳小突き、残りのアモールの殲滅へと向かっていった。


「ふぅ……敗因は甘い波動による冷静さの欠如か……さて、そろそろあっちも頃合いかな?」


 残る一人の仲間の戦いの終わりを、脱出ポットの中から一人予見する。



 ……



「……私の負けのようだな」


 剣の切っ先を向けられ、自らの負けを認めたのは、刹那であった。


 しかし、その結果にウルカは満足する様子はなく、どこか激昂を抑えるように口を開く。


「何故だ……何故最後の一撃、貴様は手を抜いた! 刃を伸ばせば私より先にその刃が届いたはずだ! 防御もそうだ、剣の形を少しでも変えれば、もっと余裕をもって戦うことが──!」


 エネルギーの刃、その変幻自在のエーテルブレードの利点を一切利用しなかった刹那に対し、ウルカは神聖な決闘を汚された気持ちをぶつける。だが、刹那は悪びれる様子もなく、キョトンとした表情でその問いかけに答える。


「……貴様は一体何を言っている、伸ばすだの形を変えるだの、そんな物はもう剣ではない」

「何……!?」

「剣とは己の心の形、不動であり、強固な物でなければならない。今では仕方なくこの剣を使っているが、元々使っていた刀と大きさは一切変えていない……それが私の剣の道だからな」

「…………フッ、ハッハッハッハ、そうか……私もまだ未熟であったか……ならば、私も君のその道に準じて、戦おうではないか……誰か、我が剣を持って参れ」


 不動の信念を持つ刹那の言葉に自分の甘さを感じたウルカは、艦内に待機するアルテリアスに使い込まれたEGの剣を運ばせる。


「これは、私の長年使ってきた剣だ……しかし、私は時代の流れに流され、道を外れ、今の剣に魂を売ってしまった……だが、ようやく思い出すことができた、私の歩む道がなんであるか!」

「そうか……では、同じ道に立つものとして、もう一戦交えようか……とはいえ、私の刀は──」


 一度ジャンナに断たれ、その後持つことの無くなった刀。その存在を振り返る最中、一人の男の声が耳に入る。


「隊長ーっ!」

「その声、大輝か!? 何故ここに」

「繁先生からの預かり物です。それと俺だって同じ部隊の隊員なんですよ? 飛鳥が濃いからって、置いていかないでくださいよね!」

「ふ……ああ、そうだな」


 スサノオが投げる新たな武器を手に取ると、その白い鞘から刃を抜き取る。


 不形ではなく、不動の刃。白刃の刀をゆっくりとウルカへと向け、構えを取る。


「フッ、互いに準備が整ったようだな……では──」

「ああ──」


 対エーテルブレード用に開発された刀……刀身の刃を引っ込める事で、代わりにエーテルの刃を纏う機能を持つそれを刹那は作動させず、決闘へと挑む。


 実体を持つ刀と剣がぶつかり合い、何度も何度も火花を散らす。その二人の闘いには、一時の油断も隙も許されない──正に真剣勝負。


「ああ、思い出す、思い出すぞ昔の戦を……この風、この肌触りこそ、私の求めた闘いだ!」

「ああ、私も今、猛烈に興奮している!」

「もらったぞ!」

「まだッ!」


 振り下ろされる剣を刀が弾き、振りかぶる刀を剣が止める。その緊張感、その充実感が二人を昂らせ、闘いの最中にも関わらず、その顔は笑っていた。


「このまま永遠に戦いたいところだが、私には隊長として、あのクラスの一員として成すべきことがあるのでな。これで終わらせる……月下神斬流奥義──無月!!」

「奥義だと……だが、こちらも容易にはやらせん!」


 刹那の持つ最大の攻撃に警戒しつつも、パンデイアはその剣を力強く握り、眼前のツクヨミに一閃を仕掛ける。


「そこだッ!」


 しかし、剣を振り払った目の前にツクヨミの姿はなく、ウルカは完全に彼女の姿を見失った。


「消えただと!?」

「月下神斬流奥義無月……動きと気で相手の注意を惹きつけた後、瞬時に気配を消し、相手の死角へと移動することで、相手に消えたと錯覚させる……本来ならばそこから斬撃と移動を交互に行う技だが、今回は殺し合いではないからな……これで終わりだ」

「……フッ、見事だ」


 背後に立ち、その背中に刀を構えるツクヨミの姿を背部モニターで確認し、ウルカは悔しくも満足した表情で自らの負けを認め、彼女の腕を称えた。


「……そして一つ、確かにわかった。君のような者がいるエーテリオンが、人を洗脳し、自分勝手な行動を取るとは思えない……恐らく、あの時の姫様の言葉は全て事実なのだろう……」

「あ、ああ……うむ」


 地球で自分勝手な行動を繰り返した挙げ句、世界中に洗脳電波を流した事を思いだし、刹那は言葉を詰まらせるが、ここで余計なことを言うとややこしくなるので、ウルカの信じるエーテリオン像を壊さぬように、仕方なく肯定した。


「よし、我々が討つべき真の敵は君達ではない……ディオス・N・バックスだ!」

「ウルカ殿……」

「聞け、我に従う全ての者よ! 姫を利用せんとする真の逆賊を討ち果たすため、これより我は全力を持ってディオス率いる軍へ反旗を翻す! 我と志を共にする者よ、ついて行くと言うのなら止めはせん。剣を取り我と共に戦おうぞ! 我を阻むという者よ、かかってくると言うのなら止めはせん。剣を取り我と戦おうぞ! さあ、我と戦う者はおるか!」


 シン、と、ウルカに対する通信は一切無く、その場に静寂が満ちる。


「では、我と共に戦う者はおるか!!」

「イエス・ユア・マジェスティ!!」


 ウルカに従う全ての部下が、その場その場に起立し、敬礼と共にその意思を示す。


「ならば進め! 敵はディオスに属する者全てだ!!」

「おおおおおぉぉぉぉぉーっ!!」

「援軍感謝します、ウルカ殿」

「勘違いをするな、我は自らの道に従っているだけだ」

「そうですか……では、偶然にも同じ道のようですから、手を取り共に歩みましょうか」

「フッ、それは心強い。楽しい旅路になりそうだ」

「あっれー……置いてかないでって言ったのに、なんか俺置いてかれてない? ちょっと待ってくれよ!」


 二人で進軍する後ろ姿を見て、一人置いてきぼりの大輝は慌ててその後ろに着いていった。


 三帝貴族が敗れ、諸悪の根源たるディオスの野望も、徐々に崩壊していく。


 この戦いの終決もあと僅か……。

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