第二十一話 艦長、行方不明です。


 飛鳥が消息を経ってから数時間、エーテリオンブリッジでは重い空気の中捜索を絶えず継続して行っていた。


「命、アマツの反応は?」

「依然ありません。繁先生曰く、あの程度のことで機体は壊れない、だそうですけど」

「あーもう、武器に投げ捨て防止機能付けるなら、機体にも自動帰還機能でも付けときなさいよ、まったく……」


 探索は命、艦の移動を光に任せているため、やれることのないカグヤぶつくさと暗い表情で文句を垂れる。


「まー、焦っても仕方ないだろ? 大丈夫だって、機体爆発しても帰ってきそうな奴なんだぜ? 心配するだけ野暮だろ」

「だ、誰もあんな奴の心配なんてしてないわよ! いい? ただでさえ隊長機二機とドライが戦闘不能で、ツクヨミ、スサノオ、フィアー以外全機損傷。刹那はあれから自信喪失して目が虚ろだし、シャロは三蔵と一緒じゃないと出撃しないって駄々こねてるの! だったら、次敵が来たらスサノオ一機しか戦えないのよ!? こっちはサブキャラ単騎の縛りプレイなんて断じてゴメンよ!」

「誰がサブキャラだ、誰が!」


 飛鳥が心配でブリッジに上がっていた大輝は、自分の不当な扱いにツッコミを入れる。


「まあ、サブキャラは半分ぐらい冗談として、たしかに今敵が現れると厄介ですね。それも、今回みたいな相手が来たら最悪です」

「でも、手がかりがない状態で探しても……」

「……こんだけ探していないとなると……たぶん無人島ね」

「……はい?」


 一体どういう根拠でその答えにたどり着いたのか、光は首をかしげながら振り返る。


「無人島よ、無人島! 海に沈んだ仲間は大抵無人島に流されるものなのよ!」

「そんな、映画じゃないんですから……」

「とはいえ、行方不明なのはですし……」


 フラグ回収のスペシャリスト、根っからの主人公体質、幸運と悪運の塊、それが神野飛鳥という男であった……。



 ……



「……ここは、無人島か」


 海辺に流れ着いた機体のひしゃげたハッチをこじ開けて出た先に飛鳥を待ち受けていたのは、見るからに人など住んでいない、木々が生い茂り、周りを海で囲まれた孤島であった。


「ふふ、俺も主人公が板についてきたみたいだな……さてと」


 通常、遭難時の生存率を上げるためには、ここはジッと機体の中で救難信号を送るのが正しい行動である──が、あえて飛鳥は島の中へと歩いていった。


 ──だって、そっちのほうが面白そうだから。


 こういうイベントでは、大抵島の中には女性がいて、会えば戦う決意なり、新たなる力なり、何かしらを得て戦線に復帰するのがセオリーというものである。


 もちろん出会う人間が男という可能性もありはするが、飛鳥の都合のいい第六感は「この先に美女がいる」と訴えかけていた。


「どこだー、俺の運命の女神さまー、できればワンオフの新型機とかくーださーいなー……あ?」

「……ん?」


 ノリノリで探索していた飛鳥はその人影を見ると、その足を止めて、ピタリと硬直した。


 たしかにそこに人はいた。しかしその人物の格好は、きわどい民族衣装でもなければ、魅惑の裸姿でもなかった。


 そう、その姿を端的に表すのならば、科学捜査の防護服とでも言うべきか、それともロケットの宇宙服とでも言うべきか……とにかく、飛鳥の願望である人物像とはかけ離れた、怪しさ満点の人物がそこにいた。


「この星の知的生物か……調査通りだが、やはり防護服は必要ないらしいな。すまないが話を──」

「えー……っと……さらば!!」


(なんだよあれ、なんだよアレ! この島、地下に変な実験施設でもあるんじゃねえのか!? くそっ、だとしたらこの流れは映画序盤で無知な観光客が口封じに殺されるパターンじゃねぇか!! そんな名前もないモブキャラみたいな死に方、俺は絶対認めねぇぞ!)


