第四話 鮮烈の再会

 今将に、光はトリガーを迷いなく引こうとしている。気絶しているリリィ・アイリスの排除の為だ。ズダァンッ!!銃声が響き渡る。


 「な…なんだと…!?」


光は目の前の事象を受け入れられない。


 (リリィ・アイリスが…消えた…!?)


狼狽する光。


 「どうしたの…?」


紫音が光の方へ来る。しかし、同じく目の前の事象は受け入れられない。


 「え…」


あるはずのものがないのだ。確かに銃声は響いた。光が狙いを外す筈もない。紫音もそれ以上何も言えなかった。


 「何が起きた…?」


冷静さを取り戻そうと努めつつ、状況を分析する。自分は確かにリリィ・アイリスを撃った。狙いは正確無比だった。しかし、そこに居ない。


 (…そんな…莫迦な…)


床に銃弾がめり込んでいるのを見つけ、完全に冷静さを喪失した。


 「銃弾の初速は…音速を超えている…この距離で…それより速く動くなら当然ながら…音速を超える…しかも…リリィ・アイリスを移動させた事も考えれば…マッハ2以上は出ていたはず…なら衝撃波が発生するはずだ…なぜ俺や紫音は平気なんだ…?人間ほどの質量が音速を超えれば…どうなるかなど…」


ぶつぶつ呟く光。その目つきは混沌の沼に溺れていた。紫音は茫然自失状態だ。電源が切れたパソコンのような静けさを醸し出している。二人共機能停止してしまった。


 「お二人さーん…?おーい…」


その声は声ではなく音声として耳に入ったが処理されていなかった。


 「大丈夫〜…?」


処理しきれない情報は当然削除される。


 「…誰…だ…?」


辛うじて再起した光はマイクで拾えないような声で反応した。


 「氷月彩、だよぉ〜」


その名前を聞いた光が正気を取り戻すのにかかった時間など、最早0と言ってもいい境地。涅槃寂静と言い表しても良いであろう。


 「光…知ってる奴…?」


光の再起に続き、紫音も再起する。


 「…俺の…姉さんだ…」


床まで届こうかというような白銀色のツインテール、深緋色の瞳、スタイリッシュな体型に控えめな胸、純白色の肌、光とほぼ同じ身長…見まごう筈もなかった。確実に姉の彩だ。それが分かるやいなや光の表情は、この世のものとは思えないカオスモスの様相を呈した。

 

 「光の…姉さん…」


紫音も表情は歪みに歪んでいた。シュワルツシルト半径の内側の物体はこうなるのではないかと言いたくもなる程に。

 

 「やだなぁ…なんでそんな顔するのさぁ…」


光も紫音もあらゆる理を崩壊させるのではないか、というような空気を漂わせている中でも氷月彩という女は相変わらずなのだ。


 「姉さんよ…言いたいことを数え出したら俺は死ぬ…だから…先に姉さんを殺してこの現実をブラックホールにブチ込んでやる…」


光の吐き捨てたセリフは最早、論理的に成立するのか破綻しているのかすら怪しい。不確定性原理を持ち出すのも厭わないといった感じだ。


 「へぇ〜…言いたい事が無限大だから自分では全て把握出来ないと…把握できない範囲の言いたいことに関しては言いたい相手も決まらない。なぜなら言いたい事の全てを把握できないから…か…さらにブラックホールにブチ込むと…まぁ量子力学と相対性理論を結びつけるようなセリフ自体は否定しないけどねぇ…それ結びつけちゃうと、ブラックホールは蒸発しちゃうって偉い先生が言ったんだよぉ?」


彩はニッコリ笑いながら返す。


 「…チッ」


 「そんなさぁ、地球での理論振りかざしてこっちでやっていけると思うのぉ〜?」


 「何が言いたいんだ…」


光は思考回路が完全にオーバーヒートしている。


 「ここは異世界のアイリス王国!郷に入っては郷に従えって言うでしょう〜?」


 「その格言作ったのは地球人だろう…」


 「地球もこっちも人間という存在は共通してるもんね〜ということは格言という概念なら適合する確率は超単純計算で五十パーセントじゃない〜こっちの人達は魔法使えるからむしろ確率を上げるファクターがあるんだけどぉ〜?」


