第五話 艦長、秘密の話し合いです。

 エーテリオン内の居室の一つ。その部屋の二段ベッドの上段には男と男が抱き合う数札の薄い本が教科書にカモフラージュされながら置かれており、それに対しベッドの下段には可愛いぬいぐるみが狭いベッドの中に山のように詰められていた。


 入り口の表札にある名前は、葵貴理子と一ノ瀬零。


 薔薇色の薄い本の持ち主は無論、BLメガネな副委員長こと葵貴理子の物であるとして、もう一つのファンシーなベッドの持ち主は、あろうことか二大危険人物と艦内でも有名な、あの零のものであった。


「ううっ、貴理子ちゃーんっ!」

「ああもう、そうやってすぐに泣くな。話ならちゃんと聞いてやるから、な?」


 テーブルを挟んで互いに座って向かい合う二人だったが、ちょこんと正座をしていた零が急に机に伏せて泣きはじめるので、慌てて貴理子が慰める。

 他人がその姿を見れば悪い夢でも見ている感覚に陥るだろう。


「それで、今日はどうしたんだ?」

「昨日の戦闘でね、ちょっと機体の関節の動きがぎこちないなーって思ったから、整備班の佐藤君と山田君に言ったの、直してくれない? って……そしたら今日二人がゲッソリして倒れててね、他の人から話を聞いたら、誰かに脅されて寝ずに整備してたって言うの。私はちょっと言っただけなのに、それなのに、それなのにぃ……」

「ああ、ああ、わかった、わかったから泣くな」


 零は泣いていた。日頃「死ねえぇーっ!」だとか「殺されてぇか!」などという言葉を使う人間とは思えないほどに、弱々しく落胆し、泣いていた。


「もう少し……なんだ、昔の自分に戻ってみたらどうだ?」

「地味で弱虫だからイジメられてたんだよ? もう前の自分には戻りたくないよぉ……」

「ああ……そうだったな」


 貴理子が彼女から聞いた話では、零自身も弱い自分が嫌だと感じていたので高校デビューを目論んだところ、今の狂気的な姿になっただけであって、他人に恐怖を叩き込むつもりはまったくないのであった。


(とはいえ、派手で強く生きようと思うだけで、ここまで変われるとはな……中身の本質は変わってないみたいだが)


 二重人格を思わせるその豹変っぷりに、貴理子も驚きを通り越して呆れてしまう。


「どうすればいいと思う? 貴理子ちゃん」

「昔に戻れとは言わないが、もう少し周りに対して優しくなったらいいんじゃないか? その、言葉使いとか……」

「優しく、か……できるかな、私に」

「で、できるんじゃないか? 多分」


 さすがの貴理子も、零ほどの人間に対し「大丈夫だ」と太鼓判を押すこともできなければ、「ダメだろう」と突き放すこともできなかった。


 ……


 ──同時刻、他の部屋


 その部屋のベッドの上段には教科書とノートと参考書がきちんと整頓されて並べられており、ベッドの下段にはお手製の小さなぬいぐるみが数体枕元に添えられていた。


 入り口の表札にある名前は、赤城相馬と阿久津宗二。


 上段の整頓された教科書類は無論、超高校級のクソ真面目委員長、赤城相馬の物であり、もう一つのベッドの持ち主は、あろうことか二大危険人物と艦内で有名な、あの宗二のものであった。


「はあ、赤城君……」

「まったく、今日は何があったんだ阿久津」


 テーブルを挟んで互いに座って向かい合う二人だったが、ちょこんと正座をしていた宗二は暗い面持ちで口を開くので、面倒見のいい相馬は話を聞こうと耳をすました。

 他人がその姿を見れば悪い夢でも見ている感覚に陥るだろう。


「昨日、新作のぬいぐるみを作ってたら、針で指を刺しちゃってね、血が止まらないものだから、怖くなって保健室に行ったんだ。そしたら森さんと渡辺さんが慌てて真人先生を呼びに行ったんだよ……後で聞いた話だと、僕が怪我をするのは喧嘩ぐらいだろうから、艦内に重傷患者がいるに違いないって、思われたそうなんだ。あんまりだよ、ううっ、あんまりだあぁぁーっ!!」

「ああ、わかった、わかったから泣くな」


 日頃「死ねよやぁーっ!」だとか「ブッ殺す!」などという言葉を使う人間とは思えないほどに、弱々しく落胆し、ついに宗二は声を上げて泣いた。


「もう少し……なんだ、昔の自分に戻ってみたらどうだ?」

「木偶の坊で弱虫だからイジメられてたんだよ? もう前の自分には戻りたくないよぉ……」

「ああ……そうだったな」


 相馬が彼から聞いた話では、宗二自身も弱い自分が嫌だと感じていたので高校デビューを目論んだところ、今の凶悪的な姿になっただけであって、他人に恐怖を叩き込むつもりはまったくないのであった。


