第二十九話 艦長、出発です。

 ズカズカと廊下を進んでいくカグヤを追って、家の中を進んでいくと、廊下の奥に存在する木製のドアをカグヤは力任せに叩き開け、その部屋へと入り込んでいった。


 書斎と称するのが合っているその部屋には、机に両肘をつけ、手を組んだ帝が待っていた。


「……よく来たね、カグ──」

「なにカッコつけて待ってんのよ、このクソジジイがぁーっ!!」

「ぐっはぁっ!!」


 接客机を踏み台に書斎机を飛び越えて、憎き相手へとドロップキックを顔面に喰らわせる。


「ちょちょちょちょ! 真面目な話しに来たんじゃないの!?」

「うっさいわね! だったら普通に待ってなさいよ、なに子供を利用しそうな父親ゲンドウのポーズして待ってんのよ! 似合わないのよ、アンタには!」

「ま、まぁカグヤ、とりあえず話を聞こうぜ。このままだったらお前、文句だけ言って終わりそうだし……」

「……チッ、わかったわよ。我慢してアンタの言い訳を聞いてあげるわ」


 マウント状態から拳を降り下ろそうとしていたカグヤはその手を止め、渋々話を聞くことにした。


 もしも飛鳥が止めなかったら本当に殴るだけ殴ってエーテリオンに帰っていただろうと、少し衝動的だった自分を反省する。


「あ、ありがとう、飛鳥君……さてと、それでは何から話すべきかな」

「最初から、全部よ!」

「そ、そうだね……ゴホン、それじゃあエーテリオンを見つけた時の話からしようか」


 倒れていた椅子を元に戻し、二人と向き合いその口から過去の話が語られる。


「……十二年前、エーテリオンが日本へと墜落した。幸いにも艦の自動着陸システムが作動したおかげで、辺りに被害はなかったものの、その存在は政府としても扱いに困ったものだ……しかも、中にはまだ小さな少女が倒れているときた」

「……私ね」


 帝は無言で首を縦に振ると、話を続ける。


「それからエーテリオンの大半を分解、解析が始まった……幸いにも様々なマニュアルが文献やデータとしてあったから、語学解析をすることで幾分か楽にエーテリオンやEG、エーテルについては知ることができたから、WC──いや、ローメニア星軍の侵略に対して秘密裏にEGを量産し、戦闘に備えたわけだ……」

「秘密裏にやってアレしかできないなら、最初から合衆国に渡せばよかったじゃないの」


 自分達を苦戦に追い込んだEG部隊や、そのパイロット達を振り返り、正論を述べるカグヤだったが、帝は素直にその言葉を受け入れず、苦し気な表情で反論をする。


「……たしかに、戦うためならそれでよかったかもしれない──けど、そうなると、エーテリオンと共にカグヤちゃんを送る事になってしまう……そう思ったから、私は他所に頼らなかった。エーテリオンで発見された君が、行った先で普通の生活を送れるとは思わなかったからね」

「…………」


 カグヤはその言葉に何も言うことができず、ただ複雑な表情で帝から目を反らす。


「……ちょうど発見の数日前に、私は出産前の妻を病気で亡くしていてね。その時は身寄りのない君を助けたいと周りに言って引き取ったが、単に私は君にその埋め合わせをしてほしかったんだ。でも……いや、だからこそ、私は我が子と同じように君を育て、エーテリオンやローメニアとは関わらないようにするつもりだった……でも、いくら探してもエーテリオンを運用できる──君の代わりになれる人物は現れなかった!」


 強く握りしめた拳を机にぶつけ、帝は感情的に悔しそうな声を挙げた。


「十数年経って、ようやくエーテリオンの準備が整い、能力を持つものによって人員は選定された……もちろん、結果は今と代わらない。僕は君を戦いから遠ざける事に失敗したんだ……だが、それでも私は諦めなかった。合衆国なら、イレギュラーではあったが世界中の力を利用したなら、君に代わる存在を見つけ出せて、君を艦から──戦いから降ろさせると思った……もっとも、そこのエースパイロットを筆頭に望みはことごとく粉砕されたけどね」