 「そうかよ…」


 「まぁ…光には色々心配や迷惑掛けたよね…謝っても許してくれないだろうけどさぁ…」


 「姉さんは十二で家を出て行ったからな…」


 「十二でアイリス王国に来て、もう十七だけど…だいぶ変わったよぉ〜この国」


 「そう言えば、妙な所で知っているものがあったり、言語に困らなかったり、生徒会があったりするのも姉さんの仕業か…」


 「そうだよぉ〜生徒会には憧れてたからねぇ〜」


 「相変わらず…姉さんは破天荒だな…」


 「こんな性格だからあのクソ親に地獄を味わされたんだけどねぇ」


 「心配しなくていい…俺は姉さんが出て行った後、完璧超人を地で行ったがやっぱり地獄だった」


 「でも光は私よか頭良いでしょ?」


 「模試で全国一位とってもアレだったけどな」


 『あぁ…やっぱ俺の(私の)親はクソ』


ようやく光はいつものペースを回復し始めた。


 「でーそっちの子は〜?」


彩は紫音に目を向ける。


 「私は青蓮院紫音…」

 

 「わお…青蓮院の娘っ子かぁ〜スゴイッ!」


素直に驚く。


 「別に凄くない…捨てられた身だから…」


 「なるほど…それで光と行動してたのかぁ」


全てを悟ったかのような口調だ。


 「ていうか姉さんはこの王宮と学園でどういう立ち位置なんだ…?」


 「聞く前に予想しなさいよぉ〜」


彩は何でも人に聞いてばかりではいけないと光に教え続けてきた。


 「まず服装だな。その白縹色を基調とした真珠色のリボンが印象的なセーラーだが…学園の制服なのは他の生徒と同じなので直ぐ分かる。さらにそのマントは王宮の近衛、さしずめ親衛隊所属の証だな。前に白いマントを見たが姉さんは紫だ。姉さんがこの国の文化の変化に噛んでいるなら、紫は高位の人物が身に付けるものという日本の慣習が適合し得る。それに姉さんは武道を始めとして戦闘の天才だから、親衛隊の隊長だろう。そしてこの学園の生徒会にも所属している。憧れていたから作って入るという根拠もあるが、左側の袖に普段は腕章を留めているであろう痕跡が決定的だ。役職は…書記だろうな」


 「いつもの光に戻ってるじゃない〜私が書記だってどうやって見抜いたのぉ〜?」


 「姉さんはものを書くのが好きだろう。それに右手の指にかすかにインクがついている。綺麗好きな姉さんが落とし忘れるとは考えにくい。ならばそれだけインクに触れる役職という訳だ。生徒会の役職で最も筆記量が多いのは書記だろ?」


 「大正解〜」


パチパチと拍手する彩。


 「それはそうと…姉さんはこの三人を助けに来たんだろう?」


光がレイとステラ、リリィを示す。


 「まぁね〜ていうか…うちの副隊長がこのざまって…光もやり過ぎあんじゃないのぉ…?」


 「こいつが副隊長…?」


 「うん〜ステラ・ソレイユ。光と同い年だよ〜一応弟子なんだけどまだまだ発展途上だねぇ…」


 「まあ、身体はしっかり出来てるから伸びしろはあるだろうな」


淡々と見解を述べる。


 「それにしても…気絶してからどいつも全然起きないんだな…」


生死が気になるほど長い間気絶したままなのだ。


 「ああ…魔法を使う者、いわゆる魔導師は気絶すると中の魔力が回復し始めてそのまま肉体の回復も始めちゃうから事実上、寝たのと同じになっちゃうのよね〜だから直ぐには起きないけど心配はないよぉ〜」


