2章 15年前
[2ー1]ちゃんと守れる約束しかしないよ
まずはふたりからのプレゼントが待っていた。
アンはキレイな白い羽根のついたペンと、
ぼくはふたりにありがとうと目一杯だきついて、大切に使うことをやくそくした。
そのあと、カスタードタルトにプラムのジャムとクリームをそえたものと、リンゴの香りのするお茶が出てきた。
「お昼ごはんもおなかいっぱい食べたのに、あまいものは平気で食べられるからフシギだよね」
ぼくはしごく真面目に言った。そしたらリューがふふって笑った。何もおかしいことを言ったつもりはなかったんだけどな。
リューは自分のタルトを半分わけてくれた。おねがいしてないよってぼくが言ったら、今日は誕生日だからトクベツだよって言ってくれた。
お茶のあとはおしゃべりでもり上がった。内容は、ふたりがぼくの年くらいのときに何をしてたかという話。
リューの話がすごくおもしろくて、アンとぼくは砂糖菓子をつまみながらおなかが痛くなるくらい笑った。笑われてたリューは口ではひどいなぁと言ってたけど、やっぱりにこにこしていた。
家族そろっての会食もとっても楽しかったけれど、アンとリューが開いてくれたお茶会もとってもとっても楽しかった。
日が暮れて、夜になって、夜ごはんが運ばれてきた。
なんとなく気分が落ちこんだぼくは、しずかに料理を攻略した。アンとリューも昼間みたいにはあまりしゃべらなかった。
「今日は、ありがとう。……リュー、あのね」
部屋まで送ってもらったぼくは、リューを見上げた。リューは口のはしをちょっと上げてぼくの言葉を待ってくれている。
――こんなふうにリューに送ってもらうのも、おやすみのあいさつをするのも、これで最後なんだ。明日の夜はもういないんだ。
目のふちがじんわり熱くなって、あわてて服のそででゴシゴシこすった。ぼくは泣き虫じゃないぞ。ぜったいにちがうんだ。
「ウィル?」
「……あのね、あの……フォルトレストを出たら、次はどこに行くの……?」
「うーん、まだはっきりとは決めてないんだ。とりあえず、西の方に向かおうかな」
口の中で「にし」とつぶやく。フォルトレストの西って何があったかな。頭の中にすばやく地図をうかべてみたけど街の西がわにフォルト川が流れていることしかわからなかった。川の向こうはどうなってるんだろう。
そのときぽんと頭に手がおかれた。
「ウィル、おやすみ」
リューはいつもとおんなじにこにこ笑顔だった。何か言おうと思ったけど言葉にはならなくて、こっくりうなずいた。リューがゆっくりとびらを閉めてくれる。やさしい顔が見えなくなる直前、ぼくはぱっと手を出した。そうして細長いすきまからリューを見上げた。
「……ねぇ、ナイショで行っちゃやだよ? 行くときは教えてね。ぜったいだからね」
「わかってるよ大丈夫。また明日ね」
とびらが閉まったあともぼくにはリューの笑った顔が見えていた。
明日は早起きしよう。早起きしてぜったいに笑顔であいさつしよう。そう、心に決めた。
* *
「ウィル? 今日は随分お寝坊さんだね」
声が聞こえてきてもぞもぞと寝返りを打った。少ししてから部屋の中がさあっと明るくなった。目を開けてちょっとの間ぼーっとする。厚手のカーテンをタッセルでまとめてるアンが見えた。
「……朝?」
「もうお日さまがあんなに高いとこまできてるよ。早く顔を洗ってご飯食べておいで」
ぼくはガバッとはね起きた。きのうはなかなか寝つけなくて、それでねぼうしちゃったらしい。
ベッドから飛び出してアンの元に走った。だきつくとアンはびっくりした顔をした。
「こら、裸足。ちゃんと靴を――」
「ねぇアン! リューは!? リューまだいるよね!?」
「……そのことなんだけどね。リューの部屋には行かないでいいからね。朝のお見送りはなしになったんだよ」
「えっ、リューは今どこにいるの? もしかして……」
びっくりしすぎて息が止まった。どういうことだろう。だって夜寝るとき、リューはまた明日って言ったんだ。いつもみたいに笑って「また明日」って。あれは、ぼくを安心させるためのウソだったの? 始めからぼくが寝ている間に旅立つつもりで、でもそんなこと言えないからウソを――。
アンはぼくの手をほどいてベッドの方に歩いていった。わきにきちんとならべてあったクツを手に取ってふり返る。
「リューはさ、昨日の夜遅くに……」
「出ていっちゃったの!? なんで!? ぼく、やくそくしたのに!」
ぼくは部屋をとび出した。後ろでアンが何かさけんでたけど、多分クツのことだってわかったけど、今はそれどころじゃない。階だんを駆け下り、ろうかを必死に走った。
リューの部屋のとびらの取っ手に手をかけた。カギがかかっていてびくともしない。開けるのをあきらめたぼくは力一杯とびらをたたいた。
「リュー! ねぇ! ここ開けてよリュー! いるんでしょ!?」
とびらも取っ手もカベも、何もかもがゆらゆらぼやけて見えた。やくそくしたのに、ちゃんとおねがいしたのに、なんでだまって行っちゃうの?
