第四話 艦長、あの人ホモです。

「それじゃあ出席を取るよー」


フワフワとした髪と同じく、フワフワとした性格の真人は、縁の太い四角い眼鏡を掛け出席簿に目をやりながら生徒の名を呼んでいく。


葵貴理子あおいきりこ」「……はい」

赤城相馬あかぎそうま」「……はい」

阿久津宗二あくつそうじ」「……ん」

一ノ瀬零いちのせれい」「……ん」

茨命いばらみこと」「はーい」

魚見焔うおみほむら」「はいはーい」

神谷大輝かみやだいき」「うっす」

神崎刹那かんざきせつな」「はい」

黄瀬綺羅きせきら」「はい!」

桑島三蔵くわしまさんぞう」「……はい」

白雪光しらゆきひかる」「はい」

神野飛鳥じんのあすか」「はい」

姫都ひめみやカグヤ」「はい」

緑川凛みどりかわりん」「はい」

「よし……何人か元気がないけど十四人全員いるねー、なにか悩み事があったら保健室に来るように。それじゃあ授業開始だよ、真面目に受けるようにねー」


 およそ五分程で真人は去っていった。この子達なら僕がいなくとも大丈夫だ、真面目に授業に取り組むだろう……そう信じているのだ。


 ──何を根拠に彼らを信じているのかは不明だが……。


「ところで、飛鳥さん」

「なんだよ、命」

「やっぱり真人先生って、ガチホ──」

「まだその話続けるのかよ! もうホモの話はもうやめろ! ここにいる男は全員ノーマルだから!」


 終わらないホモトークに、飛鳥は声を裏返させながら猛反論する。


「ちぇー、私達高校生なんですよ? 少しぐらい夢があってもいいじゃないですか」

「そんな夢、実現されてたまるか!」

「フフフ……それはどうですかね」

「そこの二人……まぁ、なんだ、静かにな」

「……見ろ、あの精神崩壊して虚ろな目をした委員長を。今にでも、あれは彗星かな? とか口にしそうだぞ!?」

「それはそれで……真人先生との介護プレイですよ」


 ズタズタになった相手に対しまた別の妄想を繰り広げる命に、さすがの飛鳥もついてはいけなかった。


「ダメだこいつ、完全に頭の中が薔薇色に──」


 ビィーッ!! ビィーッ!! ビィーッ!!


 仲間の頭の中を心配する最中、授業中の教室に赤いランプと共に警報音が鳴り響く。モニター型の黒板に映し出されていた教育用の映像が、世界地図へと切り替わり、赤い点が表示される。

 それはエーテルを使用したワープを検知しWCの出現予測情報をいち早く割り出すシステムであった。


「よし、この腐った会話もこれで終わりだ」

「もう少し飛鳥さんの反応を見て楽しんでいたかったのですが……仕方ありませんね。エーテル量からして、六十以上は転移してくるでしょう。場所はオーストラリア近辺の太平洋上空」

