第2話

 ハッと気づくと、清潔感あふれる質素な部屋でソファーに仰向けになっていた。左を向くと、初老の男が心配そうに顔を眺めている。

「気づいたか? 気分は悪くないか?」

 その脇に、ストッキングに包まれた艶やかなふくらはぎの肉が見え、その脚線美に沿って目線を上げると、やがて先ほどの女性面接官の顔――そこはかとなくフェロモンを漂わせている――に行き着いた。ジャケットを脱いでおり、締まりのある下半身とは対照的な、ふくよかな肉付きのよい肢体が薄いカットソー越しに目に入る。ただし、彼女の表情は、面接の場をリードしていたときの、自信に満ちあふれたものではない。眉を寄せ、身体を縮め、いかにも申し訳なさそうだ。

「う、うう……。ここは……?」

「我が社の会議室だ。君は面接の最中に倒れたんだ。ほんの三十分ぐらい前だが」

「そうですか。申し訳ありません」

「いや、君のせいじゃない。むしろ謝らなければいけないのは我々のほうだ。困惑させるような質問をして、すまなかった」

 男は手を合わせて、深々と頭を垂れた。

「いえ、そんな」

「おい、お前も謝るんだ!」

 男に促されて、女性面接官も「本当にごめんなさい」とお辞儀をした。羊谷がソファーで横になっている関係上、カットソーの襟ぐりから、たわわな胸の谷間が自然と目に飛び込んでくる。

「いえ、気にしないでください。本当に大丈夫なんで。面接は続けますか? いや、失格ですよね。途中で気を失っちゃうなんて……」

「ちょっと待ってくれ。我々の罪滅ぼしに、君に『内定』を出したい」

「えっ?」

 思わず身体を起こす。女性面接官を見る。

「そう。あなたに『内定』を出したいの」

 同じ台詞を繰り返される。

「どういうことですか?」

「話したとおりだ。我々のせいで君は不利益を被った。そのまま失格にするのは忍びないし、私たちも罪悪感が残る。だから、代わりに君に『内定』を出したい」

「いいんですか? そんな、言っちゃあ悪いけど、適当に」

「不満か?」

「いや、そういうことでは……」

 少し目線を下げると、初老の男が着ている濃紺スーツの左胸に留まった社章が目に入った。金色に輝くそれは、本来であれば羊谷が身につけることは叶わない代物。だって、この会社は、国内外の超エリートで構成された外資系コンサルティング会社。地方の片田舎にある偏差値四十程度の無名私立大在籍の自分にとっては、太陽よりも尊い存在。だから、今回は遊びで受けてみただけなのだが……。

「どうする?」

 初老の男が返事を促す。女性面接官は黙って頷いた。「来なさい」と言っているように思える。少し目を落とす。豊満な乳房がそこにはあった。羊谷は決心する。

「行きます! お願いします!」

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