第10話 信じるかたち 護りたいもの

1.


 休みが開けて月曜日の放課後。詩鶴や浩二と一緒に部室にやってきた祐輔は、言い知れぬ不安に支配されていた。昨日の戦闘後に自宅であった例のインカルナティオたちによる宴会。そこで起きた騒動の顛末を夜那岐部長に報告したら、善後策を放課後の部室で協議することになっていたのだ。

 もう一つ。愛美が部長に、自分より一足先に部室に呼び出されたこと。それも祐輔の心に不安のさざ波を立てていた。

 彼の後ろに続く形になった2人に忍び笑いをされていることを逸る気持ちで無視して、急いで部室の扉を開ける。そこには、案の定の光景が展開されていた。

 いつもの長机に座らされて、愛美がプリントを前にシクシク泣いている。その横で、どうにも呆れた表情を浮かべているのは、夜那岐。右田川は我関せずと何やら雑誌に目を通しているのが余計に祐輔の神経に障り、彼は大声で場に介入した。

「なんで泣かしてんすか! 部長!」

「泣かしてないわよ」

 と予期してたような棒読みで反論されると、続きは予想に反して愛美の口から漏れ聞こえてきた。

「アルテの名前とか、人の名前が全然憶えられないの……」

「まあ、カタカナ三昧だからな」

 詩鶴がフォローしたが、愛美はすっかりやさぐれた涙声で詩鶴に噛み付いた。

「詩鶴ちゃんはいいよね、勉強すれば憶えられるから」

「勉強してないぞ?」

 詩鶴は、事も無げに言い返す。人名やエピソードなどは全て、今までに読んだ本に出てきたらしい。

「で、いろいろな碑文とかを原文で読みたくなったから、ラテン語は勉強したな。あれは割と難しかった」

 などと言いながら、詩鶴は全員のお茶を淹れにポットのほうへ向かった。

 もちろんそんな説明で、いやそんな説明だからこそ愛美のシクシクが止まるはずもない。祐輔は愛美の横に座ると、フォローに走った。

「征城さん、詩鶴は見聞きしたのがすぐ頭に入っちゃう奴だから。気にしちゃだめだよ」

「お前もそうだろう、祐輔」と詩鶴が急須をカポカポ言わせてる。

「俺は一晩経たないと頭に入らねぇよ!」

「わたしは何べん読んでも入りません……」「さりげに傷に塩擦り込んでじゃねー!」

 右からは愛美の慨嘆の声、左からは浩二の繰り出したこめかみへのツッコミを同時に食らう祐輔であった。

「痛ててて、ていうか部長、これの日本人バージョンとかないんすか?」

「あるわよ?」

「あるんすか?」

 なぜか右田川まで加わってのハモりにぎょっとしながら、夜那岐は説明を始めた。

「どうせ、『だったら最初から出してくれ』って言うんでしょ?」

 やっと涙が止まってコクコクと頷く愛美が、祐輔には一層可愛く見える。

「でもね、あなたたちに渡したスターターセットが一番バランスがいいのよ。無料だし」

「金取るんすか……」と浩二が呆れ始めた。祐輔も全くの同感だ。

「もちろん。『こちとら慈善事業やってんじゃねぇんだよ』って前津支部長に言われたわ、昔」

「なんでべらんめぇ口調なんですか」

「いやそんなことより――」

 と向い側の右田川が身を乗り出してきた。この目の輝きは、初めて見るものだ。

「カタログとかあるんすよね? 有料ってことは」

「……見たいの?」と夜那岐が胡乱げな眼差し。

 さらに眼を輝かせてコクコク頷く右田川は可愛くない。夜那岐も同じ感想だったようだが、仕方なさそうにタブレットを操作して、机の上に置いた。黙ってお茶をすする詩鶴以外、一斉にそれをのぞき込む。浩二が唸った。

「……なんつうか、渋いラインナップっすね」

 右田川は楽しそう。

「あれだね、『信長の慾望』中盤の主力軍団プラスほかの時代の武者って感じだねぇ」

「右田川さん、シミュレーションやるんすか?」

「うん、"レキダン"だから」

「轢断?」

「ひどいなあ、マグロにしないでくれよ。歴史男子だってば」

 と苦笑する私服警官。祐輔はふと右隣りの沈黙を察知した。愛美がタブレットの画面を見つめて、また目を潤ませている。その表情は重い。

 もしかして、"マグロ"に気持ち悪くなったのだろうか。祐輔は慌てた。

「征城さん? 大丈夫?」

(――分からないの……)

「え? 何が?」

「武田信玄しか分からないの……」

 なんだそんなことか、と祐輔はほっとした。

「大丈夫だよ。詩鶴も武将関係に興味無いし」

「無いな、うん」と詩鶴も話を裏打ちしてくれた。

 だが、愛美の表情は晴れない。まだ何かが引っ掛かっているのだろうか、祐輔と詩鶴をチラチラ見比べて口を軽くへの字に結んでいる。

 なぜかニヤけ顔の夜那岐は説明を始めた。

「ま、もちろん人名事典や武将ファイルの全員ってわけじゃないし、死後200年経った人っていう縛りはあるけど、世界中の軍人や武将がラインナップされてるわ。各国のドメスティックセットも用意されてるし、お金さえ払えば自分好みのインカルナティオを選んでカスタマイズもできるの。でもねぇ……」

