第十三話 王都の閂

 峠をショートカットした一行は、その後も滞りなく王都への道を進んだ。そして、いよいよ入口に差し掛かろうという所まで来た。


 「いやー…やっとついたなー」


七夜は操縦し続けている為、疲れも溜まっている。


 「だな。にしても綺麗な都だ」


眼前に広がる王都アイリスは豪華絢爛煌びやかで建物のデザインも今までのものとは一線を画すものだ。いわゆる近未来的なデザインなのだが、伝統を忘れているわけではない。まさに値千金の景色だ。


 「周りを城壁で囲ってるみたい…」


紫音が観察する。


 「で…問題なのが、どうやって入るかだ」


光が考え込む。一般の旅人は通行証を見せればすんなり入れるが、それがないと入れそうにないのだ。


 「アタシもこればっかりはどうしようもないなぁ…」


七夜も手詰まりだ。


 「いや…ぶっちゃけ城門を砲撃すりゃいいんだが…さすがにマズイ気がするんだよな」


 「それは後々面倒ごとになるからヤダ…」


流石の極端さに紫音が直ぐに反対する。


 「てかあの城門、閂が鉄で出来てるのか」


七夜が目を凝らす。見た目は金色だが、鉄のようだ。


 「あんなデカイ閂を122mm砲でぶち壊すのは大変かもな…」


いくら強力なIS-3であってもさすがに相手が悪いようだ。


 「めちゃくちゃ分厚いぜ…」


七夜も驚く。この世界では貴重な鉄をこれでもかというほど使っているのだ。


 「でもあれくらいなら152mm砲なら行ける気もする」


 「いやだから壊すのはマズイだろ」


結局、どうやって入るかに関する結論は出なかった。


 「ん…ここ…どこ…?」


その時、レイが目覚めた。


 「レイ!やっと起きたか、大丈夫か?」


ずっと眠っていたので心配になる。


 「ふぇ…!?えっと…あの…あなたは…?」


記憶が抜け落ちていた。


 「マジか…記憶が吹っ飛んでるな…自分の名前思い出せるか?」


持ち前の冷静さを活かす光。


 「…えっと…」


考え込んでしまう。やはり記憶喪失のようだ。


 「ちょっとこっち来てくれ。この景色に見覚えないか?」


ハッチの外へ誘う。


 「…わからない…でも…なつかしい気がする…」


微かに脳裏に覚えがあるようなないような。その程度にしか記憶がない。


 「こりゃマズイな…俺は光」


 「アタシは七夜さ!」


 「私は紫音…」


最低限の自己紹介だけしておく。


 「は…はい…私には一体…なにが…」


レイが消え入りそうな声で話す。


 「今は休んでな。それに俺らもあんまりちゃんと話せる訳じゃないんだ。とりあえず、王都に入って…王宮へ向かうからな」


全員が多かれ少なかれ記憶を失っているのだ。何としても王宮へ向かわなければならない。


 「それはそうとだな…色々忘れてる割にはなんで王宮へ行けば解決するって事がわかるんだ?」


七夜が腕組みして尋ねてくる。


 「分かんねーな…ただ、行けば何とかなる。これしか分からないんだ。多分だけど、俺の姉貴に関係あるんじゃないか、とは思っているけどな」


 「なるほどな…姉弟関係は不変だからなぁ」


この推測には納得できた。


 「中にはどうやって入るの…?」


紫音が本題に戻す。


 「レイは当然、王都で顔知られてるんだよな?」


 「そりゃそうさ…女王の娘だぜ…?」


七夜が何を当たり前な、という顔で答える。


 「それを利用しよう。」


光に考えがあった。城門の前までIS-3で移動する。 


 「止まれ!」


警備兵が声を掛けてきた。


