第三十五話 艦長、私です。

「チッ、新手が来たぞ! ボサッとすんな、三蔵!!」


 カグヤのいる城への侵攻を心配する三蔵へ、耳をつんざくような怒声がコックピットへ流れてくる。


 三蔵は慌てて辺りを確認すると、空から一機のEGが飛来する。


「間違いなく陽動だろうから……キチンと騙されないとね」


 異色を放つような形状も、異形の武器も持たぬアルゴの小柄なアルテリアスケイオンは一丁の銃と、エーテルブレードだけを持ち、その銅色の機体を三人へと見せつける。


「隊長格か……おもしれぇ、畳み掛けるぞ、宗二、三蔵!!」

「命令されなくてもわかってんだよ!!」

「この二人に合わせろってのか? くそっ!」


 迫る両腕、ガトリング砲の一斉射、そして数多の剣。

 通常なら回避不可能と思えるその攻撃を、ケイオンは最低限の動きで弾を避け、腕を払い、射撃によりドライを退ける。


「隊長格じゃなく、大将格なんだよね……さて、手を抜きすぎても怪しいから、少し本気でいくよ」

「来るッ!! 下がれ三蔵、テメェじゃ無理だ!」

「こっちに来やがれ、テメェの相手はこの俺だ!!」


(三蔵君が危ない、私が何とかしなきゃ……!)

(三蔵がやられるくらいなら、僕のところへ来い!)