「……」


 いつもならば、エースパイロットなどと呼ばれればデレデレと喜ぶ飛鳥だが、話が話だけに、反応を返すことができずに押し黙る。


「話はそれだけね……帰るわよ」

「カグヤ、いいのか? まだ十分も経って……」

「いいのよ、聞きたいことは聞けたから……それに、アンタだってバカな事言ってないで、実家に戻る必要あるでしょうが。時間は限られてるの、急ぐわよ」

「カグヤちゃん!」


 飛鳥を無理矢理引っ張って部屋から出ていこうとするカグヤを帝は呼び止める。

 カグヤ自身も思う事があってか、ピタリと足を止める。


「帰って……きてね」

「ッ! なによそれ、私が戦って死ぬと思ってるの!? それとも私達が負けて、めでたくお姫様に戻っちゃうとでも思ってるの!?」

「い、いや、そういうわけでは──!」


 扉を開けたカグヤであったが、帝のその言葉を聞くと、回れ右で帝に掴みかかる勢いで戻ってくる。


「だったら、自分の娘の事ぐらい信じて、親らしく待ってなさい! いいわね!?」


 言いたいことを言い終えると、飛鳥の腕を再び掴み帝の元から去り、扉をバタンと音を立てて閉ざす。


「カグヤちゃん…………ありがとう」


 椅子に腰かけた父親は、娘の放った言葉に対し、一人そう呟いた。


「本当にもっと家にいなくてよかったのか?」

「いいのよ……聞きたいことも聞いた、言いたいことも言った。今が一番未練も後悔もないから……」

「カグヤ……」


 飛鳥から顔を反らして鼻をすするカグヤ。これ以上何かを言う必要はないと、飛鳥は黙って顔を見せたくない少女の真横を歩いた。


「……さてと、それじゃあ行くわよ」

「どこに?」

「アンタの家に決まってるでしょうが、こっちだって招待したんだから、それぐらいいいでしょ?」

「招待って……」


 書斎に案内され、もてなしなどないままに、気まずい空気の中話を聞き、十分ほどで外に出る。

 招待と言うにはあまりにも酷いものであった。


「まぁ、いいか……大事な話聞いた以上、“こっちも”話した方がいいよな」

「飛鳥?」

「地獄からの囁きだ、気にするな」

「……厨二病乙」


 エーテリオンから出たときよりも、明るい顔つきになっていたカグヤは、バカな事を抜かす飛鳥にその言葉を送った。

 しかし、飛鳥は反論することもなく、ただ家までの道のりを歩いていった。



 ……


 住宅街の中にポツンと存在した少し古いワンルームアパート。その扉の鍵を飛鳥は開けた。


「ほら、俺の家だ。狭いだろう」


 部屋にはベッドと机と衣服用のカラーボックスに漫画だらけの本棚だけが寂しく置かれていた。


「狭いだろうって……アンタね、家に帰るっていったのに、なんで下宿先に案内すんのよ!」

「いや、下宿じゃなくて、ここに住んでるんだって、俺」

「あのねぇ、こういうのは一人部屋って言うの! だいたい、ベッド一つだけしかないのに、他にどこで寝るのよ!? なに? この押入の中? アンタの家族は未来から来た青タヌキか……って、の……」


