第三話 艦長、日常です。

 敵の使用するエネルギー……エーテル。

 それを利用した兵器を作り出したのはなぜ日本だけなのか? それはこのエーテルの性質に問題があったからである。


 空気中のエーテルをそのままエネルギーとして利用することを試みた各国であったが、そのエネルギーが引き出す力は予想された数値を大きくものであった。

 エーテルには基底状態と遷移状態での発生エネルギー量に莫大な差があり。このエネルギーを敵同様に使うためには何らかの方法を用いて活性化させる必要があったのだ。


 その活性化の方法を発見したのも日本であり、厳密にいえば日本人であった。


 活性化能力──エーテルをその身一つで活性化することの出来る能力。それを持つ者が奇跡的に現れたのである。


 それから著しく研究が進展した日本では大型戦艦エーテリオン、人型兵器エーテリアスの建造が進み、戦艦乗組員の全てを活性化能力──通称E-actイーアクトと呼ばれる力を持つ者で構成できるよう能力者を各地から招集するのであるが、いざその能力者を集めてみると、集まった人数は能力の強弱を含め二十数名。しかも全てが十六歳になろうとする子供達だけだった。


 もちろん、子供達だけに兵器を与える事に反対の意見は多かった。しかし、E-actを持たない者には戦艦の運転、転移どころか、EGの指一本を動かすことすら不能の代物であるがために、渋々反対派は口を閉じ、やむを得ず彼らを乗組員として任命せざるおえなかった。


 さすがに子供達だけでの構成というのは問題があるので、半ば監視役として医療班専属教員と整備班専属教員(ブリッジクルーやパイロット達の通常教養は映像授業のみ)として二名の乗り組みを決めた。当初の計画では子供達が余計なことをしないように見ているように、という算段だったが……。


「大丈夫ですよ、彼らだってもう子供じゃないんです、やって良いことと悪いことの区別はできるでしょう。だから私は特に口出ししませんよ、ハハハ」と医療班教師談。


「あぁ!? 俺はこのEGをイジリたくてここに来たんだ。俺の手足として働けるようガキ共に整備の方法は教えてやるが、この艦がどこいってなにしようがなんて俺の知ったこっちゃねぇぜ、ハハハハハ!」と整備班教師談。


 これが一度目の他国領域への侵略問題での責任管理を問われたときの、彼らの返答だった。


 もちろん政府は新たにまともな教育係兼監視役を用意し、補給の際に二人との交代を考えた。が、新たな担当をよく思わない子供達が、今度は政府に対しデモを起こした。

 それも「補給されたミサイルを都庁に撃ち込むわよ!」だの「EGで国会を占拠するぞ!」などと、自衛隊でも手に負えないほど過激なテロに近いもので。代わりのないE-actを持つ子供達や貴重な戦艦等を手放すわけにもいかない政府は、二人の教員を継続して艦に乗せることを渋々了承した。


