[2ー2]ふたりは結婚しないの?

 次の日、リューの荷物をみんなでほどいた。めずらしくって面白そうなものが山のように出てきた。懐中時計に小型のナイフ、ぼくには使い方がわからないいろんな魔術道具。見たことない物がいっぱいで思わず手をのばしたらアンにぺしっとたたかれた。


「オモチャじゃないよ」

「そんなのわかってるよ」


 ほおをふくらませて文句を言う。でもリューは「触っていいんだよ」って笑ってくれた。それでぼくは好きな物を好きなだけさわることができた。

 一冊の小さな本が目にとまった。そうっと開くとそれは世界のいろんなことが書かれたガイドブックだった。三つある大陸の風土や街の特色――行ったことのない国の行ったことのない街のこともあれば、ぼくの住むこのフォルトレストの街のことものっていた。


「ああ、ガイドブックそれか。面白いかい?」

「……フォルトレストのことはちょっとしかのってないんだね」

「ここの大陸にわたる前に買った本だからね、内容に偏りがあるかもしれないね」

「フォルトレストだったらぼくいっぱい知ってるよ。空いてる場所に書いてもいい?」


 リューはにこにこ笑って「どうぞ」と言ってくれた。ぼくははりきってテーブルについた。

 まずはかんたんな地図を描くことにする。このウィンザールのお家とフォルト川の間にフォルトレストの街がある。お家と川を結ぶようにまっすぐに引いた線が大通り。そのちょうど真ん中あたりにあるのが〝時の塔〟だ。人々に時を知らせる塔。

 ――この本おかしいんだよ。フォルトレストって言ったら真っ先にふたつの塔のことを習うのに、本にはふたつどころか塔の「と」の字もなかったんだ。〝川のそばの街〟ってだけじゃなんの説明にもならないのに。


「上手だね」


 気づいたらとなりにリューがいた。


「前にいっしょに行ったでしょ。だからだよ。すごーく楽しかったから全部覚えてるもん」

「時の塔か。また行こうねって約束したのに行けてないね、ごめんね」

「じゃあ明日行こうよ! 今度は始めからアンもいっしょに行くの。ねっいいでしょアン?」


 ちょっとはなれたところにいたアンをふり返る。名案だと思ったのに、目が合ったとたんに「だめ」って声が飛んできた。思いっきりくちびるをとがらせて不満の声を上げたら、頭の上にぽんと手が置かれた。


「その本、ウィルにあげようか」


 ぼくは目をまん丸に見開いた。しんじられなかった。何度も「ほんと!?」って聞いていたらリューに「疑り深いなあ」って笑われた。


「ウィルなら大事にしてくれそうだからさ」

「だけどガイドブックは旅をしてるときに見るものでしょ。リューも旅に出たらまた見るよね。ほら、街の地図ものってるし、いっぱい調べ物も書いてあるよ」


 ぼくは余白にびっしり書かれたメモ書きを指した。


「字の練習みたいなものだよ。フォルトレストここに来てから、あの街ではあんなことがあったなぁって思い出しながら書いたんだ。載ってる街はほとんど行ったし、今度行くときはまた新しい本を買うから気にしなくていいよ」


 リューはいつものにこにこ顔だった。やったぁってさけんだらリューが「他にも欲しい物があればどうぞ」って言ってくれた。だからぼくはすぐ懐中時計に手をのばした。ちょっとだけ暗い金色に光っててすごくカッコいいなって思ってたんだ。

 でもそっちはお願いをする前にアンに取り上げられた。それから「調子に乗らない」っておこられた。




 リューといっしょにいられる時間がのびたのと同時に、ぼくの世界には〝笑顔のお母さん〟がふえた。赤ちゃんが生まれるときはいっしょにいたいってお願いしたら、今度はいいことになった。ぼくにできるお手伝いって何があるかな。ちょっとでもお母さんの力になれたらいいな。

