第二十二話 艦長、人探しです。

「……! 反応あり、アマツです」

「ホントに無人島にいたんだ……」

「……フン、やっぱり生きてたのね。面倒かけさせるんじゃないわよ、このバカ飛鳥!」

「危機を救った主人公をバカ呼ばわりかよ、まったく……」


 エーテルによる機体の自動修復を待つと言ったジャンナと別れた飛鳥は、アマツの胸の上でエーテリオンの姿を見上げる。


 ──その異星の戦艦を……


 エーテリオンに帰った飛鳥を待っていたのは、可愛いヒロインではなく、苛立っている整備班長の繁であった。


 理由はもちろん、機体をボロボロにしたからである。それも、ただでさえ出せる機体が少なく、他の機体の整備にすら手が足りないこのタイミングである。繁が怒るのも仕方ない。


 その後ブリッジクルーと大輝達に出会うが、その反応は「よく生きてたな!」というよりも「やっぱり生きてたか……」という、どこか素っ気ない反応であった。


「あれ……俺ホントにこの艦のピンチを救った救世主だよな?」

「日頃の行いのせいよ」


 疲れはてて自室に帰った後、回りの反応から、自分はあの時本当に活躍したのか不安になる飛鳥に、カグヤはベッドに寝転び漫画を片手に的確な答えを返す。


「俺がなにしたってんだよ。合衆国との激戦を有利に進め、世界中相手に斬り込み隊長もやり遂げ、今回は単騎で敵エースを撃退した主人公だぞ!?」

「いつも命令違反、男子生徒を焚き付け女子風呂を覗き、遠くから女の水着姿を見て興奮してるヘンタイの間違いじゃないの?」

「うぐっ……いや、それはそれで主人公らしいと言えばらしいんじゃないかなー……?」

「苦しい言い訳ね」


 片手で箸でポテチを食べ、もう片手で漫画のページをめくりながら、カグヤは飛鳥に対して辛口な答えを返す。


(エーテリオン艦長、月都カグヤ──この戦艦艦長故に姫である可能性は充分ある……が、このパターンは大体最後に会った奴が一番怪しいはずだ。そもそもコイツ、これでも総理の娘だし……)


 エーテリアスの情報を流し、何度かこちらに迷惑をかけた懐かしき帝の姿を思い返す。


 そう、彼には今やらねばならない使命が──ローメニアの姫を見つけ出すという大役が与えられていた。


 この戦いがもしかしたら終わるかもしれない。少々残念ではあるが、それはやはりが成すべき事であろう。


 そんな思いを胸に、少年は燃えていた。


(とにかく、少しは目星でもつけとかないとな……いきなりやって来て、パッと連れ帰られても後味悪いし、なにより、これは秘密の共有という主人公に許された特権を得るチャンス! 共有する相手がいないことには意味がない)


「ん? なに難しい顔してんのよ……アンタには似合わないわよ」

「余計なお世話だ……ちょっと出掛けてくる」

「んー」


 漫画に夢中のカグヤは適当な返事をするが、そんな声を聞くこともなく飛鳥は部屋から出ていった。


 元々男子部屋の空きがなくカグヤの部屋に押し込まれていた飛鳥の部屋は、エリア的に女子部屋の中央に位置しており、外へと出れば一人二人は誰か女生徒がいるのである。


「げっ……! 神野飛鳥」

「これはこれは、奇跡的生還を果たした飛鳥さんじゃないですか」

「貴理子に命? なんだか変わった組み合わせだな」


 腐りに腐った彼女達の趣味を知らない飛鳥は、その二人の組み合わせに意外性を感じ、この趣味がバレては不味いと貴理子は焦りを感じた。


「何もってんだ、ソレ」

「こ、これは──本だ! 命から借りたんだ。私のものではない!」


 もしもバレてもいいように、先に予防線を張り自分の安全地帯を築く貴理子。さすがは数少ない優等生だけあって頭の回転が早かったが、もちろん命がそんな面白い状況を放っておく訳もなかった。