 他に寝られそうな場所を探し、勝手に部屋の押入を開けたカグヤは、それを見て口を止めた。


「ああ、そうだな…………他に場所がないからさ、お前と違って裕福でもないから、ちゃんとした家に住めないしさ……」


 押入には二つの写真立てと、必要最低限の物が揃った小さな小さな“仏壇”が置かれていた。


「飛鳥……?」

「お前と同じだよ、俺は小学生の時、両親を──いや、クラスメイトとその家族を、みんな失った」

「……ローメニアのせい?」


 カグヤは、その原因を自分が作ったんではないかと、恐る恐る飛鳥に尋ねる。


 肯定された時、自分はどうすればいいのだろうかと思考するが、答えが出ないどころか、殴られたように頭がクラクラした。


「いや、カグヤもローメニアも関係ない。ただの事故だよ。家族同伴の臨海学習の帰りに、バスが崖に落ちた……で、俺だけが生き残った──ただそれだけだよ……漫画だろ」


 飛鳥は鼻で笑い、皮肉めいた事を言う。


「俺はそれから一人になった。ずっと家に帰れば、学校にいけば誰か帰ってきてる、生きているって、しばらくは信じてたけど……やっぱり現実は変わんなかった……で、まだ小学生の俺は、大好きな特撮を見ながら言うわけだ、なんでみんなを助けてくれなかったのー? ってさ……ヒーローなんて実在しないのにな」


 日頃から主人公ヒーローという言葉を連呼する少年とは思えない発言に、カグヤは絶句した。


「……でもその番組でさ、ちょうど最終回でサポート役のモブが言ったんだ、ヒーローが現れないなら、ってな……まぁ、モブが無謀にも敵に向かう前に、ちゃんとヒーローは現れたけど──」

「ちょっと待って……まさか、アンタが主人公主人公うるさいのって──」

「……まあ、俺は元からモブじゃなくて主人公だけどな!」

「はぁ、アンタはやっぱりアンタね」


 暗い空気を変えたかったのか、それとも巣で言っているのかわからなかったが、そういうことを言えるのがこの男なのだと、カグヤは呆れ混じれに小さく微笑む。


「……カグヤ、一ついいか?」

「なによ、まだ何か言うことあるの? 言ってみなさいよ」


「俺、お前が好きだ」


 次の瞬間、無言のまま飛鳥の背後へと回り込んだカグヤは、無意識のうちにを決めていた。


「場の空気をなごませたくて冗談言うにも、もっとマシなこと言いなさいよ!」

「じょ、冗談でこんな──あががが、絞まってる、絞まってるぅぅぅーっ──痛ぁーっ!?」

「うっさい黙れ! だ、だいたいアンタが好きなのは綾瀬さんでしょうが!」

「あ、綾瀬さんはアレだよ、人気アイドルの推しメンみたいなアレで、恋人とかじゃなくてだな! と、とにかく俺はお前が好きなんだよ! はじめて会ったときから気になってたんだよ! 部屋同じでお前の匂いがするだけで、心臓張り裂けそうで二、三日は寝れなかったし、風呂覗いて胸触った時なんて、同部屋じゃなければ間違いなくその日ににして抜いてたたぞ!?」

「本人の前でオカズなんて言うなんてバカじゃないの!? ああ、バカでしたねアンタは! バーカ、バーカ!」

「くっ、バカバカうるせぇよ! で、どうなんだ、付き合ってくれるのか? それともダメなのか!?」

「うぐっ……」


 真剣な表情で迫る飛鳥にたじろぎながらも、カグヤは一つの質問を投げ掛けることにした。


「答える前に、一つだけ……一つだけ聞かせて」

「……なんだ」

「その日に抜いてたかもしれないってことは、私をオカズにしたことはあるのね?」

「……まぁ、四か──ぐはぁっ!!」


 隠さずに正直に打ち明けた瞬間、カグヤの照れ隠しと怒りの右ストレートが容赦なく飛んでくる。


「アンタってやっぱり最低のクズだわ!」

「仕方ないだろ! 思春期の性欲は伊達じゃないんだぞ!?」

「知るか! もう帰るわよ」

「まてよ、答えは!」

「…………」


 殴り飛ばした飛鳥を置いて部屋から出ようとしたカグヤを、すかさず飛鳥は呼び止める。


 カグヤは少し黙った後、振り返って──



 フラグを立てた。


「それ、ロボットもので言ったら必ずどっちか死ぬやつじゃねぇか!?」

「なによ、アンタは好きな相手にフラグを立てられたら死ぬような主人公なの? フラグを立てられたら私の事を守れないの? 真に主人公を名乗るなら、今まで通りどんなフラグもへし折ってみなさいよ! そうしたら、アンタを主人公って認めてあげるわ」

