第3話 東京都西東京市。豚バラと白菜のミルフィーユ鍋、発泡酒と焼酎のお湯割り。
「うわぁ!」
宅配ボックスを開けた赤来十和は叫んだ。
「また、白菜が!」
ある冬の、週末の夜、のことだった。
十和をはスマホを取り出して心当たりに連絡を入れる。
『久美、今どこにいる?』
渡来久美からのレスは画面にすぐ、表示された。
『寮まであと五分くらい』
『ヒール折れた』
『親切な人が肩、貸してくれている』
単文のメッセージが、立て続けに表される。
『実家からまた白菜爆撃』
『消化、手伝ってくれうると嬉しい』
十和は素早くフリック入力する。
『ok』
今度の久美からの返信は、ひとことだった。
少し考えてから、十和は、
『豚コマ、買ってきてくれると嬉しい』
とメッセージを追加した。
『どれくらい?』
久美から、すぐに返信が来る。
『いっぱい』
『多ければ多いほど、いい』
なにしろ、十和の実家から送られてきた白菜は四玉もある。
独身女性がこれだけの白菜をすぐに消化できるものかどうか、農家をしている実家はどうもうまく判断できないらしかった。
久美は十和と同じ不動産会社の同僚であり、ともにその会社が提供している寮を利用しているお隣さんでもあった。
この寮に入ると住宅手当などの面でかなり優遇されるので、同じ会社に勤める若い独身社員はたいていこの寮に入っている。
営業と事務と、別の業務をしている関係で仕事中の接触はあまりないのだが、同性で年齢が近いこともあり、隣人としては普通に親しくしていた。
十和は四玉もの白菜を両手に抱えて、宅配ボックスから四階にある自宅までもどうにか一人で運ぶ。
これまでにも似たような目にあってきたため、一度でこれほどの大荷物を運ぶ、なんて芸当にすっかり慣れてしまった。
こんなときに廊下やエレベーターなどで同じマンションに住んでいる住人たちとすれ違うと、非常に気まずい思いを味わうわけだが。
週末の夜中に、四玉もの白菜を抱えているアラフォーの独身女性というは、端から見るとどう思える存在なのだろうか?
幸いなことに、この夜は誰にも遭遇することなく四階にある自宅まで帰ることができた。
取りあえず、部屋着に着替え、白菜の下拵えをしているとチャイムが鳴る。
出てみると、寮の近くにある遅くまで開店しているスーパーのロゴが入ったビニール袋を持った久美と、それに見知らぬニット帽をかぶった外人さんがいた。
「ばんわー」
「ばんわー」
久美がいつもの挨拶をしてきたので、十和も反射的に挨拶を返す。
「お肉、買ってきたよー!」
「ありがとー。
で、ヒールを折れたって?」
「そう、ぽっきりと」
これみてよ、と久美は左足の靴を脱いで根本から折れているヒールを見せる。
「ああ、こりゃひどいね」
「まあ、家までそんなに距離がない場所でだったからよかったけど」
久美はそういった。
「で、たまたま通りかかったこの人が肩を貸してくれてね。
ええと、お名前、なんていったっけ?」
「タスッタといいます」
その外人さんは名乗った。
「本当はもっと長くて複雑な名前なのですが、ニホンの方には発音しにくいようで。
タスッタで、通してます」
「で、白菜爆撃もあるしさ、人数いた方が消費も進むでしょう。
この人も招いちゃってていいかな?
お肉は、こちら持ちでいいから」
「うん。
それは、構わないけど」
十和は、戸惑いながらも反射的に頷く。
「でもまあ、まずは中に入ってよ」
「あ、わたし、ちょっと着替えてくるねー」
久美はそういって外に出て行った。
あとには、タスッタさんとかいう外人さんが残されている。
外人さん。
おそらくは白人だとは思うのだが、どこの国の人かまでは十和には推測できない。
でも、表情とか物腰を見る限り、穏和そうな雰囲気の人ではあった。
まあ、家に入れても大事はないだろう、と、十和は思う。
同じ女性同士だし、取られても困るような貴重品はこの部屋には置いていないし。
「タスッタさん、といいましたっけ?
まあ、お入りください」
穏和なほほえみを浮かべながら玄関先で立ったままでいたタスッタさんを、十和は招き入れた。
「はい」
タスッタさんは、やけに流暢な日本語でそういって、ちゃんと靴を脱いだ。
「それでは、お邪魔いたします」
言葉にもかなり慣れているようだし、案外この子、日本での生活は長いのかな?