 「わりーな。急ぎなんだが」


光がハッチから顔を出す。


 「貴様ら、なんだこの車は!それと通行証を見せろ!」


警備兵からすれば怪しすぎる。


 「だから急ぎだって言ってるだろ…この人送る最中なんだよ。特別任務だ。」


そう言うとハッチからレイが出てくる。


 「なっ!?レイ王女様!?ご無事でしたか!これは任務お疲れ様です!!しかし、リリィ王女様はいかがされましたか?」


急にかしこまる。レイ本人が目の前に居るのだから当然だ。


 「大丈夫だ。車内に居るよ。体調が悪いんだ。だから言ってんだろ…?急ぎだと」


 「失礼しました!!!直ぐに開門致します!」


警備兵が魔力を込めると閂が外れ、門が開く。


 「ありがとよ」


こうして光たちは正面からIS-3で堂々と王都入りした。


 「やったな!光!」


七夜がニッと笑う。


 「ああ。さてと…あんな事言えば当然、王宮へ情報が回るだろうから…急いで隠れるか」


王都を戦車で移動してはあまりに目立つ。実際、今も民衆の注目を浴びていた。


 「アレなに!?」


 「あんなの見たことない!」


 「王宮関係かしら…」


さすがにこれはまずい。急いで路地裏へ入った。


 「とりあえず…ここからどうやって王宮行くかだな…」


光は今後の方針を考えに入った。



 その頃、王宮では大騒ぎになっていた。


 「ユーリ様!!」


女王補佐のカレンが息を切らして駆け込んで来た。


 「あら…カレン」


ユーリは見るからに元気がない。


 「実は先ほど、王都へレイ様とリリィ様を連れた一行が奇怪な車に乗って入ったとの情報が!」


それを聞いて、目の色が変わる。


 「本当に!?間違いなく、レイとリリィなの!?」


 「恐らく、間違いないです!城門警備の者からの報告ですから!」


 「奇怪な車と言うなら発見は容易いはず!親衛隊総出で捜索なさい!」


女王の命により、王都中の捜索が始まった。


 「直ぐに見つかるはずです!」


 「ええ…にしても、連れて来た方は恐らく…」


 「間違いないでしょうね…」


レイが召喚した者に間違いない。


 「奇怪な車というのが気になるわ…」


 「もしかすると…時在竜を討伐したのと関係があるかもしれませんよ」


カレンも当然、戦車など知らない。だが、状況からするとこれが最もしっくり来る説明だ。


 「今は親衛隊に任せるしかない…か」


ユーリは溜息をつきながら、玉座に座る。



 一方、光は王都が騒がしい事に気付いている。


 「まずいな…こりゃ探し出されるぞ…」


 「どーすんだ…光」


七夜が畳みかける。


 「ちょっと待って…こっちにはアイリス姉妹がいる。向こうは下手な手出しが出来ないはず…むしろ、敵対を望まない方向になると思う…」


紫音がレイを見ながら呟く。レイは何もしゃべらなかった。


 「確かにそうだな。よし、敢えてド派手に行く。とりあえず、姉貴探そう。」


なぜか光は姉の彩を見つける事が今最も優先すべきことだと感じていた。


 「そうと決まれば急ぐぜ!」


七夜がエンジンを掛ける。そのまま全速力で表通りに飛び出した。


 「っしゃああ!!前に見えるアレが王宮だろうから、とにかく全速力で突っ込め!!」


なぜかハイテンションで光が叫ぶ。IS-3は全速力で表通りを爆走し、王宮へ向かっていく。


 「正面、壁だぜ!」


七夜が警告する。


 「主砲発射して破壊しろ!」


 「了解…」


光の指示を受けた紫音が素早く照準し、砲を撃つ。


ドゴォン!!


