第六話 艦長、覗きです。
作戦開始の時刻と共に通期ダクトを徒党を組んで進行する男たち、その時ダクトの出口付近には、自分という存在で周りに迷惑をかけまいと、早々にお風呂を済ませた零の姿があった。
「はあ、優しく話しかけたいのに、みんな私を見たら離れちゃう。何でなんだろ……」
周りからの振る舞いに気を落とす少女。原因はもちろん十中八九日頃の行いが原因であり、今さら仲良くしようと必死に考えたところで、根付いた零の印象はあまりにも強力であり、近づいて話をすることすら困難である。
「話し相手……阿久津君なら話せるかな……私と違ってホントに怖いし、逃げたりはしないよね?」
悩める乙女は、彼女と同じことで悩んでいる少年のことを頭の中に浮かべる。
零がここまで変わったのも、この艦に乗る前に、時同じくして高校デビューで悪キャラへと変貌し、他人に恐怖を与える宗二に負けまいと、対抗するためであった。
それに対し宗二が更に凶悪的にり、対抗して更に零が凶悪的になる。互いにおかしなベクトルで切磋琢磨した結果がコレである。
「でも笑われるんだろうな……それどころか、今までのお返しにイジメられたらどうしよう……うぅ、怖いよぅ……」
ガチャン!
「ひゃあぁっ!?」
突然ダクトの扉が外れ、地面に落下した。思わず変な声を出してしまった零は、恥ずかしさで急いで口を塞ぐ。
「なんなの、一体……」
身を縮ませ、恐る恐る遠くから様子を眺める零。次の瞬間、押し出し式のところてんを連想させるかのように、次々に仮面を着けた黒ずくめの男達が排出された。
(なにこの人達……私達を連れ戻すための政府の回し者? それとも戦艦目的のテロリスト?)
「おい、ヤバイぞ。危険者リストの一人、一ノ瀬零だ」
「くそっ、なんて運が悪いんだ」
「慌てるな、俺が奴を抑える、その隙に皆は行け」
「でも、お前は神崎刹那を──」
「案ずるな、一ノ瀬零はこの艦二番の安産型だ。相手にとって不足は──ケツの脂肪だけだ!」
仮面を掛け直したハゲが手をワキワキと動かしながら走り出す。
たとえ楽園にたどり着けずとも、彼の求める尻はそこにある。その思いだけが彼を突き動かした。
(何!? もしかして私、捕まって乱暴されるの? いや、そんなの、イジメられるのは──イヤっ!!)
次の瞬間、彼女は覚醒した。
「うらぁぁぁーっ!!」
「ぐあぁぁぁーっ!!」
「何ふざけたことやってんだ? あぁん!? 三蔵よぉ……」
右手によるアームクローは掴みやすいハゲ頭をガッチリと捉え、頭蓋が砕けるほどのパワーで締め上げる。
「三蔵だと……お前、三蔵だったのか!」
「くっ、何故バレたんだ……」
「テメェはバカか!? こんなハゲ頭、テメェ以外この船にはいねぇんだよ! そもそも、仮面だけで素性隠せると思ってんのかテメェら! 前列右から整備班の佐藤、鈴木、山田、田中、それと一番左は神谷大輝、バレバレなんだよッ!!」
怒声と共に零は片腕の腕力のみで、頭を掴んでいた三蔵を変態集団に目掛けて投げ飛ばす。
「やはり危険人物の一人、突破は難しいか。どうすれば……」
「はっ、言っただろ、俺に任せろってな……うおおぉぉーっ!!」
頭を締め付けられ、更には投げ飛ばされて、すでに限界に違いはずの三蔵はそれでもなお立ち上がり、壊れた仮面を投げ捨てて、咆哮と共に再び走り出す。
「三蔵!? 無茶だ、そんな体で勝てるはずが──!」
「しつけぇんだよッ!!」