 結論からして、彼らのやることに政府は口を出すことができず、明確な主従関係が完成しているのである。


 ──迷惑な世界の救世主もいたものだ。


 見守る者達は、口を揃えてそう言った。


「敵、超弩級型、大気圏降下を開始!」


 突如現れた巨大WCの襲来、その巨体は全長400mのエーテリオンを易々と自身の影で覆った。

 宇宙から地上へ向けて侵攻するそれは、小型のWC同様の攻撃を仕掛けようと降下する。


 ──特攻である。


「あんなものが地上に落ちたら、地球はもう……!」

「艦長、何かいい手はないのかよ!?」

「くっ、全長4、50メートル級のスーパーなロボットならまだしも、10メートル前後しかないEG相手には、サイズが違いすぎる……こんな相手、無理に──」

「はっ、何弱気になってんだよ、らしくねぇな」


 エーテリオンから単機で飛び出すエーテリアス、そのコックピットからの通信がブリッジに流れる。


 声の主は飛鳥だった。


「ちょっと、何やってんのよ!? EG一機で何ができると思ってんの、バカなの!?」

「時間ぐらい稼げるだろ。エーテリオンなら、ちょっと時間はかかるが単艦で地上から宇宙にいけるんだろ? だから、お前らは逃げろ」

「なに言ってんのよ、いくら機体に敵の特攻やら、味方の誤射やら、エーテリオンの主砲やらが直撃してもピンピンして帰ってくるアンタでも、今回はホントに死ぬわよ!?」

「へっ、仲間かばって死ぬなんて、スゲー主人公ぽいじゃねーか……最高だね」

「──ッ! 死んだらそんなの関係ないじゃないの、バカ……神野のくせにカッコつけんな!」

「……最期ぐらい、カッコつけたっていいだろ? 後はお前たちだけで決着をつけろ、わかったなカグヤ!」


 その場に留まっていた飛鳥は決死の覚悟で飛び立ち、超弩級型のWCの前に立ちはだかる。


「飛鳥ぁぁぁーッ!!」

「くっ、うおぉぉーっ!!」


 その質量は見た目通り重く、両手で押し返そうとする飛鳥のエーテリアスなどものともせず、地上に突き進んでいく。

 機体の両手両腕がひしゃげ、コックピットには強烈な振動と共に警告のアラートがけたたましく流れる。


「ちっ! いけえぇぇぇーっ、カグヤァァァーッ!!」

「くっ、飛鳥……アンタの犠牲は無駄にはしないわ……主砲、最大出力!」

「へっ、いいって──って、主砲? ワープの間違いだろ!?」


 クライマックスらしく格好つけていた飛鳥の顔がその発言により一瞬で緩み、普段のギャグ寄りの顔へと戻った。


「なに言ってんのよ、オーバーヒート寸前の今のエーテリアスに主砲を叩き込めば、核並の大爆発が起きるのよ……だから、ね?」

「ね? じゃねぇよ、ちょっと待て! 仲間を助けるために死ぬのはいいが、仲間に背中を撃たれて死ぬのだけは絶対イヤだぞ!?」


 しかし、反論する飛鳥のことなどお構いなしに、淡々に着々と準備が進んでいった。


「準備完了だ!」

「完了すんな!」


 淡々と準備を済ます焔。


「神野飛鳥に対し黙祷」

「まだ死んでねぇよ!」


 勝手に黙祷を捧げる命。


「僕のこと好きだっていうの、忘れないよ」

「好きじゃねぇよ、大体お前男だろうが!」


 衝撃の戯言たわごとを抜かす光。


「さよなら飛鳥、多分──初恋だった」

「そんな告白、今すんなよぉぉぉーッ!!」


 急な告白をするカグヤ。


「くそっ、ふざけやがって。こんなところで死んでたまるか! どうにかして逃げてやる!! やっぱ最後に死ぬ主人公なんてまっぴらゴメンだ!!」


 薄情な仲間の対応に耐えられるわけもなく、この場から逃げ出そうと考えた飛鳥だったが、今WCから手を離せば確実に腕だけではなく機体がバラバラになる。


 そう、時すでに遅し。もう飛鳥に逃げ場はなかったのだ。


「主砲ってぇぇぇーッ!!」

「やめろおぉぉぉーっ!!」


 ──ドサッ!!


