第五話 とりあえず学生再開
「なるほどな…この世界でも科学の法則は成立しているが、それを曲げうる魔法が存在しており共存している…これが併存法則か」
「文明自体は魔法を主体にしている為、数学や物理などは魔法を行使する際に必要な演算があれば魔導師の精神領域において演算される…代理演算法則…」
生徒会室で気絶していた生徒を全員運んだ後、彩の強烈な指導で光と紫音は一気に知識を増やしていった。
「代理演算法則があれば時間感覚消えてもあまり変わらず生活できるのも納得だな。自分の行動に必要な時間は勝手に計算されるわけだ。だが精神領域で魔力による演算のため、記憶や意識には現れない。実質、概念の消失、置き換えに相当する、か…」
「でも魔法の適用範囲とイメージ誤差の相関がイマイチ分からない…」
流石の紫音も少々、頭がゴチャゴチャのようだ。
「じゃあ魔法定義付け法則を見直そうねぇーまず第二法則、魔法の適用範囲はイメージした事象に基づく。次に第三法則、適用範囲が一人である場合は、イメージ誤差は存在しない。そして第四法則、適用範囲が二人以上の場合のイメージ誤差許容度は2000人までは人数との一対一対応であり、2001人以上は王立魔導学園における演算によって定める。これらを纏めると、自分にしか影響しない魔法は自由で2人から2000人まで許容誤差=人数、ってわけね。2001人以上に関しては試験に出ないから無視でいいわー」
「ありがとう…彩」
ひたすら勉強し続けて、既に夜が明け始めていた。
「さぁ…本番やろっかぁー」
彩が張り切る。
「いつでも来い。」
「私も…」
光と紫音の目つきは真剣を超えて最早、阿修羅とも言える領域だ。試験問題を配り、
「それでは…始め!」
彩が合図する。その瞬間、二人は普段の3倍どころの騒ぎでは無いほどの神速で解答し始めた。
(これが光と紫音の本気…コワイ…)
試験監督をしつつ彩は身震いした。しばらくすると、
「終わった」
「終わり…」
二人はほぼ同時に試験を終える。彩は答案を回収する。
「これから採点するわねぇ」
彩が魔力を込める。すると答案がみるみる採点されていく。
「結果…出たわ…二人共…満点…」
まさに前代未聞の結果が出た。一夜漬けに近い上に満点なのだ。
「この試験、歴代でも満点って居ないのよ…」
さすがに彩も驚嘆し過ぎてふらついている。
「甘く見られたものだな」
「青蓮院を舐めない方がいい…」
二人はさも当然といった顔だ。
「とりあえずこれで二人共正式な学生だから、これ学生証ねぇ」
落ち着きを取り戻した彩は作っておいた学生証に魔力を込めて渡す。
「ほう…特待って書いてるな」
「私の方にも書いてる…」
「生徒会試験または一般入試で満点を取った者は特待生待遇とするっていう決まりがあるのよぉ。試験監督による魔力注入で学生証に特待生紋章を刻む伝統のやり方…らしいわぁ…」
試験監督要項は目を通したとはいえ、まさか本当にやる事になるとは思いもよらなかった。
「特待生はどんな特典があるんだ?」
光が尋ねる。
「まず…座学の免除。さらに生徒会へ所属出来る事を確約される。そして学校生活における待遇は王族と同等とする。」
彩が読み上げる。
「そこそこの切り札になりそうだな。」
「丁度いい…生徒会会則を見せて…」
紫音が何か思いついたようだ。
「これねぇ…ちょっと分厚いけどぉ…」
「気にしない…」
そうこうしている内に夜も明け、朝日が差し込んでいた。
「そうか…特待だから生徒会室でゴロゴロしてていいわけだな。」
「まあ…そうなるわねぇ…ああこれ、腕章ね。」
そう言いながら差し出した腕章には「生徒会 会長付役員」と書かれている。
「会長付ってまた変わった役職だな。」
「特待生は規則で臨時役員にはできないのよぉ…正規役員になるんだけど、役職の任免は会長の権限だから、不在の今は待機ポストについてもらうというわけねぇ。でも通常の役員の権限はあるから大丈夫!」
「通常の役員権限って何だったかな…」
光もまだそこまでは覚えきれていないようだ。
「学園内情報統制権、自由行動権、全図書自由閲覧権、王宮発言権。これらが全ての役員へ与えられる権利…他にも色々あるけど役員一人の一存で自由に行使できるものはこの4つだけ…ただし情報統制に関しては生徒会長権限で解除できる…」
紫音が口を挟む。
「さすが紫音ちゃんねぇ…それじゃあ私は教室行くわね」
そう言って彩は生徒会室を出て行った。朝の忙しさとは裏腹に光と紫音しか居ない生徒会室は静寂に包まれた。光はそのまま眠りにつき、紫音は黙々と会則に目を通し続ける。小鳥の囀る声と共にゆったりと時が流れてゆく。
昼の鐘が鳴り、生徒たちは食堂へ向かう。校内がざわつき、生徒会室階下の食堂が一気に混み合ってくる。しかし光は相変わらず爆睡、紫音も会則を読むのに集中している。ちょうどその頃、寮の一室で目覚めた女生徒が居た。
「やーっと…魔力が回復したかー…」
魔力を右手に込めてみる。紅の光が煌々と輝く。
「やったっ」
自分の目で回復を確認し、部屋に備え付けのシャワーを浴びる。
(そういえば…師匠から連絡が来てたんだった!)