 前のときは寝てばっかりだったお母さんは、今回はちゃんとご飯も食べられてることを教えてくれた。お天気の日にはいっしょにお散歩をして、お母さんの大好きなお庭でキレイなお花を見たり、お歌を歌ったりした。


「あら、今、赤ちゃんが蹴ってるわ」


 え、ってふり向いたぼくに、お母さんはにっこり笑った。つかんだぼくの手をおなかに当ててくれる。それで手の平にものすごく集中して赤ちゃんの動きを感じようとしたけど、なんだかよくわかんなかった。

 ちらっとお母さんを見上げると目があった。ぼくの顔をのぞきこむみたいにしてぼくの言葉を待っている。どうしよう、なんて言ったらいいんだろう。

 おこられるのはこわかったけど、ウソがばれて悲しい気持ちにさせるのはもっとイヤだった。だから正直に「わかんない」って言った。言ってから、やっぱりこの言葉も悲しくなるかもって思った。けど、お母さんはクスクス笑ってたからホッとした。




 ぼくがお母さんと会ってる間、アンとリューはふたりでいることが多いみたいだった。

 たまに芝生の庭の方から回ってリューの部屋をこっそりのぞいてみた。そしたら何してたと思う? 丸テーブルのところで向かい合って両手をつないでたんだ。アンがリューの首をさわったり、おなかをさわったり、反対にリューがアンのほっぺたをさわってるときもあった。そのままだき合っちゃったりして、なんて思うとすごくドキドキした。なんだか見ちゃいけないものを見てるような、だけど気になって見ちゃうみたいな。

 でもなんにも起こらなかった。

 ふたりとも真面目な顔をしてお話したり、アンは手帳に何か書いたりしていた。





  * *





「ふたりは結婚しないの?」


 ある日の昼下がり、ぼくはお茶に出されたマフィンをかじって聞いた。アンが飲みかけたお茶をいきおいよくふき出してむせた。


「なっ何言い出すのあんたは!?」

「だってアンもリューも、両思いでしょ? 前に手つないでるとこ見ちゃったもん」


 ぼくは首をかしげた。イスから下りてリューのところに行って、庭からのぞいたときみたいに両手をつなぐ。「こんなふうにねー」って言ったらアンは真っ赤になって「違う!」っておこった。手元にあった手帳をまるで免罪符めんざいふでもあるかのようにぼくにかかげた。


「リューには色々教えてもらってるの! あんたも勉強見てもらうことあるでしょ!?」

「でもそれ、中は真っ白だったよ?」

「簡単には見られないようになってるからね。……ウィル、あんた勝手に見たね?」


 アンがガタンと立ち上がった。あ、まずい。あの目はすごくおこってるだ。


「人のものを勝手に見ていいなんてあたしは教えてないよ! 待ちなさい!」

「だから見てないって! 真っ白だったもん」

「そういう問題じゃない!」


 のびてきた手をひらりとかわした。つかまってたまるもんか。追いかけてくるアンから笑顔で逃げ回り、ぼくはリューの背中にかくれた。


「ねぇ、リューもアンのことが好きだよね? そうなんでしょ?」


 やさしい顔をのぞきこむように見上げる。リューはちょっと考えたあと、うんってうなずいた。


「そうだね、好きだよ」

「ほら! やっぱり両思いなんだ。両思いって結婚するんじゃないの?」




「ウィルトール!!」




 アンのカミナリが落ちた。思わず首をすくめたぼくの頭の上から、リューの不思議そうな声がふってきた。


「ウィルは、俺たちに結婚してほしいの?」

「うん!」

「そっか」


 リューはおかしそうにクスクス笑った。ぼくもえへへって笑い返した。

 アンは赤い顔のまま口をぱくぱくさせてたけど、しばらくしてとびらの方に足を向けた。


「ちょっと出てくる」

「えっどこ行くの? もしかして、アンは結婚するのイヤなの? でもお母さんは『両思いで結婚したら幸せ』って言ってたよ。だからぼく、アンはリューと結婚したらいいのになって思って……。ねえ、おこってる?」

