第二話 艦長、そっちは味方です。
一方そのころ前線では……。
「ちょこまかちょこまか、鬱陶しい!!」
二番隊隊長を任されている一ノ瀬零が癇癪を上げながら76mm小銃を放ち、敵を次々に仕留めていた。現代っ子はキレやすい、という典型的な例だった。
そして、そんな典型例が同じ隊にもう一人……。
「ぎゃーぎゃー
エーテリオンキレキャラ男子代表にあたる
隊長の零が長髪を赤く染めた不良だとすれば、こちらは刈り上げられた短髪を青く染めた不良であった。
「はぁっ? やれるものならやって見なさいよ! ま、アンタには無理だろうけどねッ!!」
「んだとコラァ!!」
「はぁ……何であんなのがウチの隊長と副隊長なんだ……?」
「何か言ったか、ハゲ?」
「……なんでもありません」
犬猿の仲である零と宗二と隊を組む悲劇の隊員であり、寺の息子故にツルツル坊主の
「そもそもアンタは、その当たらない銃で何体敵を落としたってのよ? ただ撃ちたいだけならペイント弾でも撃ってろ、この下手くそが!!」
「あぁん!? もういっぺん言ってみろ! テメェの穴という穴に銃弾ブチ込んで──プツッ!!」
そのあまりの騒がしさに二番隊以外のパイロットが二人との通信を切断した。あの歪んだ関係で今まで一度もフレンドリーファイアをしていないので、態度はアレだが一応敵味方の分別はついて戦っているのだろう。
「まったく……」
毎度の出来事とはいえ、一番隊の神崎刹那は呆れて文句も言えなかった。
「──まぁ、こっちも大概か」
彼女があの二人に対して文句が言えない理由は他にもあった……。
二番隊の問題が二人の仲の悪さだとすれば、一番隊は一人のバカが問題を起こしているのだから。
「おらおらッ! 人類をなめてんじゃねぇぞ異性人ども!! 今世紀最強の主人公兼一番隊副隊長の
「……なあ飛鳥ぁ、主人公は自分のこと主人公なんて言わねぇと思うぜ?」
手に持ったライフル銃を敵へ次々に叩き込んでいく飛鳥に対して、同じ隊の男はその名乗りについて疑問を投げかける。
「ハッ、細かいことはいいんだよ大輝──カッコよければな!」
──全然カッコよくねぇよ。
そうきっぱりと言ってしまうのは簡単だが、中学の頃から飛鳥と腐れ縁である
大輝自身、腐れ縁故に飛鳥が悪いやつではないことは理解している……ただ高校生になり、ようやく厨二病が治り始めた矢先巨大戦艦と共にロボットに乗って戦うという夢のような舞台に立たされてしまえば、症状が改善するどころか物凄く悪化するのは仕方がない事だった……。
「神野はいつも通り威勢がいいな」
内心呆れてはいるものの、戦い詰めの中いつもと変わらない調子で戦闘を行える飛鳥に対して、刹那は褒めるように彼の親友である大輝に通信を送る。
「そ、そうッスね」
「しかし、威勢がいいのは構わんが……隊列を乱して猪突猛進するのはあまりいいことではないな」
「そう……ッスね」
「くらぇッ! 横一文字斬りぃぃぃーッ!!」
他の九機がほぼ同じエリアで戦闘を繰り広げる一方で、飛鳥は単騎で次から次へと敵に向かって突っ込んでいた。
こんな無茶な特攻をしておいて、毎回異能生存体の如くピンピンして帰ってくるので、ある種主人公らしいといえばらしい能力を持ち合わせているともいえるが……やはり周りからしては彼は主人公ではなく、悩みの種以外の何者でもなかった。
一番隊のバカ騒動、二番隊の喧嘩騒動、そして残った三番隊は……。
「神野飛鳥―ッ!!」
敵の大群に囲まれた飛鳥の元に更に単機で飛び込む奴がいた。
声の主は三番隊隊長、
「んだよ委員長、そんな大声上げて」
「貴様が隊の規律を乱しているから、わざわざ忠告をしに来たんだ!」
「はあ? 自分だって部下置いて一人突っ込んできてるじゃねぇか……」
「僕は隊長だから許される……が、貴様は違う。副隊長は神崎刹那の指揮に従い行動をする必要がある……そうだろう」
「バカだな委員長、ロボット物の主人公ってのは命令違反と命令無視が勲章みたいなものなんだよ……だから俺の行動に一切問題はない!」
「問題しかないだろうが、このバカ野郎が!!」
「なっ、誰がバカだ! このガリベン眼鏡!」
「言ったな貴様……」
「テメェが先に言ったんだろうが……」
二番隊の例の二人が喧嘩しながらも敵味方の区別がつけられるとするならば、この二人にはそれができない。