とか、十和は思う。
そして、ずいぶんと美人さんだな、とも思った。
白人だから、なのか、まず肌が抜けるように白い。
身長は十和さんとあまり変わらないくらいだが、体つきは遙かに細身で華奢に見えた。
ニット帽の端からこぼれている頭髪は白に近い光沢をもっており、そうかこういうのがプラチナブロンドというのかと思わず納得をしてしまう。
全体に色素が薄い印象があるのだが、かといって不健康そうな白さでもない。
頬などは実に健康そうな血色に輝いている。
単純に造作が整っているというだけではなく、生命力が内側から輝くような、生物として健康的な魅力を持っていた。
これは、コスメとかで表面を取り繕うだけでは得られない、生来の魅力だな、と、十和さんは思う。
お洒落にはあまり関心がないタイプらしく、着ているものは上から下までだいたい量販店の安物ばかりだったが、スタイルがいいせいかそれがしっくりと似合っている。
しかし、この子。
いったい何歳なんだろうかとも思ったが。
落ち着いた態度から見ても、流石に十代ではないだろうとは思うのだが、では具体的に何歳くらいなのかというとこれがうまく特定できない。
肌の張りなどを見るとせいぜい二十代くらいに思えるのだが、表情や態度などを見るとみるとそれよりもかなり年上のようにも思える。
なんというか、外見的から予想できる年齢と中身との間に、ずいぶんと落差があるような。
そんな気がした。
「なにかお手伝いをしますか?」
ぼうっと考え事をしていると、タスッタさんがそんな風に聞いてくる。
単身者むけ一LDKの物件であるから、玄関に入ったらすぐに白菜をバラしている現場になる。
なにか料理を作っている最中であるのは一目瞭然だったから、そういわれるのは無理のないところだった。
「ああ、うん」
十和はのんやりと頷く。
「それでは、むしった白菜の葉を洗っておいて」
「はい」
タスッタさんは素直に頷いて、はみ出さんばかりに白菜の葉が山積みされていたボールを抱える。
「これを、水洗いすればいいんですね?」
「そう、お願い」
いいながら、十和はシンクの下にある収納スペースから土鍋とまな板を取り出す。
「洗い終わった白菜は、こっちに渡して」
次に久美が買ってきた豚バラ肉のパックを取り出した。
「こういう風にね」
十和は、タスッタさんに説明する。
「白菜とお肉を、交互に重ねるわけですよ」
「はい」
タスッタさんは神妙な顔で説明を聞いている。
「交互に重ねるわけですね」
「そして、交互に重ねたものを、一口大にざく切りにして」
いいながら、十和さんは実演してみせた。
「それを、この土鍋の中にこれでもか! と思えるほどギュウギュウ詰めにするわけです」
「はい。
ギュギュウ詰めですね」
「で、お鍋が一杯になったら、ばっと適当に料理酒をかけて蓋をして、弱火にかける。
これであとは煮えるのを待つだけです」
「これだけなんですが?
味つけとかは?」
「さっきの料理酒だけでも十分かな?
濃い味が好きな人は、煮えてから好きな調味料をかければいいし。
それであとは……」
「あとは?」
「残った白菜とお肉を重ねたものを、タッパーに詰めます。
これは、おかわり兼備蓄兼お裾分け分」
「はあ」
「ばんわー」
そんなやりとりをしていると、一時自宅に戻って着替えていた久美が入ってきた。
「なに、もう準備終わったの?」
「うん。
もう、お鍋、火にかけているところ」
十和はそういってテーブルの上のカセットコンロと土鍋を指さす。
「あとでこのタッパーを持って帰って」
「ああ、はいはい」
久美は、慣れた感じで頷く。
「では、煮えるのを待つ間に」
「お酒でも飲んでましょう」
そういって、十和は冷蔵庫の中から発泡酒、それに鍋が煮えるまでのあてに冷蔵庫の中にあった6pチーズを取り出す。
「タスッタさんも、お酒はいけますよね?」
「はい」
タスッタさんは、頷く。
「どこにも行きませんが、お酒は飲めます」
「とはいっても、こんなものしかありませんでしたが」
そういって十和は、久美とタスッタさんに発泡酒の缶を手渡す。