彩が解説する。


 「参ったな。これでは交渉どころじゃないぞ」


 「ああ…光と紫音ちゃんって自分たちの処遇とかを聞き出したくて籠城したんでしょ〜?」


 「そうだが?」


光はあっさり肯定する。


 「ていうか召喚したのがレイちゃんだって分かってたならなんで正攻法で聞きに来ないのさぁ〜…」


彩は溜息まじりにぼやく。


 「姉さんは先に信じるタイプだが、俺と紫音は先に疑うタイプなんだ。だから召喚された理由は俺と紫音にとって有害なものだという想定で動いただけだ。」


 「だから召喚されたその日に行方不明になるわけだ…マークはお願いしたけど殆ど意味無かったし…私も動けなかったし…」


 「とにかくそのレイ・アイリスから情報を引き出すまでは今後の行動も決まらないな。」


 「こんなけ大騒ぎしちゃうと…ユーリが黙って無いと思うけどぉ…」


彩は頭を抱える。


 「流石にもみ消せる限度超えてるもんな」


 「確かに…」


光と紫音は淡々と答える。


 「いやこれ…王宮裁判ものになりかねないんだけどぉ…」


 「何だそんな事か」

 

 「いい解決方法あるの〜?」


 「クーデター起こしてユーリ王を討ち取ればいいだろ?」


紫音もうんうんと頷く。


 「だからさぁ〜!!そうじゃなくてぇ…光と紫音ちゃんは召喚された者だから多分お咎め無しなのぉ…問題はレイちゃんが責任追及されちゃうだろうって事…!」


 「いやそれこそクーデターでいいだろ」


 「そりゃ私や光は親嫌いだからそういう発想でいいだろうけどさぁ…レイちゃんは母好きだからねぇ…」


 「なるほど…まぁ俺と紫音のせいでこうなった以上、ここは生徒会長を支援するしかないという指針自体は確定事項だが」


 「生徒会長が私と光を召喚した以上は生徒会長に話を聞かねばならない…もし王が生徒会長を追放でもしたら面倒すぎる…」


紫音が付け加える。


 「そうなんだよねぇ…ユーリって普段優しいらしいけど些細なことでも怒るとレイちゃん的には地獄らしいからさぁ…洗いざらい全部話してもダメなんだろうなぁ…」


 「まあいずれにせよ、この場合は説教の材料があるから親に有利なんだよな…生徒会長の監督力不足を指摘するはずだ…それに召喚した人間がッ行方不明になった時点で報告しなかった事も響く。怒られたくないからこんな事したんだろう、という糸口を与えてしまっている。」


 「さらにユーリ王は親だけでなく王と学園長という、合計で三つの立場を意識しているはず…娘の不祥事が王政や学園の評判に影響を与える可能性を危惧していれば、余計に面倒な説教か実力行使すら辞さないかもしれない…」


紫音もこの手の分析には抜かりない。


 「とりあえず何をやるにしても人手不足だな」


 「それよねぇ…」


 「仕方ない…」


三人は意気消沈した。どんなプランを立てようとも、実行に必要な人材が無ければ机上の空論なのだ。


 「でも光も紫音ちゃんもレイちゃんが正式発表しない限りは、学籍とかも無いし…居ない扱いなんだよねぇ…あはは…」


彩がわざとらしい苦笑まじりに洩らす。


 「なるほどな…思い切った真似が出来ない訳だ…」


 「そうなるねぇ〜…」


 「とりあえず…お風呂行きたい…」


紫音がここでまさかの直球な本音を口にする。


 「こっちに来てから風呂は入ってないし、殆ど何も食べてなかったな」


光も本音が出る。


 (へぇ…光と紫音ちゃんって似た者同士だなぁとは思ったけど…一緒にいると結構…良い感じなんじゃ…?)


彩は内心、ホッとしていた。姉として弟のことは心配なのだ。


 「大丈夫だよぉ〜生徒会室にもお風呂はあるし、食堂もあるからねぇ〜」


 「さすが生徒会だな…とりあえず俺は風呂に行ってくる」


そう言うと光は行き方を聞かずに部屋を出て行った。


 「光…場所分かるのかな…」


紫音が小声で心配する。


 「大丈夫だよ〜光は道に迷うこと無いし〜」


彩はまるで気にしていない。


 「それよか一緒にお風呂入ろ〜!」


 「分かった…」


彩は紫音を誘ってお風呂へ向かった。紫音もお風呂の為なら一緒でも何でもいいと考え、付き合う事にした。


  「紫音ちゃんの髪って漆黒で綺麗だなぁって思ってたけど…肌も綺麗ねぇ〜」


紫音の背中を湯で流しながら麗しい肌に触れる。


 「母様はこれでも汚いって言った…だから私は和服で肌を隠すようにしてる…」


 「…無茶苦茶な…髪はアレンジとかしないのぉ?」


 「青蓮院家の掟で女は純粋に長い髪であるべしというのがあるの…」


 「それは異世界のここでも守ろうと思う掟?」


少し真剣に尋ねる。


 「うん。私は青蓮院の人間として、捨てられてもプライドや誇りを捨てたつもりはない。」


初めて聞く紫音の凛とした明るい声。

 