 表向きはキツい言葉を使う二人だが、その内心は仲間の事を第一に思い、機体を動かしていた。


「いっけんバラバラに見えるが、これでも噛み合った戦い方をする……面白い相手だ」


 二機による総攻撃であったが、機体性能を特化させているケイオンは再びそれを回避すると。

 状況を確認し、防御から攻撃へと切り替える。


「速いッ!?」

「まずは一機!」


 突出して攻撃を仕掛けていたアインの懐へと入り込んだケイオンは、そのコックピット目掛けてサーベルを横から振り込んだ。


 しかし、生まれながらの直感か、それとも偶然か、零は寸前にケイオンから距離を取り、サーベルはコックピットを掠め、空を斬った。


「くっ──!?」

「何やってんだよ、ノロマ!!」


 二機の間を裂くように放たれた弾幕に、ケイオンは素直に後退し、アインから距離を取る。


「…………」

「なんだ、いきなり動かなくなったぞ……」

「しゃしゃり出るな三蔵、何かくるぞ……」


 突然その場で停止するケイオンに、警戒する三機。すると、ケイオンは銃を腰に付け、空いた手をゆっくりと前へと出した。


 ──そして……。


「私と婚約していただけませんか?」


 告白がきた。



 ……その頃三人目の騎士は──



「見えた、見えた、見えたぜ! クソ忌々しい白船が!! アモールを全部出せ! 随伴艦のやつも全部だ!!」

「そんなに必要なの?」

「やるからには徹底的にだ! 骨も残さずブッ殺す!!」


 自身の艦を、自身の機体を、自身のプライドを傷つけられたブラムは、エーテリオンに対して胸の中の怒りを爆発させ、攻撃命令を出す。


「敵…………千機以上こっちに向かっています」

「やはり桁が違うな……各機迎撃準備、エーテリオンは後方から援護射撃を行う!」

「あー、なんだか戦艦としてようやくまともな指示がでた気がする……勝てる気がしないけど……」

「諦めたらそこで何とやら、ですよ。やれるだけやって、いざとなればブリッジメンバーだけでこのエーテリオンで特攻を……」

「そんなのイヤだよ!?」

「えー、結構燃える展開じゃね?」

「そこ、うるさいぞ! まったく、月都カグヤはこんな無法地帯をよく制御できていたな……」


 むしろ無法地帯の主であるカグヤの事など知りもせず、相馬はマイペースな命と文句を垂れる光、能天気な焔に対して叫ぶと、目の前の戦いに集中する。


「へっ、雑魚が経験値と金持ってやって来やがって、無限沸きの稼ぎ場かっての……リーヴェス、アサルト&ソードモード!!」


 アマツの翼が暗闇の中に散り、迫り来るアモールの大軍をエネルギーの弾丸と刃で次々に駆逐していく。


 しかし、ライフルで一掃しても、サーベルで凪ぎ払っても、その数は一行に減る気配を見せず、戦線は少しずつ押され始めていた。


「くっ、私たちだって!」

「綺羅、出すぎない! そこッ!!」

「さすがにこれを六機は厳しいな……」

「文句を!」

「言わないでください!」


 飛鳥の後方から攻撃に参加する残りの五機も、善戦するものの、その圧倒的物量には敵わなかった。


「こっちに!」

「しまっ──!?」

「ッ──リーヴェス!!」


 間一髪のところで仲間の命を救う飛鳥。一度や二度ではない、今日の戦闘で少なくとも十数回は繰り返し彼らを救っていた。


 遠隔操作のリーヴェスの使用にはかなりの集中力を必要とし、飛鳥の並外れた集中力にも限界が来ていた。


「飛鳥、少し下がったほうが……」

「バカ、下がれるか──!」


 しかし、そんな飛鳥に畳み掛けるかのように新たな刺客が攻撃を仕掛けてくる。


「随分動きがノロくなってるじゃねぇか……なぁぁぁーっ、白いのぉぉぉーっ!!」

「くっ、コイツ!」

「Aトラキアント──操縦者の体をボロボロにする欠陥機だが、テメェを倒すにはこれぐらいじゃねぇとなぁぁぁーっ!?」


 ブラムのトラキアントに圧倒され、仲間達と離される飛鳥。なんとか、目の前の敵を掻い潜り、彼らの元へ戻ろうとするが、トラキアントの力は疲労した飛鳥には驚異的な力を持っており、次第に距離を離されていく。


「クソッ、邪魔すんな!!」

「やだね、そんなに仲間が大事っていうなら、先にお仲間から片付けてやるよ! テメェはその後だ!!」

「退けって、言ってんだ!!」


 目の前の障害を退けようとする飛鳥だが、機動力を高めるための補助ブースターでもあるリーヴェスを全機切り離したアマツでは、そのオーバースペックのトラキアントを押し返せなかった。


「くっ、こんなところで止まれないんだよ……俺は主人公なんだ、仲間を守るヒーローなんだよッ!!」

「知るかよ。ヒーローごっこは一人でやってろ!! やれアモール、雑魚を蹴散ら──!!」


 絶体絶命かと思えたその時、アルテリアスを囲うアモールが一斉に爆破し、攻撃は失敗に終わった。


「何だ!?」

「ご希望通り、雑魚は蹴散らさせてもらったぞ!」

「その動き──前の青いやつか!」


 他のアルテリアスより一回りも二回りも巨体でありながら、その機敏な機体の動きを見抜き、パイロットの正体を言い当てる。


「また会ったな、とでも言っておくか……飛鳥、ここは何とかする、だからみんなを頼む」

「貴理子……でも!」

「忘れたか? 私の実力は貴様と同等だ……それに、私は一人ではない」

「え……?」

「このアルテリアスバイオレッドは二人乗りの機体だ」

「相馬!? お前、エーテリオンはどうしたんだよ!」


 バイオレッドから聞こえてくる貴理子とは違う男の声は、エーテリオンの艦長を任されていた相馬であった。


「代代理艦長に任せている、問題はない。だから行け飛鳥、また敵がくるぞ!」

「わかった、任せるぞ!」

「テメェ! 俺を無視して行こうとしてんじゃ──チッ!!」


 トラキアントに背を向けるアマツに追い付こうとするブラムだが、さらにその後方から飛来する弾丸とミサイルの嵐に阻まれ、舌打ちと共にその相手を睨み付ける。


「お前の相手は──」

「私達だ!」


 バイオレッドは両手に持った大型ライフルをトラキアントに構え、リベンジマッチを叩きつけた。



 ……



「はぁッ!?」


 長い沈黙を破るかのように、三人は声を揃えてそう言った。


 いきなり現れた強敵が、あの零に対して告白などすれば誰しもそんな反応をするであろう。


「テメェ、動揺させる作戦か!」

「違います! このアルゴ・タレリア、今まで仕事に打ち込むあまり女性との出会いはなく、今年で三十半ば……貴女のような強気の女性を今まで待ち焦がれていました……」

「そのまま焦げ死んでろ!!」

「そう、その不作法な振る舞い、職場では中々お目にかかることのない新鮮さが、私の心を刺激する!」


 隙を見せるケイオンに攻撃を仕掛ける零。切り裂かれたコックピットの入り口からは破壊された工場の塵や臭いが風と共に入り込むが、目の前のふざけた男を倒すためならば、そんなものは一切気にはならなかった。