「何か問題があるんすか?」との祐輔の問いに、くすりと笑う夜那岐。

「生前に敵対していたり、仲が悪かった人は一緒に選択できないのよ。それに、信玄みたいな大名や諸侯は気位が高いから、Jに入れると不貞腐れて戦力にならない場合が多いし。それに、"おらが故郷の偉い人"が必ずしもいいわけじゃないわ」

「知ってるがゆえに、選り好みしてしまう、と」

 詩鶴がぼそっとつぶやいた。察しのいい天才ちびっ子に正解の印のウィンクを投げて、夜那岐がまとめに入る。

「バランスって大事なのよ。ま、そんなことは気にせずに――」

 夜那岐はこっそりと逃げ出そうとした愛美を捕まえた。

「あなたはもう一回、追試ね」

 愛美の悲鳴に、祐輔はいたたまれなくなった。横から小突いてくるし。

(祐輔! 祐輔!)

(なんだよ)

(そこでお前が教師役にリッコーホすりゃいいだろうが!)

「なんだここにいたのか。昨日メソーラを取り逃したアマチュアくん!」

 祐輔の自薦より早く戸が開いて、なにやらぶすっとしたエギリス娘がやってきた。今日も初っ端から祐輔に対して攻撃的である。

「土曜日のは俺と征城さんで倒したじゃん!」

「メグ? なんで泣いてるの?」

「都合が悪くなると無視すんな!」

 祐輔の抗議などどこ吹く風、夜那岐から説明を受けたレベッカは何やら考え込む。

「おかしいな」

「何が?」

「だって、メグはこのあいだ、いっぱい戦国武将を知ってたぞ? 真田幸村とか伊達正宗とか――」

 レベッカの何気ない一言に、愛美の反応は激烈だった。突然立ち上がって、真っ赤な顔でレベッカの口を押さえにかかったのだ。

「きゃーきゃー! ベッキーダメぇ!」

 その叫びに驚いてむせた詩鶴が右田川と浩二に問いただすが、2人は何かを察したような表情でお互いを見交わすのみ。祐輔は思い出せそうで思い出せない。そのコンビ、どこかで聞いたような……。

「まあいいじゃん、メグ。この、なんだっけ? ブタ・シンゲンって有名な奴だろ?」

 今度は日本人全員で茶を噴いた。

「ベ、ベッキー……それ、"たけだ"って読むんだよ?」

 愛美は、先だってとは別の理由で涙を瞳に湛えている。プルプル震えて一生懸命笑いをこらえているのは、異郷から来た友人に一応気兼ねしての事だろう。

「え? だってブシのブに、タンボのタだろ?」

「ベッキー、あんた今確実に特定地域の人を敵に回したぞ」と浩二がにやりと笑い、

「ああ、自称東京圏のあそこですね?」「お前も煽るな!」

 右田川の額に手刀を軽く打ち込んで、夜那岐は声を改めた。

「後池さんは?」

 あー、と受ける右田川がわずかにキョドるのを、祐輔は見逃さなかった。

「ちょっとヤボ用が出来たそうで、自分が交代したんすよ。あとでまた来るって言ってました」

「ふーん、まあいいわ。ベッキー?」

 詩鶴が淹れてくれたお茶を、あちあちと呟きながら音を立てずにすすっていたレベッカが夜那岐に呼ばれた。

「テッサリア騎士団員は、あなた以外には来ないの? そういえば」

「いざという時には3人ほど送り込んでくるはずだよ」

 ただ、とレベッカは顔を曇らせる。

「メソーラや近衛兵の出現頻度が上がってるからな、それに対処してると間に合わないかも」

「うちの組織も大概だけど、あんたんとこもなかなか増やさないのよね、エージェント」

「当たり前だ。我々は選ばれしエッリート。いたずらに数を増やせば――」

「どうせ、冷戦の終結で軍需産業に金が回らなくなっただけだろ?」

 どこから取り出したのか、かりんとうを齧りながら詩鶴がつぶやく。

(ヤナギ?)

(何よ?)

(あのスモールキッズ、締めていいか?)

 そう小声で言いながらかりんとうに手を伸ばすレベッカだったが、目的は果たせなかった。理由はもちろん――

「スモールが何だって?」

「ヘイ、シヅル! そんなケチなことしてるからちっこいんだゼ?」

「ううううちっこい言うな!」

 30センチ近くある身長差も関係なくにらみあいを始める2人。夜那岐がかったるそうに割って入る。

「ベッキー、あんた、なんで不機嫌なの?」

「べ つ に」

(なんで俺たち、にらまれてるんだ?)