「グラス、出す?」
「いいでしょう、このままでも」
久美はそういって発泡酒のプルトップをあけた。
「テーブル、狭いし」
「そうですね」
タスッタさんも、久美の手元を見ながら発泡酒のプルトップをあける。
「この容器、こうして開けて飲むものだったんですね」
「え?」
思わず、十和はタスッタさんの顔をまじまじとみつめた。
「缶の飲み物、はじめてなんですか?」
「見るのだけなら何度も見ていますが、自分の手で開けたのはこれがはじめてです」
タスッタさんは真面目な表情でいう。
「わたしの国には、缶そのものがありませんでしたもので」
「そういや、自販機とかも外国にはほとんどないんだってね」
久美は脳天気な口調でそういった。
「タスッタさん、どこの国の人?」
「国の名前をいっても皆さんはご存じないかと思います」
タスッタさんは、はやり真面目な表情で答える。
「とても、とても遠い国です」
「なんか、顔的にみて北欧かそっち方面って感じだよね」
十和はいった。
「北欧か、ロシアのどこかみたいな」
「ああ、そんな感じかも」
久美も十和の意見に頷く。
「そうですね」
タスッタさんも、やはり真面目な表情で頷く。
「そちらの方面かも知れません」
「まあ、いいや」
久美がそんなことをいい出した。
「とりあえず、乾杯しよう」
「乾杯?」
タスッタさんが首を傾げる。
「タスッタさんの国にはそういう習慣がないのか。
ほれ、こうやるの」
そういって、久美はタスッタさんが持っている発泡酒に自分の発泡酒缶を軽くぶつける。
「かんぱーい!」
久美は続けて十和の缶にも自分の缶をぶつける。
「ああ!
あれですか!」
不意に、タスッタさんが少し大きな声を出す。
「噂には聞いていましたが、本当にそういう習慣があるのですね!」
どうやら、知識としては乾杯のことを知っていたらしい。
「そう、それそれ」
久美はタスッタさんのいうことに調子を合わせる。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
タスッタさんも、その動きにあわせて缶を動かした。
……こいつ、早く酒が飲みたいから適当に合わせているな。
十和子は久美子のそうした様子を生暖かい目で眺めている。
小さな部屋の中で、カセットコンロと土鍋を置いたらほとんどのスペースが占有されてしまうような小さなテーブルを女三人で囲んでの酒盛りであった。
「お二人は、どんなお仕事をなさっているのですか?」
タスッタさんが、そんなことを訊いてくる。
「不動産業、って言葉わかるかな?
家とかマンションとかを売買したり、借り貸ししたりするのの仲介をするお仕事」
久美が即答する。
「こっちの久美が営業で、わたしが事務、と」
十和がそれに補足した。
「小さな会社だから、人手が足りないときは何でもやらされるんだけど。
でも、基本的にはそういう仕事」
「ああ、なるほど」
タスッタさんはそういって頷く。
「不動産の方ですか」
「タスッタさんはどこに住んでいるんですか?」
今度は逆に、十和が訊いてみた。
「あっちこっち、ですね」
タスッタさんは、恬然と答える。
「今は。
住所不定です」
「ああ、旅暮らしなのか」
久美はいった。
「その割には、荷物を持っていないようだけど」
「荷物は、いつも預けています」
タスッタさんはいう。
「必要なときに、必要な分だけ取りに行きます」
「日本へは観光で?」
十和はさらに問いを重ねた。
「ええ、まあ」
タスッタさんは曖昧に頷く。
「それもかねて。
あと、ニホンのことをいろいろと学びに来ました」
「留学生?」
今度は、久美が質問する。
「留学生、違います」
タスッタさんは短く答える。
「わたし、特定の学校、通っていません」
「ふーん」
久美は適当に相槌をうった。
「もう日本は長いんですか?」
十和が問いかける。
「ずいぶん言葉がお上手ですが」
「上手ですか、わたし」
タスッタさんは首を傾げる。
「国でかなり練習してはきましたが。
実際にニホンに来たのは、これがはじめてです」
あれ?