「ぐはぁっ! ッ──忘れるなお前ら……俺達の勝利は誰か一人でも楽園にたどり着く事だ、そのためにここで倒れたとしても、俺に杭は──神崎の裸体と尻を残して他にない! だから、行けえぇぇーっ!!」
零から痛恨の右ストレートを受けつつもそれを耐え、彼女の腰に両腕を回し、ガッチリとその体を抑え込む。
「……全員突撃だ」
「しかし、三蔵が!」
「あいつは……あいつは俺達が誰かも知ずに行けと言った。その意思を、あいつの心を無駄にするわけにはいかないんだ……だから進め、進むんだ! 俺達の楽園へ!!」
「くそっ、三蔵、お前の死は無駄にはしないぞ!」
互いに仮面の下から涙を流し、皆が二人の脇を抜けて前進を開始した。
「そうだ、それでいい」
「なにが、それでいい、だ! 気持ち悪いんだよ、いつまでもくっついてんじゃねぇぞ!」
二回、三回と膝蹴りが三蔵の無防備な腹部に目掛けて打ち付けられる。一発ごとに彼の意識は遠くなり、視界が霞んでゆく。もう三蔵に彼らの姿は見えなかった。
「俺の勝ちだ……ぜ……」
持てる最後の力を振り絞り、彼はその手を尻へと進める……しかし、指先に少し衣服が触れたところで彼は意識を失い、両手はダラリと落ちていった。
……
「──はっ!? 団長、気づきましたか、三蔵が……三蔵が!」
「わかっている……みんな、聞いてくれ」
若さ故か、三蔵の気配かなにかを感じ取ったBF団メンバー達、そこで団長は疾走の最中口を開く。
「この楽園への道は、今回の聖戦が終われば神の鉄槌と共に間違いなく閉ざされる……だが、もし……もしも、鉄槌を下す神に一矢報いる事ができるのだとするなら、これが最後の機会だ。何人の人間が辿り着けるかはわからない、もしかすると誰も辿り着けないかもしれない、だが忘れるなこの思いを! この戦いは俺達の願望が懸かった戦であると!!」
「ウオォォーッ!!」
団長の厨二混じりの言葉に男達の士気が最高潮に達し、一同の団結が確固たるものになった。
「では、先駆けは私が!」
「待て、独断先行は危険──!」
「戦か……ならば貴様らをこの
今の我々に止められるものなどいない、高まる士気に妄信し、隊を先行した一人が、廊下の角から現れた剣豪に足を切り払われて転倒し、走っていた勢いを止めることも、できずそのまま壁に叩きつけられた。
「あれは危険者リスト二人目の、神崎刹那!」
「まったく、妙に騒がしいと思えば、壁を越えてまで覗きとはな……呆れて何も言えん」
「一ノ瀬零は戦闘力自体は驚くほど高くないが、奴は違うぞ……どうする?」
「大人しく諦めろ、貴様らの力では私を倒すことはできんぞ」
木刀をゆっくり構え、男達の動きに対し全神経を研ぎ澄ませる。必殺の間合いに入った者は誰であろうと斬り捨てられる、その鋭い闘気は周りの者を怯ませる。
──
その太刀筋は美しき月のようでありながらも、神をも斬り裂く荒々しさを兼ね備えており、古くから神崎家に代々伝承されている由緒正しき流派である。
そんな流派を正面から打ち破れるほどの猛者など男達の中にはいない。この艦の男たちは基本的にもやしっ子の集まりなのだ……。
だがそんな絶望的な状況の中、一人の男が前に立つ。
「ガラじゃねぇが、誰かが止めなきゃ行けねぇなら、俺が止めるしかねぇよなあ」
「ほう、大輝か」
「さすが隊長、仮面を付けていても気で相手がわかりますか」
「いや……普通に見ればわかる。隠れてるのは目元だろうが」
大輝の予想とは裏腹に、そこにはカッコいい理由もなく思わずズッコケかけたが、そんな余裕があるわけでもないので、すぐさま気を取り直して刹那と向かい合う。