(浩二、お前心当たりねぇのかよ)

 正解は10秒後。

「入るぞー――よぉ、寸胴ずんどうねーちゃん! 来てたのか」

 レベッカは沸騰した。

「ズンドウって言うなぁぁぁぁぁぁ!」

 後池警部補の犠牲者は、これまで主に詩鶴と夜那岐だった。だが彼の失礼極まる――そして妙に的確な――ネーミングセンスは、今まさにレベッカを餌食にしていた。

 ずんどう。そう言われて祐輔は改めてレベッカの身体をこっそり見やる。

 確かにウェストのくびれが無い。いや、太っているというわけじゃないのだが、腋の下から腰まですとんと一直線である。そして、くびれだけでなく出っ張りもまた、皆無――ということまで考えたのが顔に出たのか、レベッカが祐輔を見て猛然とがなりだした。

「だから日本に来たくなかったのよ! どいつもこいつもおんなじ顔してぇぇぇ!」

「そりゃ白人から見たら、アジア人はみんな同じ――「シャラップ!」

 意味が違うらしい。

「まず私の顔見て、『お! 外人のねーちゃんじゃん!』って顔するのよ。そんで、すーっと目線が下のほうに移ると『……あれ? 外人なのに胸が無い。なんで?』って表情が変わるのが む か つ く の !! 特に男!!」

 ビシッ!! と音が出そうなくらい素早く激しく指を指された。

 この部室に来る道すがら、彼女にとってはおなじみの反応を男子高校生たちにされて、いたく傷心らしいのだが……どう反論したらいいものか見当がつかず、祐輔と浩二はうつむいてしまった。ことに祐輔にとっては、愛美から発せられる『男の子って……』という蔑みの視線が痛い。

「そー言われてもなー」と右田川が笑う。

「外人はみんなナイスバディって、別に俺たちが作った幻想じゃないじゃん。そっちの写真雑誌の古き良き伝統じゃないの?」

「映画スターも歌手もな」と後池も苦笑いしている。

「ヤナギ?」

「なによ?」

 思わぬ反撃を受けて一瞬たじろいだレベッカだったが、悲憤はまだ収まらないようだ。

「言いたいことがあるなら、ちゃんと言いなさいよ」

「あんたの身体的プライバシーを暴露するつもりはないわ」

 それって結局言ってんじゃん! と暴れるレベッカを放置して、夜那岐は祐輔を見た。

「佐上君、昨日報告のあった件、どうなった?」

「決裂したままっすよ……」

 事情を知らない右田川と後池に説明することになった。


2.


 その宴会は、一見いつもの雰囲気であった。カエサルとアレクサンドロスの賑やかな掛け合いを寡黙に、しかし微笑ましげに眺めて杯をなめるように呑むヘクトルとアテナ。この2人とは逆に、ローマ人とマケドニア人のコントに絡んだり、アルジーヌにちょっかいを掛けたりと騒がしいラ・イル。そして、ダビデとシャルルマーニュ、2人の王を上座に固まって、黙々と飲食を為すユダヤ・キリスト勢。

 これが、愛美配下のインカルナティオによって倍率ドン、さらに倍。おかげで盛り上がっている場所と静寂な場所が両極端に分かれていた。

『自分が2人いるというのは、どんな気分なんだろう……』

 リビングの隅で床に座って、今日は珍しくコンビニで買ってきたオレンジジュースをちびちび飲む詩鶴が、ぽそりとつぶやいた。愛美とレベッカもそれぞれ別の飲み物に手を付けながら、その疑問にあれこれと推測を言い合っている。

 祐輔はリビングの喧騒と静寂に気を配りながら、夕食の支度をしていた。浩二がいったん家に帰り、夜那岐も待ち時間を利用して食材や生活用品の買い出しに行っている。そんな中、衝突は起こった。

『最近、出番が少なくてつまらんな。もっとこう、ぶわーっと馬を駆る戦いがしたいんだがな』

『そういえば、ここのところ呼び出されてないな』

 アレクサンドロスとカエサルの会話は、リビングの窓際に陣取るユダヤ・キリスト勢に、キッチンからすら感じ取れるほどの緊張感をもたらした。

 だがなぜ、こんな会話で、そんなにピリピリするのか。祐輔はリビングに向かおうとしたが、コーンクリームスープが噴きこぼれた。その始末をしているあいだに、リビングの会話は進む。

『ま、最近あっちのお歴々がガンバッちゃってるから、余もこうやってのほほんと愚痴ってられるってもんだ。ありがとよ』

『おい、煽るなアレクサンドロス』

 カエサルの止める声がするが、遅きに失したようだ。何者かが立ち上がる気配がして、もう我慢できなくなった祐輔は全ての火を止めるとリビングに駆け込んだ。

 立ち上がっていたのはアレクサンドロスだった。いやもう1人、そのにやけたふざけ面に対峙するは、普段着も白いチュニックの騎士、スペードのJことオジェ・ル・ダノワ。シャルルマーニュ配下のパラディンとして名高き、デンマークの伝説の英雄である。もう1人いるオジェは驚いて"自分"を見ているが、服の模様の違いから、彼は愛美配下だろうと分かる。