「怒ってない!」


 パッとふり向いたアンの顔はすごく赤かった。


「……リューに頼まれたもの買ってくるの。おつかい。元々、今日は街に行こうと思ってたんだから」


 そうしてアンは部屋を出ていった。とびらの開けしめは静かにっていつも言うアンが大きな音を立てていくのはめずらしくて、変な感じで、ぼくはもぞもぞした気分でリューにふり返った。


「アン、なんか変だったよね。ぜったいおこってる顔だったのに、おこってないって……ねぇぼく悪いこと言っちゃった?」

「うーん、そうだなぁ。良いか悪いかという話じゃなくてね……アンは照れ屋だからさ」


 リューはあごに手をやって苦笑していた。

 アンが照れ屋? そうなのかな?




 ぼくは自分のイスにもどってお茶をひと口飲んだ。


「アンはぜったいリューを好きだと思うんだけどな。だってリューはされてないでしょ?」

「……背負い投げ?」

「え? うん、せおいなげ。アンの得意ワザだよ、知らない?」


 きょとんとたずねるとリューはビックリした顔になって、ゆっくり首を横にふった。ぼくはパチンと手を鳴らした。


「ほら! やっぱりアンはリューのこと好きなんだよ! だってファル兄さんが言ってたもん。なんかねぇ、アン、今まで三回お見合いしたんだって。でも相手の人が気に入らなくって、みんなせおいなげしちゃったんだって」

「投げたの!?」

「うん。それでお見合いの話はこなくなっちゃったんだって。でもリューがいるからもう関係ないよね」

「うーん、それはどうだろうなぁ。まあ、俺も背負い投げされないように気をつけないといけないね」


 リューなら大丈夫だよと笑ってぼくはマフィンに手をのばす。ふんわりただようバターとバニラのにおいをすいこんで、そういえばと思い出した。


「最近アンからお花みたいないいにおいがするでしょ? 髪の毛もね、すごく時間かけて結ってるの。お母さんに話したらねぇ、『アンはしてるのよ』って言ってたよ。ねぇリューは知ってた? あのね、コイってね、大好きって思うことなんだって。お母さんもお父さんにコイしててね、結婚する前から大好きで、結婚したらもっと好きになったって……」


 言ってるうちになんとなくむずむずしてきて、持っていたマフィンを大急ぎで口の中に入れた。口を動かしながら目だけでちらっとのぞき見ると、リューは笑顔のまま少し首をかしげて何か考えてるみたいだった。どうしたのかなって思っていたら、『アンの前でお見合いの話を出さないこと』と『アンのことで気になったことは直接アンに聞くこと、お母さんには話さないこと』を約束させられた。なんでもこれは、らしい。

 なんでぼくがせおいなげされるのかな? ぼくはアンとお見合いしないのに。




「あのね、さっきの話ね」


 ぼくは指にのこった砂糖をぬぐいながらふり返った。


「アンとリューが結婚したらいいのになーっていうのは本当なんだよ。そうしたらリューはずっとここにいるでしょ? 子どもが生まれたらぜったいカワイイと思うし。ぼく、一生懸命お世話してあげるんだ!」


 満面の笑みでそう言うと、リューはこまったように微笑んだ。


「ありがとうウィル。だけど俺はね、子どもを持つ気はないんだよ。……持てないと思う、多分」

「えっ!? なんで!?」


 飛び上がりそうなくらいビックリした。リューは何かに迷ってる感じだった。

 ここにおいでと手招きされて、ぼくはリューのそばに行った。リューはぼくをだき上げて、ひざの上に乗せてくれた。

 銀色の長い前髪のすきまからやさしい目がぼくを見ている。最近は目が悪くなってぼんやりとしか見えてないって言ってた、リューのキレイなうすむらさき色の目。


「話しておきたいことがあるんだ。言うかどうしようかだいぶ迷ったけど、やっぱり今がいい機会だと思うから。――ウィルは、雪花人せっかびとって聞いたことある?」

「セッカビト?」


 初めて聞く言葉にぱちぱちとまばたきする。首を横にふるとリューはちょっと笑って、ぼくの手の甲に自分の手を重ねた。そうして話してくれたのはそのときのぼくには想像もしなかった話だった。