「だったら──」


 一体どこから出てきたのか。カグヤは懐から制帽と肩掛けマントを取りだし、それぞれを一瞬にして身に纏う。


「第一種戦闘配備、全EG出撃用意! 艦は十分後に予測区域にワープするわよ!」

「了解!」


 ただの女子高生は一瞬にして艦長に変わり、周りもそれぞれの役職の兵士としてそれに答える。


「いくぞ、貴理子、凛、綺羅!」

「は、はい、相馬さん! 私、見事汚名挽回してみせます!」

「汚名は返上するもんでしょうが……」

「汚名挽回も意味合い的には合ってるんで、大丈夫ですよ、凛さん!」


 敵が現れたことにより元気を取り戻した相馬が三人を引き連れていち早く教室を出ていった。

 相馬は今の心の傷を誰かにぶつけたくて仕方がなく、貴理子も彼の為に活躍しようと決意を胸にしていた。


「ちっ、待てよ、一番は俺達一番隊だ! いくぞ大輝、神崎!」

「慌てるなよ飛鳥、出撃はワープ後だぜ?」

「やめておけ、神谷。こうなった神野は誰にも止めらない……そうだろう?」

「そりゃ、まあ、そうですけど……」


 刹那の問いに大輝は素直に答える。長い付き合いだけに幼なじみの性格はよくわかっていた。


「神野、お前は先にいっていろ。私達は陣形を確認してから出撃準備を行う」

「そんなの、バーッと行って、バッタバッタ片付けりゃ──」

「そういう芸当ができるのは、お前のように実力のあるパイロットだけだ……わかったなら先に行け」

「お、おう、そうだよな……フフン、わかったよ。お前らも早く来いよな!」


 刹那の意外な言葉に少し顔を赤くした飛鳥は、上機嫌で走っていった。


「扱い上手いッスね」

「部下を上手く扱ってこその隊長だ、奴のように実力と運だけでは、所詮副隊長止まりだからな……よし、行くぞ」

「陣形の確認はしないんですか?」

「必要ない。バーッと行って、バッタバッタ片付ける実力ぐらい、私にもあるからな」

「ああ、そうッスね……」


 エースパイロット級の二人と違い、一般兵レベルに毛が生えた程度の大輝は自分の実力の無さを悔しく思いながら、長い黒のポニーテールを揺らす刹那の後ろをついていき、ゆっくりと格納庫へと歩いて向かっていった。


「……あの、俺達はいかなくて──」

「ああ!?」

「ひっ!?」


 周りと違っていつまで経っても動き出さない二人に声をかける三蔵だったが、目付きの悪い二人に睨まれて思わず怯む。

 間違いない、これは人殺しの目だ、下手をすれば俺は殺される。坊主故に三蔵は悟った。坊主でなくても、二人の殺気ぐらいなら悟れるだろうが……。


「ちっ、しかたねーな、阿久津、桑島、いくぞ」

「指図すんじゃねえ、ったく……」

「……サボらないあたり、やっぱり二人とも意外に素直──」

「桑島ッ!!」

「は、はい!」


 素直だからと言って、優しい訳ではない。怒らせれば間違えなくぶん殴られるので、三蔵は余計なことを言わないよう口を塞ぎ、急いで二人の後をついていった。


「さーて、転移前の点検に武装の準備、ちゃっちゃと済ませるのよ」

「あ、待ってください、口うるさい総理から通信が」

「話すだけ無駄だから切りなさい」

『コラコラコラ、言わば私は君たちにとって校長のような存在なんだよ?』


 すぐに切られると予期した総理大臣は、無理矢理回線を繋ぎ、モニターにその苦労に満ちた顔を映らせる。

 いままで寝ずに大量の書類作業でも行っていたので、その目の下には大きなクマがあった。何の書類作業なのかは、言うまでもない。


 ──彼らの始末書だ。


「校長? 意味も興味もない話をただブツブツ話すだけのジジイってことでしょ? 時間の無駄じゃない」

「お父さん! 私、君のパパだから! ジジイとか、そんな悲しいこと言わないの!」


 そう、日本の現総理大臣である月都みかどは、まごうことなきカグヤの父親であった。

 父と娘との仲は……見ての通りであるが……。


「まあまあ、面倒ですけど話ぐらい聞きましょうよ。聞くだけ聞いて、後で無視すればいいんですから」

「白雪君!? 君ってもっと優しい子だと思ってたんだけど!? なに、そんなに私って嫌われてるの!?」

「今さら……」

「なにを……」

「言ってんだか……」

「……ねぇ?」


 彼女達の言葉を受け、一児の父である総理は娘の反抗期を感じ、深く心を痛めた顔をする──が、そんな顔をしたところで、彼女達が優しくなってくれるわけでもないので、気を取り直して要件を口に出す。


「ゴホン……まあいい、では聞くだけ聞いてもらうぞ。まずは君達がいつも使っている兵器の量! 一発撃つ毎にどれだけ国の経済に響いて、赤字に拍車をかけているかわかってるのかな? 装甲だって安くないんだから、戦艦を最前線に突撃させる戦い方は今後控えるように! あと何度も言ってるけど、君たちは一応自国防衛の名目で活動できてるわけ、だから先日の合衆国付近での戦闘も含めて、勝手に地球の至るところに行くのは控えてくれたまえ、一回の戦闘でどれだけ苦情と訴えの書類が飛んでくると思っているんだ! 来る度に謝罪をしなければならない私達の気持ちがわかるかい? 毎日胃に穴が空きそうで、こっちだって大変なんだからね、それと──」

「長いわ!! グチグチグチグチ偉そうに。最前線で戦ってるのは私達なのよ!? 他にやることもないんだから、書類ぐらい頑張って処理しなさいよ、以上! 目的地、オーストラリア。ワープ急ぎなさい!」