『おいおい、そんなキビシー顔するなよ。余が直々に腰を折って礼を申してるんだぜ?』

『貴公のその態度、どう見ても礼を言っているようには見えぬ!』

 祐輔から見ても明らかにおちゃらけているアレクサンドロスだが、オジェたちの態度に余裕が見られない。今の一往復に呼応して、今度は青いチュニックの男が静かに立ち上がった。クラブのJに配される"湖の騎士"ことランスロット。アーサー王の円卓の騎士最強の男として、創作物でも名を借りられることの多い有名人が、静かに、しかし怒りを込めた口調で語り始めた。

『そもそも、貴公ら異教徒がマスターと共謀して、我らをあえて死地に赴かせているのではないか!』

『おいおい、ランスロット、やめなやめなぁ』

 とラ・イルが2人して止めに入るが、今度はシャルルマーニュが立ち上がってラ・イルを押さえ、祐輔のほうを向いた。

『ちょうどよい。そこにおるマスターに釈明してもらおう』

『釈明って……』

 祐輔は急に話を振られて慌てたが、いきり立っているのは今のところ全員、祐輔配下のようである。ならば、マスターである祐輔自身が話を付けねばならない。

『別に、わざわざ君らを選んでないよ。カードの出現はランダムで――』

『異教徒と並存している時も、我らを召喚していたではないか!』

『いやそれは、あの場面なら君らが適任だと思って――』

『わざわざ選んでないのではなかったのか?』

 シャルルマーニュの喧嘩腰に、渋い顔のカエサルが乗り出してきた。

『揚げ足取りはやめよ。仲間割れなどしてどうする?』

『仲間ではない。我らは、そなたら異教徒を仲間とは思わぬ』

 絶句する祐輔たちに向かって、シャルルマーニュは畳み掛けてくる。

『日本人よ。そなたらから見れば、我らとそこなローマ人やマケドニア人とは同じに見えよう。だが、それは違う。いと気高き主と御子を信ずる我らと、信じぬそやつらとは、相容れぬのだ』

 もう一人の王であるダビデまでもが静かに立ち上がり、話のあとを継ぐ。その声は、こころなしかひび割れているように聞こえる。

『全ての信仰的存在に寛容な日本人なら、この不協和な同居もうまく捌いてくれると思っておった。だがそれも、見込み違いであったようだ。我らばかりを死地に赴かせるような輩には、武人の誇りをむざむざと地に塗れさせるような所業を為すマスターには、従うつもりはない』

『ちょ、ちょっと待てよ! だから、そんなつもりは無いって言ってんじゃん!』

 祐輔の制止も虚しく、ユダヤ・キリスト勢は祐輔のI.A.へと吸い込まれていった。余りの強硬的な成り行きに、後に残った一同が呆然とする。そんな中、独り祐輔配下のアテナのみが黙々とカマンベールチーズを口に運びながら、何か考え込んでいるようだった。



「実際のところ、どうなの?」と夜那岐の問いに、いつもの落ち着いた声色で答えたのは詩鶴。彼女は愛美のサポート役だが、愛美がまだ祐輔と一緒に戦闘をしていたため、昨日までの現場の状況を把握していた。

「確かに、彼らが結果として返り討ちに遭ったことは事実です。でもそもそも、カードの出現方法がランダムである以上、たまたまとしか言いようがないと思います」

「そうそう、やけにそっちにカードの出が偏ってたな」と祐輔も手札の記憶を手繰る。

「レベッカ、あんた、金曜日と日曜日は祐輔と一緒に戦ってたじゃん? どうよそのへん?」

 浩二の問いかけに、レベッカは難しい顔をして肩をすくめた。

「同じ信徒の肩を持ちたいところだけど、残念ながらちょっと言いがかりが過ぎるな。じゃあお前らが出たら全部捨ててドローし直せって言うのか、ってなるぞ」

 ふむ、と警部補がパイプ椅子を軋らせる。

「彼らが討ち死にした場合、何か彼らのほうにデメリットがあるのか?」

「無くは無いわ」と夜那岐は渋い顔のまま。

「たとえ肉体的に死ぬわけでも、痛みがあるわけでも無い。でも、ヘブローマ全体での個人別の戦績ってもんがあってね、武人としては気になるみたいなのよ。誇りもあるでしょうし」