 次の瞬間、飛鳥の視界が体に対するニブイ衝撃と共にブラックアウトした。仲間の主砲に撃たれたからではない、二段ベッドの上から落ちたからである。


「痛つつ……くそっ、夢オチか。いや、あの展開的に夢で助かったが……」


 下のベッドで飛鳥の状況など知らずに、スヤスヤと眠るをチラリと見る。

 男女比の関係上、出来てしまった男女による二人部屋。男子で選ばれたのが飛鳥で、女子はカグヤだった。クジの結果であり二人とも最終的に文句も言えず、ラッキースケベをすれば殴られる生活に飛鳥も次第に慣れてきた頃であった。


「はぁ、日頃あんなに滅茶苦茶だけど、寝顔は……まぁ、可愛いよなぁ……」

「……何、やってんの?」


 悪夢から起き、視界に入った少女の寝顔をつい好奇心でつつくと、カグヤはアッサリと目を覚ましてしまった。


「あ、いや、これは、ち、違っ──」

「問答無用ッ!」


 横になった体制から繰り出される右アッパーが、飛鳥を再び夢の世界へと誘っていった。


 ……


「あー、まだ痛え」


 全員が高校生ということで、エーテリオン内に作られた教室、教室のデザインはとても近代的であるが、机は14個……まるで田舎の学校である。


「また何かやったのかよ、懲りねえなぁ飛鳥」


 幼なじみの神谷大輝が飛鳥の様子を見て、空いている前の席に座り、声をかけてきた。


「事故だ、しかたねぇだろ」

「昔からそういうところは主人公の素質あるよな、SFじゃなくてラブコメの主人公だけど」

「うるせぇ」

「おはよう、二人とも」

「お、おう、おはよう」


 男子制服を着た白雪光が飛鳥の隣座り、丁寧に挨拶をする。昨夜の夢の事もあり、警戒して少し飛鳥は距離を取った。


「何で離れるの?」

「いや、ちょっとな」

「?」


 純粋な光に対し「お前、もしかして男が好きなのか?」なんてこと聞けるわけもなく、飛鳥はそっけない返事を返す。


「おーっす、飛鳥。怪我大丈夫か?」


 女子制服を着た魚見焔が飛鳥の左隣に鞄を置き、バシバシと飛鳥の肩を叩く。相変わらずこの二人は性別が互いに逆ではないのかと、いつも言いたくなる飛鳥だった。


「おはようございます飛鳥さん、朝から両手に花ですか、うらやましいですね、フフフ」

「ま、片方は薔薇の花だけどな」


 三、四世代前の携帯ゲームを片手にした茨命が、大輝が譲った席に座り、飛鳥を茶化す。


「そうですね、でも飛鳥さんなら……イケますよね?」

「いや、イケねぇよ!? ホモじゃねぇよ、俺!?」

「え、そうなんですか……」

「なに残念がってんだよ、そういうように思われてたのか!?」

「いえ別に、そんなことありませんよー、フフフ……」


 戦闘中のダルそうながらに真面目な命とは遠くかけ離れた、BL大好きの腐った彼女がそこにはいた。


「でも私的に、三蔵さんあたりは熱いと思うんですよ、あのツルツル、中は絶対ホモですよ、同じ隊の阿久津さん狙いだと予想してます」

「あー」

「おい、勝手に変な噂をするな! 周りも同意もするな!」

「でも坊さんですし……」

「坊主を何だと思ってる!? 俺はれっきとした──尻好きだ!!」


 最前列に座っていた桑島三蔵は話が聞こえると同時に立ち上がり、聞いてもない情報を声を大にしてカミングアウトした。

 その発言に周りはシンと静まり返り、その空気に耐えかねた三蔵はゆっくりと席に座り、何もなかったことにしようとする。


「尻……まさか男のですか?」

「違うっ! 形、大きさ、柔らかさ、全てが美しい安産型の──!」

「「うるせータコ」」


 顔中を怒りで赤く染めた三蔵だったが、同じ隊で両隣に席を取る阿久津宗二と一ノ瀬零に、同時に顔面をグーで殴られ、そのまま三蔵は机を覆うように崩れ落ちた。


「あーあ」

「三蔵さんは安産型の男の尻が好み、と」