「やっぱり俺ってカッコつかねぇなぁ、まったく……まあ、どうでもいいか。あす──団長。俺が作れるチャンスは一瞬だ、合図と同時に走れ」
「大輝、お前──」
「主人公の為に犠牲になれるなら、本望さ……その代わり、必ず辿り着けよ」
「大輝ッ!」
あす──団長の声に振り向く事なく、大輝は木刀を構えた刹那に向かって突撃を仕掛ける。
「囮になるつもりか? だが無駄だ、途中から人数が増えようと、間合いに入った者は全て斬ることができるのだからな」
「試してみないとわかんないでしょうが!」
走りながら腰に手をやると、大輝は自らのズボンのベルトを引き抜いた。
しかし、そんな突発的な行動でも刹那は眉一つ動かしはしない。
「ほう、それで戦うつもりか。たしかに長さだけならこちらと同等か、それ以上はある。軌道も見極めるのは難しい──が、無駄だ!」
「はっ、誰が戦うなんて言いました、俺はあんたの気を引ければそれでいい!」
「ふん、刀を構えている私が集中力を欠くなど、あるわけが──ッ」
……その時、彼女の目には何が見えたのだろうか?
真実を知るのは彼女しかいないが、空を舞うは大輝ではなく、彼のズボンとパンツ、瞬間、普段見せないような表情と朱に染まる彼女の顔から察するに、おそらく、いや──間違いなく、絶対に……。
──大輝のナニを見たのだ。
「今だ、行けえぇぇーッ!!」
いくら日頃堅物キャラで通っている刹那も所詮はうら若き女子高生。そんな得たいの知れない男の汚物を目の前にすれば誇れる集中力も保てるわけもなく、大輝の送る合図と共に彼女の横を抜けるように男達は駆け抜けていく。
「はっはっは、俺の勝ちですね、たい──」
「きゃああぁぁぁーッ!!」
おそらく二度と聞けない刹那の可愛い悲鳴と共に、大輝のソレに向けて彼女は容赦なく木製の刃の切っ先を突き立てた。
「っぐぅあぁぁーッ!! ぅあッ、あああああァァァーッ!!」
「──ッ!! 大輝ーっ!!」
その一撃は、辺りにいた者も思わず走り際に青ざめるほど血の気が引き、股を押さえなければならないほど強烈で、彼や、彼の子孫の犠牲に対し、思わず涙を流す者もいた。
「──っく、うわああぁぁーん!」
精神的一撃を与えられた彼女もまた、その場にぺたんと座り込み泣いていた。
(……へっ、覗き一つするのも……らくじゃあねぇなぁ……なあ、飛鳥)
再起不能と思えるほどの股の激痛を必死にこらえつつ、彼は普段見せない隊長の泣き顔を眺め、ホッコリとした笑顔を浮かべたまま、意識を失った。
手を然り気無く彼女の尻に当てながら。
……
仲間達の犠牲を胸に、進軍の手を緩めぬ者達の存在をいまだ知らない茨命は、警戒という名目でブリッジに一人残り、整備班にD端子対応に改造させたオペレーター用のモニターを使い、紅白色の第一世代据え置きゲーム機で遊んでいた。
「やっぱりクソゲーは面白いですね、フフフ……」
「暗いところでゲームをすると、目を悪くしますよ、茨さん」
「んー? ああ、綾瀬さん。どうしたんですか、こんなところにまでわざわざ」
ウェーブかかった髪、抜群のスタイルに合った少し高めの背丈、顔立ちも清楚で、どこか別の国のお姫様のように美しい。性格も純粋無垢で、誰に対しても優しく、そして非常に渾身的。
彼女こそ団長イチオシ、医療班の女神こと、姫乃川綾瀬であった。
「茨さんは誰かに誘われないとお風呂に行かないですから、お誘いに来ました」
「……ほんと、綾瀬さんは優しい人ですね。行くのは面倒ですけどせっかくですから行きましょうか、これから一時間ほどゲームを放置しなければ進まないところでしたので、いい時間潰しになるでしょう……む?」