「書類以外にだって色々──って、オーストラリア!? また他の国に迷惑がかかるような──プツン」

「あー、まちがえてスイッチおしちゃったー……てへぺろー。さて、いきましょうか、艦長」

「ナイスよ命。それじゃあワープ開始!!」


 誰に見せているのか椅子から立ち上がり手を前に突き出すと、艦長として口を大にして命令を下すのであった。


 ……


 警報から十五分後……エーテルの光の輪と共に、戦艦エーテリオンが戦場に現れた。


 もちろん地元の軍の人間達は、そのとんでもない姿を唖然として見上げることしかできなかったが、それはもうお約束というものである。


「おい神野!」

「なんだよオッサン、これから出撃なんだぞ!」

「オッサンじゃない、虎川繁とらかわしげるだ! なんだその呼び方は、一応先生なんだぞ!?」


 色白でひょろっとした体型に、医療に携わる真人とは、別の意味で白衣が似合いそうな男、虎川繁。その性格と合わさり、まさに悪の科学者の如く、EGの魔改造プランを独自に作り上げ、日々修理用の予備パーツで実験を繰り返している、まごう事なきマッドサイエンティスト。


 ──ただし、その実験の賜物が戦場で活かされたことは、今のところなかった。


「で、何の用だよ」

「いいか、神野……いつもいつも武器をポイポイ投げ捨てるな! 何度言えばわかるんだバカ野郎!!」

「なんだよ、武器を投げ捨てるぐらい、ロボアニメじゃよくあることだろ? いちいち腰に取り付けて武器変えてたらカッコ悪いしな」

「アニメみたいに武器が無限にあるわけじゃないんだよ! 投げたら無くなるんだ。こっちだって武器を山ほど改造したいんだ……だけどな、俺が勝手に改造して、いざというとき武器がありませんでしたー、じゃ困るから、俺達整備班は我慢してるんだ! わかるか? わかるな!? わかったか!」


 無論、彼の本音は後者である。悪の科学者──もとい、一人の機械工学に携わる人間として、みんなが驚くトンデモ兵器を作りたくて仕方ないのである。


「わかった、わかったって、ちゃんと持って帰るから、そんなに顔を近づけるなよ、オッサン!」

「お前また──!」


 コックピットに乗り込んでくる繁を押し返し、急いでハッチを閉める。飛鳥にとって、これ以上うるさくなるのはゴメンであった。


「システム起動、モニターの展開を確認、機体温度、各種メーター異常なし、各種関節系統、各兵装弾薬確認、異常なし。エーテルアクティベーション開始──エーテル活性化率オールグリーン、動力のアイドリングキープ、全兵装安全装置解除完了。神野飛鳥、出撃準備完了!」


 キリッとした顔つきで、カタパルトの先に見える、戦場に視線をやる。


「あのー、毎回思うんですけど、飛鳥さんは何を言ってるんですか?」

「出撃前の機体の確認よ。機体に不備がないか、ちょっとマニアックな兵器アニメとかで、よくあるでしょ?」

「ええ、でも、エーテリアスって……」

「そうよ、エーテリアスは起動すればシステムが自動で機体チェック諸々をしてくれて、その情報はエーテリオンにリアルタイムで送られてくる。そして、もしも機体に異常があれば、こっちですぐに確認できるの……つまり──」

「つ、つまり?」

「単なるアイツのカッコつけよ」


 カグヤのその一言は、飛鳥の抱く男のロマンや厨二心を真っ向から否定する、容赦のない一言であった。


「飛鳥さん、発進どーぞ」

「神野飛鳥、エーテリアス、出る!」


 威勢のいい言葉と共に、エーテリオンのカタパルトから勢いよく飛び立った飛鳥のエーテリアスは、そのまま敵の集団目掛けて突貫をはじめた。


「おいおい飛鳥、いきなりかよ!」

「主人公ともあろうものが、敵を端からプチプチ潰すわけないだろ? 叩くならど真ん中からだ!」

「数を考えろ、数を! ったく、隊長、自分は飛鳥の援護に回ります!」

「わかった、艦の防衛はこちらにまかせろ」


 その言葉を聞き、大輝のエーテリアスは飛鳥の後を追うように敵の中へと消えていった。


「さて、単騎で戦うのはこれが初めてだが……少々多いな」


 近寄るWCをブレードで次々と斬り捨て、再びブレードを構え次の敵に備える。刹那の近接戦闘能力は、隊長の名を冠する者として申し分のないものであったが、さすがに今回は少し敵の数が多かった。


