第8話 銃弾の備品を持つ女

1.


「いや出るわ出るわ、愛美ちゃんの着替えシーンに入浴シーン、寝乱れた時のブラチラやパンチラまで、お宝動画がポータブル・ハードディスクドライブ4つにパンパンよ!」

 曇って肌寒く感じる今日の部室。陰鬱な室内の雰囲気をものともせず、やけに生き生きとした夜那岐のハイテンションな暴露を、浩二は祐輔とともにやや引き気味に聞いていた。愛美の父を右田川と後池が連行したのち彼の部屋をガサ入れしたところ、夜那岐曰く『お好きな方にはたまらない』諸々のアイテムで溢れていたらしい。愛美の盗撮動画はその一部らしいのだが――

「いる?」

「いりません!!」

 祐輔に提案を一言の元に蹴られて、夜那岐は心の底から不思議そうな顔をした。

「どーして?」

「当たり前じゃないすか! 同級生の、っていうか征城さんの盗撮動画なんて――」

「つか部長、なんでそんな発想に行きつくんすか?」

 いよいよ呆れた浩二の問いに、夜那岐はしれっと言ってのけた。

「だって、祐輔君のズリネタの8割が愛美ちゃんで、残り2割が詩鶴ちゃんだから。需要と供給が一致してると思わない?」

「な?! ななんでそんなこと……っ!」

「しようがないじゃない、おはようからおやすみまで暮らしをみつめてたんだもん。佐上君の」

 スペシャルワンとしての適性を見極めるため、祐輔を2ヶ月ほど監視したらしい。

「い り ま せ ん。マ ジ で」

「まあそう言わずに」

 と夜那岐は浩二を押しのけて、彼の横に座る祐輔の背後からその顔を近づけた。祐輔の顔が憤りと羞恥で真っ赤になっていることなど、お構いなしだ。

「9歳のロリロリ美少女時代からつい先日までのお宝映像が、なんと驚きの4万9800円よ? 今なら特典で盗撮証拠写真付きの使用済みショーツも――」

「なかなか良心的な価格じゃあないか? あ゛あ゛?」

 野太い声とともにポンと音高く夜那岐の肩に置かれたのは、いつの間に部室に入ってきたのか、後池警部補の分厚い手だった。

「詳しいことは署のほうで聞かせてもらおうか。なあ夜那岐さんや」

「い、いやぁねぇ、もう! 今更点数稼いだって昇進なんかしないじゃない!」

 夜那岐が起き直りながら引きつった笑いでごまかそうとするが、後池の追撃のほうが速かった。

「ところで部長さんや?」

「な、なによ?」

「キミはこのあいだ俺に、チームを崩壊させるなとかおっしゃったはずだな?」

「そうね。で?」

「じゃあ、あそこの隅で真っ赤になって立ちすくんでいる女子について、どのように考えるのかね?」

 口調は軽いが眼は笑っていない後池が親指でぐいと指し示す方向を皆で見ると、そこには茹でダコのように指の先まで真っ赤になった詩鶴がいた。動転の余り、口もうまく回らないらしい。

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆうすけっ、おま、おまえがそんないやらしいめで、めでわたしをっ」