「確かに、彼らの武人としての誇りが傷ついているようでしたし、そこに加えて宗教的な差別をされていると盲信しているようでした」

 と詩鶴は眼を閉じて付け加えた。それを聞いて後池も、やれやれだなといった顔。

「で、対応策としてはなにがあるのかな? 部長さん」

「今の話をそのまま日本支部へ、いいえ、本部へ送るわ」

 ていうかね、と夜那岐も呆れ始めた。

「インカルナティオが仲違いするなんて、こんなに自己主張してくるなんて、聞いたことないわよ。だから解決策なんてすぐには出てこないかもしれない」

 彼らがI.A.に消えたあと、愛美配下でその場に残っていたユダヤ・キリスト勢にも確認したのだ。今回の件、どう思うかと。

 答えは、『確かに偏っていたとは思うが、手札が自由に選べるわけでもなし。ましてカエサルやアレクサンドロスと共謀なんて、陰謀論にもほどがある』。

 祐輔はそのことを場に披露したが、この問題に対する解決策にならないことに気付いて、押し黙ってしまった。

 そんな時でも、敵は来る。

 鳴り出した無線機の呼び出し音に気付いて、右田川がいち早く駆け寄る。

「――あ、はい。金堂町の――ホテルグロリアの北側の路地を東に移動中。もう1件は――あ、はい――」

「2件、別の場所に来たか……!」

 迷う夜那岐の機先を制して、後池警部補から指示が出る。

「サンダーランド君はバイクだな? なら金堂町の案件を頼む。佐上君と征城君はもう片方だ」

「イケさん、金堂町のほうが近いすよ?」

 と右田川が口を挟む。詩鶴はすでに住宅地図を開いて、地理不案内なレベッカに道順のレクチャーを始めた。

「だからだよ。サンダーランド君に先に案件を始末してもらって、高校生組の応援に来てもらう」

 後池は自分のほうを見たレベッカに向かって、挑発するような仕草をした。

「できるよな? ズンドウねーちゃん」

「待ってな! 今日という日の締めくくりは、あんたの始末だから!」

 右田川がパトカーに目的地を伝えに飛び出していく。もう一度詩鶴に道順を確認すると、ベアトリスは後池にもう一回捨て台詞を吐いて、大股で部屋を出て行った。祐輔は立ち上がる。

「よし、行こう、みんな」

 自分がやらなきゃと決意を秘めて、でもちょっと心配してくれているような愛美の表情が嬉しい。状況はちっとも喜ばしいものじゃないけど。



「で――」

 夜那岐は机に両肘を突いて考え込む姿勢の後池に問いただした。

「何があったの?」

 後池は夜那岐のほうを見ず、ゆっくり答えた。

「征城君の父親が逃走した」

「……は?」

 検察庁に身柄を送致する際に、隙を突いて手錠をはめたまま逃走され、いまだ確保できていないらしい。後池はその事後処理に呼ばれていたのだそうだ。

「なにやってんのよ……てことは、来るわね」

「ああ」

 愛美の父は、自分を陥れた(と思い込んでいる)愛美と夜那岐を狙ってくるだろう。特に愛美に対しては、可愛さ余って憎さ百倍のはずだ。

「登下校は、私が付き添う必要があるわね。詩鶴ちゃんにも警告しておかないと。報道には出るの?」

 後池は首を横に振った。

「メソーラ案件ってことに無理やりしたから、出ない。署長は二重の意味で渋い顔だがな」

「まったく次から次へと……スペードの件といい……」

 怪訝な表情の後池に目もくれず、夜那岐は部室を出た。レベッカを援護して、戦力を集中するために。


3.


 サイレンを鳴らして急行するパトカーに揺られて到着したのは、先日愛美が神田とともにメソーラに襲われた堤防から少し離れた河原だった。その河原にある茂みでイチャイチャしていたカップルを、メソーラが襲ったのだ。パトカーのドアを蹴破らんばかりに押し開けて飛び出した祐輔が放った雑兵が、うずくまっているメソーラに襲いかかる!

「はっ! 遠いんだよ!」

 早々に気付いたメソーラは、こちらを嘲弄すると飛び退いた。腕4本の強襲型だ。そして、

「朋友、こっちは回収したぜ」

「げ! 投射型までいる!」

 浩二の声が1オクターブ跳ね上がる。茂みを掻き分けて姿を現したのは、肩の盛り上がりも禍々しい投射型だった。

「間に合わなかった……」

「メグちゃん、兵を展開して!」

 詩鶴の指示が出て、目の前の状況に気を取られていた愛美は慌てて雑兵とラ・イルを召喚した。間一髪、襲撃型の攻撃を兵の壁が防ぐ。

<<King of spade "David" >>

 改めて展開した雑兵をまとめるため、祐輔はダビデを召喚した。昨夜のいきさつはどうあれ、手の内に指揮官となる札が彼しかいないためである。その期待に、ダビデの答えは無言の屹立であった。

「おい、兵を指揮しろよ! ってわっ!」

 左腕をぐいと引っ張られて思わず声が出て、鼻っ面を敵の放った光弾がかすめて声を失って。前面の雑兵を見れば、損害を受けたようには見えない。今回の投射型は先日レベッカが撃破した奴と違って弾は小さく、兵の壁を薙ぎ払ってなお余りあるような威力は無いようだが、その分速射がきき、兵の隙間を狙ってくるようだ。

 助けてくれた浩二に礼を言う暇もなく、祐輔は手札の補充をし、声を失う。

 ハートA ダイヤ8 ダイヤ10 スペードJ クラブJ

「……俺、呪われてるのか?」

 ダメ元という考えがすでにだめなのか、<< Lance Charge >>の掛け声も虚しく馬上槍は地に落ちて、河原の石に跳ねて鈍い金属音を響かせるのみ。もちろんオジェ・ル・ダノワもランスロットも、老王に倣って無愛想な表情で突っ立っている。

「カカカカッ! 仲間割れ、いや手袋の不調か!」

「朋友、そっちは放っといて、こっちの女を先に殺るぞ!」

「マドモワゼェル! 増援下さぁい!」

「メグちゃん! そっちじゃなくてハートの7とスペードの6! すぐドロー!」

 にわかに慌ただしくなる愛美に比して、祐輔にできることは投射型を邪魔することくらい。それも指揮官無しで。

 夜那岐から通信が入って、受けた浩二が慌てだした。

「祐輔! 征城さん! 敵はデフコン2クラスの強敵だってよ! やばいぞ!」

(くそっ! なんでこんな時に限ってカエサルかラ・イルが出てこないんだよ!)

