第15話 ハンズ シェイク ハンズ!
1.
<< Shake Hands! >>
……シェイクハンズ? 呆然と自分の手を見つめる、祐輔と愛美。他の誰もが同じように祐輔たちを見つめる。オルガニーツァや近衛兵の咆哮と雑兵の喚声が唸りをあげる終局でいち早く動いたのは、祐輔配下のアルジーヌだった。
「さ、これはいただきますね」
と祐輔が装着しているジョーカーピーラーを外して、自らの手に装着し直しているではないか。
「アルジーヌ……まさかお前……」
はいと応えるアルジーヌは、いつものちょっと気弱そうな女性ではなくなっていた。
「歴史上の誰でもなく、モデルすらいない――」
そう言いながら、アルジーヌはジョーカーピーラーをはめた指で反対の肩を鷲掴みにした。続いてなんと、爪を肩に食い込ませて体表を
そして、名乗りはあくまで厳かに。
「わたしこそが切り札――ジョーカー」
すっかり体表――いや仮装というべきなのか――それをすべて引き剥がし終わったアルジーヌは、古いトランプには必ずあった、あの道化師の出で立ち――随分とくすんだ色合いの――を身にまとっていた。優雅に片膝を軽く折り曲げて祐輔と愛美に会釈すると、居直ってパチンと手を打ち鳴らす。
「さあ! お二人とも、化身を全て召還してください! あの敵を滅するための力を、私に!」
「え?! ど、どうやって?」
お互いI.A.の着装した手は空いているが、反対の手は握ったままなのだ。それでも指令を実行しようとしたら、
「手は離しちゃダメです!」
ジョーカーに怒られた。
「相手の手札を、I.A.をはめた手でつまんで投げればいいんだよ」
と詩鶴に真顔で言われる。彼女の目の輝きもまた、尋常ではない。
オルガニーツァの怒声が響いてきた。こちらに無視されて、女王はいたくご立腹だ。
「ふふ、何を企んでいるか知らないが、これで終わりだ!」
オルガニーツァも第3形態への変身を完了していた。全高こそ変わらないものの、胸部と腹部が大きく膨らみ、足もその肥大を支えるためか一回り太くなっている。腹部に両手をやった女王は愛おしそうにそれを撫でていたが、ぐっと腹にその指先を突き入れると、耳を覆いたくなる悲鳴とともに左右に大きく引き裂いてしまった!
「うわ! グロい……」
祐輔と浩二は目を背ける。割腹だけではない。腹の中から血塗れの幼生がワラワラと飛び降りてきているのだ。男子ペアはいよいよ顔まで背けたが、それを見た夜那岐の眼が釣り上がった。
「グロいなんて言わないで! そりゃ確かにものすごく痛いし血もドバドバ出るけど、お母さんはそれに耐えて産んでるのよ!」
「……経験者は語る?」
「夜那岐さん、お子さんがいるんすか……」
「ああもう! そんなことはいいから! 佐上君と愛美ちゃんは召喚再開! ベッキー! 迎撃よ!」
明らかに話をそらそうとがなる夜那岐に、バイクを降りて休息していたレベッカが怒鳴り返した。
「無茶言うな! 動きを止めてくれよ! あたしの腕では中たらないんだよ!」
レベッカの叫び声の末尾が、突如堤防のほうから沸き起こった銃声にかき消される。防衛陣を襲っていた近衛兵の1体が横に吹き飛び、地面に叩きつけられた。数瞬の後、我に返ったレベッカがB.E.を抜き、その近衛兵は塵と化した。
銃を撃ったのは、遠目にもいかつい男性だった。ショットガンの銃把を握ったまま肩に担いで、堤防の斜面を危なげない足取りで駆け下りてくる。そして、彼に続くのは、いずれも長尺の銃を構えた10人余りの男たちだった。
「悪ぃ悪ぃ。頭の固い奴が増えてなぁ、ご理解いただくのに時間かかっちまったぜ」
今度こそ河原の誰もが注視する中、サングラスの男――後池警部補は、レベッカに向かって笑った。
「動きさえ止めればワンショットキル、だったな?」
黙ってうなずくレベッカにまた笑いかけると、後池は後ろを振り返りもせず、後続の男たちに見えるように左手の人差し指を上げ、
「よぉし、野郎ども――」
ひゅっ、と前へ振った。
「中てろ」
呼応して男たちの構えたライフルが、ショットガンが火を噴き、近衛兵と幼生が次々と弾き飛ばされ始めた。それを順次レベッカがFADS弾で撃ち抜いてゆき、掃討に雑兵たちも加わり始める。オルガニーツァは第3形態に変身したことで自身の攻撃能力を喪失してしまったのか、幼生たちが無残にも殺されていく様に身悶えし始めた。
「なんか、敵ながらかわいそう……」
「これで死体が残ってたらマジグロだったな」
愛美配下のアルジーヌと詩鶴の会話を背中越しに聞きながら、祐輔と愛美は雑兵を補充しつつ、化身を召喚し続けていた。騎乗した者、徒歩の者。帯剣した者、槍を小脇に抱えた者。次々と2人の周りに、古来の英雄や伝説の人物たちが姿を現してゆく。それにつれて、ジョーカーの道化服も色彩を取り戻していった。あと少しで全員の召喚が完了する。