 怪しい格好の人物に背を向けると、今度は生きたいという願望を胸に足場の悪い森の中を全力疾走し、なんとか振り切ろうと試みる。


 しかし、その必死に逃げる姿は、どうみてもの姿そのものであった。


「まったく、勝手にいなくなられては困るのだが?」

「のわっ!?」


 あの格好では追い付けまいと踏んでいた飛鳥だったが、自身の正面から赤いパイロットスーツを着た女性が現れたことにより二重の意味で驚き、すっとんきょうな声を出し、その場に尻餅をつく。


「……あ……あ……え?」

「ん? ああ、異星のサルに言語が通じないのは当然か……待て、今翻訳機を──」

「だ、だれがサルだ! 主人公たるもの相手が何語で話そうが理解できる能力ぐらい持ってるんだからな!!」


 勝手に自分の能力と称しているが、これは学園祭の放送で世界中に対して会話するために、シャロのつけていた翻訳機を繁が量産し、着用していチョーカーを「カッコいいから」という理由でつけ続けていたお陰であった。


「ほう、わかるのかローメニア星の私の言葉が」

「お、おう……まあ、なんせ主人公だからな」

「と言いつつ、その首輪のお陰なんだな?」

「うぐ……バレちまったらしょうがねぇ、これは俺の仲間が作ったエーテル翻訳機なのさ!」

「ふむ、さぞエーテル技術に精通した仲間なのだな……興味深い、会ってみたいものだな」

「そうか……でも残念だが俺達の艦、エーテリオンにはそう簡単には連れて行けないんだ」

「それは残念だ……お前もエーテリオンの一員なのか?」

「ああ、俺はエーテリオンで一番強いエーテリアスのパイロットだぜ」

「そうかそうか、お前が一番強い──さっきのパイロットだなッ!」

「へ? いてててててて!! な、何すんだよ! 折れる、折れるっての!」

「お前の口は壊れた蛇口か!? よくもそこまでペラペラと情報が出てくるものだな! 色仕掛けをしようと思った私が愚かだったよ!!」


 ハニートラップか、尋問により情報を聞き出そうと思っていたジャンナも、まさかこんな軽い流れで聞きたい話をほとんど聞けるとは思ってもなく。変な事をしなくて良かったと心の底から安堵しつつ、背中を踏みつけ、飛鳥の右腕を締め上げる。


「い、今からしてくれてもいいんですけど──っててててて!!」

「言え! 姫様について、貴様の知ることを!」

「ひ、姫? 姫ってなんだ──あたたたたたーっ!!」

「今さら口を固くするな面倒くさい! 洗いざらい全てを話せ!!」

「まてまてまてまて、まってまってまって!! 知らないから! 姫とか全然知らないから!!」


 このままでは本当に折れると悟った飛鳥は、左手で地面をバシバシとタップしながら、必死に知らない事を伝えようと叫び散らす。


「とぼけるな! エーテリオンを発信源とした映像に、たしかに姫様の姿があったのだぞ!」

「いや、知らないですって!」

「貴様ッ! アヤセーヌ・ルーナス・ローメニア姫だぞ!?」

「だから知らねって──知らない、知らないです、知らないですからッ! いたたたたたた!! 知らないでごめんなさい、私は何の役にも立たないモブキャラです、だから許してください!!」


