第七話 艦長、新たな敵です。

 エーテリオンが世界各国で暴れまわる一方で、日本でその責任に日々追われる破目に会っている帝のもとに、その日一人の来客者が秘密裏にやってきた。

 金色の髪で白い肌の若い男──彼は総理である帝を前にして、腕を組み、机の上に両足を乗せるという礼儀もへったくれもない態度を取りながら、偉そうに質問を投げつける。


「ミカド、君があのとんでもない戦艦で我が国の侵入を行ったのは……前回のを含めて何回目かな?」

「あー……4回、でありましょうか?」

「Exactly……その通り、4回だ。我らは力の差はあれど一応は同盟国の関係……故に、君はこの事についてさほど大きな問題に感じていないんだろう……だが、これと同じことを君の隣の国々に行ってみるといい、3、4ヵ国が武器を持って喜んでやってくるだろう……まあ、世界中を飛び回っているアレを本来の目的として運用すれば負けることはないだろうが、だからといって今みたいなことを繰り返していれば、間違いなく君は世界から孤立するだろうね」

「うう、私もそれはわかってはいます……ですが、そもそもアレが既に私の言うことを聞かずに行動しているので、止めようにも止められないといいますか……」

「止めてやろうか?」

「……はい?」


 あまりにも信じられない発言に帝は耳を疑った。

 この男、合衆国大統領オットーは、あのエーテリオンを止める──そう言ったのだ。


「それは、いわゆるジョークというやつですか?」

「いや、私は真面目に答えたつもりだよ? ただし、条件が一つある」

「条件?」

「エーテリオンに乗っているロボット……エーテリアスと言うんだったか? そのデータと予備の機体をこちらに渡してくれるというなら、すぐにでも戦艦確保の準備を開始しよう。聞いた話によるとまだ量産の目途は立っていないのだろう? こちらの財力と人材を惜しみなく使えば、すぐに終わる話さ」


 スッと両足を降ろし、帝に顔を寄せて不敵な笑みと共にオットーは囁いた。

 彼がわざわざ足を運ぶほどの目的はこれであった。


「そ、それは……」

「できない、というのかい? ミカド」

「うぐっ……しかし、エーテリアスに乗るには──」

「E-actを持つ人員ならもう用意している、」

「うぐぐっ……」


 上手いことを言って切り抜けたい帝であるが、すでにいくつもの返し手を用意しているであろうオットー相手に、これ以上論を述べるのは将来的にこちらが不利になる一方である。

 帝は少し狼狽した様子で頭を抱える。


(ここは素直に渡すのが一番なのはわかっている。外交的にもこれからの世界平和的にもそれがいい……だが、この男の目的はEGではなく間違いなくエーテリオン……エーテリオンにはカグヤがいる……もしもデータを渡せば、あの子達が危険な目に会うのは避けられない)


 どんなに言うことを聞かなくても、どんなに反抗的な態度を取っているとしても、妻を失った帝にとってはただ一人の可愛い娘であり、家族である。

 そんな彼女が自分の決断によって酷い目に会うことだけは我慢できない。


 ──彼女の判断によって自分は酷い目に会い続けているが……。


(だが、このままあの子に戦いをさせればそれこそ危険だ……)


「いつまで黙っているつもりだ?」

「──乗組員は……」

「ん?」

「乗組員は無事回収していただけますでしょうか?」

「……無論だな、私の望みは世界平和だ。全員無事君のもとへ送り届けよう……一国の代表として約束する」

「……わかり、ました」


 葛藤を続ける帝は口から無理矢理言葉を吐き出した。

 了承をした後も少しの後悔が心に残る。


「フフ……それでは後から送ってもらおうか。安心したまえ、君の選択は正しい、間違いではないのだからな、ハッハッハ」


 オットーはスッと立ち上がり高笑いを決め込むと、上機嫌で帝のいる部屋を後にする。


「まあ、相手が反抗してくるならば、命の保証は二の次だがね……パイロット候補生に連絡しろ、実戦は近いとな」


 ニヤリと口の端で怪しく微笑むと、オットーは部屋の外で待機する秘書に指示を出すのであった。


 ……



 合衆国 E-actパイロット養成所作戦室


「アレク隊長、本当なのですか、日本が機体を渡すというのは?」

「シャーロットか……本当だ。データだけならすでに届いている。予備機体も直に届くだろう」

「……それで、私たちは何と戦うのですか?」


 シャーロット・エイプリー少尉は年頃の女性でありながら一人の兵士としての顔つきで、隊長のアレク・マーチス大尉に尋ねた。

 自分達の敵となる存在が一つでないことは、シャーロット自身も理解しているのだ。


「……もちろんWCと戦うために俺たちはいる。だが、間違いなくエーテリオンとも一戦交えるだろう。こちらにその意思がなくとも、上からの命令は絶対だ……やはり嫌か?」

「いえ、私は軍人です。国のために命令に従い、国の繁栄に役立てるのならば躊躇いません」

「真面目だな、お前は……便りにしているぞ、パイロットの中でも一番E-actの能力値が高いのは、お前なんだからな」


 E-actの活性能力には三つの項目があった、少量のエーテルから多くのエネルギーを引き出す活性効率、エーテルを素早く活性させる活性速度、活性させたエネルギーのパワーを左右する活性力、……。