だが、次第に自分の息が荒く、重くなっていくのを実感する。オルガニーツァが現れてから今まで戦っているのだから無理も無い。力が抜けそうになった彼の手が、強く握られた。
「大丈夫? 佐上君」
愛美の、胸を締め付けられているかのような心配顔が嬉しい。祐輔は再び顔を上げた。
「うん! ありがとう」
明らかに無理に作った笑顔だったが、安心してくれたのだろうか。微笑み返してくれた愛美は目線をオルガニーツァに据えると、最後のカードを抜く。
「あ、ちょっと待って」
止めておいてなんだが、小首を傾げられて、照れる自分がいる。
「オレも最後のカードだから、その、一緒に投げようかな、と」
「あ……うん」
一緒にくすりと笑って、小さくせーので投げた札は、奇しくも同じダイヤのQだった。
立ち上がりしな、2人のラケルが声を上げる。化身たちの中で最も往古を生きた彼女たち。その声は朗々と、日が落ち始めた河原に響き渡った。
「諸人よ。いにしえより続きしヒトの営みを守りし者たちよ。その営みを破らんと企む異界の女王、今こそ討ち果たすべし。汝らに神の御加護を!」
演説に反応して将兵は沸き立ち、異形の者は赫怒して、再激突が始まる。
手持ちの雑兵を全部放出して、もう、愛美としてはできることはないのだろう。祐輔の顔をのぞきこんできた。
「佐上君、もうちょっとだからね。がんばって」
「ん、うん」
息が荒いながらも背を立てて、じっと戦況を見据える祐輔。その顔が、愕然とした表情に変わった。
「奴が後退してる……!」
オルガニーツァは、後ずさりを始めていた。肥大化した第3形態ゆえゆっくりとだが、10メートルほど後方にあいた空間の裂け目までたどり着こうとしているではないか。いまや総数の5分の1近くにまで数を減らした近衛兵を捨て駒にして、幼生とともに逃げる母。
カエサルが焦燥感に満ちた声を上げる。
「いかん! 巣に戻られたら、治癒してくるぞ!」
「どぉすんだよ! なんか良い手無いのかよぉ!」
とラ・イルはカエサルやシャルルマーニュに詰め寄り始めた。
「ふむ。なるほど」
「詩鶴?」
幼馴染の声に祐輔が反応すると、愛美がちょっとだけ握りを強くした。
一方、周りをぐるりと見渡して、少しだけ考えるそぶりを見せた詩鶴は、ジョーカーに問う。
「あなたなら、あの怪物を倒せるんだな?」
「ええ。でも、今からあの近衛兵を突破して走っても、間に合いません」
「大丈夫。奴にここへ来させればいい」
詩鶴はにっこり笑うと、納得いかぬ様子のジョーカーを置き去りにして、騎馬組に近づいていった。その騎馬組も、詩鶴に協力を要請されて理解できない様子。天才ちびっ子は馬上の英雄たちを見上げたまま、溜息をついた。
「どうやら、日本語化パッチのライブラリには入ってないようだな」
「何がだね? 賢き少女よ」とオジェ・ル・ダノアが馬上から問う。
「この国の、恋と馬に関する慣用句です」
詩鶴は特に気負う様子もなく、さらりと述べた。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ」
あっけに取られた騎馬組から、すぐに哄笑が湧き起こった。
「至言であるな」とカエサル、シャルルマーニュが目を細めてうなずきあい、
「それ、採用」とアレクサンドロスが2人して詩鶴を指さす。
「では――」
ランスロットとオジェが兜を正して、騎馬組は吼えた。
「死ねぃ!!」
気合いとともに愛馬に鞭を入れて、10騎が馬蹄を河原に轟かす。立ちふさがるわずかな近衛兵を得物と馬蹄に掛けて蹴散らしたら、あとは女王目がけてまっしぐらに突き進む!
幼生の一部が迎撃に出てきた。健気な子と褒めるべきか、非情な母と責めるべきか。だが、聖騎士と円卓の騎士が露払いを務め、大王が、神君が、大帝が剣と槍を縦横に振り回す死の疾風に巻き込まれては、メソーラよりも近衛兵よりも脆弱なおさな子などまさに風の前の塵に同じ。
「ぬぅぅ、すまぬ、我が子らよ! 母のために死んでたもれ!」
裂け目まであと10歩ほど。オルガニーツァは残った幼生を全て、まさに目前に迫った騎馬隊に突撃させた。だが、騎馬たちの取った行動は、詩鶴以外のこの戦場に立つ全員の予測をはるかに超えた。
騎馬隊は、跳んだ。人馬一体となり、幼生を、オルガニーツァを、空間の裂け目直前までの距離を飛び越えたのだ! そして――
「食らえぇぇぇい!!」
前脚で揃って着地した愛馬をして、後脚での蹴りを女王にお見舞いする! 10頭の20個の馬蹄が放つ強烈な蹴りはオルガニーツァの背中にめり込み、そして彼女を吹き飛ばした!