命が画面を元の監視モードへと戻すと、そこには女性浴場に向けて移動する、欲情した野郎の姿がハッキリと映し出されていた。
「これは……」
「堂々と覗きですか。首謀者は……はぁ、まったく何やってんだあの人は」
「どうしましょう、止めるのは可哀想ですが、止めさせなくては皆さんが……」
「ま、綾瀬さんは心配しなくてもいいですよ。こんなのちょちょいのちょいですから……ポチッとな」
命は得意気にタッチモニターに標示される赤いドクロマークのボタンをピッと押した。
……
「あと少しだ、あと少しで俺達の夢が叶うぞ!」
「ああ、そうだ、みんな走れ、色んな事を考えて走れ!」
『残念ですが、皆さんにはここでご退場してもらいます』
夢を追い、駆ける者達に向けて、唐突に命の冷たい一言が放送で流れた。
『それでは皆さん──死ぬがよい、です』
命の冷たい一言の後、ゴトン、と何かが落ちた重たい音が、進行する彼らの後方から聞こえてきた。
「な、なんだ……」
「音が……こっちに!?」
ゴロゴロと音を立てて彼らに迫って来たのは、廊下のサイズピッタリに作成された重量感のある黒い大玉であった。
「追ってくる玉って、探検物の映画かよ!」
「ヤバい、みんな走れ!」
『ああ、言い忘れてましたが、罠は一つではないんですよー』
「なっ、ぐわぁぁぁーっ!」
「鈴木ぃぃぃーっ!!」
突発的に現れるハードルや丸太、ハリセンにピコハンなどが、壁や床、天井から彼らの行く手を次々に阻む。
トラップに直撃し倒れる者、急所は避けるも立て直すのに時間を取られた者が、一人、また一人と大玉の餌食になっていく。
「くそっ、これが人間のすることかぁぁぁーッ!!」
『私はれっきとした人間ですが、覗きをする人に人権はありませーん、ただの犯罪者でーす』
「だが、この角を過ぎれば、目的地はすぐ──うわああぁぁーっ!!」
「山田ッ! な、なんだこれは……穴?」
廊下が急に抜け落ち、落とし穴と言うには巨大すぎる穴が現れ、一人が闇へと呑まれた。
「落ちたやつは……し、死んだのか……?」
『いやいや、そんなことしませんよ、皆さん性格に難はあっても大事な人材なんですから……でも、下は艦内全てのトイレの排水先なんで、まー、落ちたら死にたくはなるでしょうね』
命の言葉は事実であった。真っ暗な暗黒空間からは、およそ人の嗅ぐべき物ではないほどの狂気的な臭いが少しずつ這い上がり、辺りを悪臭が包むには、さほど時間はかからなかった。
「くそッ、覗き防止のためにそこまで艦を改造するか、普通!?」
『その言葉、そのまま返しますよ』
「どうする、団長……残ったのは俺たち二人、後ろからくる玉は受け止めるのは不可能だ」
「……一つだけ方法がある」
「方法?」
「ああ、穴の向こう側に向かって跳ぶんだ」
「馬鹿な、届くはずがない!」
廊下に空いた穴は10mほどの大穴。高校生の走り幅跳びの平均など4、5mがいいところだというのに、その倍の長さを飛び越えるなど不可能である。
しかし、団長は力強くこう言い放った。
「策はある、俺を信じろ!」
その時彼には、仮面の先から団長の強く輝く瞳が見えた──気がした。
不思議と恐怖はなかった、体の震えも止まり、今の自分ならば飛べるとまで思えるほど体は自信で満ちていた。
「くっ、わかったぜ、団長……うおおおおおぉぉぉーっ!!」