こちらの意図するところがうまく伝わらないのかな、と十和は心の中で首をひねる。
「それよりも、さ」
久美がいった。
「お鍋の方、もうそろそろ煮えてきてないかな?」
「まだでしょ」
十和が、その意見を一蹴する。
「いつも、これ二本目を飲み干したあたりがちょうど食べ頃じゃない」
そういって十和は発泡酒の缶を振った。
「そうか、そうか」
久美はそういって持っていた缶の中身を飲み干し、冷蔵庫までいって次の缶を持ってきた。
「他に、おかわりいる人いる?」
「こっちにも頂戴」
十和が缶の中に残っていた液体を飲み干して片手をあげる。
「タスッタさんは?」
「いただきます」
タスッタさんも同じように缶の中身を飲み干して、そういった。
「では、計三本っすね」
そういって久美は、よく冷えた缶を三本持ってくる。
「はいはい、どうぞどうぞ」
「最近の発泡酒は本当にうまくなったよね」
「うん。
もはやビールとあまり変わらない」
「種類によっては、ちょっと後味とかに違和感があるものもあるけどねー」
「でも、出はじめの頃よりはずっとよくなっている」
「うんうん」
タスッタさんを置き去りにして、女二人はそんなことをいいあった。
タスッタさんはといえば、そんなやり取りを神妙な顔で聞きながら発泡酒をちびちびと口にしている。
「もうそろそろ煮えてきたかな?」
「いや、まだでしょう」
十和はそろそろぐつぐつといいはじめた土鍋にちらりと視線を走らせながら久美に答える。
「もうちょい待たなけりゃ、白菜からいい汁が出ない」
「えー。
もう二本目いちゃったよー」
「もう缶はないよ。
どうしても欲しけりゃ外で買ってきな」
「買っては来ないけど、うちから持ってくるー」
拗ねたような口調でそういって、久美が立ちあがった。
「ワインと焼酎があるけど、どっちがいい?」
「白菜のお鍋にワインは合わないでしょう」
十和がいった。
「焼酎でいいよ、焼酎で」
「じゃあ、焼酎持ってくる」
久美が部屋から出ていく。
「お湯沸かしておいて」
「はいはい」
十和も立ちあがり、シンクに立って電気ケトルに水をいれはじめた。
「まあ、寒い夜にはやはり暖かいものを飲みたいよねー」
とかいいつつ、十和は電気ケトルのコンセントを入れる。
それからタスッタさんの方に顔をむけて、
「タスッタさん。
ちゃんと飲んでる?」
と訊ねた。
「はい」
タスッタさんはきまじめな表情で返事をする。
「ニホンのお酒、おいしいです」
「そーか、そーか」
十和は適当に頷く。
「そりゃよかった」
「持ってきたよー」
久美が焼酎の立派な瓶を抱えて室内に入ってきた。
「お湯割りいこう、お湯割り。
あったまるよー」
「部屋、寒い?」
十和がタスッタさんに訊ねる。
「いえ、暖かいです」
タスッタさんは目を細めて即答した。
「だんぼー、便利ですねえ」
「器ちょうだい、器」
テーブルについた久美が、早速十和に催促する。
「湯飲みでもなんでもいいから」
「はいはい」
十和がまた席を立って、すぐに湯飲みをみっつ、持ってきた。
「これでいいでしょう」
「十分、十分」
久美はそのうちのひとつを自分の前に置き、その半分くらいまで、瓶の中から焼酎をそそぎ込む。
「これ、生のままでも十分においしい焼酎だからねー。
あんまり薄めるのももったいない」
「なに、それ?」
十和が訊ねる。
「麦? 蕎麦?」
「お芋お芋。
九州の方にある蔵元の」
答えながら、久美は傍らにあった電気ケトルを取って湯飲みの中にお湯をそそぎ込んだ。
「ん。
香りが」
「あ」
タスッタさんも、目を見開く。
「今、来ましたね。
ふわっと」
「そうでしょ、そうでしょ」
久美はそういって相好を崩した。
「この香りがいいんだなあ」
そういいながら、久美は自分の湯飲みに口をつける。
「んー。
暖まるぅ」
「わたしも頂こう」
十和もそういうと、いそいそと自分の分の湯飲みを取り出して、お湯割りを作り出す。
そして、ひとくち口をつけて、
「あっ」
といって、そのまましばらく絶句した。
「いいねえ、これは。
意外に高いものじゃない?」
「いや、それほどでもないよ。
値段は」
久美はあっさりとした口調で返答した。
「この瓶で二千円いかないし」
「そりゃあ、いい買い物をしたねえ」
そういって、十和はまたひとくち、湯飲みに口をつける。
「うん。
いいじゃないか、これ。
タスッタさん、飲まない?」
「いえ、まだこちらが残っておりますので」
タスッタさんはそういって握っていた発泡酒の缶を示した。
「こちらを飲み終えたら、そちらも試してみたいと思います」
「飲みペースは人それぞれなんだから、せっつかないせっつかない」
久美は十和に顔をむけてそういった。
「お鍋、そろそろじゃない?」
「そろそろかな?」
十和が土鍋の蓋を開けると、わっと蒸気があがる。
「ん。
そろそろ頃合いのようですな」
そういって十和は立ちあがり、すぐに取り皿と箸を持って戻ってきた。
「ちょっと待ってね。
ポン酢も持ってくる」
「ポン酢かあ」
久美はいった。
「ポン酢も悪くないけど、ドレッシングとかない?