「……へっ、上等じゃねぇか。だったら主人公らしくヒロイン守ってハッピーエンド迎えてやるよ!」


 飛鳥は立ち上がり、カグヤの前へと立つ。


 互いに覚悟を秘めた瞳で見合い、カグヤは握りしめた拳を前へと出して信頼する相手に決意を述べる。


「……必ず勝つわよ」

「当たり前だ」


 飛鳥も笑顔で拳を出し、互いの拳をコツンとぶつける。


 余計な言葉など必要ない。互いを理解しあった二人は同じ決意を胸に秘めて、その部屋から出ていった。


 ……



「迷いは無くなったか、刹那よ」

「はい、師匠。一日剣に打ち込むことで、暗雲は晴れました」

「まあ……弟子全員を倒しておいて曇ったままでは、打ち込まれた者達も納得できまい」


 師匠と呼ばれた白髭の老人は、刹那の周りに倒れた弟子百人を横目で心配しつつ、刹那に皮肉を垂れる。


「では神崎刹那、この月下神斬流を仲間ともの為に振るいます」

「……刹那よ」


 道場から去ろうとした刹那の名を老人は呼び、道場の主として一つの思いを伝えた。


「次に帰ってきた時、この道場は貴様に預ける」

「師匠……」

「こちらも歳だからな、次の代が必要なのだ」

「……その話は、帰ってきた時に致しましょう。未来の希望は時に刃を迷わせるので……それでは」


 師に対して深く礼をした刹那は、フラグと共に石階段を一歩一歩下っていった。



 ……



「ではアレクさん、私は帰ります」

「ああ、わかった」


 家族に会ったシャロは、世話になったアレクの元へと訪れていた。

 彼もから普通の生活が送れるほどに、精神状態は回復していたようである。


「シャーロット、この戦いが終わったら俺の──」

「……?」

「俺の為に綺羅ちゃんと凛ちゃんのサインを持ってきてくれないか?」


 その言葉を聞くと、シャロは何かを悟ったような表情で「わかりました」と優しく答えた。


 その言葉を聞いたアレクは、子供のように無邪気に喜んだ。


 回復したと言っても、やはり重症のアイドル中毒患者と化していたアレクに別れを告げると、シャロはから急ぎ足で去っていった。



 ……そして、進軍の時はやってきた。



「先生、全部準備はできたのよね?」

「ああ……徹夜で完了させてやったよ、やっぱり俺って、不可能を可能に……」


 フラフラとしていた繁は、目標を達成したことによってか、白目を向いてその場にバタリと倒れた。


「王乃先生、綾瀬さん、整備班を医務室で寝かせてあげて」

「ああ、わかった」


 真人は医療班全員を呼び、繁をはじめとする疲労困憊の整備班を医務室に送るように指示を送る。


「……さてと、それじゃあ行くわよ、みんな! 焔、艦の武装最終確認! 命、大気圏外にワープ準備!」

「新武装含めて問題なしだぜ!」

「あらかじめ準備しときましたー」

「オッケー。光、発進可能状態になったら行くわよ!」

「発進可能まで五秒前! 四、三、二、一……行けます!」


 三人の言葉を聞き終えた艦長は、スッと息を吸い、艦に最初の命令を実行させる。


「エースエーテリオン、発進ッ!!」


 エーテリオンとアルテーミスが合わさって出来た改造艦──A《エース》エーテリオン(カグヤ命名)は、その姿を一回り大きくし、発生させたワープゲートから宇宙へと旅立った。


 二隻の搭乗員と、整備班が作り上げた武装を身に付けたアルテリアスと共に……。

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