そして次の瞬間、彼の言葉を信じた男は助走をつけて廊下の床を強く蹴り、ロマンを求めて大きく跳躍した、おそらく自身の出せる限界を超えたであろう……が、やはり届く距離ではない。彼は団長の次の指示を聞こうと、すがる気持ちで後ろを振り返った。
「団ち……え?」
その団長の姿は彼のすぐ後ろ──振り返った彼の頭の上にあった。
団長は何も言わず彼の肩に足をかけ、彼を踏み台にすることで、空中で更なる跳躍を行った。一人の犠牲により行えたその跳躍により、団長は対岸に着地する事に成功したのであった。
「ば、バカな……俺を踏み台にしただと!?」
「ふふ、聞こえているなら、主人公の踏み台にしかなれないモブの生まれの不幸を呪うがいい」
「くッ! 謀ったな、飛鳥ぁぁぁーッ!!」
踏み台にされた彼には、怒りの気持ちを言葉に慟哭する事しかできず、その体は地球の引力に導かれ、汚物の中へと沈んでいった。
『飛鳥さん……あなた、最低です』
「ふん、バレていたか……だがなぁ命、この作戦は最終的に──俺が勝てばよかろうなのだーッ!!」
仮面を汚物の穴に投げ捨てて身元を隠す事をやめた飛鳥は、そのまま一人目的地に向けて走り始めた。
彼の進行を止めようと、通路から様々な障害物が現れるが、最大の難関を越えられた今、飛鳥の勢いをちゃちなトラップでは止める事はできなかった。
『むう……』
「ハッハッハァッ! 無駄無駄ァッ!!」
戦闘要員である二人も、命の罠も回避され、もう彼を止める者はいなくなった。
腕っぷしだけならば魚見焔も戦闘要員としての実力があるのだが、トレーニング後はスポーツパンツに上半身はタオルのみがデフォルトの彼女には、決定的に恥という要素が足りておらず、覗きに対しての戦力にはなりえなかったのだ。
「たどり着いたぞ、俺のヴァルハラアァァーッ!!」
「……きゃあぁぁぁーっ!!」
神聖にて不可侵と思われていた空間に突然現れた飛鳥の姿を見て、医療班生徒達の少し遅れた悲鳴が脱衣所に響き渡った。
右を見ても左を見ても、肌色、肌色、肌色。みんなすぐにしゃがんでしまった為、大事なところは見ることができないが、それでも、この光景は思春期の高校生には充分興奮できる空間となっている。
覗きというよりは、押し込み強盗に近いが……。
「綾瀬、綾瀬はどこだ!? ここにいないと言うことは……奥かッ!!」
グルリと脱衣所を見回し、目標を発見できなかった飛鳥は、昂る興奮に身を任せ、そのまま脱衣所の更に奥、浴槽への扉へと手を伸ばす。
「騒がしいわね、何事? 虫でも出て──」
「……あっ」
「…………」
急に扉が開かれ、伸ばした飛鳥の手が代わりに掴んだもの……それは少し大きめの女子の──カグヤの生乳であった。
「ちがっ、コレにはわけが!」
「この虫があああああぁぁぁーッ!!」
「ぐほあぁぁぁーっ!!」
あくまで眼福目当てで、ノータッチを胸にしていた飛鳥は動揺して退くと、隙だらけの彼に対して彼女の持つ怒りの鉄槌が顔面へと放たれる。
「さーて、他に何か言うことはあるかしら?」
「……じゃあもう一回触らせ──いってぇぇぇッ!!」
「そこは素直に謝れ! この変態がぁぁぁっ!!」
顔面──それも顎をえぐるような全力パンチを叩き込まれると、飛鳥の体は宙を舞い入口へと戻される。
「大体、ここにいる時点でおかしいのよ……アンタ、覚悟できてんでしょうね?」
「フッ、覚悟か……覚悟ね……もちろんそんなものは──ないッ!」
立ち上がると同時に体を反転、一直線で出口へと突き進む。ここから逃げ出せば勝ちだ、飛鳥はそう思っていた。
「女子脱衣所ロック!」