壁が崩れた。そのまま突っ込むと、目の前に人がいる。


 「止まれ!!!」


七夜がブレーキを掛ける。光が声の主を探す。


 「こっちは急いでるんだけどな」


やれやれといった声で話しかける。


 「黙れ!壁を破壊しておいてなんだ!」


 「うっせーな…あんたら誰だよ」


 「我々は王家親衛隊の者だ!王女様を連れていると聞いたが本当か?」


 「あーそれは本当だぜ?ほら」


レイがハッチから出てくる。


 「無事そうで何よりだ…副隊長!間違いありません!」


その声と共に副隊長がこちらに来た。


 「王家親衛隊副隊長のステラ・ソレイユです。王女様をお連れ頂きありがとうございます。あなた方を女王の元まで案内するよう言われております。」


丁寧に挨拶する少女。クリムゾンレッドのショートヘアはうっすらと覚えがある気がした。


 「そりゃどうも。あ、二つ聞いていいか?」


 「どうぞ?」


 「前に俺とどっかで会ってないか?」


 「いえ…記憶にありませんけど…」


 「そうか…んじゃ、氷月彩って知ってるか?」


その名前を聞いたステラは驚く。見ず知らずの人間がなぜその名前を知っているのか。


 「彩さんをご存知ですか…我々、王家親衛隊の隊長ですよ。」


落ち着いて答える。


 「そうか。ま、俺、弟なんだけどな」


 「え…!?」


あまりにも衝撃的だった。前にも同じ事で驚いているが、そんな記憶は消えている。


 「俺は氷月光だ。とりあえず、アイリス姉妹は無事だし、ちょっと先に姉貴のとこ案内してくれ」


 「は…はい…」


驚きが隠せなかった上に冷静さを失った。とりあえず、彩の元へ案内する。



 光は紫音にIS-3とアイリス姉妹を任せ、七夜と共に彩の寝ている部屋へ向かう。


 「この部屋です…」


ステラが少し寂し気な声を出す。


 「ありがとよ。姉貴、入るぜ」


そのままドアを開けた。そこには彩が寝ている。そしてパルトネの姫華が居た。


 「あなたが光さん…ですか?」


姫華が声を掛けてきた。


 「そうだけど?あんたは?」


 「私は彩のパルトネ、姫華です。」


 「こりゃ驚いたなぁ。姉も弟もパルトネ持ちか。あ、アタシは光のパルトネ、七夜さ。」


七夜が驚きがてら自己紹介する。


 「姉貴はずっと寝てるのか?」


 「そうですね…」


 「ったく…しゃーねーな」


そう言ったその瞬間…


チュッ…


何の戸惑いもなくおでこにキスした。


 「へ!?」


 「え…!?」


姫華とステラは驚愕のあまりフリーズした。


 「ま、眠りの姫を起こす手段としちゃ、鉄板だよな」


七夜は特に驚かない。


 「ん…私ずっと寝てたのか…」


効果はあったようだ。彩が起き上がる。


 「彩!!」

 

 「彩さんっ…!」


姫華とステラが涙ながらにその名を呼ぶ。


 「心配かけてごめんね…?それと、光…やっと来たのね…」


 「まーな。んでも俺も記憶が結構消えてて、何が何やらよく分からん。エジステ・オーラスは倒したってのは覚えてるが」


 「とりあえず、皆の記憶を戻さなきゃね」


 「できるのか?」


 「ユーリ王なら出来るはず」


 「なるほどな」


 「にしても、光、変わったね」


 「そうか?」


彩は姉として光を見てきた。小さい頃から光は冷徹で感情がなかった。まさに心が凍り付いていたのだ。それを知っているだけに今目の前にいる光は別人にすら見えてくるほど違っていた。


 「でも、今の光の方がいいよっ」


 「ありがとよ、姉貴」


二人とも穏やかな表情で話す。


 「とりあえず、レイちゃんとリリィちゃんに会わせてくれる…?」


彩としては姉妹が心配だ。


 「分かった。」


光はIS-3の元へ彩を連れて行く。


 「これ戦車…?」


彩はIS-3を見て直ぐに気付いた。


 「ああ。コイツでドラゴンを倒したんだ。」


 「あー…そうか…戦車砲なら鉄を撃ち抜けるもんね」


あっさり納得する。


 「戦車とは…そんなにも強力なんですね…」


ステラが驚く。目の前にある車両がドラゴンを倒すだけの力を秘めているようには思えなかった。


 「姉貴、こっちだ」


光が砲塔の上に彩を引っ張り上げる。車内が狭いのでハッチから中を覗いてもらう。


 「レイちゃん…!」


彩が声を掛ける。


 「…あなた…だれ…?」


当のレイは記憶喪失だ。当然、思い出せていない。


 「記憶…全部消えちゃったんだ…」


彩が悲しみをあらわにした。


 「レイは目覚めただけマシさ。リリィは起きてすらいない。」


 「…ねえ光」


彩が青ざめた顔で話しかける。


 「姉貴…?」


 「リリィちゃんの腕にあるあの紋章…いつからあった…?」


リリィの腕に何かの紋章が浮かんでいる。


 「ついさっき…勝手に浮かび上がった…」


車内から紫音が答える。ずっと見ていたから間違いない。


 「どうしたんだ…?姉貴」


 「あれはドラゴンズ・アーク…王都にドラゴンが攻めてくるわ…」


そのセリフはまさに悪夢再来という雰囲気だった。

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