たたくのをやめて、両手をぺったり当てる。とびらはすべすべしていてつめたい。
ぼくはしゃがみこんだ。悲しかった。思い切り打ちつけた手はじんじん痛んだ。
「ウィル!」
しくしく泣いていると、ろうかの向こうからアンが走ってきた。目の前にしゃがんだアンは、ぼくの顔を真正面から見つめた。
「話はちゃんと、最後まで聞く! あのね、リューは」
アンがそこまで言ったとき、部屋の中から音がした。ハッと目を向けるとカギが開く音がして、とびらが細く開けられた。中からひょこっと出てきたリューの顔。そのまま目線がゆるゆる下がっていって、すわりこんでたぼくたちを見つける。目が合ったリューはいつもの微苦笑をうかべた。
「ああ、そこか。おはようウィル。アン。……もしかしてもうお昼かな? 寝すぎだよって起こしに来てくれた?」
いた。リューがいた。
ぼくはリューにだきついた。いてくれたことにホッとしたらまた泣けてきて、声を上げてわんわん泣いた。
リューの部屋に入れてもらったぼくは無理矢理イスにすわらされた。アンはむすっとした顔でぼくの足をふきながら、「覚えてる?」としずかに口を開いた。
「――前にリューが寝込んだとき、あんたここに入り浸ってリューはおちおち休めなかったでしょ。だからあたしが鍵をかけるように言っておいたの。昨日の夜遅くにあんたのお父さんと大事なお話をしていて、あたしもリューも寝るのが朝方になっちゃったからね。なのにあんたったら話も聞かずに飛び出してくし、騒ぐし、泣くし……。これなら鍵をかけない方がまだ良かったね」
「だって……おいていかれたと思ったんだもん」
「置いていくって……。あのねウィル」
「アネッサ待って。俺が言うよ」
話しかけたアンをリューが止めた。リューはぼくの肩に手をおいて、顔をのぞきこんできた。
「ウィル、約束しただろう? 行くときは教えるって。俺は、ちゃんと守れる約束しかしないよ?」
「……だって」
「今までも約束破ったことは一度もなかったつもりなんだけどな。もうちょっと信用してくれてもいいんじゃないかなぁ」
「……うん。ごめん、なさい」
大きなため息をついたリューにぼくは素直にあやまった。すごく、悪いことしちゃったなって思ったから。
なんでねぼうしちゃったんだろう。ちゃんと起きられていたらアンの話も落ちついて聞けたし、リューにだってカッコ悪いところを見せないですんだ。もう八歳になったのに。おわかれの日まで泣いてワガママまで言っちゃって、すごくすごくはずかしい。
そのとき、ぽんと頭をなでられた。ぼくと目線を合わせたリューはナイショ話をするみたいに顔を近づけた。
「ウィル。実はね、今日出発するのやめたんだ」
落ちこんでたぼくは意味を理解するのにちょっと時間がかかった。ぱちぱちまばたきしてから「え?」って聞き返しても、リューのにこにこ顔はかわらなかった。しんじられない気持ちの方が大きくて、でも本当であってほしいという思いもあって、なんて言えばいいのかわからない。
「俺も、会いたくなっちゃったからね。ウィルの弟か妹に。旅に出るのは赤ちゃんの顔見てからにしようかなって」
「……ほんと、に?」
「本当だよ。――もうちょっと、一緒にいてもいいかい?」
にこにこ顔のリュー。守れるやくそくしかしないよって言ったリュー。
うれしい気持ちはいきなりやってきた。ぼくは思わずイスの上に立ち上がって両手を上げた。
「やったー!」
「ウィル! 危ない!」
アンがぼくに手をのばす。でもおこられたって何もこわくないや。だってリューがいっしょだもん。
アンの手から逃げるようにして、リューのむねにえーいってとびこんだ。リューはぼくごとしりもちをついたけど、ぼくはそのままぎゅうとしがみついていた。よかった。ほんとによかった。
そこで思い出した。
「お母さんのとこに行かなきゃ! リューが旅に出るのやめたよって、お母さんの言う通りになったのありがとうって言いに行かなくちゃ」
ぼくがにこにこそう言うと、アンはちょっとおこった顔で何か言いたそうだった。でも結局は何も言わなかったし、おこられることもなかったんだけどね。リューがにこにこ言ったからかもしれない。
「まずはちゃんと着替えて、顔を洗ってからだよウィル」
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