 雪花人というのは不思議な力を持った人たちのこと。

 例えば精霊が見えるのもそのひとつ。この世界には実はいろんな精霊がたくさんいて、みんなそれぞれに好きな場所で自由に住んでるんだって。普通の人には見えないその精霊を雪花人は見ることができるし、話をすることもできる。

 そして一番のちがいは不思議なワザが使えること。


「俺が会った人の中にはね、宝石の場所がわかる人もいたよ。石の方が呼ぶんだって言ってた」

「うわぁすごいね! 宝石取り放題だね、いいなぁ」

「うん、すごいよね。でもね、不思議の力には限りがある。命を削って力に変えるからね、使えば使うほど肌も髪の毛も身体中が真っ白になって、そうなるとあとは死ぬだけ」


 ぼくの息が止まる。重なっていたリューの手がぎゅっとにぎられて、思わず目線が下がった。ぼくの手とくらべれば一目瞭然の青白さ。前からこんなに白かったっけ。いつからこんな……、初めてここに来たときは――。


「春の陽射しにほどけて消えていく雪のように儚い雪花人ってね。……まあ自分のことを儚いって言うのも結構照れ臭いんだけどさ。俺がそうなんだよ」


 ぱっと顔を上げると目が合った。両目をかくすように長くのばした前髪がサラサラゆれていた。月の光をつむいだような、細くてあわい銀色の髪。


「……リュー、は、」


 そのあとは声にならなかった。目が熱いと思ってたらリューにほっぺたをぬぐわれて、それで泣いてることに気づいた。しがみついてリューのむねに顔を押しつける。リューは頭と背中をなでてくれた。だけど涙は全然止まらない。


「俺はさ。俺の力で幸せになる人がひとりでもいるなら、喜んでくれるのなら、それでいいんだ」

「でも! か、髪とかもう、元にもどらないの!? ねえ、だいじょうぶだよね? リューは、死なないよね? あっお医者さんにみてもらったら治るでしょ!?」


 必死にたずねた。たずねながら、頭のどこかで答えはわかってた。

 だって、リューは根っからの医者ギライだもん。お医者さんにみてもらうつもりは、きっと、ない。

 リューはただ笑って、だいじょうぶと言った。


「人は生まれてきたらいずれ死ぬものだよ。それに、今日明日でいきなりどうにかなるってわけではないし」

「でも……」

「俺は嘘ついたことないって言っただろう? ちょっとは信用してほしいなぁ」

「……アンは? アンも知ってるの?」


 不安いっぱいのぼくに、リューはずっとにこにこ笑っていた。


「俺のためにいろいろしてくれてるよ。アンがいるから大丈夫」





  * *





 リューの部屋を出たぼくはとぼとぼ歩いていた。エントランスに来るとなんとなくとびらを開けて顔を出した。外にはだれもいないし、だれかが来そうな感じもない。

 しばらくながめてから静かにとびらをしめ、くるりと反転したぼくはそのままとびらにもたれてみた。ホールも階だんの上も今歩いてきたばかりのろうかにも人のすがたはなくてしんとしていた。


 ――お母さんに会いにいこうかな。


 決めてしまうと速かった。階だんを駆け上がってお母さんの部屋に向かう。でもお母さんはいなかった。いそうなところを次から次にめぐってみるけどどこにもいなくて、ふと、まどの外に目をやった。日ざしは明るく、気持ちのよい水色の空が広がっている。

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