 「だったらいいと思うよぉ」


彩も笑顔で返す。


 「聞きたい事がある…えっと…光の…姉さん…」


今度は紫音が彩の背中を流しながら話しかける。


 「ああ〜彩でいいよ〜私苗字嫌いだし名前で気軽に〜」


気さくにフォローする。

 

 「この白銀色の髪と深緋色の瞳は…?」


 「ああこれかぁ〜親からのストレスが溜まりすぎて色素がおかしくなったみたいなのよねぇ〜」


 「大変…」


 「私も光も親が大嫌いだし、その副作用か氷月っていう苗字も大嫌いなんだよねぇ〜」


そして二人は大きな湯船に入る。


 「丁度いい温度…」


紫音の表情がすこし和らぐ。


 「結構ここのお風呂良いんだよねぇ〜」


彩もにやける。


 「彩は…なんだろう…優しい…」


 「そうでもないよぉ〜私普段は結構適当だけど、これ作りものの私だからねぇ〜」


 「え…?」


 「何て言うかなぁ〜まあいずれ分かるよぉ〜」


 「私は青蓮院に産まれて…殆ど外の世界を知らずに生きてきた…だから光や彩に教わりたい…」


 「そっかぁ〜私も光も碌な生き方してないけど、それでもいいのぉ?」


 「構わない…信用できるから…」


 (光と近づくのは分かるけど…なぜ私もなのかなぁ?)


ふと疑念が浮かぶ彩。


 「紫音ちゃんはなんで私のこと信用できるのぉ?」


 「笑っていた頃の母様に似ているから…作りものって彩は言ったけど…私にはそんな事関係ない…目で見て確かめられたものなら信じれる…」


 (この子…本質は私や光よりよっぽどいい子じゃないの〜…それともお風呂に入って落ち着いたからかなぁ?でもこれは本音なんだろうなぁ…女同士だと割と話せる子かもねぇ)


彩は気づいていなかったが、とても穏やかで優しい笑顔を紫音に見せていた。


 「紫音ちゃんは、光の事好きなのぉ?」


 (女同士だし、これは聞くしかないでしょ〜光を名前で呼ぶのはともかく、光が名前で紫音ちゃん呼んでるしぃ〜)

 

「好きという感情はよく分からない…ただ信用し合うって約束しただけ…信用はしてるけどそれ以上でも以下でもない…」


 (なるほど〜ここは結構淡白なんだぁ〜いずれ変わったら色々良い事起きるのかもねぇ〜)


彩はそんな期待を胸に抱く。


 「そろそろ上がろっかぁ」

 