<< クスクス >>

 ?

(今、I.A.が笑った……?)

 やはり何かの不調なのか。確かめる間もなく何とかしようと手札を全捨てした時、破局が来た。

 ラ・イル勢と、愛美が追加で出したシャルルマーニュの手勢、その隙間を突いて、投射型が放った光弾が彼女を襲った!

「きゃああああっ!!」

 強襲型のほうに気を取られていた愛美は避ける動作が遅れ、右の脇腹にもろに光弾を食らったのだ。勢いでクルリと身体を回転させて、その旋回に脇腹からの赤い血を撒き散らして、愛美は音を立てて河原に倒れ伏した。

「征城さん!」「メグちゃん!」「ユディト! 治癒を!」

 全捨てして得たハートのQを愛美のほうに投げて、祐輔は投射型をにらみつけ、そして――

「や゛ったな゛ぅら゛ぁぁぁぁぁ!」

 投げつけた雑兵たちを追い越して突進する!

 勢いをつけてショルダータックルをかましたが投射型メソーラはびくともせず、逆に気合一閃、横薙ぎに平手を食らって吹き飛ばされてしまった。

 だが、祐輔を追撃しようとその転がった先を見たのが隙となり、投射型は祐輔に遅れて突進してきた雑兵たちの槍衾をもろに受ける形となった。

「朋友! ……このガキがぁ!」

 強襲型が怒り、まだダメージで起き上がれない祐輔に迫る。それをあごに手を当てて見ながら、ユディトが声を発した。

「いけないねぇ。愛美殿、ラ・イルとシャルル殿に指示を!」

 憤怒と大帝は愛美の配下である。そのため、愛美が指示するか、祐輔が発動したアルテに参陣しない限り、攻撃を受けた彼女を護ることが最優先事項となるのだ。

 ユディトの落ち着いた指摘に、ようやく立ち上がった愛美はまだめまいがするのか、額を押さえながら応えた。

「く……佐上君、を、護って!」

「承知!」「心得た」

 だがわずかに間に合わず、振り下ろされた鎌を祐輔は間一髪横転することでもかわし切れず、太ももに突き立てられてしまった。絶叫して、反射的に丸まる祐輔。もう一本の鎌がまさに振り下ろされた時、陽を弾いた残光がそれを受け止めた。

 こちらは愛美の指示を待たず、ユディトが腰の後ろで帯に差していた短剣を引き抜き、祐輔をかばったのだ。そのままギリギリと力比べが始まるかと思う間もなく、シャルルマーニュの軍勢が槍を揃えてメソーラに襲いかかった。

「ふん! こんな少人数で何ができる!」

 シャルルマーニュ勢が襲撃型を食い止めている間に、ユディトがしゃがみこんだ。

「大丈夫かい? マスター」

「ぐ……治癒……」

「させんぞ!」

 この声、強襲型のものではない。なんと、多くの槍を突き立てられながら、投射型がこの世に踏みとどまっていたではないか! その肩が駆動し、砲口が自分のほうに黒い口を開けるのが、まるでスローモーションのように祐輔には見える……!

「うりゃあっ!」

 浩二の掛け声に続いて、何かが投射型の鼻っ面に激しくぶつかった。地面に落ちたそれを夕暮れの薄明かりの中で見て、それが河原の石であることを知覚する。ユディトがちょっとあっけにとられたあと、彼の雄姿に艶然と微笑みを見せ、

「さ、今のうちに」

 治癒を開始する前に、虎口を脱することを選択したようだ。ユディトに抱きかかえられて、祐輔は強襲型から遠ざかった。

「やっ!」

 今度は詩鶴。遠く仰ぎ見れば、彼女のシンボルとも言えるリボンが頭に無い。今日は太めのものを付けてきていたそのリボンをほどいて投石器の代わりに振り回し、石を投擲したのだ。残念ながら石はメソーラのこめかみの横を素通りしていったが、奴の気を逸らせることには成功し、祐輔は治癒を受けることができた。

 だが、危機はより深刻な形で祐輔たちを覆ってきた。

「効かぬぞ! 小僧ども!」

 体に槍による穴を多数開けられたまま、投射型メソーラが咆哮する。さらなるダメージを与えて倒したいところだが、愛美のほうは襲撃型との戦闘に掛かり切り。時たまペア系のアルテを出すものの、敵に見切られてかわされたりして、今一戦果が上がらない。

 そして、効かぬことなど先刻承知で石投げを続けようとした浩二と詩鶴に、投射型の砲口が向いた! 気付いた祐輔のカード投擲も間に合わず、発射された光弾が向かう先、そこには、投げ終わった時にバランスを崩していた詩鶴が――

