第三十六話 艦長、ツインドッグです。
……バイオレッド出撃前、エーテリオンブリッジ
「敵、更に増加……飛鳥さん、押されています」
「くっ、もっと援護できないのか!?」
「エーテリオンを前線に突っ込ませば可能ですが?」
「それでは逆に飛鳥の負担になる! くそっ、私はやはりなにもできないのか……」
予想を遥かに超える敵の攻撃に、エーテリオンは苦戦を強いられていた。
相馬は自分の不甲斐なさに嘆きながら、机に両手を当てうつ向いた。
──アイツならば、この状況をどうしただろうか?
いない人物の姿を思い浮かべるが、姿を浮かべたところで作戦が浮かぶわけではなかった。
「……ん、はいこちらブリッジ──ああ、終わりましたか、分かりました」
「終わった? 何の話だ──おい、なんのつもりだ!」
どこかとの通信を終えた命は相馬の元へスタスタと行くと、彼の体を机から引き離し、そのままブリッジから追い出そうとする。
「貴方は私たちと合わないので、ここから出ていって下さーい」
「何!? バカなことを、だったら誰が艦長代理をすると言うのだ!」
「代理ぐらいなら、私でも十分可能です。貴方はここに必要ありません」
「──ッ! 必要……ないだと……?」
「ええ、貴方が戦う場所はここではありません──前線です」
「……まさか」
命の言葉の意味を理解した相馬は、その真意を確かめるように彼女の目を見る。
「ええ、機体の修理が終わりました。貴方が飛鳥さんを助けたいと言うのなら、今すぐ出撃してください」
「だが、私では……」
先日の戦いでの失態や打ち明けられた事実が、彼の足をその場に繋ぎ止める。
「……彼女も待ってますよ、貴方が来ると信じて」
「貴理子が……待っている?」
「はい、“そーいう機体”ですから」
「そういうって……おい!」
無重力空間を利用し宙に浮いた相馬をブリッジの外へと突き飛ばすと、その扉を閉め艦長席にサッと座る。
「さてと……」
「随分アッサリと座るんですね」
「私は小さいことにはこだわらないので……ま、席が変わったところで、そう簡単に戦況は変わりませんが……あとは相馬さん達の活躍次第ですね」
命はブリッジから追い出した男の活躍を期待する一方で、期待されている男は命の強引な行動に腹を立て、文句を呟いていた。
「まったく、アイツは何を考えて……」
「相馬さん!」
「貴理子か……機体について何か聞いているか?」
「はい。ですが、それは口で説明するよりも、見ていただくほうが早いかと」
「……わかった」
貴理子の言葉を素直に受けとめた相馬は、彼女に連れられるまま格納庫へと向かって足を進めた。
「お、やっと来たか」
「繁先生、機体は?」
「ん、コレだよ、コレ」
親指で背後に存在するEGを指差すが、その姿を見た相馬は思わず声を詰まらせた。
人型とはかけ離れたその巨大な物体は、敵であった大型アモールを思い出させる。
「これは……EGなのか?」
「機体名はバイオレッド──ま、パイロットが二人必要だが、お前ら専用にシステムを改造してある。火器管制と副兵装のお前は後ろ、機体操縦と主兵装の貴理子は前に乗れ」
「……私が、貴理子と?」
繁は先端の紫色の部位と後方の赤色の部位を指差して搭乗を促すが、相馬は再びその場に立ち尽くす。
しかし、そんな彼の手を取る者がそこには一人いた。
「……!」
「行きましょう相馬さん。どんな困難も、二人で背負えばきっと乗り越えられます──だから!」
「──フッ、ああ、そうだな」
二人で背負う──それは先程自分が言った事だ。
自らの失敗を恐れていた相馬だったが、その言葉を思い出した相馬は恐れることなく彼女の手を取った。
「チッ……あー、ケツが痒いぜ、まったく」
北井へと走る二人を見送る繁は、ポリポリと服の上から尻を掻き出撃準備を完了させた。
「三番隊隊長、赤城相馬」
「同じく、三番隊副隊長、葵貴理子」
「バイオレッド──出る!!」
その声と共に十を超えるブースターユニットが一斉に火を吹き、巨体は瞬く間に最高速を迎え、宇宙を駆けて行った。
……
「ヘッ、弱いからって女の腰巾着に成り下がったか、この雑魚がァーッ!!」
「腰巾着で結構! それならば、彼女といつも共にいられるというものだ!!」
「抜かせぇぇぇッ!!」
自分より弱い存在が、自分に対して調子に乗った態度で接してくる事に腹を立て、ブラムのトラキアントは変則軌道でバイオレッドへと接近する。
「相馬さん!」