 「うん…」


お風呂あがりの二人はほのかな笑顔だ。


 「そうだ、和服は私が洗濯しといてあげるから、制服着てみなよぉ〜」


 「でも…呉服屋さんに採寸してもらわないと…」


 「待て待て…さすが青蓮院の娘っ子…服一つとっても感覚が違いすぎるなぁ…」


 「どうするの…?」


 「魔法使うに決まってるじゃないのぉ〜」


そう言いながら彩の右手には白い光が宿る。その白い光を紫音の身体に当てる。


 「ほんとスレンダー体型ねぇ…」


彩が羨ましげにぼやく。


 「これが採寸…?」


 「そうだよぉ〜もう終わった〜」


そのまま彩は右手にさらに魔力を注ぎ込む。すると新品の制服が出来上がっていた。


 「凄い…」


 「サイズもピッタリのはず〜着てみてっ」


紫音は少し不慣れな様子で着替える。


 「難しい…」


普段から和服しか着ていないせいか手間取る。


 「大丈夫だよ〜普通は和服を一人で着つける方が難しいからぁ〜」


そう言いながら彩はリボンを結んであげる。


 「足が落ち着かない…」


 「スカートだし仕方ない〜にしても…さすが青蓮院の娘っ子、アイリス姉妹とは違った高貴さが滲み出てるねぇ〜」


 「でも動きやすい…」


 「よく似合ってるし、バッチグーッ!」


 「彩…それ死語…」


 「え…なんで…なんでこんな箱入り娘っ子が知ってるのぉおおおお…」


彩は膝から崩れ落ちた。


 「学校に行ってた頃、図書室に篭ってた時に本で見つけた…」


 「…流石やんごとなきお嬢様…賢すぎでしょぉ…」


 「別に賢いわけじゃない…ただたまたま知っていただけ…」


お風呂あがりの会話を楽しんでいると、光も戻ってきた。


 「光…服変えなきゃ意味ないでしょう…」


 「変えたさ。スペアだ。」


 「学校嫌いの光がなんでスペアの制服持ってるのよぉ」


 「あらゆる物事においてバックアップ体制を整えるのは基本だろう」


 「それでもその服じゃ目立つなぁ…」


 「私が制服作るかぁ…」


 紫音にしてあげた方法と同じように採寸し、制服を作った。


 「ほお…男用のデザインもあったのか」


学園を女子校だと考えていた光には新鮮だった。白縹色を基調としたブレザーは見栄えも良い。


 「まあ…この学園、名目上は共学だからねぇ…実情は女子校だけどぉ」


 「そうなのか…俺も紫音もまだこの国の事は詳細を知らないからな…色々聞きたい」


 「とりあえず食堂行こうよぉ…」


彩はかなりの空きっ腹だ。


 「分かった」


光も彩に続いた。


 「光…」


紫音が耳打ちしてくる。


 「どうした…?」


 「彩がどうやってリリィ・アイリスを助けたのか聞かなくていいの…?」


 「今更だな…姉さんだから、という理由だけで十分さ。」


 「信用してるから…?」


 「そういう事だ。さっきはいきなりの再会で取り乱したが…紫音も姉さんは信じていいからな」


 「分かってる…」


紫音は内心、満足した。

 三人は食堂の入り口に立った。


 「人の気配がないな。誰が料理するんだ?まあ、自炊でもいいが」


 「そりゃそうよねぇ…生徒会で事件があったとあって学園、臨時休校になったし…」


 「自炊するしかないのか…」


 「そもそも臨時休校になってる事は始めて知ったがそんな事はどうでもいい。教師陣や王宮は大騒ぎになってるんじゃないのか?姉さんは行かなくていいのか?」


 「あ〜それなら、捜査が終わるまで生徒会室は一切立入禁止ならびに王宮と教師陣も捜査報告書を待ってもらうようにということで話は通してあるからいいのぉ〜まあ明日から学園自体は再開するけどねぇ…」


 「流石姉さんだな」


そう言いながら光は厨房に入る。そしてありあわせの食材で調理を始めた。


 「光って何気に自炊できるからありがたいわぁ〜」


 「屋敷お付きの料理人はいないのか…」


 「いやそれ普通いないからねぇ〜」


彩がすかさず突っ込む。


 「まあ、紫音はともかく、姉さんは料理できるくせにしないよな」


光が厨房からぼやく。


 「光の方が上手だしぃ〜」


 「全く…」


そこには普通にありそうな姉弟の会話がある。三人共親が居ないことで以前よりは人間味が回復していた。


 「できたぞ」


手早く配膳する。紫音には和食、彩には中華、自分の分は洋食とした。


 「光、どうして私が和食好きだって…?」


 「青蓮院の者は伝統的に和食だろう?それ位は予備知識だ」


 「そう…ありがとう…」


 「気にしなくていい。作って文句言われないように最善の選択をしただけだ」


 (あちゃー…光は多少は本音出てきてるけど…その本音が黒いなぁ…それを気にもしない紫音ちゃんもアレだけどさぁ…)


彩は内心、苦笑しながら自分の分に手を付けた。


 

  『ごちそうさま』


皆、食べ終わって後片付けを済ませる。


 「いやぁ…光が作ると美味しいわぁ」


 「同意…」


二人は満足気だ。


 「ならよかった」


光はあまり気に留めていない。


 「とりあえず、これからの行動指針を決めるべきだろう」


早速、光は懸案事項を持ち出す。 

 