 しかし、刹那の周りに集まるWCの群れは、次の瞬間に上空から放たれる銃弾の山によって撃ち落とされていく。


「なに一人で戦ってんだ。獲物を独り占めするつもりか?」

「二人占めもさせねぇぞ、一ノ瀬ッ!」

「これより援護します……ってフツー隊長か副隊長の台詞のはずだよなぁ……」


 刹那よりも上空から放たれた援護射撃の発射元は、そのうるさい罵声のやり取りですぐに理解できた、二番隊である。


「零か、助かる」

「てめぇを助けに来たわけじゃねぇ、私達は敵をブッ倒しに来ただけだ!」

「艦長、零さんがツンデレテンプレート台詞を言いました」

「いや、あれはツンデレじゃなくて戦闘狂なだけだから! でも、負けてられないわね。こっちも主砲、撃てーっ!」


 命の無駄な報告に対し、珍しくツッコミを返すカグヤ。しかし彼女は目の前の敵を撃滅することに忙しかった。


 ──その頃、敵の中枢


「オラオラオラオラーッ!!」


 接近する敵を避け、密集した敵の群れを縫うように突き進みながら銃を乱射する飛鳥。その技量はたしかに他のパイロットよりも、頭一つ抜きん出ていた。


「ちょっと多すぎんじゃねぇーのッ!」


 背後から迫る敵に対し、脇の下をくぐらせた銃で撃ち落とし、再び前方の敵に集中する。しかし、撃破したと思われた爆煙の中から、その時新たな一機が特攻を仕掛ける。


「しまっ──」

「飛鳥ーッ!」


 不意打ちに焦り、被弾を覚悟した飛鳥。しかし飛鳥と敵の間に割り込むように現れた大輝のエーテリアスが、迫る敵を間一髪のところで撃ち払う。


「大輝か!?」

「まったく、無茶すんなよ飛鳥!」

「主人公は少しぐらい無茶するのが──」

「だったら俺も混ぜろ。無茶な主人公には、それをサポートする優秀なパートナーが必要不可欠だろ?」


 機体を背中合わせにすることで全方位を互いにカバーしながら、敵の猛攻撃を退ける二人。

 その息がピッタリ合う戦闘は、二人の仲の良さを表していた。


「優秀って、自分で言うか?」

「その台詞、そのまま返してもいいんだぞ……? で、どうするんだ、この状況」

「……これ使え」


 飛鳥は新しいマガジンを装填し、自らの銃を大輝に手渡す。


「なんのつもりだ、飛鳥」

「勘違いすんな、オッサンが捨てるなって言うから渡しただけだ。それに、俺はこいつ一本あれば──っと」


 不意に大輝が放り投げたブレードを、飛鳥はなんとかキャッチした。


「二本あったほうが様になるだろ?」

「へっ、ありがとよ……俺が前衛、お前が後衛。主人公をサポートするパートナーなら、ちゃんと援護しろよな!」

「おう、任せろ!」


 飛鳥は大輝のを強く握り、大輝は飛鳥のの引き金に指をかける。


「イクぜっ、大輝!!」

「ああ、イクぞっ、飛鳥!!」

「うおおぉぉぉぉーっ!!」


 男達の雄叫びが戦場に響き渡った。そして──


「二人ともやっぱりホモじゃないですか……!! って……あれ?」


 一人の少女の薔薇色の素敵で腐った夢が、幕を下ろした。


「……おおぅ、まさか、飛鳥さんの夢オチも含めて私の夢だったとは……我ながら恐ろしい芸当……。んーナイスカップリングが堪能できたのは満足ですが、少し残念ですね」


 命にとっては幸せすぎる夢故に、とても残念な気持ちでベッドから起き上がる。

 また続きが見れるだろうか? 命は少し今日の夜が楽しみであった。


「おう、命。今日は珍しく早起きだな」


 命が起きると、ちょうど艦内のトレーニングルームで朝の一汗を流してきた同居人の焔が、裸にタオル一枚という、恥もクソもない格好で牛乳をガブガブと飲んでいるのであった。


 ──その後……。


「貴理子さん、貴理子さん」

「ん? どうした茨、お前から話しかけてくるなんて珍しいな」


 授業間の休み時間……会いたい人物が一人になったところを見計らい、命は彼女に声をかけた。要件は勿論──


「貴理子さんはー、もしかしてBLが好きなんですか?」

「なっ!? ききき、き、きさま、な、な、な、何故知っている!? 誰だ、誰から聞いた!? それとも部屋に監視カメラでも仕掛けていたのか!?」


 その言葉に反応を示した貴理子は、夢の中と同様に顔を赤く染め、命に掴みかかった。


「おおー、夢だけどー、夢じゃなかったー」

「な、何を訳のわからないことを言っている、茨ァァァーッ!!」


 恥ずかしさから怒り狂う貴理子だったが、その後命の秘蔵本三冊がその怒りをなんとか静め、それから二人には奇妙な友情が芽生えたのであった……。

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