バスタオルで髪を拭きながら、届いている封筒を開ける。師匠というのはもちろん彩。手紙を読みながら手早く制服を着て、最後に親衛隊の白マントを羽織る。今日は講義がないので生徒会室へ向かうことにした。
(あっ…腕章、腕章…)
机の上の「生徒会庶務」と書かれた腕章を取り、左袖上部に付ける。そして戸締まりをして、ステラ・ソレイユは部屋を後にした。ステラは彩に憧れて親衛隊に入り、副隊長まで登り詰めた。それでも彩は遥か彼方の目標であることは本人が一番理解している・
(隊長の…彩先輩の…役に立ちたい…出来る事をしたいんだ!)
その思いで日々研鑽している。しかし、生徒会室立て籠もり事件では何も出来ずじまいだった。
(何も出来なかった…悔しいに決まってるじゃん…)
忸怩たる思いがある。彩は今日は講義だと知っているので、先に生徒会室へ向かうことにした。
(せめて生徒会の書類仕事でも…会長もまだ復帰してないし…)
不安になりつつもエレベーターで最上階へ上がる。エレベーターを降り、生徒会室へ入る。
中に人の気配がした。
(あれっ…もう誰か復帰してたっけ…?)
不審に思いながら、奥へ向かう。するとそこには爆睡中の光と本を枕に寝ている紫音がいた。
「な…なな…何で…あなた達がいるんですかぁあああああ!!!!?」
ステラは余程親しい仲でない限りは誰にも敬語を使うが…絶叫しながらとなるとあまり経験がない。
「ん…?」
光が目を擦りながら起きると、目の前にはクリムゾンレッドのショートヘア女子が今にも攻撃しそうな目つきで立っている。
「ああ…ステラ・ソレイユか…」
「は…はい…そうですけどっ…ってそうじゃなくてですねっ、何故あなた達がここにいるのかって聞いているんですよっ!」
「それなら…」
そう言いながら光は学生証を見せた。紫音のものは机に置いてある。
「ご覧の通り、学生になったんだ。しかも特待だ」
「はい!!!?」
嘘だろうと思い、学生証をよく確かめる。しかし確かに本物だ。おまけに特待生の紋章は彩が刻んだものだと分かった。
「嘘ですぅうう…なんで師匠がぁあああ…」
ステラは半泣きで床にへたり込んだ。
「当然ながら試験を受けたんだが?」
「百歩譲って試験に通ったとしましょう…でも特待って…それ満点って意味ですよ…」
弱り切った声で言い返すステラ。
「試験なんて満点狙いに行って教師の吠え面かかせてやるものだろう」
(ゆがんでますよ…!?この人…なんなんです!?)
ステラは直感的にこの男が歪だと察知した。
「でもあの試験…難易度が異常ですよね…」
あくまで差し障りない話題で繋ぐ。
「俺の姉さんにスパルタで叩きこまれたら死んでも満点取れるぞ」
「姉さん…?」
「ああ。俺は氷月光、氷月彩の弟だ。ていうかさっき学生証見たなら氏名欄で気づけ」
ステラには返す言葉が思いつかなかった。
(師匠の弟…!?信じられない…嘘でしょう…!?)