 「そうねぇ…明日になれば皆起きてくるし…そこをどうするかなんだよねぇ…」


 「それにしても魔力回復は時間がかかる…」


紫音が指摘を上げる。

 

 「気絶しちゃったまま、身体が魔力回復に入ってるでしょ〜?食事できないから遅くなっちゃうのよぉ〜」


 「なるほど…魔力回復中はいわば電源オフにしてバッテリーに充電って感じなのか」


 「ま、そんな感じ〜」


 「確か…生徒会室の廊下に親衛隊…後はアイリス姉妹と…ステラ・ソレイユ…」


 「全く…参ったな…」


光も頭を抱える。


 「にしても…よくもまあ、あんなトラップ仕掛けたねぇ…」


彩が若干恨み目で見つめる。


 「人質救出には必ず親衛隊が出てくると踏んでたからな。後はなるべく数を減らすことを考えた。」


 「なるほどねぇ〜」


その時、


 「クシュッ…」


小さなくしゃみが聞こえた。


 「紫音ちゃん大丈夫〜?湯冷めしちゃったぁ?」


 「いや…隙間風が凄く冷たい…」


 「建付け悪いのか?この塔…」


光が考えこむ。


 「ちょっと待って〜…」


不安げな顔で彩が隣の部屋へ行く。すると…


 「あ〜…」


 「どうした姉さん?」


と言いながら見に来た所で納得した。


 「リリィちゃんが空けた大穴とか直すの忘れてたねぇ〜…」


 「完全に忘れてた…」


後から来た紫音も納得。その後、彩の魔力を用いて即刻修復された。


 「で…結局、明日からどうする…?」


改めて議題を出す。


 「とりあえずみんな寝てるから寮の自室へ運んじゃおう。」


 「なるほど…というか記憶改竄とかできないのか?」


 「理論上は可能〜…でも記憶ってあまりに複雑な相互関係があるじゃない〜?それを全てイメージできないと改竄は無理ねぇ〜…」


 「流石に無茶か…」


 「いっそ全員始末…」


紫音が呟く。

 「俺はそれでもいいが、生徒会長は残さなきゃいけないぞ?それでは結局王と会長の確執という肝心な部分だけ残る。無駄な殺しはしたくないな」


 「へ〜光も前よか真っ当な事言うじゃないのぉ〜」


 「右も左も分からない場所でバレずに死体始末するなんて面倒すぎるだけだ」


 (光…紫音ちゃん…やっぱ二人共どっかズレてるよぉ…)


彩は内心、大きく溜息つく。


 「確かに光の言う通り…」


 「全員を部屋に運ぶとして、明日皆の取り得る行動は…俺と紫音の捜索と姉さん、アイリス姉妹、ステラ・ソレイユの安否確認だろうな」


 「情報は私が流せばいいとして…光と紫音ちゃんをどうするかなんだよねぇ…」


 「何らかの攻撃を受ける可能性はあるな…かと行って外に逃げると機密が漏れる。また応戦しても王宮に即バレる。」


 「レイちゃんを助けるためには二人共がここの学生になって皆との関係を修復することねぇ…」


 「まず学籍はどうやって取ればいいんだ?」


 「生徒会長の承認を受ける・在位中の王に承認される・生徒会所属生徒の立会による試験を突破する・年一度の一般入試 の4つねぇ…」


 「会長はいつ目覚めるんだ?」


 「王族の人間は体質が特殊で回復速度にムラが出るのよねぇ…」


 「なるほど。学籍を手に入れたらどうする?」


 「私の権限で臨時生徒会役員として迎え入れる。私の認可さえあれば通常の役員と同じ権限を行使できるのよぉ〜」


 「それなら一般生徒や親衛隊でも手出し出来なくなる…」


紫音も合点がいく。


 「さらに生徒会メンバーは王宮への発言権を持つの〜これは大きいでしょう〜?」


 「そりゃそうだな。それで後は生徒会長の復活待ちになるのか」


 「そうねぇ〜レイちゃんさえ戻れば次の一手に移れるわ〜」


 「にしても…俺と紫音が生徒会長に会った時、ベレッタ向けて脅した程度で、向こうも何もして来なかったのに魔力回復させる必要あるのか?」


 「魔力は精神状態次第で増減するから有り得るわねぇ〜もし0になっているのなら…ちょっと回復かかるかもねぇ…」


 「なるほどな…なら簡単な話だ。姉さん立会で試験を行い学籍を取ればいい」


 「いやそうだけど…」


 「実施要項は?」


 「科目は魔導概論のみ」


 「制限時間は?」


 「ないわ〜この世界は時間という感覚が殆ど薄れているのよぉ〜魔法を使えば人とのコミュニケーションや社会生活で困らないからねぇ〜」


 「それだと学園の始業時間などはどうなるんだ?」

 