「左一番から四番発射!!」
「そんなトロいミサイルで──!」
「遅いのはお前だッ!」
バイオレッドから放たれたミサイルに気を取られたブラムの隙を突き、急旋回したバイオレッドは主武装の大型ガトリング砲をトラキアントへと浴びせかかる。
しかし、ブラムも並のパイロットから抜き出た実力の持ち主。制動の利かないトラキアントを無理矢理動かし、銃線から大きく離れ攻撃を回避する。
「チィッ! デケェくせになんて小回りしやがる、それにトラキアント並に速いだと!?」
「機体に振り回されている貴様と、機体能力を最大限に発揮できる私達とでは、レベルが違う!」
「ほざけよ、このアマがァーッ!!」
「……よし、追ってきたな。貴理子、例のエリア──いけるな?」
「勿論です、相馬さん!」
トラキアントを仲間達から引き離し、さらには自分達の戦いやすい場所への誘導に成功した二人は、そのままトラキアントを引き連れて攻撃を仕掛けるポイントへと移動を開始する。
……
「こちら奇襲部隊の三蔵、作戦は失敗! 人員は無事、機体はアイン、フィアーが軽傷。パイロットを降ろし次第再出撃する」
「了解しました……と、なると──敵、増えちゃいますね」
命の言葉に反応するように、新たなワープゲートが敵側の艦隊後方から現れる。
「正面の艦隊後方にワープ反応!」
「さて……状況は悪化する一方ですね──通信?」
「命か、カグヤは!?」
「……作戦は失敗したようです、まだ敵側かと」
いっそいつものノリで死んだとでも言ってしまおうかと思う命だったが、そんなことをしてしまえば二度と彼と話すことはできないだろうと理解している命は、ありのままの事実を述べた。
「くっ……」
「姫様はディオスに連れられて姿を見失った。単独での移動だ、前方の艦隊にはいないだろう」
ジャンナの言葉を聞き、飛鳥はディオスの行動を予想する。
目の前の敵の群にはいない。だとすれば──
「ジャンナ、ExGのある場所を教えてくれ」
「……位置はここだ。だが、今戦場にいるものとは別格の高性能のアモールが数十機は常駐している。特定の人物以外は敵と見なされ──」
「あの艦隊にいないなら、もうそこしかないだろ?」
「……ああ、わかった、貴様の穴は私達が埋める。だから行け!」
「助かる、ジャンナ」
「……頼むぞ、神野飛鳥」
戦いを経て、彼の実力をよく知るジャンナは、飛鳥にカグヤの事を任せ、ローゼスを駆り迫るアモールを撃墜していく。
……
「オイオイオイオイ、大口叩いてどこまで逃げるつもりだよ!」
「どうした、自慢の機体では追い付けないのか? ノロいな」
「テメッ──くっ、ここは……デブリ群か!」
目の前を飛び回るバイオレッドに気を取られていたブラムも、機体から発せられる危険信号を耳にし、自分の周囲の状況を知る。
宇宙の星々、巨大な岩石の塊が漂う宙域。今のバイオレッドやトラキアントの高速戦闘状態では衝突はおろか、接触するだけでも機体に重大なダメージを与えるだろう。
「アイツ、減速もしないで……」
「なんだ、大口を叩いておいて隕石群が怖いのか? この臆病者」
「ッ──上等だ、このクソ野郎ども! そんな図体で行けるもんなら行ってみやがれ!!」
「言われなくともそのつもりだ!」
眼前から流星の如く降り掛かるデブリを、貴理子はその目で全て見切り、最適のコースを選定して突破していく。
しかし、それはブラムにとっても同じであった。
むしろ、小回りの利くトラキアントにとって、この程度の障害は大きな問題にはならなかった。
「フン、テメェらはこのトラキアントをデブリごときでどうにかできると思ってんのか!?」
「思っているからやっている!」
「何ッ!? デトネイターユニット、いつの間に分離させて──!」
先行するバイオレッドから切り離されていたミサイル発射ユニットは、デブリを避けて獲物を追うブラムとってはデブリの一部と見なされ、その存在を悟られることなく射線上にトラキアントを迎えると、小型のミサイル群が上下左右から一斉に放たれる。
「くぅっ! だが、このトラキアントにはーッ! 当たらねぇんだよッ!!」
「だろうな。だが、お前にもう逃げ場はない!」
ミサイルの爆発を潜り抜け、尚も接近するトラキアント。しかし、その四方はデブリに衝突したミサイルによって生み出された小粒の隕石に囲まれ、後退も回避も不可能となった。
許されるは直進のみ。だがそれは前進しかしないブラムにとって何の問題もない事だ。
