第十二話 アイリス街道

 一行は地図を見ながらIS-3と共に進んでいる。


 「なるほど、これがアイリス街道か…」


光が地図と道を照らし合わせる。


 「いやー整地されてて走りやすいぜ!」


七夜は上機嫌で飛ばしている。道が良いのでほぼ最高速度で進めるのだ。


 「でも距離はまだまだある…」


紫音がおおよその距離を見積もる。


 「ま、道が分かってるんだしいいだろ。それはそうと紫音」


光が急に神妙な顔つきで話しかけた。


 「なに…?」


 「この戦車は四人で動かすんだが、現状俺と七夜しかいなくて本来の戦闘力を発揮できないんだ。そこで、紫音にも加わってほしいんだが、操作方法をどう教えたものかな」


操縦手は七夜で、砲手、装填手、無線手、車長を光が兼任という、とあるフランス戦車みたいな状態になっている。これでは余りにも効率が悪い。


 「大丈夫…大体見てて覚えた…」


 「流石だぜ…んじゃ砲手頼む」


 「分かった」


無線は使わないので元から考えていない。紫音に122mm砲弾を装填しろというのも無茶な話だ。砲手はちょうどいい役割分担と言える。


 「にしても…二人とも、仲良いなぁ」


七夜がここぞと茶化す。


 「別にいいだろ」


あくまで冷静に返す光。


 「なんだ光?紫音が好きなのかー?」


 「そうだけど?」


あっさり肯定する。


 「私も光が好き…」


紫音が光に寄り添う。ただでさえ狭い車内で寄り添うと最早、密着である。


 「良かったじゃんか。好きって感情を思い出せて」


七夜としては光が人間味を取り戻してくれている事の方が嬉しい。


 「ありがとよ」


 「最初に会った時の事はアタシも記憶が曖昧だけど…とにかく怖かったのだけは憶えてるんだ」


 「ま…そうだろうな」


 「このまま、光が良いヤツになってくれれば言う事なしだな!」


 「紫音と一緒なら大丈夫さ」


そう言って狭い車内で抱き寄せる。


 「光…♪」


紫音も微笑む。


 「ったく…戦車の中でリア充してる奴らなんて、この世界どころか光の居た世界にもいないだろうぜ…」


七夜は苦笑しながら操縦する。


 「それはそうと、そろそろ次の町じゃないか?」


地図を見る光。


 「ん?ああ、そうだなぁ。休憩すっかー」


 「だな」


街道とあって宿場町が点在している。王都を目指す者は宿場で休憩を取りながら旅路を進むのだ。


 「なんていうか…東海道みたいな感じ…?」


紫音が尋ねる。


 「んー…ロマンティック街道っぽさもあるしな」


やはり和洋折衷だ。


 「あー…また戦車隠すのか?」


七夜が思い出したように口を開く。


 「いや…もういいだろ…どーせ街道の通行人に見られてるし」


街道を全速力で飛ばしてきたが、道行く人は皆、鳩が豆鉄砲を食ったような目で見ていた。この世界には無い乗り物だから仕方ない。


 「よく考えたら…ここの交通手段って徒歩しかないの…?馬車とか見ないけど…」


 「つーか…魔法があるって言う割にはローテクだよな」


 「いやそりゃここ田舎だからじゃね?」


七夜は王都とそれ以外では文明レベルが相当違うと睨んでいる。


 「やっぱ分からん事ばっかだな」


頭を悩ませる光。


 「旅人に聞いてみる…?」


紫音が言うことは一理ある。街道だけあってそこそこ通行人がいるので情報源には困らないはずだ。


 「悪くはないんだけどな…ただでさえIS-3のおかげで目立つからな…あまり下手に噂広められたくない。下手すりゃなんか怪しい車両がぶっ飛ばしてるって王都に知られてるかもだしな」