 腕が少々あらぬ方向に傾きはじめたので、飛鳥も必死にジャンナへ弁明と謝罪の言葉を伝えようとする。


 目には珍しくうっすらと涙を浮かべていた。それだけ痛いのだ。


「……そう、か。嘘ではないらしいな」

「今だッ! ヘッ、一度俺を離したのがお前の運のツキよ! この俺の真の実力──疼く右腕と輝く右目の力を解放したらお前なんてイチコロなんだからな──!!」


 ……


「あっ、すいません、調子に乗りました、いたたたたた! もうしませんから話してくださ──あああああぁぁぁーっ!!」


 ジャンナの拘束から抜け出した飛鳥は、挑発から十秒も経たない内に再び関節技をキメられていた。


 バリバリの剣豪の刹那とは違い、さすがに生身での戦闘までは最強というわけではなかった。


「反省したか?」

「はい……反省しました」

「まったく、話が進まないではないか……こんなのが私を追い込んだ相手なのか……?」

「あのー」

「なんだ」


 二度目の拘束から解かれた飛鳥は、ジャンナに対して恐る恐る声をかけた。


「さっきのパイロットだとか、追い込んだ相手だとか……一体何のことですかね?」


 ジャンナがヘイラーのパイロットだということどころか、未だに怪しい研究者の一員だと勘違いしている飛鳥。


 その言葉が頭にきたジャンナは、理解力の乏しい飛鳥に対し三度目のサブミッションをお見舞いした。


 ……


「……つまり、あんたはWC──じゃなくて、ローメニア星人で、さっきの赤いのはアンタが乗っていたってことなのか?」


 強く絞められたおかげで未だに痛む関節を優しく揉みほぐしながら、ジャンナが誰であるかをようやく理解する。


「そうだ。わかればいいのだ、わかれば」

「てっきり赤い機体だから、また変な仮面着けた奴がやって来たのかと思ったんだけど……」

「何か言ったか?」

「いえ、何も!」


 蛇のような眼でギラリと睨まれる飛鳥は、もうジャンナの関節技はゴメンだと、急いで誤魔化した。


「さて、話は戻るが……姫様についてだ。本当に知らないんだな?」

「そもそも、ウチの艦に横文字の名前は一人しかいないし、そいつもアヤセーヌなんて名前じゃない」

「……となると過去の記憶を失っている可能性がある……十二年前の時か?」


 一人でブツブツと物事を整理するジャンナ。しかし、飛鳥にとっては何の事だか理解もできず、ただ一人頷くジャンナにイライラを覚える。


「なあ、姫とか十二年前とかよくわからない話してるけど……まさかお前達の目的って、その姫とやらを連れていくことなのか?」

「連れていく、とは失敬だな。行方不明になった姫を見つけ、保護するのが私達の目的だ」

「そのくせに、こっちの星にかなり攻撃的な気がするんだが……人探しにしては少し変じゃないか?」

「仕方あるまい、先代のローメニア国王が亡くなり、アヤセーヌ姫が跡を継いだが、姫は当時は四歳……力を持つ有権者同士が好き勝手に国を操れてしまう……姫捜索の案も、この星を支配した後に探し出す侵略派と、和平を持ち出して共に探し出す和平派二つの派閥があったが、今回は前者が多かった……ただそれだけだ」

「あんた……」

「まあ、私は侵略派だから問題ないがな」

「少しでもあんたをいい人だと感じた俺がバカだったよ」


 思った以上に好戦的な性格の異星人に、飛鳥は彼女から目を反らして、呆れたトーンでそう呟いた。


「……ちょっと待て、そもそも他の星からどうやってこの星にやって来るっていうんだよ。ワープでもしてきたのか?」

「何を馬鹿なことを、星から星に行く程度、エーテリオンがあれば充分可能ではないか」

「……は?」


 ジャンナの当たり前のように放ったその一言に、飛鳥は思わず目を丸くして彼女へと顔を向ける。


「待てよ、エーテリオンは日本が独自で造り上げた戦艦で、完成したのは最近だぞ?」

「……そうか、どうやらこちらはこちらで色々あるようだな」

「どういう意味だよ」


 先程から彼女の自己解決ばかりで、話の中身がまったく理解できない飛鳥は少し怒ったように尋ねる。


「エーテリオンは十二年前にローメニアで建造された、Eシリーズ一番艦だ。ローメニア国王に献上される予定であったが、直前に病により亡くなり、アヤセーヌ姫の物となった。エーテリアスは新型EGの試作として、一機のみ格納されていたらしい」