すると紫音が起きた。ステラを見るなり、
「あ、ステラ・ソレイユ…」
一応声を掛ける。
「私…名前教えた憶えありませんけど…あの…あなたは…?」
この前、生徒会室で凍てつくような声で話しかけられたせいか、足がすくみ、言葉がたどたどしくなる。
「私は青蓮院紫音…」
「何か…読んでいたんですか…?」
「生徒会会則…」
(何故そんなものを…)
ステラには目の前の現実が受け止めきれない。それでも聞かねばならない事がある。
「氷月光さん…なぜ生徒会室籠城を…?」
「俺のことは光と呼んでくれ。苗字嫌いなんだ。事のあらましはそこの報告書に書いてある。」
光が指差す先にファイリングされた報告書が置いてある。
「そ…そうですか…後、私もステラで構いませんから…」
そう言いながら報告書を開く。そこに認められた内容は予想の遥か斜め上を行くものだった。
「理解はできました…でも…あなた達のやり方には賛同できませんね…」
「別にいい。賛同してくれなどと頼んだ憶えもないからな」
「光と私は私達のやり方をする…ステラはステラで好きにするといい…」
紫音が口を挟んだ。
「そうです…か…」
ステラはこの二人に対してこれ以上何かを言う事が出来なかった。立ちすくんでいると、ちょうど彩が生徒会室へ入ってきた。
「あらステラちゃんじゃないのぉ」
「師匠…」
ステラの顔は酷いものだった。
「ついておいで」
彩はステラの手を取り部屋を出て行った。そのままバルコニーへ出る。外はすでに暗くなっていた。
「報告書、見たのねぇ…」
「はい…とても…受け入れろと言われても…」
「光があんな風になったのはね…親のせいなのよねぇ…」
「親のせいって…」
「私は十二でこっちに来たけど、光は当然向こうに残ったわけ…」
「はい…」
「五年間、親は光を虐待し続けたわ…凄惨なものだったと思う…」
彩の目頭は熱くなっていたが、ステラには勘付かせなかった。
「そうだったんです…か」
(師匠のこんな苦しそうな所…初めて見る…)
ステラはなんとか気遣いたいと思い、話題を変える事にする。
「そういえば…青蓮院紫音って子は…?」
「青蓮院家ってここで言うとアイリス家に匹敵するような名家なのよねぇ…あの子は親に捨てられたって言ってたわ…」
「今回の召喚は…ちょっと…何て言ったらいいんでしょう…ね…」
「そう…ね…それでも…必要だから召喚されたのは間違いないんだから…」
「そう言えば…最近穏やかですよね…」
空を見上げながら呟く。
「嵐の前触れみたいな静けさね…」
「私は…きっと師匠の役に立ってみせますっ…」
「ありがとう…ステラ…少し…聞いてくれるかしら…?」
「師匠の頼みなら…いくらでもっ…」
「光は…私の事、姉さんって呼んでいるでしょう…?」
「そうですね…」
「昔は…姉貴って呼んでたのよ…」
「そうなんですか…」
「…どこか変なのかなぁ…私」
「私にとってはどんな師匠も…師匠なんです…とても強くて…かっこいい…」
ステラもこんな彩を見るのは初めてだった事もあり、上手く言い表せなかった。
「ありがとう…ステラ…少し落ち着いたわ…」
「役に立てたのならよかったですっ…」
「じゃあ…おやすみ、ステラ」
「おやすみなさいですっ…師匠っ」
月明かりが互いの微笑みをささやかに演出していた。
次の日、光は生徒会室で椅子に座りながら、外を見つめている。紫音は会則を読了し特に何をする風でもなく、ただ椅子に座っているだけだ。会話することもなく、互いを意識している訳でもない。実は二人は昨日から一歩も動いていない上に飲まず食わずだ。ステラが居た間以外は一切言葉を発していない。理由は単純だ。必要性があると判断しない限り何一つ行動を起こさない。面倒事は徹底的に回避。そのスタイルをお互い理解しているからこその現状だ。今日もステラは生徒会室へ来た。しかしその手には書類の束が抱えられている。扉を開けると、またもや光と紫音がいる。しかし、ステラは狼狽した。
(目の前に光さんと紫音さんがいる…いるのに…まるで存在感がない…まさか…)
嫌な予感がしたので魔力で目を強化し二人の身体を見てみる。心臓は動いているようだ。
(生きているのにまるでそんな感じがしない…騒がしいのは嫌だけど…どうやったらここまで何も感じない空間が生まれるの…?)