できればゴマとかの」
「あるけど」
十和は訝しがる表情になった。
「お鍋にゴマのドレッシング?」
「嘘だと思って試してみなって。
これが結構いけるんだから」
久美はいった。
「特に今回のように、お野菜が多いお鍋には最適!」
「まあ、あるから持ってくるけどね」
十和は冷蔵庫の中からポン酢とゴマのドレッシングの瓶を出してくる。
「まずはじめは、オーソドックスなポン酢から行くわ、わたしは」
「おーけーおーけー」
頷きながら、久美は箸と小鉢を手に取る。
「どれ、わたしもまずはポン酢からいきますかね」
十和と久美は自分の分の小鉢にポン酢を入れた。
タスッタさんも、それに倣う。
「さて、いただきます」
「いただきます」
「イタダキマス」
三人それぞれに唱和して、十和と久美が鍋の中に箸を入れ、白菜と豚コマを交互に挟んだ物体を取り出してた。
タスッタさんも、それを真似る。
十和と久美は一度小鉢に移したものを箸で自分の口の中に運ぶ。
「あつっ」
「でも、うま」
「うん。
お肉と白菜の旨みが染み込みあって」
「まさにはふはふだね、これは」
「ああ、暖まるっー」
十和と久美は、そんなことをいい合った。
「これは」
タスッタさんも、一口その鍋を口に入れて絶句した。
熱い。
まずは、口の中に暑さを感じる。
そして次に、白菜から染み出た汁が口の中に広がる。
肉の旨みと白菜の旨みが混合した汁だった。
咀嚼して冷ましてから嚥下すると、食道を熱源が降下していく様子がわかる。
口の中だけではなく、この暖かさも含めてご馳走だ、と、タスッタさんは思った。
「おいしいです」
タスッタさんは、そう感想を述べた。
本心からの言葉だった。
自分の額に汗が吹きだしてくるのを感じ他ので、慌ててハンカチを取り出して額を拭う。
「やっぱり、寒い日はお鍋がいいよねー」
「そうそう。
それと、お湯割りねー」
「タスッタさんも、遠慮せずにどんどん食べてってね。
白菜が余ってて、仕方がないんだから」
「はい。
いただきます」
タスッタさんはそういって発泡酒の最後のひとくち分を飲み干す。
「あの、お湯割りというものをいただけますか?」
「ああ、はいはい」
久美がすぐに反応し、タスッタさんの分のお湯割りを作った。
「ちょっと癖があるから、はじめてだときついかも知れない。
駄目だったら無理をしないで残してね」
タスッタさんは差し出された湯飲みを受け取り、まずは香りを確認してみた。
特徴のあるアルコール臭が鼻孔をくすぐる。
ん。
と、タスッタさんは思う。
これは、蒸留酒ですか。
確かに癖があるのかも。
そんなことを考えつつ、タスッタさんは湯飲みの中身を軽く啜ってみた。
あ。
癖、というか、風味は確かにきついかも知れない。
あらかじめ注意されていなかったら、せき込むくらいはしたかな。
でも、口の中に含んで鼻の方に抜けていく香りを楽しんでみると、実にいい具合だ。
うん。
これは、いいお酒ななのかも知れませんね。
とか思いつつ、タスッタさんはお湯割りを嚥下する。
胃のあたりがまたかっと熱くなり、体温もいくらかあがった気がした。
「え?
嘘」
お湯割りを楽しんでいるタスッタさんをよそに、十和と久美はそんなやり取りをしている。
「合うじゃん、ゴマドレッシング!」
「でしょう?」
十和が驚きの声をあげて、久美がそれに応じていた。
「ドレッシングもポン酢も、どちらもお酢を使っているからさ。
それでこの間試しに使ってみたら、これが結構いけたのよ」
「このお鍋、旨みはあるけど味はあんまりないから、ゴマの濃い風味がついてちょうどいいかも知れない」
「あっさり味にしたい場合はポン酢、濃い味にしたいときはゴマドレでいいでしょう」
「うん。
交互にいくといくらでも食べられる気がする」
そんなやり取りを聞いていたタスッタさんは、
「そうなのか」
と思い、早速試してみる気になった。
女三人の冬の夜はこうして更けていく。
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