「うわああ来たぞおいぃ!」
生き残りの幼生や近衛兵を撥ねながら急速に飛来するオルガニーツァを見て、ラ・イルが慌てふためく。
「総員、左右に退避!」
冷静沈着なヘクトルは兵を指揮して、ジョーカーと愛美たちの前を開けてくれた。
「っていうか、やばいよ佐上君! 逃げなきゃ!」
「大丈夫」
祐輔は、愛美の汗ばんだ右手をぎゅっと握る。今度は自分が支える。その気持ちを込めて。
「ジョーカーが、みんなが仕留めてくれるから」
「そうか。なら、大丈夫だな」
と祐輔の横で泰然としている詩鶴を、祐輔はくつくつ笑い、愛美は祐輔越しににらむ。こんな時に、でも、こんな時だからこそ。
レベッカと浩二がぎゃあぎゃあ言い合っているのも聞こえる。
「おら、キョーゴー、逃げんなヘタレ!」
「逃げねーよ! でも怖えーよ!」
「あたしもだよ!」
その掛け合いを平和だねと感じる間もなく、あっという間にその時は来た。
もはや女王としての余裕など馬蹄に蹴られて吹き飛び、醜悪な怪物の形相で前のめりに、しかし祐輔たちをその凶爪にかける邪気に満ち満ちて吹き飛んでくるオルガニーツァ。その進路に、2人の人影がすっと走り出た。
「アテナちゃん?!」「アテナ様!」
女神としての軍装を身にまとったアテナが、左手に装備していた盾――本来ならそれはイージスなのだが、彼女は本物の女神ではないためごく普通の円盾である――をふわりと前に放って伏せる。盾はオルガニーツァの視界を遮り、慌てて払った彼女の両眼に、掛け声とともに投擲されたダビデの石が命中!
「参ります!」
ジョーカーは先程手を一振りして大鎌を作り出し、両の手で柄を握り締めていた。その鎌の刃を下段に構えて、ジョーカーが走る! そして下から振り上げた鎌の先が、見事にオルガニーツァの胸を貫いた!
勢いまでは止められずぶつかられて、ひっくり返るジョーカー。だが、ジタバタとまさに道化師のごとくもがくジョーカーの上で、オルガニーツァは少しだけ痙攣したあと、ぱったり動かなくなった。
「やった……勝ったよ、佐上君!」
「ああ、終わったね――「そこかぁ!」
死にぞこないの盲いた首が伸び、大きく開けた口が祐輔と愛美に襲いかかる! 硬直した祐輔たちの前に、夜那岐が躍り出て両手を大きく拡げて――首はその5センチほど手前で止まった。祐輔たちの陰から走り出た2人のユディトが、オルガニーツァの首を短剣でざっくりと薙いだのだ。
「残念、だったねぇ」
ユディトの嘲り含みの慰労を聞けたかどうかは分からない。異世界の女王は、今度こそ塵となって河原に散った。
勝利を喜び合う化身や雑兵たちの声が、河原中に響き渡る。
もはや人種や宗旨の違いなど構うことなく、高く上げた手を打ち合い、肘を打ち合い、雑兵たちとともに剣や槍を高々と差し上げて勝鬨を上げる。
女性陣は対照的に、いたって穏やかにその勝利を喜んでいる様子だ。ラケルとユディトがアテナを助け起こしてやり、それを見たアルジーヌとジョーカーが涙ぐんでいる。
どれほど続いたろうか。いつまでも、見続けていたかった。だが、西の空に夕陽が沈み切ると同時に、化身たちも雑兵も、光に包まれて消えていく。
「みんな! ありがとね!」
「ありがとな!」
祐輔と愛美は満足そうな笑顔で消えていく化身たちに両手を振ろうとして、まだお互いの手を握ったままであったことに気付いた。慌てて離して、気まずげな顔を一瞬だけして。
それからどちらともなくくすりと笑って、精一杯大きく両の手を振った。その手にはめたI.A.が、鈍く輝く。
<< See you again , Master >>
I.A.の囁きに驚いて、何度試してみても、それきり手袋はなんの反応もしなくなってしまった。それを、夜那岐がそっと脱がしてくれる。
「これはもう、あなたたちには必要ないわ」
じゃあね。そう言って、さよならを言う暇もなく、夜那岐は走って去っていった。
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