第八話 襲撃

 清々しい朝、リリィはようやく目覚めた。


 「ようやく回復しましたわね…」


右手に魔力を込めると、金色に輝く。全快している証拠だ。


 「リリィ!?目覚めたのね!よかったぁ!」


レイが飛びつく。


 「ね…姉さま…」


二人は抱き合うが、リリィの表情は暗い。

 

 「実はこれが…」


リリィは右腕の袖を捲る。


 「それって…まさか…」


 「ドラゴンズ・アークですわ…」


 「それが浮かび上がるという事は…今までのドラゴンとは格が違うわね…」


二人は超絶大急ぎで生徒会室へ向かった。そんな事はつゆ知らず、光と紫音は寛いでいた。


 「光、紫音!彩は!?」


レイは二人に半分怒鳴りながら尋ねる。

 

 「朝から騒々しいな…姉貴?ソファで横になってるぞ」


光が指差した先に寝ている彩がいる。


 「彩!起きて!!ドラゴンズ・アークがリリィに!」


その言葉ですぐさま飛び起きる。


 「リリィ、目覚めたのね!それはそうとアークが浮かんだってホント!?」


 「は…はい…」


リリィが見せた紋章は円弧状でドラゴンの意匠があしらわれている。


 「間違いないわね…」


彩ですら冷静さを失いかけていた。


 「全く…勝手に話進めるな。アークってなんだ?」


光が頭を掻きながら話に交じる。

 

 「緊急事態って言うからにはドラゴン絡みなのは分かる…でもアークの示す意味が分からない…」


紫音も加わる。


 「ドラゴンズ・アークっていうのは、強大なドラゴンが出現する予兆として王族の身に浮かぶものなの。私がこっち来た時に倒したドラゴンもアークによって予知されたものだったのよ」


彩が解説する。


 「なるほど。ドラゴン予報って訳だな。」


 「それだけなら慌てる程情報量があると言えない。どんなドラゴンかも分かってるんじゃ…?」


紫音の鋭い突っ込みが炸裂する。


 「それが…時在竜の出現を予知しているの…」


レイが小声で言う。


 「時在竜っていうのは…時と存在を司る竜…下手すればアイリス王国ごと消滅する可能性もあるわ…」


解説する彩の顔はまさに歪んでいた。しかし、光と紫音はむしろ合点がいったような顔をしている。


 「なるほど…そういう事か…」

 

 「つながった…」


二人はむしろスッキリしていた。


 「ちょっと…どういう事?」


彩が詰め寄って問う。


 「エキゾチックな物質の正体だよ。その時在竜ってのは。」


 「時と存在を司るということは…まさにこの世の理を掌握していると言える…」


 「この世界で最も非現実的なファクターといえばまさにドラゴンだろ?そのドラゴンが鍵なわけだ」


 「つまり倒せば、世界が変わる…」


光と紫音の解説は理解できたが、納得いかない部分もある。


 「もし倒せば…どうなるのですの?」


リリィが尋ねた。


 「じゃあ前提の確認だ。この世界は不条理に満ちている。例えば、アイリス王国以外に国はあるか?」


単なる地理的な質問だ。しかし、誰も答えられない。


 「王都の人口がやけに少ないのはなんで…?」


紫音が投げかけたのも素朴な疑問。


 「女尊男卑なのは何故だ?」


光も単純な質問しかしていない。


 「誰もこんな簡単な事に答えられない…」


 「そりゃそうだろうな?答えられないんじゃない。答えが『存在』しないんだからな」


光と紫音の話に全員聞き入る。


 「これまでのここでの体験と推測を踏まえると、導ける答えは一つしかない」


 「この世界は、アイリス王国しか『存在』しない時空…」


あまりにも飛躍していて聞いていても理解できない。


 「ちょっと待って…アイリス王国しか存在しないって…」


彩は狼狽していた。


 「アイリス王国は見るからに、発展している。なのに人間自体が少なすぎる。さらに、時間の概念が曖昧だ。一応、理論での解決をしているみたいだが、後付けしたような感じしかしない。」


 「それに地図を見たら、この国しか載っていない…さらに生徒会会則には…他校との交流規定があるのに、その学校の場所は書かれていなかった…」


 「さらに魔法はイメージで実行って言っているが、どう考えても人数が増えれば無理が生じる理論体系だ。おそらく、この世界に存在する人間が少ないからこそ、こんなやっつけ理論でも破綻しないんだろうな」