「なっ!? どうやって!」
「この艦はねぇ、艦長である私の音声認識でも動くのよ……さてと、散々なほどに嬲り倒してボロ雑巾のように捨ててあげるわ」
「まて、話せばわかる!」
「わかるかぁぁぁーッ!!」
その場にいた女子達から本物の暴力というのを骨の髄まで味あわされたる飛鳥。
体がボロボロになる最中、現実逃避からか飛鳥は何かに目覚めた──気がした。
……
「せーのっ!」
「バカ、やめろ! やめて、やめてください! 何でもする、何でもしますから!」
トドメに飛鳥を待っていたのは、あの汚物への穴であった。
複数人に掴まれ身動きの取れない飛鳥は、命乞いもむなしく呆気なく穴へと吸い込まれていった。
「うおぉぉーっ! まだだ、まだ終わらんぞーッ!」
わずかな壁の隙間に指をかけ、最後まで抵抗をやめない飛鳥……しかし、彼を穴へと誘うのは上に立つ女子だけではなかった。
「!? なんだ、何かに引っ張られて……」
「さっきはよくもやってくれたなあぁぁぁーっ! 飛鳥あぁぁぁーっ!!」
汚物の中から、先程踏み台にされた少年が飛鳥の足へと手を伸ばし、自分のいる世界へと引き込もうとする。
「やめろバカっ! 脇役の分際で主人公の足を引っ張るなッ!!」
「誰が脇役だーっ!」
「クソッ、こんなところで落ちるわけには、落ちるわけにわあァァーッ!!」
必死の抵抗もむなしく、断末魔の叫びと共に飛鳥の体は落ちていった。
こうして少年達の覗き大作戦は、首謀者が汚物へと消えることで幕を閉じ、その後BF団は無事壊滅した。
……
一方、そのころ。
「はぁ、またやっちゃった……これじゃあ、また怖がられちゃうよ……」
あの後、一人の男を再起不能のレベルまでボコボコにしたところで我に帰った零は、ドンヨリとした気分のまま艦内をトボトボ歩いていた。
と、そこに。
「あ、あれは──阿久津、君……頑張れ私、今日こそ打ち明けるんだ、今日こそ……!」
グッと拳を強く握り、その瞳にやる気を灯しながら前進を開始した。
一方、その相手は……
「はぁ、また医療班の女の子に怖がられちゃった……ただ指に針刺しただけなのに」
可愛い趣味により怪我をしたうえに、またも女の子に怖がられ、そのショックにより、ショボンとした表情で艦内の廊下をフラフラと歩いていた。
その先に現れたのは、同じ悩みを抱える零である。
「あ、あれ、一ノ瀬さんだ……一ノ瀬さんなら、本当の事言えるかな? 僕と違ってホントに怖いし……うん、言ってみよう……!」
残る気力を振り絞り、その目をやる気で燃やしながら、こちらも前進を開始した。
(打ち明ける、打ち明ける、打ち明ける、打ち明ける……)
(言う、言う、言う、言う、言う……)
(──ッ! 阿久津君のあの目、怒ってる!? い、今打ち明けたら、絶対にイタイことされる!)
(──ッ! 一ノ瀬さんのあの目、怒ってる!? 今言ったら、絶対にボコボコにされる!)
その決意に満ちた瞳を見た瞬間、何を誤解したのか二人は直感した。
──いつも通りじゃないとやられる、と。
「おい、風呂上がりの女を何ジロジロみてんだよ、溜まってんのかぁ? あぁン!?」
「あぁッ!? テメェには関係ねぇだろうが、犯すぞコラァッ!」
どちらも後退することなく接近すると、頭と頭をガツンとこすり合わせ、罵声の言葉と共にメンチの切り合いが始まるのであった……。
二人の悩みが解決する日は、まだまだ遠い……。
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