つまり撃ち合うのだ──仲間同士を。
二機は互いに装備している銃を相手の胸元へ向け容赦なく引き金を引く。
互いに回避行動を取り弾丸は後方に位置した敵へと奇跡的に命中するが、そんなことはお構いなしに銃撃戦が開始される。
「撃ってきたな! 貴様ッ!!」
「そっちが先に撃ったんだろうが!」
「いいや、貴様のほうが早かった!!」
「んだとコラ、それぐらい認めやがれ!!」
「フン、認めさせたければ力ずくでやってみるんだな!」
互いに相手の態度にカチンと来た二人は貴重な銃器を海上目掛けて投げ捨てると、迷うことなく後腰部からブレードを手に取り、激しい雄たけびと共に肉薄し、切りかかる。
「でえぇぇぇーい!!」
「いやぁぁぁーッ!!」
剣と剣がぶつかり合い激しい火花が散る。器用にも周囲から飛び交う敵からの攻撃を全て避けているのは、二人の実力か、あるいは単なる運のおかげなのだろう。
これも今日に始まったことではないので、周りは仲間同士撃ち合う二人を放って、目の前の敵に集中していた。
──ただし、ある一名を除いてである。
その一名の現在の状況は、言うなれば集中してやっているゲームの最中に親が画面の前で掃除機をかけらるのと同じ状況、その存在がとても邪魔に感じ、その場から早急にいなくなってほしいと思うのだ。
大抵の子供は我慢するだろう、だが、中には癇癪をあげて叫んだり、手を出す子供だっている……エーテリオンの艦長席に座っているのは、そういうタイプの子供なのである。
「あーあ、また始まった。こりゃまた怒るな」
ズズズとジュースをすすった命は、聞こえてくるであろう叫び声にそなえて耳を手で覆った。
「だぁぁぁーっ!! 目の前でうろちょろうろちょろと、ことごとく私の邪魔してくれて!!」
国家予算によるシューティングゲームを行っていた少女は目の前でのその行動に痺れを切らせ、苛立った声を上げて艦長席から立ち上がる。
そして……。
「焔、主砲最大出力!」
「おう、任せろ!」
《注意、友軍機です。注意、友軍機で──ピー》
「準備できたぜ!」
カグヤから命令を受けた焔は、表示される注意勧告など全く気にせず取っ払うと、主砲の出力を限界まで引き上げ、戦闘を繰り広げる二機をロックオンした。
「フン、私の邪魔する奴はね、みんな敵なのよ!」
《注意、友軍──ピー》
「まとめて死ねぇぇぇーッ!!」
さすがに最初の頃は律儀に「艦長、そっちは味方です!」だの「じょ、冗談ですよね?」だの「マジでやるのか?」だのと言っていたブリッジメンバーだったが、二番隊の喧嘩、バカと委員長による仲間同士の撃ちあい斬りあい──そして、艦長による喧嘩両成敗が、エーテリオン内では一種の様式美ある恒例行事にまで発展しており、今では皆彼女の指示にしたがい、その一部始終をぼーっと傍観するのみであった。
──だって、突っかかると面倒だから。
味方に対して容赦なく主砲をぶっ放す彼女の形相を見て、三人はともに同じ考えに至るのであった。
「──ッ!? 高エーテル反応……後ろから!」
「またあの艦長かっ!!」
接近する閃光を機体が感知すると二人は間一髪で回避行動を取り、主砲は機体の横を轟音と共に突き抜けていった。
海面に一線の波紋を刻み、雲を裂き、その光は敵を見事撃墜していった。
「チッ、外したか──再発射準備!」
外れた主砲が敵を数機撃墜したところで、今のカグヤにとってそんなことはどうでもいいことであり、カグヤにとって重要な事実は狙った目標に対して攻撃を外した、ただそれだけである。今まで一度も奇跡的に当たっていないとはいえ、本人は当てる気満々で撃っているのだから仕方がない。
「姫都カグヤッ! やはり君は艦長に相応しくない!!」
「そうだそうだ!! なんなら俺と変われ!」
「貴様も相応しくない!! やはりここは皆をまとめる器のある私が──」
「戦場で味方同士でドンパチやってる連中に、文句なんて言われたくないわよ!!」
「ドンパチやってる味方撃つ奴がそれを言うか!? 大体艦長なんて、菓子食いながらジュース飲んでるだけでもつとまるんだろ!? 戦艦乗って旨い菓子食ってる奴がそんなに偉いのかよ!」
「い、今は食べてないわよ!」
「今は……?」
実際、カグヤが飲み食いしながらこの戦場に来たのは事実だった。その証拠に艦長席の机の上には食べかけのポテチの袋と、飲みかけのジュースの入った紙コップが置かれてあった。