「えー、貴理子さんがー読みたいってー言ったんじゃーないですかー」

「貴様ッ!? 私はそんなこと言って──!」


(貴理子か……悪くないとは思うが、姫が眼鏡ってのは……新しいが、まずないよな)


 二人がキャーキャーと言い合う中、貴理子の顔をジッと見て姫の姿を想像するが、眼鏡がそのイメージの邪魔になるので、それだけの理由で姫候補から名を外す。


(命は日頃あんな性格だが、まるっきり可能性がないとも言えないよな……謎は多そうに見えるし……候補には入れておくか)


「それで、貴理子さんの趣味があらわになったところで、飛鳥さんはどう思いますか?」

「ん? ああ……いいんじゃないか? 俺もちょっと……じゃあな」


 二人のやり取りをまったく聞いてなかった飛鳥は、適当に返事をして二人を後にした。


 無論、その適当が彼に対しある疑惑を抱かせるのは言うまでもなかった。


「……まさか飛鳥さんがホモに寛容だとは予想外でした」

「いや、あれは話を聞いてなかったんじゃないか?」

「いえ、飛鳥さんは実は腐男子でホモなんですよ」

「それは……ないと信じたい」


 エーテリオン内において、実力は認めている相手だけに、貴理子の複雑な思いが口からこぼれた。


「医療班ガールズは見るからにモブ顔だし、テレビに出たのもごく僅か。零はさすがにアレで姫というには無理があるし、刹那も代々剣の家系だとか言ってたから違う。凛のアイドル活動は親に勧められて始めたらしいし。綺羅は可愛いし、焔は筋肉バカだし。日本にエーテリオンは落ちたんだから、シャロも違うだろう。光は……少し怪しいが、どうだろうな……大分絞れてきたかな」


 何人か飛鳥の適当な理由で候補から外された者や、もいるが、少しずつその候補者を絞っていく。


「姫ー、姫ー……アヤセーヌ・ルーナス・ローメニア姫はいませんかー」


 もはや全員が怪しく、全員が姫にも見えてきた飛鳥は、ユラリユラリと艦内を徘徊しながら姫を捜し回る。


 一度しか聞いていないにも関わらず、その名を全て暗記しているあたりは、そういう単語が大好きな飛鳥らしい。


「アヤセー──」

「はーい、呼びましたか? 飛鳥さん」

「あ、あ、あ、綾瀬さん!? どうしてここに」

「え、飛鳥さん、綾瀬、綾瀬と呼びませんでしたか?」

「あー、あれはアヤセーヌであって綾瀬さんじゃ……あれ?」


 ふとおぼろげに気になることを思い出した飛鳥は、その確信を掴むためにその質問を問いかけた。


「綾瀬さんのフルネームって何でしたっけ?」

「え? 姫乃川綾瀬ですけど」

「あー……そうですか」


(ドストライクじゃねぇか!! アヤセ被りならまだしも、苗字に思いっきり姫って入ってるんですけど!?)


 綾瀬で姫乃川だから、という理由で彼女を姫と断定するのは早計な気もするが、他の人よりは確かに関係性がありそうで、なおかつ美人の彼女を姫と思うのは仕方がないのかもしれない。


「あの……飛鳥さん?」

「綾瀬さん、話したいことが──!」


 ビィーッ!! ビィーッ!! ビィーッ!!


 姫の話、ローメニアの話、戦いを終わらせる話……全てを告げようとした矢先、艦内にその音は鳴り響いた。


 WC──ローメニア軍出現の警報が。


『WC出現、前回の赤い機体です。飛鳥さん、大輝さんは出撃急いでください』


「くっ、アイツ──来てください、綾瀬さん」

「え、あの、飛鳥さん?」


 協力を約束した間柄ではあるが、ジャンナは侵略派の一人。このまま無事に過ぎるとは思えなかった飛鳥は、戦闘が激しくなる前に彼女に綾瀬を引き渡そうと考え、綾瀬の手を強く引く。