情報は欲しいが、顔は知られたくない。ジレンマである。もちろん、アイリス姉妹が一緒にいるという事実を隠したいという意図も含まれた。


 「なあ光」


七夜が声を掛ける。


 「なんだ?」


 「もっと速くて、快適な戦車とかないのか?」


まさかの注文である。


 「速さを求めると狭くなる。快適さを求めると遅くなる。これはどうしようもない。」


車内容積を増やすという事は、大型化に直結する。かといって速さを求めると軽戦車などになってしまい、快適さは微塵もなくなる。


 「コイツがちょうどいい塩梅って訳か…」


七夜もこれは諦めるしかない。一行は速度を落とし、そのまま町へ乗り入れた。


 「なんだあれ!?」


 「あんなの見たことないぞ!」


 「王都の新技術なのか!?」


案の定、大騒ぎである。


 「新技術って聞こえた…やっぱり王都はかなり発展してると思う」


紫音は少ない情報から出来るだけの分析を試みる。


 「王都の新技術って思わせときゃかえって楽だな」


この状況を上手く活用する光。


 「さてと…メシだメシ!!」


実は一行の中で一番大食いなのは七夜だ。魔力で燃料を生成し続けている為、消耗が激しい。


 「今度は洋食屋か。テラス席取るか」


IS-3が見える場所に席を取る。車内で未だに目を覚まさない姉妹の事を考えると当然だ。


 「よくよく見ると…IS-3ってカッコイイね…」


紫音が車体を見ながら呟いた。


 「防御と火力と機動力を追及した結果だぜ。ま…車内が狭いが…」


戦車としては文句ないのだが、移動手段となるとやはりしんどい。だからこそ、休憩できる時はしっかり休む。


 「それはそうと…姉妹が起きないのが気になるな」


七夜が声を潜めながら口を開く。


 「魔力回復なんだろ?」


 「そうだけどな…いくらなんでも遅い…」


 「てか魔力ってどういうもんだったっけか」


 「そこら辺の記憶が曖昧だから対処に困ってるんだ…」


肝心な時に肝心な情報が無いのは歯がゆい。


 「もしかして、目覚めない事が何かの予兆なの…?」


紫音が鋭い指摘を入れる。


 「この世界で予兆って言ったら…ドラゴンしかないぜ…たぶん」


七夜が不安げな顔を見せる。


 「ドラゴンか…襲われたら122mm砲で吹き飛ばすしかないだろ…」


 「まぁそうだけどな…けど、一撃必殺ができないだろ…?」


七夜としてはもう少し決定力が欲しい。


 「それが何か問題なのか?」


 「ドラゴンってのは基本的に群れで動くんだ」


 「だったらだったでその時だ。まー任せろ」


なぜか光は落ち着いている。


 「光がそう言うならいいけどな」


マスターの判断には従う。パルトネとしての領分は弁えていた。その後、食事を終えた皆は再び走り始めていた。



 「ちょっと止めて…」


照準器から外を見ていた紫音が七夜に頼んだ。


 「ん?わかった」


ブレーキを掛ける。


 「何か…あったみたい」


それを聞いて光がハッチを開け、直接目視する。


 「俺ちょっと聞いてくる。ここで待っとけ」


光はそう言って飛び降りる。騒ぎの起きている場所へ走った。


 「何があったんだ?」


とりあえず話しかける。


 「それが…どうやら盗賊が出たようでして…」


 「物騒だな…」


 「時々あるんですよ…自警団が追い詰めたんですが、あそこの建物に人質とって立て籠もったんです」


町の人が指さした建物の周りを自警団が取り囲んでいた。


 「なるほど…ちょっと手貸してやっか」


 「え?」


 「建物まで道空けてくれ!早く!」


 「は…はい!」


光の剣幕に押され、思わず頷いた。一方、光はIS-3に戻っていた。


 「七夜!あそこの建物目がけて全速力で突っ込め!」


 「へ?」


 「いいから!」


 「わ…わかった!」


訳も分からず、スタートする。


 「装填しとくから、いつでも撃てるようにしといてくれ!」


 「わかった…」


紫音が照準器に集中する。


 「なんだ!?」


 「突っ込んでくるぞ!!」


全速力で突っ込んでくるIS-3に町の人々は驚く。


 「っしゃあああ!!いっけぇええ!!!」


 「いくぜぇえええ!!!」


光と七夜はテンション上げ上げだ。


ドゴォオォンッ!!!