 活性効率が高ければ長期の作戦行動が可能であり、活性速度が高ければ早期による活動、またはエーテリオンのようにエーテルを武器として活用するのであれば発射速度に影響が出る。活性力があればエーテルを利用する機体の性能を最大限に引き出すことができる。

 その三つの数値が一番な人物が、彼女──シャーロットである。


 ポンポンと肩を優しく叩きながら、アレクは少女に優しく声をかける。

 そんなことをしても氷のような彼女の表情が柔らかくなることはなかった。


「ハッ! しかし、元々士官学校に入学して間もない私が少尉という階級につくのは、やはり抵抗があります……」

「戦闘兵器のパイロットに下士官を乗せる方が問題だろう。それともシャーロット少尉は、上からの昇任命令を躊躇うのか?」

「……失言でした、命令に従うのが軍人の責務。このシャーロット、与えられた任に不満を持つとは……隊長!」

「なんだ?」


 ジッ、と少女が見つめてくるが、何人もの隊員を見てきたさすがのアレクもこんな無機質な目を見せられたところで、シャーロットが何を考えているのか一切理解できなかった。

 そして唐突に彼女は口を開いた。


「殴ってください」

「……俺は女を殴る趣味はない」

「わかりました」


 表情は変わらないが、どことなく悲しそうなオーラを体から放っていた。


「明日までに反省文を書いてきます」

「いらねーっての!!」


 真面目なのかそれともバカなのか、シャーロットの相手に疲れたアレクは思わずため息をついた。


「相変わらず大変そうだな、隊長さん」

「テックス、それにルーカー、二番隊のお前達まで呼ばれたのか?」

「見ての通りだよ。それだけ上層部も本気なんだろ? なあルーカー」

「……」


 テックスに話を振られたルーカーは、コクコクとただ頷く。


「他にもまだまだ来る……今回の作戦、かなり激しい事になりそうだぜ」

「エーテリオン、か……一体どんな奴らなんだ……」


 アレクは青く晴れた空を、作戦室の窓から見上げた。



 ……



 そのころエーテリオンでは自分達の周りで様々な事態が起きていることなど知りもせずに、普通に授業が行われていた。

 言うまでもないが、高校生が教師のいない放映授業をまともに受けるわけもなく、一部の真面目勢を除き大半は寝る勢に属している。


「あー、ヒマだー」

「ヒマねー」


 とはいえ、いくら若い学生でも毎日毎日10時間の睡眠を体が受け付けるわけもなく、眠気の無くなった者は渋々授業を呆けて見るしかなかった。


「暇と言うなら、真面目に授業を受けろ」

「やだー」


 刹那のもっともな意見を不真面目な奴らは声を揃えて反対した。


「まったく……ん?」


 その時、呆れた刹那が正面に振り返って画面を見ると、いつの間にか数学の講師が見覚えのある日本の総理大臣に切り変わっていたのだ。


「あー、授業中だとは思うが、一つ聞いてほしい話があって、やむを得ず連絡させてもらった」

「グー」

「起きてたのに急に寝ないで! しかもそれ、狸寝入りでしょ!?」

「チッ……うっさいわねぇ。なによ、また説教? それとも消費税が20%にでもなった報告? ロクな話じゃなかったら、今から主砲ブチ込みにいくわよ!? ファッキンナウよ、クソジジイ!」

「カグヤちゃーん、少しはお父さんの面子を考えた体裁を持ってくれないかなぁ……? そんなふうに育てた覚えはないんだけど……」

「いい大人がいじけんな! ほら、さっさと話しなさいよ、こっちは授業中なのよ!」


 さっきまで、暇だ暇だと言って授業をサボっていた奴が言うとは到底思えない台詞であった。

 呆れた目で数人がカグヤのことをチラリと覗く。


「わ、わかったよ、じゃあ話すよ、実は──」


 ビィーッ!! ビィーッ!! ビィーッ!!


 帝がようやく話を始めようとした矢先、WCの出現を知らせる警報が艦内に鳴り響き、帝の通話画面はワイプとして縮小されると、モニターには出現位置を知らせる世界地図が表示された。


「おいでなすったわね!」

「敵の規模は中規模。ま、らくしょーですね」

「っしゃあ! 俺が全部ぶっ倒してやるぜ!!」

「艦長、とっととブリッジに行こうぜ!」


 水を得た魚のごとく寝る勢のやる気と殺る気が、さっきまでとは見違えるように燃えたぎっていた。

 その戦闘狂の集まりに数人は呆れて声も出なかった。


「何の話かしらないけど、終わってからでいいわよね? こっちも緊急なの」

「緊急って……ああ、うん、どうせ止めても無駄なんだろうから、いいよ」

「よーし、光、ワープ準備! 目標は合衆国近海よ!!」

「わかりました!」

「まあ、大事な話ではあるけど急ぎの話でもないし、終わってからでも……って、合衆国!? ちょ、やっぱりカグヤちゃん、話をしてから──」


 我が娘の速攻のフラグ回収に驚愕し、声を裏返しながら呼び止めるが、敵を目の前にしたカグヤは止まるはずもなくブリッジへと駆けていくのであった……。

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