「戦いを止める為なんです。現実は辛いかもしれませんけど、受け入れてください……辛かったら俺が支えますから!」

「一体、何の話を……?」


 困惑する綾瀬を連れて格納庫へと入ると、誰かに止められる訳にはいかないと、アマツのコックピットへと一直線で走り抜ける。


「おう飛鳥、アマツなら完全に──って、何で綾瀬を連れて……お、おい、飛鳥!?」

「掴まってて」

「は、はい」


 一体何が起ころうとしているのか理解できることもなく、綾瀬はただ飛鳥の言う通り座席の後ろへと移り、ギュッと椅子にしがみつく。


「ん? もしもし、こちらブリッジ……はい……はぁ……わかりました」

「誰から?」

「繁先生です」

「またろくでもないこと?」

「いえ、何でも飛鳥さんが綾瀬さんに無理矢理突っ込んだ──訂正、綾瀬さんを無理矢理コックピットに乗せて出撃したそうです」

「ふーん…………はあぁぁぁーっ!?」


 緊急時でも冗談を欠かさない平常運転の命の言葉に一瞬理解が遅れた後、カグヤは思わず素っ頓狂な声を上げてリアクションを取った。


「なに考えてんのよアイツは! あんな動く地獄の一丁目、バカ専用棺桶に綾瀬を連れていくなんて……大輝、飛鳥を捕まえてきなさい! 今すぐに!!」

『あの赤いのがいるのに無茶言うなよ! いなくたって無理に近いんだぞ!?』

「泣き言言うな! パートナーはパートナーでも、自分はカイ・シデンじゃなく、マクシミリアン・ジーナスだと思いなさい! それなら主人公にも勝てるでしょ!?」

『訳のわからない冗談言ってる場合か!? とにかく、スサノオ出るぞ!』


 ただでさえ人数が少なく戦闘にプレッシャーを感じていた大輝は、カリカリしていたこともあり、そのふざけた発無理難題に珍しく怒った反応を示す。


 自分以外に手伝ってくれるような仲間はいない、孤独の戦い……。


 腕に自信のない少年は、今にでも吐きそうな気分である。


「ったく、相手はあの赤いのなんだぞ……一体なに考えてんだアイツ……」


 昔からその行動に振り回されている大輝には、未だに彼がいつも何を考えて行動しているかを理解することはできなかった。


「ん……? あれはあの男の……出撃してきたということは、まだ話していないのか、それとも敵対する道を選んだか……どちらにせよ接触しなければな!」

「こっちに来ます!」

「わかって、ます!」


 銃も剣も手にせずに接近する相手を確認し、飛鳥も何も持たずに突出を開始する。


「きゃぁっ!」


 機体と機体のぶつかり合う衝撃に、思わず小さな悲鳴を漏らす綾瀬。戦いなれている飛鳥は怯みもせずヘイラーとのぶつかり合いを続行する。


『聞こえているか、神野飛鳥』

「ジャンナか!?」

『まずは状況説明をしてもらおうか、お前は敵対したのか……していないのか!』

「落ち着け、姫なら連れてきた!」

『そうか、ならば早く──ッ!』


 ジャンナのヘイラーがアマツを蹴り飛ばし、互いの距離が遠く離れ、二人のいた場所へスサノオの銃弾が通過していった。


「チッ、やっぱり速い!」

「大輝!? くそっ、お前は手を出すな!」

「偶然か騙し討ちかはわからないが、邪魔者を先に片付ける!」


(ジャンナ──大輝を!?)


 機体を立て直すと標的をスサノオへと定めエーテル弾仕様のライフルを構える。

 しかし、ジャンナの攻撃よりも先に行動したのは飛鳥であった。


「大輝ィィィーッ!!」

「アマツ、スサノオへ攻撃を開始しました」

「ホントにどうしたってのよ……前ので頭打ったんじゃないの!?」


 いつものように仲間に向けて主砲を撃つにも、綾瀬のいるアマツに当てるわけにもいかず、大輝のスサノオならば本当に当たってしまう可能性があるので、さすがのカグヤも撃ち躊躇う。


 むしろこれぐらいの状況でなければ躊躇いも容赦もなく仲間を撃つカグヤも、カグヤであるが……

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