さらに驚いたのは、ステラが居ることを認識している筈なのに、まるで反応がない。
(昨日は私が話しかけたから…反応したということね…本当に必要性が無いと思う事はやらないんだ…報告書読んだ通り…)
当然ながら、書いたのは光と紫音だ。面倒事を避けるためにも包み隠さず全てを書いている。不気味な静けさに若干の居心地の悪さを感じるが、仕事があるので椅子に座る。規則により書類作業において魔法は使用禁止になっている。今日は確認印を押すだけなので比較的楽だ。目を通しながら印を押す。トンッ!トンッ!と小気味良く部屋に音が響く。
(相変わらず不気味なほど存在感が無いけど…集中すればするほど気にならなくなる!)
ステラは仕事に集中することを意識する。すると、どんどん書類の処理が終わって行く。程なく全てが終わった。
「ふぅー…」
一息つくが自分が来てからというものの光も紫音も全く身動きしていない。ステラは紅茶を淹れたがそれでも反応はない。
(なんていうか…不気味超えて凄い…とさえ思えちゃう…)
紅茶を飲みながら二人を少し観察していた。ふと気になることが頭によぎった。
(今日は師匠を見ないけど…明日は親衛隊の会議だし…)
あれこれ考えても仕方ないと思い、思考をやめた。
(私もちょっと二人みたいにやってみようかな…)
ちょっとした好奇心からだった。椅子に座ったまま、外の景色を見つめる。もちろん王都が見える。
(多分…綺麗とか思っちゃダメなんだろうな…)
何も考えないように努める。一つずつ雑念を意識の外へ移していく。すると不思議な没入感のようなものが得られた。それを追いかけると『無』へと近づく感触がする。『無』になったと感じた瞬間、我に返った。既に外は日が沈んでいた。
(もう夜…いつの間に…)
ステラは後片付けを済ませて自室に帰った。二人は結局、何の行動も起こさずじまいだった。
翌朝、親衛隊の会議が開かれていた。アイリス姉妹が目覚めない件についての話し合いだ。とは言うものの、王族の身体や魔力に関しては一般人と異なっており、未解明の部分もあるため、ただの時間の無駄と化している。彩は適当に進行しお茶を濁しているが、ステラは『無』へと近づいていった。さながらそこにいる筈なのに居ないかのようだった。我に返ると会議は終了し、自分以外は退席していた。
(私は光さんや紫音さんみたいにいつまでも『無』ではいられないんだ。多分、そこまで必要としていない、でも二人は必要になるくらい追い詰められたんだ…)
ステラはそのまま生徒会室へ向かった。
「光さん!紫音さん!」
今日も同じ場所に居る二人に話しかける。
「ステラか。どうした」
光だけは返事する。
「ここはアイリス王国の…王立魔導学園です!」
「それがどうした?」
「あなた達が居た世界とは違うんですっ!だからそこまで心を閉ざさなくてもいいんじゃないですか…?」
ステラは皆で楽しく笑って居たいという素直で真っ直ぐな思いを改めて噛み締めていた。
「それを俺に言う理由は?」
「光さんは光さんなりに生き抜いてきた…それは認めますっ…!でもせっかくアイリスに来たんですから…生き方変えて、『無』じゃなくて『楽しい』を探してみませんか…?」
「まるでアニメのキャラみたいな事言うんだな。お前にとって俺は何なんだ?」
「今は…そうですね、学友ですねっ!」
「残念だけど…」
紫音が割り込んでくる。
「光も私も、学校というものが嫌い…」
「紫音の言う通りだ」
二人の言葉はどこまでも空虚。それ故にこれ以上、掛ける言葉が思いつかない。
「そうですか…とりあえず今日は帰りますね」
そう言ってステラは生徒会室を後にした。
「紫音」
二人きりになってから光が声をかける。
「何…?」
「楽しいなんて感情、わすれたよな」
「さっきステラに言われて、そう言えばそんな言葉あったなぁと思い出したくらい…」
二人は結局今日も動かずじまいだ。
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