(とはいえ、活発的で強く生きようと思うだけで、ここまで変われるとはな……中身の本質は変わってないみたいだが)


 二重人格を思わせるその豹変っぷりに、相馬も驚きを通り越して呆れてしまう。


「どうすればいいと思う? 相馬君」

「昔に戻れとは言わないが、もう少し周りに対して優しくなったらいいんじゃないか? 粗暴な言葉使いとかをだな……」

「優しく、か。できるかな、僕に」

「で、できるんじゃないか? 試してみなければわからないがな」


 さすがの相馬も、宗二ほどの人間に対し「大丈夫だ」と太鼓判を押すこともできなければ、「ダメだろう」と突き放すこともできなかった。


 ……


 ──同時刻、教室


 二名の人間が深刻な悩みをそれぞれ打ち明けている一方で、電気の代わりに蝋燭を灯し、席に座る者達がいた。

 全員が素顔を隠す仮面を被り、互いの素性を隠しながら集まった者たち……集団の名はBF団──少年の異常性欲、ボーイズBフェティシズムFの略であり、他意はない。


「綺羅凛!」

「「綺羅凛!!」」


 教室の前に立つ団長と思われる人物が左手で作ったピースを目元に当て、合言葉であり、BF団の挨拶でもあるその言葉を口にすると、他の団員も同じ動作で言葉を返す。

 ちなみに綺羅凛とは、現役アイドルながらパイロットに選抜された緑川凛と、事務所に所属しアイドルとしてデビュー間近だった黄瀬綺羅の名前を繋げて出来た言葉であり、他意はない。


「今日集まってくれたのは他でもない、BF団技術班である我が同志達が、ようやく我々の夢の架け橋を作り上げてくれたのだ」

「では、ついに完成したのか……」

「そうだ、我らが桃源郷である裸体の園への道がついに完成したのだ!」


 教室の中に男達の歓喜の声が溢れ出す。あるものは仮面下から涙を流し、あるものは歓喜故に股を押さえて前屈みになる。


「勿体振らずに、我々に道の説明をしてくれないか」

「慌てるな、言わずとも見せてやろう。これがその道だ!」


 授業用であり、敵の情報を表示するための黒板型モニターにエーテリオンの断面図が表示される。

 団長は指示棒を伸ばすと、モニターをカツンと叩き経路の説明を始める。


「今まで、裸体の園の周辺には、我々BF団の侵入を拒むかの如く鋼の門が存在していた。厚さはこの箱舟の装甲と変わらず、まず破壊は用意ではない。乙女よりも先に侵入を試みたこともあったが……小さき監視者が至るところに存在し、約束された時刻の間、その存在を確認されると同時に、異端者を知らせる鐘の音が鳴り響く……そこで私が目をつけたのは門の外に存在する大気の通り道である」


 断面図は拡大され、大気の通り道通気ダクトを映し出す。


「ここへの侵入は我々の体型であっても容易で、秘密利に移動が可能である。勿論、桃源郷の作り手もそれは予想済みのこと、この抜け道は門の内側には通ってはいない──が、我々が誇る技術班の者達が、ついに門の内側へと繋がる道を作り上げたのだ。これにより、桃源郷への道は開かれた、後に捌きの鉄槌が下ろうとも、我々はその桃源郷へ足を踏み入れる権利を得たのだ!」


 その言葉により、再び教室には男達の歓喜と欲望の声で満たされていく。

 要約すれば、入浴時間に閉まる壁により侵入不能の女子風呂を覗くために艦内の通気ダクトを改造した、ということである。


 作戦の説明を受け勝利を確信した団員達は、互いに自身の目標について語り合う。


「お前は誰狙いなんだ?」

「愚問だな、神崎刹那ただ一人だ」

「ほう、巨胸狙いか」

「否、目の前の大きさしか見えていないとは、貴様もまだまだ未熟だな。神崎刹那の真骨頂は鍛え上げられ、よい形を保ちながらも、存在感を隠さないその大きな尻だ。魚見焔も中々に鍛え上げられてはいるが……まだまだ小さい。やはり理想の安産型は神崎刹那ただ一人だ」