「あぶねぇっ!」

 叫んでとっさに出した浩二の右手と、詩鶴の左肩が弾け跳んだ。

 それぞれに声にならない絶叫を上げて、崩折れる2人。

 状況を忘れて、口に手を当てて絶句する愛美。

「ユディト! 治癒を! 早く!」

 そんな人々の姿をまばゆい光が一瞬照らしたのは、その時だった。

「――アテナ?」

 そう、少女アテナが祐輔のI.A.から戦場の上空に飛び出たのだ。マスターに無断の、つまりセーブモードで。その薄絹の裾をはためかせながらゆっくり、祐輔と2体のメソーラが描いている三角形の真ん中に、平服の戦女神は降り立った。

 呆然から脱したのは、祐輔のほうがわずかに早かった。戦闘と先の負傷で削られた体力の残りを振り絞って雑兵を放つ。

「! いかん!」

 強襲型が襲撃の気配を見せたのに気が付いた体のランスロットが手を挙げた。雑兵を整然とした横隊に整え、メソーラの凶爪がアテナに届くのを防いだのだ。

 しかし。

「おかしなことをする」

 手を後ろに組んだアテナは、メソーラなど眼中に無いよう。奴らに背を向け、その涼やかな瞳はランスロットたちを見つめた。

「お、おかしなとは、いったい……」

「わらわは異教の邪神ではないのか? なぜ護る?」

 口ごもった青い騎士に代わって、白い騎士が進み出た。

「か弱き者を護るのは騎士の務めでござる」

「ならば――」

 とアテナは、指示を受けたユディトが駆け寄る重傷の2人のほうに目線を移す。

「なぜあの者たちを助けぬ? 先ほども向こうのマスターが襲われたが、なぜ護らぬ?」

「あぁ無駄無駄アテナちゃん」

 部隊の指揮を放り出してこちらに大股で歩み寄ってきたラ・イルが、アテナに呼びかけた。その顔色は赤黒く、声は不気味なまでに低い。

「そんなクソどもに、なに聞いたって無駄だぜぇ! それより、そこはアブネェから、こっち来なぁ」

 白と青、そのこめかみに青筋が立つ。

「貴様、騎士に向かって――「てめぇらは騎士じゃねぇ!」

 河原に唾を吐いて、ラ・イルはその二つ名のとおり憤怒と化した。

「オレが生きてたころは、騎士道なんて廃れ始めてた! だからこそ、オレたちは憧れたもんさ! 『ローランの歌』や『ランスロまたは荷車の騎士』に謳われた、あんたらの騎士道精神溢れる姿に! ――それがなんだ!」

 ラ・イルは指差す。アルジーヌに治癒されている詩鶴と浩二の血に塗れて倒れ伏した姿を、力を込めて。炎を吹き上げんばかりに眼を怒らせて。

「女、子どもが戦ってるのに、そこで高みの見物かよ! それが騎士のすることか!! ええ?! だから何度でも言ってやる、てめぇらは騎士じゃねぇ! くだらねぇ思い込みで固まった白いクソと青いクソだ!!」

「もう止めよ、ラ・イル」

 ラ・イル隊を吸収して防戦の指揮を取りながらも年配者らしい重みを響かせて、シャルルマーニュが場に介入した。納得いかないような、それでもどことなく安堵したような騎士2人と老王に、しかし馬上の大帝は容赦無かった。

「その3人は、主の御言葉すら忘れるような輩。弱きものをいたわる心などあるはずがあるまい。会話するだけ穢れるわ。指揮に戻るがよい」

「貴様……! フランクごときの族長の分際で、イスラエルの王たる余に無礼千万!」

 ダビデがにらみを利かすさまはまさに王者の威風であったが、シャルルマーニュはいたって静かにそれを受け止めた。

「『産めよ 増やせよ 地を満たせ』。我らが主の御言葉、知らぬはずはあるまい。この者たちは――」

 シャルルマーニュは祐輔たちをちらりと見て、また語り始めた。

「信じるものは違えど、この世界を絶やそうとするあの異形の者から人々の営みを守るために戦っておる。そなたらは、いや、我らは冥界より呼び出された時、先の御言葉を心に刻み、御言葉をこの地上にあまねく実現させるため、戦うことを承諾したのではないか。その志を忘れたのか?」

 憤然と部隊の指揮に戻ったラ・イルの糾弾よりも、シャルルマーニュの静かな指摘のほうが堪えたらしい。悄然と唇を噛む3人に、祐輔は最後に残った気力を振り絞って歩み寄った。