轟音が轟く。建物の壁を見事にぶち破った。盗賊は腰を抜かしている。素早く砲を照準した。


 「てな感じだが、そこのお前ら。まだ俺らとやり合うかい?」


ハッチを開けて光がにっこり笑いながら話しかける。盗賊からすれば超怖い。


 「ひぃいいい!!!ごめんなさぁああああい!!!!」


おとなしく自警団のお縄についた。人質も無事だ。


 「あ…あの…あなた方は一体…?」


自警団の者が尋ねる。


 「ん?俺らか?王都目指して旅してるんだ」


あっさり答える光。


 「この度はありがとうございました!!よろしければお名前などを、お聞かせください!」


 「んーそうだなぁ…名乗る名前とか持ち合わせてないんだが…まぁ…ドラゴンを狩るモノたちとでも覚えといてくれ」


 「はい!!」


 「んじゃ俺らは先急ぐから行くわ」


 「この先は道も厳しいのでお気をつけて!!」


 「ありがとよ!」


町中の見送りを受けて、出発した。


 「てか光、なんで盗賊捕まえるのに手貸したんだ?」


七夜が疑問をぶつける。


 「勇者的な名前の売り方しとくとこの先の旅が楽になるかもしれないしな。隠れるのも大事だが、ここぞってとこで名前を売るのも大切だぜ」


光なりの采配だ。


 「だったら…なんでドラゴンを狩る者なんて名乗ったの…」


紫音も疑問をぶつける。


 「その方が勇者っぽいしな?後は、王都目指す上に戦車に乗ってりゃドラゴンを狩るって言ってもおかしくないだろ?」


筋は通っていた。


 「にしてはネーミングセンスが死んでる…ドラゴンを狩るモノたちって何…」


 「仕方ねーだろ…とっさに思い付いたのがこれだったんだ」


 「…漫画のパクリみたいだし…」


 「うるせーな…」


紫音は自分が知っていた漫画とやけに名前が似ているのが気になっていた。


 「それはそうと、この先は峠だぜ」


七夜が報告する。


 「待て。一旦停止だ」


光の指示で停車する。


 「地図をよく見るんだ。」


 「あー…こっちに近道あるな」


七夜が気づく。峠を避ける抜け道があるのだ。


 「でも確か…落石でふさがってるって…」


さっきの町で小耳に挟んでいたのを紫音は覚えていた。


 「んなもん、コイツの砲で吹き飛ばせばいいのさ」


 「なるほどな!そいつはいい!」


七夜は乗り気だ。


 「いいかもね…」


紫音も賛成する。多少荒い方法でも近道できる方がいいというのが総意だ。



 一行は近道への入口へさしかかった。旅人は皆、迂回して峠へ入って行く。


 「さてと、入口からいきなり岩だ。」


 「岩だな」


 「岩…」


巨岩が道を塞いでいる。そして次の瞬間、


 「砲弾装填よし!」


光が合図する。


 「照準よし…」


紫音が巨岩の中心を狙う。


 「発射!!」


その合図で、


ズドォン!!


大きな音ともに砲弾が放たれた。これには道行く人も度肝を抜かれる。


ゴゴゴゴ…ガラガラ…


巨岩が砕けた。見事に道が開通する。


 「命中!やったな!」


光は紫音の腕前に驚く。停車中とはいえ、大戦当時の戦車は命中精度がいいわけではない。


 「余裕…♪」


微笑む紫音。


 「いやーさすが光だぜ…道が無いなら作ればいい、を地で行くとはな」


七夜も驚く。


 「さ、行こうぜ」


こうして、峠へ向かわずにショートカットすることに成功した。



 その頃、王都アイリスの王宮にて


 「レイとリリィはどこかしら…」


女王ユーリ・アイリスが頭を抱えている。


 「目下、親衛隊が捜索中ですが…何分、隊長が復帰できていないのが痛いですね…」


 「カレン…彩ちゃんはまだ眠っている…?」


ユーリが話しているのは、女王補佐のカレン・アステールだ。


 「はい…ですが、パルトネは目覚めています。」


 「ここに呼んでちょうだい…」


 「かしこまりました」


しばらくして、彩のパルトネである姫華を連れてくる。


 「姫華ちゃん…彩ちゃんはまだ目覚めないかしら…」


すがるような思いで尋ねる。


 「目覚める気配がありません…一体どうすればいいか…」


姫華もどうすればいいか分からない。しかも、一部の記憶が抜け落ちているので余計に判断がつかない。


 「エジステ・オーラス…やはり恐ろしいドラゴンね…討伐されたのは確認したけど…」


 「私や彩は討伐の瞬間には立ち会っていませんし…現状、レイちゃんとリリィちゃんがどこにいるかまでは…この世界にいるのは間違いないんですが…」


 「参ったわね…」


女王として何も手が打てない事が無力感として襲ってくる。耐え難い苦痛だった。

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