うら若き女子高生故、その辺は戦時とはいえ仕方ないとも言える……言っていいわけではないが。
「うるさいわね、女の子はね……お菓子を食べないと死んじゃうのよ!」
「はっ、座るだけの仕事なんだ、そのうちブクブクと太る──」
《注──ピー》
「死ねえぇぇーっ!!」
再び艦から飛鳥のEG目掛けて、怒りの閃光が伸びた。発射された閃光を飛鳥は難なく回避するが、案の定(?)敵はとばっちりを受けて次々に撃墜された。
「艦長、今ので最後の敵が──って聞いてないかぁ」
「てめぇ、一度ならず二度までも!」
「うっさいバカ飛鳥、死ねッ!」
「はぁ……バカばっ──ん、電文?」
『貴殿らの健闘に感謝する。しかし、貴殿らが今行っている行為は立派な領域への侵入行為である。よって一七○○までに本領域内から立ち去らない場合は、貴殿らを敵対勢力とみなし威嚇無しでの砲撃を開始する』
「恩を仇で返しますか……光、今何時ですか?」
確かに相手側からしてみれば、これからこの未知の巨大戦艦がこちらに対して侵略を開始しないという保証はない。それでも強気な発言で追い返そうとするのは、頂点に立つ国故の譲れないプライドからだろう。
痴話喧嘩を繰り広げる艦長を放っておき、勝手に電文を読んだ命が光に尋ねる。
「えーっと四時五十分です」
「有余十分かー、せっかく助けたのに随分な要求なことで」
「だいたいあんたは、いつもいつも主人公主人公って──!」
できれば話しかけたくないほどの険悪な顔だったが、そうも言っていられないので命は口を開く。守った相手に撃たれて死ぬなんて展開は誰だって嫌なのだ。
「艦長、後五分で後ろの方々が砲撃してくるそうです」
「なに、全艦轟沈させられたいですって? いいわ。焔、主砲発射準備!」
「イヤイヤイヤ、やらないでくださいよ艦長!? ここは大人しく帰ればいいじゃないですか!」
「……冗談よ、私がそんなことするわけないでしょ?」
(どう見ても喧嘩の勢いでやりそうだったんですけど……)
「いつの間に戦闘が終わったか知らないけど、終ったならこんなところスタコラサッサよ。全機帰投、光、適当に日本の近くまでワープよ」
「わかりました。移転用エーテル生成開始」
「艦内の使用エーテルを転移用に切り替えて予備のエーテル生成炉も起動しなさい。全速離脱、後ろから撃たれるのは勘弁なんだからね!」
カグヤは命令を出しながら艦長席に深く腰を掛け、制帽を深くかぶり直す。
「了解、艦内エーテルの切り替え……終了。転移までの時間ギリギリ五分以内です!」
「光は今からエーテルの活性化よ、多少時間稼げるでしょ」
「は、はい!」
「命は艦内放送、転移で揺れるから体の固定を呼びかけなさい。焔は問題ないと思うけど艦の武装チェック」
「了解」
「りょーかい」
(真剣なときはすごい真面目のに、何でいつもはアレなんだか……)
命はカグヤに言われた通りに実行しつつ、チラリと艦長の様子を見る。そこにはまるで別人のようにとても真面目で、艦長らしい顔つきのカグヤが命令を下していた。
「転移まであと五秒前、……四……三……二……一……」
「ワァァァープ!」
「僕の台詞取られた!?」
真面目な顔つきから一変して少女はニヤリと口端を上げると、いつも通りに戻ったカグヤは高らかに声を上げる。出現と同じ形状の光の輪を作り出したエーテリオンはその巨体を輪の中にくぐらせ、大西洋からその姿を消していくのであった。
……
「転移完了、無事日本領空に到着しました」
光のリングと共に二度のワープで、戦艦エーテリオンは懐かしの故郷を目前としていた。
ワープだからと言ってガタガタと大きな揺れが起きることもなく、エーテリオンは絶対不可侵の空間を航行し終える。
「そ、んじゃ警戒態勢解除」
「了解、警戒態勢を解除します」
「あー、疲れた。まったく、来るなら授業終わりじゃなくて授業中に来いってのよ」
カグヤは先ほど被り直した制帽をポイッと机に投げ、赤桃色の髪を軽く整えた。
戦闘も終え、ようやく休めると思ったそんなところに……。
「カーグーヤァァァーッ!!」
「あ、飛鳥!? な、何よ、一体」
「さっきはよくも撃ってくれたな、当たったらどうすんだ!」
「アンタが目の前でうろちょろするのが悪いのよ、このバカ!」
「毎度毎度飽きませんね」
「これが若さかー」