「力を貸してくれ」

 自分を見つめ返す6つの瞳を見据えながら、祐輔は大帝に倣ってゆっくりと語りかける。

「俺の力だけじゃ、世界どころか幼馴染も友達も、好きな子すら護れないんだ。……頼む。力を貸してくれ」

 下げた頭越しに届いた返事は、躊躇が無かった。

「任せよ」「心得た」

 騎士たちの目に闘気が宿り、それぞれの佩剣がまもなく沈み切る夕陽を受けるべく鞘から引き抜かれ、2人は襲撃型メソーラめがけて真一文字に疾走していった。

 一方、治癒は受けたもののへたり込んだままの詩鶴と浩二の前に、駈け寄ったダビデが片膝を突いた。

「勇敢なる少年少女よ」

 といたわりの声を掛けながら、詩鶴の手から落ちていたリボンを拾い上げる。

「これは余の手練の技なり」

「カカカカッ! なんだ老いぼれ、俺と早撃ち勝負でもしようってか!」

 嘲弄を終えて、投射型メソーラの肩が盛り上がり始める。

 対する無言のダビデが左手に握り締めているのは、リボンとともに拾った河原の石だった。リボンを用いた即席の投石器に仕込むと、右腕を下げたまま縦回転を加え始める。

 メソーラの肩に見える黒い穴の不気味な開口音。もはや残像が見えそうなほど高速回転するリボンの風切り音。そのどちらが早く已んだかと確かめる間もなく。

 河原中に響き渡ったのは、メソーラの額を投石が叩き破って突き抜けた破砕音と、それに数瞬遅れてのメソーラの絶鳴だった。

やわいな」

 ダビデがクルリと踵を返しながら独りごちる。

「ゴリアテの額はもっと堅牢であったぞ」

 そして老王がリボンを返しに行った先では、その持ち主の札読みが成就していた。

「そう、そこでハートを捨ててドローすれば……よし来た!」

「行けっ!!」

<< Combined arms >>

 愛美の叫びにI.A.が応えるかのように、クラブのストレートフラッシュが兵団へと変貌する。

「ラ・イルは左翼から囲め! 全軍突撃!」

 シャルルマーニュの凛呼とした号令一下、この混沌とした戦闘が終局へ動いた。そのことに今更ながら気付いたのか、1体残ったメソーラが慌てる。

「チィ、あばよ!」

 彼の背後に開いた時空の裂け目。そこに走って飛び込もうとしたメソーラだったが、そのわずか3歩ほどの隙間に天空から矢の雨が突き立ち、収穫者の足をすくませた。ダビデとアテナの指揮する弓兵が間断なく射撃を続け、メソーラを裂け目へと近づけない。逆に、進退窮まった異形の者には死が急速に近づいてきていた。

 言の葉の体を為さぬ咆哮を上げながら、ラ・イルが長剣を肩に担いで疾走する。むやみやたらに4本の腕を振り回して、群がる雑兵の槍先を払っていたメソーラがその突進に対応すべく構えを取る。だが、気合もろとも振り下ろされた剣先がわずかに遠い。にやりと笑ったメソーラの表情は、次いで驚愕に変わった。

 ラ・イルが二の太刀を繰り出さず、長剣を振り下ろした勢いも使って後ろに飛び退いたのだ。今度は口の端を上げる番になったラ・イルの目線の先には、必殺の間合いまで音も無く詰めたオジェ・ル・ダノワとランスロットがいた。

 聖剣コルタンと名剣アロンダイト。2人の騎士の愛剣が夜風とメソーラを切り裂く。なにやら呪詛めいたことをつぶやいたかに聞こえたが、メソーラはすぐに霧散した。

「これは貸しだぜぇ」

 ぱちりと音高く納剣しながら、ラ・イルが笑う。それを鼻息一つで切り返したのはランスロット。オジェの口調も厳しいが、2人の顔は憑き物が落ちたような笑みだった。

「抜かせ。我らをクソ呼ばわりしたのとで相殺だ」

 生き残った雑兵とともに武将の化身たちも、祐輔たちの目の前で夜の闇に溶けて消えた。それぞれのマスターに、ある者は手を振り、ある者は目礼しながら。最後に残ったアテナに頭を下げると、女神はふわりと笑って、I.A.に吸い込まれていった。

 それを見届けて、息を大きく吐いた祐輔は尻餅をつき、勢いそのまま、宵の冷気をはらみ始めた河原に仰向けに寝転んだ。愛美と詩鶴が、さすがに疲れたのであろう、ゆっくりと近づいてきて、上から顔を覗き込んでくる。

「佐上君! 大丈夫?」

 征城さんこそと言いかけて、祐輔は彼女たちから目をそらした。自然にやったつもりなのに、あっさりばれた。

「?? ……!!」

 真っ赤になって、砲撃を受けて吹き飛んだ学生服の脇腹部分を手で隠す愛美。詩鶴は同じく肩を手で覆ってプルプル震えだした。

「さぞ疲れたろうといたわりに来てみれば……この淫獣めぇ……!」

 2人に蹴り殺されるのはごめんだ。力を振り絞った横転をした祐輔は、今度は向こうから走ってきたバイクに轢かれるところだった。かろうじて頭の手前で止まったバイクから、ヘルメットのバイザーを上げたレベッカが呆れた声を出す。

「おいサガミ、タイヤの掃除が面倒だから、死ぬならメグかシヅルに刺してもらえよ」

「おせーよ騎兵隊」と揶揄した浩二の発言は、レベッカの逆鱗に触れた。

「それはアメリゴ人だ! 一緒にすんな!」

 最後にやってきた夜那岐が場の収拾にかかるまで、祐輔たちは泥沼の激闘から解放された安堵感に浸り、ドタバタを続けたのであった。

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