 必死の反論もむなしく、命の脳内での三蔵の好みが勝手に決定された瞬間であった。


「くっ! 朝からホモだの尻だの、健全な学校生活には相応しくない単語を軽々しく口にするな、貴様ら!!」

「お、委員長が怒ったぞ」

「いつものことだ、ほっとけ」

「だな」

「聞こえているぞ神谷大輝、飛鳥!」

「ホモを苗字みたいに言うんじゃねえよ! 、飛鳥だ!」

「この場合、攻めは相馬さんですか?」

「「違う!」」


 半暴走気味の命に同時に否定の言葉が返される。


「まったく、いい加減にしろお前達、朝から相馬さんに迷惑をかけるな!」

「お、副委員長も怒ったぞ」

「副委員長と呼ぶな、葵と呼べ!」


 相馬の前に座り勉強をしていた葵貴理子あおいきりこが、 青フレームの眼鏡をクイッと右手で上げ、 補佐役のように相馬の隣に立ち、声を上げる。

 エーテリオン口うるさい委員長コンビであった。


「じゃあ貴理子さん、相馬さんは攻めだと思いますか、受けだと思いますか?」

「攻めだの受けだの何を言っている、バカバカしい。そもそも相馬さんは優れた頭脳を持つ人物だ……ならば」

「ならば?」

に決まっているだろうが、この愚か者めが!! 単純な受け攻めなど端から相馬さんの選択肢にはない!」

「…………」


 その時、大半の人間が固まり、彼女に対してかける言葉がなかった。


「……あっ」


 その時、命は彼女から何かを察した。


「……ぐっ」


 その時、相馬は一番信頼していたと思っていた相手に恐怖を感じていた。


「……はぁ」


 その時、ちょうど教室にやって来た神崎刹那は、あまりのうるささにため息をついた。


「えっ……な、なんなんだこの空気、相馬さん、私なにか変なこと──えっ、何でなにも言わずに座るんですか!? 何で顔をそらすんですか!? もしかして相馬さんは強気攻めで──!?」

「それ以上話すな貴理子ッ! それと、言っておくが僕はノンケだ、君の頭の中だろうと、僕をホモにするのはやめろ! いや、やめてくれ……頼む」


 相馬は今にも泣きそうな声を出し、机に伏せた状態で貴理子に懇願した。心の底から、切実な思いで。

 そんな様子を見てハッとなる貴理子は、ようやく自分の犯した罪を理解したようだった。


「……はっ、わ、わ、私、ち、違うんです! 私は──」


 本日二度目のカミングアウトを無意識にしてしまった事に気づいた貴理子は、三蔵以上に顔を真っ赤に染め、崩れ落ちた相馬に弁明をしようとする──が。


「BL好き」

「だぁーまぁーれぇー茨ーッ!!」

「まあまあ、今度色々貸して上げますから」

「ぐうっ──それは嬉しい、が……だがいいか、今は黙れ、いいな!」

「相馬さんは誘い受け、フフフッ……」

「ぐはぁっ……!」


 命の容赦のない一撃が、相馬の心に大ダメージを与える。もはや赤城相馬は大破寸前であった


「いぃーばぁーるぁーっ!!」

「はぁ……何であんなのがウチの隊長と副隊長なのよ。ばっかみたい」

「そんな、二人とも周りに気が利いていい人じゃないですか」

「……一番気が利いてるのはアンタよ」


 三番隊員である緑川凛みどりかわりんは呆れ、黄瀬綺羅きせきらは少しでも二人をフォローしようとする。


「ホント、ここは朝から賑やかねー」

「ん、遅かったな、カグヤ」

「アンタが行ってからじゃないと、着替えもシャワーも浴びれないんだから仕方ないじゃない、まったく」


 文句を垂れながら飛鳥の後ろの席に座り、鞄を机に引っ掛ける。言葉からして、朝からシャワーを浴びてきたカグヤからは、ほのかに良い香りを感じた。


「おはよう、みんな」


 カグヤが着席してからすぐに、医療班教師の王乃真人おうのまさとが今週のHR担当のため、クラスに足を運んでくるのであった。

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