「デブリの壁か? だがな、隙だらけの背中見せてるテメェらを倒すぐらい、簡単なんだよッ!!」
「……お前はこの機体が
「知るわけねぇだろうがァァァーッ!!」
目の前の獲物に対し、鋭利な爪を構えて襲い掛かるブラムにとって、相馬の言葉はどうでもいいことであった。それが例え自分を追い詰める事であっても……。
「ならば見せてやる──こういうことだッ!!」
「ッ──分離だと!?」
バイオレッドは全身のロック装置を解除する……すると貴理子の乗る小型戦闘機と、相馬の愛機であるAレッドへと分離し、後ろ向きで合体していたレッドは必然的に迫るトラキアントと対峙することになった。
「落ちろぉぉぉーッ!!」
バイオレッドの主武装であるガトリング砲は、レッドの両腕に繋がれており、その銃口を正面に向けて乱射した。
正面から迫ることしか出来ない敵に、それを回避する術はない。
「俺を──ナメるなァァァーッ!!」
故に、ブラムは最良の選択肢──突貫を選択する。
銃弾をその身に浴びつつも、細かい動作により急所への被弾を避け、すれ違い様にレッドの両肩を切り裂き、更に進行を続ける。
「くっ、貴理子ーッ!!」
「最初にこっちに撃ったガトリングがアイツの武装なら、目の前に飛んでるコイツは、ただのフライトユニットってことだよなぁッ! だったら女! テメェから殺す!!」
「……バイオレッドのレッドは相馬さんのAレッドのことだ……ならば、貴様はバイオの意味を知っているか?」
「だぁかぁらぁぁぁーっ、知るかって言ってんだよォォォーッ!!」
トラキアントはその両爪で貴理子へと斬りかかるが、その寸前に獲物である小鳥はその姿を“小人”へと変化させる。
「
「人型に変形した!? だが、そんなナイフでッ!!」
レッドの支援兵装である現在のブルーに搭載されている装備は、一本のナイフと両腕に内蔵されているバルカン砲のみであった。
ブラムにとって、そんなチンケな装備は無いにも等しい貧弱な物……しかし、貴理子は動揺も、焦りもなく、冷たくその一言を呟いた。
「コレで十分だ……」
「コイツ、このデブリの山を!?」
高機動であるトラキアントですら不可能と思われていた辺りの小粒デブリの中を、バイオは巧みな動きで掻い潜り、トラキアントの頭上へと現れる。
「上か! ハッ、返り討ちに──なっ!? トラキアント、なんで動かねぇッ!!」
リーチの違いを活かし、カウンターを仕掛けようとするブラム……しかし、機体の腕が、足が、一切可動しない。
「相馬さんが貴様の機体を傷つけたおかげで、小口径のバルカン砲でも関節部を全て撃ち抜けた……あとはこれで!!」
「デブリの嵐を自由に泳ぐだけじゃなく、その中から関節部を正確に撃ち抜くだと? ククッ、アーッハッハ!! テメェッ強すぎんだよ!」
デブリを抜け舞い降りたバイオは、トラキアントの脳天にナイフを突き立て、猛獣にトドメを刺した。
相手を称賛する言葉と共に脱出ポットが作動しブラムはポットと共に宇宙空間に投げ出され、間もなくしてトラキアントは力尽き爆破した。
「ジャンナ様、敵前線部隊、行動が遅くなりました!」
「ブラム隊のアモール……まさか、ブラムを倒したのか?」
「ともかく、今が好機のようだな……」
「隊長、どこに!?」
動きが遅くなる敵を切り捨てながら、刹那は目の前に現れた戦艦へと進軍する。
「約束を果たしにな──大輝、お前はエーテリオンを守れ!」
「ま、守れって……」
アモールの処理をしながらも、一人でその戦場から去っていく隊長の姿を目で追う大輝は、このままでいいのか、と考えるが、すぐに行動に移すことはできなかった。
「ハッ、戦況なんて分かったもんじゃねぇが、今が攻め時なんなら、いくしかねぇよな!!」
「勝手に前に出てんじゃねぇ!」
「ちょっと、二人とも!」
「テメェとフィアーはここで待機だ! 目の前の獲物は私が貰う」
「だから、勝手に独り占めにすんじゃねぇっていってんだろ!」
時同じくして戦場に参戦した二番隊も、部下の二人を残し、隊長と副隊長は敵陣へと突っ込んでいった。
(これで三蔵君達は安全だよね……頑張らなきゃ、失敗した分、隊長の私が!)
(失敗したのは僕が弱かったからだ、だから今度は絶対に誰も傷つけさせない!)
無論、戦果が欲しいわけではなく純粋に仲間を守るために……。
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