 「あれは魔法で最も始業に丁度いいタイミングをイメージして実行してるのぉ〜時間という概念を『すべき行動を起こすのに最も適当なタイミング』としてイメージすることで魔法へ置き換えてしまうのよ〜」


 「そんな抽象的なものがイメージできるものか…?」


 「魔法はその適用対象であるもの全てがイメージするものと相対的にかけ離れがないものを単一の具体的なイメージと定義しているのよ〜例えば「登校する最適な時間のイメージ」って言われたら何を浮かべる〜?」


彩はなるべく噛み砕いて解説する。二人の頭が優秀なのは見て分かるが、異世界の概念という事を考慮した。

 

 「俺は親が居ない時間が最適だな。今迄かなった事ないが」


 「私は母様に何も言われずに送り出された時…」


その時、彩はしまった…と思った。


 (…感性が歪んでる特殊な例しか目の前に居ないじゃないのぉおおお…)


 「じゃ…じゃあ、視点を変えてみましょう…?親や日頃の生活への不満がない者達ならどんなイメージをするかしら〜?」


 「ふむ…朝日が差す、清々しい時間…か?」

 

 「友人と待ち合わせする時間…とか…」


 「その通り〜仮に総生徒数十の学園があるとするでしょ?その十人で始業時間を決める場合、全員が『朝日が昇る時』とイメージすればそれがその学校における『始業に相応しいタイミング』という単一の具体的イメージとして定義付けされるの〜以後は『始業にふさわしいタイミング』に合わせる為に自分が起きるという事をイメージすれば個人の目覚まし時計を代替できるわけね〜」


 「なるほど…始業時間という単一で具体的なイメージによる定義が保証されるおかげで、個人はそれを起点とした各種行動も具体的にイメージしていけるわけだな…朝支度に例えば、着替え、歯磨き、洗顔、朝食、荷物の確認の四つをイメージすれば始業時間までにこれらを終わらせ得るタイミングを逆算的にイメージすれば確かに目覚ましが使えることになるな。日々の自分の行動など、明確にイメージできて当然だからな。」


 「さすが光〜そういうことよ〜でもあくまでこれはタイミング決定だけの問題なの。タイミングを決定するための材料として具体的な行動をイメージしているけど実際にその行動を起こさなくても結果は変わらないわ〜例えば朝起きた後に四つの行動をイメージしておくとするでしょ?そのうち二つのみを実行して登校しても始業時間は変わらないのよ〜」


 「なるほど…基礎は理解できた。」

 

 「私も大丈夫…」


光と紫音は飲み込みが早い。


 「これが『魔法定義付け第一法則』よ〜学校はそこの学生しか集まらないし、企業もそこの従業員しか集まらない。だからこそ、その組織でのみ通用する定義を産みだして統率を図るのよね〜」

 

 「例えば…この世界で自分しか知らない事をイメージできたとしたら、自分だけで定義を生み出せるわけだな。俺や紫音みたいな異世界人ならできそうだが」  


 「良いところに気づいたわねぇ〜第一法則だけでは不完全なのよ〜というわけで魔導概論の試験対策をしようか〜もう夜だから超突貫で教えて、朝の最初の授業までには学籍取ってもらうわよぉ〜合格は総得点9割以上という絶対評価だから気をつけてねぇ〜」


彩が不気味な目で笑う。 


 「上等だ…」

 

 「青蓮院紫音を…甘くみないで…」


元々、優秀な二人は魂に火がついたようだ。


 「おっと…その前に気絶してる奴らを全員運ぶぞ。」


 「あ…」


彩が完全にフリーズする。今夜は長くなりそうだ。

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