 「まだある。王宮が厄介と言っていたけど…王宮に人気が無さ過ぎる…誰も出入りしていない…おそらく無人…それでも厄介と感じたり、報告を求められるのは…」


 「そういう記憶を辻褄合わせに埋め込まれたと考えるべきだな」


 「そして時在竜が居るということを考えると…」


 「元あった次元からアイリス王国だけが、ドラゴンによって切り離された…ってとこだろうな。切り離しに合わせて、あらゆる理が捻じ曲がったんだろう」


二人の解説はあまりにも突拍子無いが、不思議とレイやリリィ、彩の頭にはすんなり理解できた。


 「解決策は時在竜を倒すことだな。そうすれば、元の時空に戻れるだろう」


 「そうすれば、止まっていた時が流れだして、理も元に戻る…」


 「なら…スレイヤーの私が前線で思いっ切り暴れるしかないわね」


そう言った彩は魔力を影月に流し込む。白光が煌めくと全員が目を瞑った。


 「久しぶりだね…彩」


聞き慣れない声が響く。


 「お帰りなさい…姫華」


姫華とよばれた少女はとても可愛らしいが、神々しい。


 「姫華…?何だお前…」


光が問う。

 

 「私は彩のパルトネ。彩の魔力で構成され、彩をサポートする存在」


 「なるほど?つまり、彩の相棒か」


 「そう」


必要なことは聞き出せたので、光もそれ以上は何も言わない。


 「姫華…時在竜が来るわ…力かしてね?」


彩が優しく話しかける。


 「もちろんだよ…私は彩のものだから」


相棒とだけあって絆は堅い。


 「とりあえず…今いる戦力を生徒会室へ呼ぶね…!」


レイが動き始める。


 「姉様!お手伝いしますわ!」


レイとリリィはすぐに生徒会室を出て行った。


 「で、とりあえず姉貴。」


 「何かしら?」


 「時在竜ってどう倒せばいいんだ?」


 「簡単に言うけどね…多分、過酷な総力戦になるわ。伝承ではスレイヤーが居ても大苦戦したとあるし…」


 「ふむ」


光は考えこむ。


 「別に何人死んでも倒せばいい…」


さらっと紫音が恐ろしい事を言う。


 「ダメよ!死人は出したくないわ」


彩が直ぐに反対する。


 「とりあえず…戦力がどれくらいかによるな」


そんな会話をしていたら、アイリス姉妹が戻って来た。


 「信じられないけど…人が消えていってるみたい…誰もいなかったよ…」


レイの表情は絶望に満ちている。


 「私も探しましたけど…知り合いも誰もいませんでしたわ…」


二人のこの結果は、光と紫音にとっては想定の範囲内だ。


 「ま、時在竜が現れるという時点でこの世界の制御はドラゴン側がすでに行っている筈だしな。」


 「多分…私達だけ残して、決闘を挑むつもり…」


この推察は彩もすぐ納得した。


 「ドラゴンって色々居るけど…好戦的なのも多いし有り得るわね…」


しかし、


 「そうは言っても…5人だけじゃ…」


 「負けを宣告された気分ですわね…」


姉妹は絶望感丸出しだ。


 「普段は何人位出すんだ?」


 「そうね…千人規模で出す場合もあるくらいよ?」


彩が腕組しながら答える。


 「ま、この際数はどうでもいいんだ」


 「私と光という本来この世界に居ない人間がいるから…」


 「でも召喚したのは私だよ…?」


レイが不安げに聞く。


 「その召喚で本来は俺らはアイリス王国が本来あった時空に行かなきゃいけない。だが、王国は切り離されていたから、辻褄合わせでここに飛ばされたわけだ。」


 「そう…でもこの世界はアイリス王国しか存在しないから…言ってしまえば全員がイレギュラーって言えなくもない…」


 「どういう意味ですの?」


リリィも話に参加してくる。


 「全員イレギュラーって事なら、何が起きるか分からないって事だ」


光が答える。


 「どっちにしたって、来るのは来るんだから全力で迎撃するしかないわ」


彩が影月を抜きながら呟く。


 「ま、俺は魔力0だから戦闘できないけどな」


五人居る内、四人しか事実上戦闘できない。これは大問題だ。


 「私は後衛で砲撃支援するよ」


レイの強力な砲撃は必要不可欠だ。


 「では私と彩先輩で前衛ですわね」


リリィの強力な槍もまた必要不可欠だ。


 「だったら私は後衛に回る…」


紫音は少しワクワクしていた。


 「紫音ちゃんは武装出せそう?」


彩が心配する。魔力があっても武装を展開できなくては意味がない。


 「大丈夫…」


どうやら自信ありのようだ。


 「んじゃ、俺は後ろで隠れとくか」


光に至ってはやる気がない。


 「うーん…」


彩もこれにはどうとも言えない。


 「別に、危なくなったら見捨てて良いからな」


そして曲がった根性が垣間見える。


 「とりあえずさ…何か食べておこうよ!」


レイが見かねて提案する。

 