「なるほど、まだまだ俺も甘いということか……尻とは奥深い物なのだな」


 長々と尻について語る仮面を被った謎のに、男は未熟さを認めながら、尻の良さに気付く。


「やはり葵貴理子殿のメガネを外した姿は興味深い……」

「眼鏡はあるからこそ至高、外すのは邪道だ。いや、むしろ女子全員に眼鏡をかけさせたい!」

「お、おでは茨たんのツルペタが見れればそれでいいお、バレても罵られれば尚良しだブー」

「やはり綺羅凛コンビは見逃せませんね、まだグラビア未経験の彼女達の裸体……拝まずにはいられません」


 これから覗こうとする少女たちの事を各々語る少年たち……忘れてはいけないが、ここにいるのは全員世界の平和のために選ばれた戦う戦士達であり、決してただの変態集団ではない。

 選ばれた戦士が変態であったことは否めないが……。


「ところで団長は誰狙いなんですか!?」


 団員達が互いに己の欲望を語り合う中で、団員の一人が教壇の上で構える団長に声をかける。


 「……確かに、パイロット及びブリッジクルーは美少女揃いではある……だが、ここに私の求める者はいない。真の美女は他にいる!」

「真の美女だと、それは誰なんだ一体!?」

「フッ……同年代とは思えぬ優しさと包容力、そして俺の目測によれば大きさ、形、共に一番の巨乳であり、他の部位も文句のつけようのないナイスバディ、通称、医療班の女神──姫乃川綾瀬ひめのがわあやせ!」

「姫乃川綾瀬、そうか、彼女がいたか!」

「そこに目をつけるとは、さすがは団長、恐れ入った」

「当然だ……何せ俺はなんだからな」


 自らを主人公と称すBF団団長……彼の素性は誰も知らない。


 ──知らないはずである。


「さあ、行くぞ。若き清浄なる欲望のために!」

「「若き清浄なる欲望のために!」」


 禁断の女湯覗き。変態ども──もとい、紳士達の進撃が始まろうとしていた……。


 ……


 そんな餓えた野郎どもの進撃など露知らず、エーテリオン女性大浴場では、ほぼ全ての女生徒が集まっていた。


「はーあ、敵が来ないとやっぱり退屈ね。授業とか拷問に近いわ」

「あはは……でも、たまに体育だってあるじゃないですか」

「体育服装になった途端、男子がジロジロ見るのよ? イヤよ、イヤ。綺羅ちゃんも少し気をつけなさいよ? アイドルなんでしょ」

「わ、私はまだデビュー前ですよ、ちゃんとしたアイドルは凛さんですよ」


 綺羅は視線をカグヤから外し、自信の無さそうな顔をする。

 子ども時代からテレビに出演し今の地位に立つ凛と、デビュー前の自分とではアイドルとしての実力は天と地ほどの差がある、とずっと感じている。


「大丈夫大丈夫、綺羅ちゃんは中身も可愛いから、すぐに追い付け──」

「何の話?」


 カグヤが気楽にそんな事を口にすると、ちょうど凛が風呂場から上がってきた。最近クールを売りに人気を博しているアイドルだけあって、目付きが少し鋭く、あのカグヤも少したじろいだ。


「あー、えっーと、綺羅ちゃんの操縦技術の話。あんまり撃墜数稼げてみないだから」

「そ、そうです、そうなんです」

「……そう。それなら簡単な話よ、綺羅は周りの状況に翻弄されて、すぐに敵の行動に対応できていない。だから、他の三人に援護されてばっかりで、敵を倒せないの。技術は問題ないは、もう少し冷静に対応できればいいだけよ」


 周りには無関心のように見えていた凛だったが、カグヤを前にして的確で簡潔な説明を綺羅に伝える。


「ま、頑張りなさい」

「は、はい、ありがとうございます!」


 未来の大先輩に指導を受けた綺羅は、体を少し震わせながら深くお辞儀をした。


「……あと、前ぐらい隠しなさい」

「え、はひゃあっ!」


 一糸まとわぬ姿の状態でお辞儀などすれば、色々と丸見えになるのは当たり前であり、綺羅は慌ててタオルで体を隠す。


「さすがアイドル、あざといわね……」

「別に狙ってやったわけではありません! うう……」

「ほら、立った立った。早くはいるわよ」

「わっ、カグヤさん、引っ張らないで!」


 じれったいことが嫌いなカグヤは綺羅の手をつかみ、無理矢理浴室へと引っ張っていった。

 二人が浴室の中へと消えていく中、通気ダクトの中では男達がゴキブリの如く這いより進行を開始していた事を、彼女たちは知る由もなかった……。

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