「いや、私達同い年だろ?」
戦闘後早々に繰り広げられる言い争い──それをいつも下の席でただただ見ているだけなのが三人の日常だった。止めたり、加勢したりは絶対にしない。
──だって、突っかかると面倒だから。
「だいたい高校生になってまで何が主人公よ! アンタなんてどーせロクな主人公じゃないわよ、クズよこのクズ主人公!」
「誰がクズだ、調子乗ってんじゃねーぞ!」
「きゃっ!?」
自称主人公を名乗る飛鳥は、つい頭にきてカグヤをデスクに押し倒す。ブリッジに夕日が差していることもあって、どことなく学園エロゲーのワンシーンのようであるが、その雰囲気に恋愛特有の甘酸っぱさなどはかけらもなかった。
「ちょっと何すんのよ、私は艦長なのよ!」
「残念だったな、戦闘がないときの俺達はただの学生同士なんだよ!」
「くっ! ちょっと命、光、焔、助けなさいよ!」
「私の腕っ節じゃ神野さんの相手は無理です」
「右に同じく、僕男ですけどひ弱なんで」
「腕っぷしには自信あるけど、面倒だからパース」
「この薄情者どもーっ!!」
「さぁて、これからどうしてやろうか……」
ニヤニヤと悪い顔を作り、右手でニギニギと空を掴みながら近寄っていく。その顔に主人公らしいカッコよさなど欠片もなく、スケベでゲスな悪役の顔となっていた。
余談だがカグヤの胸のサイズはDと、男なら誰しも一度は触りたい、揉みたいと思うほど発育がよい。あくまで余談であり、この展開には一切の関係はない──はずである。
「ちょっと、その台詞は主人公は主人公でも、痴漢とか陵辱ゲーの主人公じゃない! やっぱりアンタは主人公じゃなくて最低の屑だわ!!」
「またクズっていいやがったな!? こうなったらどこまでもやってやるぜ、全身全霊でお前のその胸を揉み──!!」
ビィーッ!! ビィーッ!! ビィーッ!!
飛鳥がカグヤの胸に勢いよく近づける手が、突然鳴り響く音と共にピタリと止まる。頭に響くほどのけたたましい警報音、それはWCの出現警報である。
「……命、敵は?」
「場所はここから100km先、規模は小数です」
「あっそ、じゃあ全速全身で急行。出撃は三番隊だけでいいわね……総員、第一種戦闘、は、い、び。これからは艦長の指揮に従う、よ、う、に」
飛鳥の顔に一粒どころか大量の油汗が流れ、カグヤの顔はゴミ虫でも見るかのように恐ろしいものに変貌し押し倒されていた状態で彼のことを見下していた。
それもそのはず、警報と共に二人の関係が同学年の男女から指揮権を持つ上司とそれに従う部下に変わってしまったのだから、今の状況は飛鳥にとって最悪で、カグヤにとっては優勢といえる。
もちろん今までの事をカグヤがなかったことにするわけもなく、その右手は怒りで握り締められていた。
「飛鳥、その手を離しなさい」
「できれば離したくないかなぁ……なんて」
「艦長命令、離しなさい。そして、その場に逃げずに待機よ」
「都合で女と艦長を使い分けるんじゃねぇよ……」
「返事は?」
「りょ、了解……」
腫れ物に触るようにゆっくり慎重にカグヤから手を離し、その場から一歩下がる。
「手を後ろに組んでまずは私に一言」
「……すみませんでした」
「聞こえない」
「すみませんでしたァッ!!」
「それじゃあ、膝を地面について歯を食いしばりなさい」
「イエスマム」
飛鳥はその場で膝立ちの体制を取る。それはカグヤが殴りやすいであろう高さからかなり離れていたが、言う通り歯を食い縛った。カグヤがゆっくりと握った拳を振りかぶると、次の瞬間、飛鳥目掛けて……カグヤの膝蹴りが炸裂した。
「がはっ! 殴るんじゃねぇのか……よ」
「膝で、殴ったのよ」
顎の下を抉るように狙う容赦のない蹴りを喰らった飛鳥は、その場にドサリと崩れ落ちた。
チラッと白地の布が制服の下から覗けたような気がするが、彼の脳はそんなことを理解することなくシャットダウンする。
「あー、あー、医療班、医療班、負傷者が出たので担架持ってブリッジまで、どーぞ」
「ふん!」
意識を失いぶっ倒れた飛鳥に、日頃の鬱憤を込めてさらに鳩尾に一発蹴りを入れると、カグヤはふんぞり返って席に着いた。
その後、現れたWCに対し、戦艦による地獄の砲火が放たれたのは、言うまでないだろう……。
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