 「だったら俺が腹いっぱい食わせてやるよ。どうせ食堂も無人だろうしな」


そう言って光が台所へ入っていった。


 「腹が減っては戦は出来ぬ、とも言いますわよね」


実際、リリィは空腹だ。


 「意外と気が利く所も出てきたわね…光」


彩は素直に喜ぶが、紫音は違った。


 「最後の晩餐、みたいな感じだと思う…」


 「うわー…何その皮肉…やっぱり光は光なのかしら…」


幻滅してしまった。


 「出来たぜ。どんどん出すから食ってけ」


光は次々配膳する。


 「いただきますっ」


 「いただきますわ」


 「いただくわね」


 「いただきます…」


4人共直ぐに食べ始める。光も合間をみて食べていた。


 「これは…彩が好きな味だよね?」


食べながらレイが聞いてみる。


 「そうね…中華ね」


彩は食べるのに夢中なせいか、答えが短い。


 「でも、美味しいですわね」


あの歪な光が作ったと思えない旨さだ。


 「光はいい料理人…」


紫音も思わず感心する。普段和食だが中華でも難なく食べられる。その後もどんどん料理を出し続けた光。最後の皿が空になって、


 「いやー満足満足。よくこんなに作るわね…」


彩が気になっていたのは出された量だ。


 「まぁ、満漢全席だからな」


あっさり答える。


 「ちょ…満漢全席!?道理で色々楽しめたのね…でもなんで?」


 「食材全部使い果たしたから、これ以上は何も作れない。つまりもう補給はない。背水の陣で頑張ってくれよ?姉貴」


腹一杯にしてあげようなどという発想は微塵もなかった。むしろ、嫌味に近いプレッシャーの掛け方だ。


 「その思いやりの無さでなんであの美味しさなのかしらね…」


彩は呆れ顔で溜息をつく。


 「でもこれが最後の食事でもいいかなって思えちゃうくらいに美味しかったから頑張るよ!」


レイにはむしろエールになっていたようだ。


 「姉様を守るのは私の努めですわ。光は知りませんけど」


リリィは皮肉り返してみせる。


 「全員、気合だけは充分…」


紫音は冷静に分析する。


 「だな。後はちゃんと実力が発揮されるかだが」


光は最早、傍観するしかない。


 「彩が居れば平気」


そう答えたのは姫華だった。


 「私と姫華の力なら、倒せる!」


彩も自信がみなぎってくる。


 「姉貴の真の力が本物かどうか見極めるいいチャンスだな」


 「言ってくれるわね…見てなさいよ」


こうして全員の士気は高まっていった。


 

 空が急に暗くなる。まさに終焉を告げるかのような不気味さが漂う。


 「いよいよね…」


彩が影月を構えた。

 

 「ディストル・カンノーネ!」


レイが巨砲を出現させる。紫音も同じく出現させてみせる。


 「オスクリタ・ジャヴェロット!」


リリィが槍を構える。迎撃体勢が整う。


 「見て…!来る!」


姫華が指差す先に銀色のドラゴンが現れた。


キィイイイイ!!!


耳をつんざく甲高い鳴き声が聞こえる。大きな銀翼を広げ、紫の瞳はレイ達を見据えていた。こちらへ飛びながら、白光を纏い始める。その光は輪っかとなり竜の上に宿った。その見た目は時と存在を司るに相応しい、神々しさを放つ。


 「あれが時在竜…」


彩も当然見るのは初めてである。


 「真名解析しないと…ね…」


レイがドラゴンを見ながら口を開く。ドラゴンの真名は弱点を示す場合や、攻略の糸口になる場合がある。


 「任せて」


姫華が両手を広げると、周りに数字の模様が浮かぶ。解析モードだ。


 「…真名、エジステ・オーラス」


解析結果を聞いても誰もピンとこない。


 「…全く聞いたことないわね」


スレイヤーたる彩でも首を捻る。


 「聞いたこと無い訳じゃなくて、エジステ・オーラスという記憶の『存在』を消されたって考える方が自然だろ」


光が背後から突っ込んだ。


 「ひ…光…!?」


彩もさすがに驚いた。戦闘出来ないのに最前線にいる光に。


 「隠れるのは止めた。どうせ向こうは存在をコントロールできるんだからな。ヤツが本気なら今頃俺らは消し飛んでる。」


 「じゃあどうして…」


 「恐らく…倒されたいんだと思う…」


紫音が見解を述べた。


 「倒されたいってどういう意味…?」


レイがドラゴンから目を離さずに聞く。


 「そこまではいくら考えても分からない…」


 「ドラゴンの思考パターンを俺らに読めって言う方が無茶だろ。見るの初めてなんだしな」


最もらしい指摘を加える光だが、ここにいる全員がドラゴンの思考など読めるはずもない。


 「確かにドラゴンの知能は高いですわ…ですが、倒されたいというのはいささか納得行きませんわね…」


リリィも納得してはいない。


 「倒せばはっきりする…」


紫音がそう言いながら、砲撃準備に入った。


 「じゃあ…スレイヤーの実力見せるわよ!姫華!」


彩も影月に魔力を注ぎ、姫華が彩に憑依する。


 『彩、エジステ・オーラスは強力。最初から全開でいくよ』


彩にだけ聞こえる声で指示する。


 『わかったわ!』


彩が一気に斬りこんだ。

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