「チッ、やっぱり強い!」

「よければ私の子を産んでくれませんか!?」

「三十半ばの男が女子高生に言うことか! このロリコンめ!!」

「くっ、私の邪魔をするなぁぁぁーッ!」


 カグヤの事を知り、少し本気レベルの力で時間を稼ぐ予定だったが、歳ゆえの焦りが、アルゴから冷静さを欠かせた。


「クソッ、コイツさっきより速く──!」

「無駄口叩いてる暇ねぇだろ、手を休めんな!!」

「ハッハッハ、無駄無駄ァッ! このケイオンの性能に勝てると思って──ウルカ卿……? わかった、すぐに戻る」


 三機を圧倒しようと動き出したケイオンだったが、刹那を前にしたウルカ卿からの連絡を受け、冷静さを取り戻すと共に攻撃をやめ背を向ける。


「ふぅ……残念だがまた今度だ。君達は早く帰るといい」

「逃げるのか!?」

「ああ、“勝ち逃げ”させてもらうよ……今君達に姫を連れ戻されると、尻尾を掴み損ねるからね」

「くっ、待ちやがれ!」


 零の止める声も聞かずに、アルゴは空へと消えていった。


「あの言い方、作戦がバレたんじゃ……」

「みたいだな……俺達も行くぞ! 失敗なら失敗で、フィアーを回収してエーテリオンに帰んねぇといけないからな」

「わかってるっつーの、勝手に仕切んな!」


 いつもの口喧嘩を繰り広げながら、アイン、ツヴァイ、ドライの三機は、ケイオンが消えていった方向へと進路を向け移動を開始する。



 ……



「大丈夫ですか? ディオス卿」

「Aケイオン……アルゴ卿か!」

「チッ、新手か……」


 ケイオンの飛来する直前にコックピットに戻りフィアーを城から離したシャロは、エーテルナイフを逆手に持ち、ケイオンと対峙する。


「アルゴ卿が戻ってきたか……くっ、貴様ッ!」

「ディオス様、鍵を連れて高速艇へ!」

「カイセル!」


 ディオスへ剣を向けるジャンナの前に、シャロの銃撃から免れたカイセルも剣を持ち対抗する。


「私も隙を見て追い付きます、ですからディオス様は急ぎ封印の星へ!」

「……すまぬカイセル、ここは任せるぞ!」

「イエス・ユア・ハイネス!!」

「二流の腕で私を止められると思って──クッ!」

「銃は剣よりも強し、と言うでしょう? そんな武器、古いんですよ!」


 懐から取り出した拳銃でジャンナとの距離を離し、優位を勝ち取るカイセル。


 さすがに正面からは勝てないと考え、フィアーの衝突によりできた瓦礫に隠れ、相手の、そしてディオスの姿を確認するが、すでにディオスとカグヤの姿はその戦場からはいなくなっていた。


「くっ、姫様……刹那、シャーロット、作戦は失敗です、撤退を!」

「残念だがここまでか……この勝負、預けるぞ!」

「預ける、か……我が名はウルカ・ファウスト、貴様は!」

「神崎刹那だ!」


 自らの名を名乗った刹那はそのままジャンナの元へと駆けていった。


「ん? フン、剣で銃に勝つつもりか!? バカ──が……!」

「勝つつもりだが?」


 カイセルは、剣を持ってこちらへと迫る刹那を嘲笑い、銃を発砲するが、刹那は恐れることなく突き進み、銃弾を次々と斬り捨てカイセルの首に刃を当てる。


 その姿を見たウルカは、敵ながらその姿に称賛の声を上げる。


「見事な腕だ……」

「ば、化け物か……」

「武器を捨てて、外の機体を黙らせろ」

「わかった…………これでいいか?」


 こちらの様子を伺いながらフィアーとの戦闘を行っていたケイオンは、武器を捨てるカイセルの様子と無言の頷きに気付き、武器を下ろしフィアーから距離を取る。


「よし……おかしな真似は──」

「するに決まってるだろ!!」


 カイセルが袖から取り出したスイッチを押すと、身に付けていたネックレスがピカッ、と閃光を放つ。


 一瞬の隙を得たカイセルは城外へ逃げると、待っていたケイオンの手に飛び乗り、その場を後にした。


「ウルカ卿、貴様も急ぎ戦艦を出せ! 姫の強奪に失敗した今、残りの奴等を殲滅すれば、我らの勝ちだ!!」

「暴れないでください、落ちますよ」

「カイセルめ……どこまでも卑怯な……」

「今は嘆くよりも体制を立て直す事が先決かと……戻りましょう」


 剣を納めて、カイセルの姿を悔しく見送るジャンナを刹那は諭し、フィアーの差し出す手の上へと飛び乗った。



 ……その頃、艦長が交代したエーテリオンでは──



「主砲右修正4ミル、上修正2ミル……発射。ミサイル六番から八番、エリアA12へ向けて発射、再装填次第に13、14へ発射、対空砲は四周を警戒、副砲も温存してください」

「了解!」

「なんか……手慣れてるね、命ちゃん」

「ま、天才ですから──ゲームの、ね」


 大きな艦長席には不釣り合いな小柄な少女が、戦艦の指揮を取りながら、いつものようにニヤリと微笑んだ。

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