「……待て、それじゃあエーテリオンってのは十二年前から存在して、エーテリアスはその間に量産されたってことなのか?」

「預かり知らぬ出来事だ……詳しくは知らん」


 飛鳥の問いかけをバッサリと切り捨てるジャンナ。しかし、飛鳥もここまで聞かされては全てを知らないと気がすまないという様子でジャンナへと詰め寄る。


「教えてくれ、あんたの知ってること全部! エーテリオンに姫の事、ローメニアの事も全部だ!」

「何故知りたい?」

「そりゃお前……離脱してた主人公が戦いの全てを知って戦線に帰ってきたらカッコいいだろ!? それなのにこんな曖昧な話だけ聞いて帰っても、お前頭打ったの? みたいな反応されて終わりなんだよ! わかるか!? わかるかッ!? わかるかぁぁぁーっ!?」

「な、何を言っているのか理解はできないが、ま、まあ、その熱意だけは伝わった……話してやる」


 あくまで自分のアイデンティティーを完璧なものにしようとする飛鳥は、押し倒しそうな勢いでジャンナへと迫る。その理解できない謎の剣幕に圧されたジャンナは、思わず後ろへ数歩後退し、なすがままに話をすることにした。


「ローメニア星はここから遥か遠くに存在する惑星だ。古くよりエーテルの力を利用し、発展していった……無論、星の政権を手にするために、戦争と呼ばれる規模の争いは幾度となく繰り返されてきたが、今は統治され平和な世となっている」

「エーテリオンもその戦いのために……」

「いや、星の名がローメニア星──つまりローメニア政権となってからのこの数世紀、戦争は行われていない。強い力を持つ戦艦は力を誇示するためのシンボルであり、有権者にとって戦艦は実用性のあるコレクション、という位置付けが妥当だろう。戦艦は城、EGは武具と言ったところか……それ故に、兵器以上に皆思い入れがある」

「あ……そう……」


 実用性はあれど、自分は棚に飾られているロボットフィギュアで戦っているという事実に飛鳥は少々気を落とした。


「そして十二年前、王が亡くなり次の代表となったのがアヤセーヌ姫だ」

「だが、姫はいなくなった、と」

「そうだ、当時四歳にも関わらず単身エーテリオンを操舵し、行方を眩ませた……この星にたどり着いた、ということだけは反応を追跡してわかったが、地上に墜落でもしたせいだろう、そこで反応は消失した」

「それで侵略、か……姫のいなくなった理由が家出だのいたずらだのだったら、こっちはたまったもんじゃねぇな……」


 その後飛鳥は、十二年自分の住む星を危機に陥れようとしている理由を色々と想像し、自分達の戦いの結末がで締めくくられるのではないかと不安を感じた。


「そして、先日エーテリオンからの放送で、ようやく姫の姿を確認した。おそらくあの様子だ、過去のことは忘れてしまっているだろうが…… 」

「記憶喪失か……まあ、大体の話はわかったが……姫の写真とかはないのか?」

「残念だが、写真は人の魂を取ると言われているから、王族は写真を撮ることは許されていない」

「めんどくせぇな……明治時代の日本人かよ……」

「高貴なお方だ、例えお前の目が腐り崩れた魚のような目であっても、一目見ればわかるはずだ……頼むぞ」

「それが人に物を頼む言葉か!?」

「別に実力を行使してもいいのだが?」


 両手をパキパキと鳴らすジャンナに威圧され、思わず「スミマセン……」と言って即刻土下座をするが「冗談だ」と一切の笑みもなくジャンナはそう返した。


「お前には姫を探すと同時に、私達が敵でないことを伝えてほしい」

「……わかった。だが条件がある」

「なんだ、言ってみろ」

「お前の機体を俺にくれ! やっぱり主人公は強くなった機体で帰るのが──!」


 機体に思い入れがある、という言葉を忘れていた飛鳥はジャンナの逆鱗に触れ、本日最後となる絞め技をかけられたのであった……。

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