「……もしかして、無自覚だったの? 能美さん」

「あんなに目の前に突き出して、たゆんたゆんさせといて?」

 どうにもいたたまれなくなって俯いた祐輔を横目に、浩二と、両腕を前に突き出して『たゆんたゆん』の真似をする夜那岐は呆れた。

 そして2人の言葉で詩鶴の頭から、そしてバツの字にして胸を覆い隠した両手からも湯気が立ち始めた。5秒後。

「祐輔のバカァァァァァァァア!」

 詩鶴は泣きながら部室の戸を勢いよく開けて、走り出ていった。

「ちょ、ちょっと待てよ詩鶴!」

 祐輔が椅子を蹴立てて、詩鶴の後を追う。

「ぬぅ、詩鶴ちゃんにあそこまで耐性が無いとは。ぬかったわ」

「なんつーか、清く正しい幼馴染でしたね。今の」

「で? どうするんだ部長さん」

 と真顔のままの後池がアゴで出入り口を指した。

「うう、フォローするわよ、詩鶴ちゃんを」

「いやあの、被害者は祐輔だと思うんすけど」

「まったく、悪ふざけが過ぎるぜ」

 後池の強面ににらまれて、しょんぼりする夜那岐であった。

 そんなこんなで5分後、祐輔が息を切らして部室に戻ってきた。追いかけた詩鶴にダメ出しされたのかと思いきや、まかれてしまったようだ。

「冗談でしょ? 詩鶴ちゃんのほうが佐上君より足が速いの?」

「違いますよ」と祐輔はやっと息を整えて、夜那岐に反論した。

「あいつ、下校する文化部員の群れに紛れ込んだんすよ。リボン取って」

「木の葉隠れか、やるわね」と夜那岐がもう立ち直って笑う。

「いいゲリコマになれそうだな」と応じる後池に、祐輔はげんなりした顔で笑った。

「ああ、そうそう。愛美ちゃんのことだけど」と夜那岐が話題を変える。

「今うちの部屋で保護してるわ。明日には出校するって言ってたけどね」

 愛美は今日欠席していたのだ。後池が話を引き継ぐべく、座り直して机に腕を置いた。

「分かってると思うが、彼女のプライベートな事情については、他言無用だ。いいね?」

「はい」と浩二と祐輔は素直に頷いた。

「まったく、スペシャルワンが同じ学校に、しかも同じクラスに2人なんて、想定外だわ」

 そうぼやいて、夜那岐が肩をすくめる。

「最初のメソーラが言ってた『スペシャリテども』って、"スペシャリテとその仲間"じゃなくって、"2人のスペシャリテ"だったんすね……」

「ん? じゃあ、メソーラが神田をシカトしたのは?」

 と浩二も首をかしげる。

「彼の心には、メソーラが収穫したくなるような結晶が育ってなかった。今にして思えば、だけどね」

「はぁ、なんだかなぁ……」

 祐輔の感慨は、突如響いた部室の戸が開くガラガラという音で途切れた。

 夜那岐と後池の口が、あんぐりと開く。何気なく振り返った祐輔と浩二の表情が驚愕で固まる。そこにいたのは、なにやらカクカクした挙動の、

「サガミクン?」

 真っ赤な愛美であった。

「は、はい?」

「スベテキキマシタ。シヅルチャンニ」

「~~!!」

(うわあ……)

 とても正視などできない。口まで動きがおかしい愛美と、その機械音声のような無機質な台詞が胸にザクザク突き刺さって身悶えしている祐輔とが。あとついでに、部室の戸にしがみついて、左目だけ出して祐輔をにらんでいる詩鶴も。

 夜那岐が気まず過ぎる沈黙に耐えかねたのか、立ち上がった。

「ごめんなさい。この騒動の責任は、全て私にあります。佐上君じゃなくて、私を責めて」

 愛美はそれを聞いて、夜那岐のほうへと歩み寄ると、思いっきり頬を張った。

「――夜那岐さん」

「……はい?」

「その動画とかは、どこにあるんですか?」

「警察よ」と夜那岐は赤く腫れた頬を気にもせず、愛美をまっすぐ見据える。

「証拠品だから。全部警察に引き渡したわ」

「受け取ってるよ」

 と後池がフォローする。だから、と付け加えて。

「夜那岐さんや」

「……なによ?」

「コピーしてあるブツは、消すんだ。可及的速やかさで、な」

「……はい」

 夜那岐は不承不承といった様子で頷いた。

「あわよくば売る気だったんすか……」

「部長、ちょっとマジでドン引きっす」

 祐輔と浩二が改めて呆れていると、愛美が少し後ろに引いて、部屋にいる皆に向かってぺこりと頭を下げた。

「あのっ、まだ昨日のこともあって頭の中の整理がついてないんですけど、ここであれと戦うことになりました。よろしくお願いします」

 慌てて浩二も祐輔も立ち上がり、よろしくと声を掛ける。遅れて後池がゆっくり立ち上がり、よろしくと柔らかく微笑んだ。

 一同に答礼されてはにかんだ愛美が一転、表情を硬くして祐輔に向き直る。

「佐上君」

「! お、おう」

「というわけで、1つお願いがあるの」

「なに?」

 愛美は、まだ戸口にかじりついている詩鶴をちらりと見たあと、両手をぎゅっと握り締めて、祐輔に言った。

「わたしと詩鶴ちゃんに関する妄想は、その、当面禁止で、お願いします」

(うわ、そー来るか……って、え?)

 言い渡された祐輔の表情が、ぱあっと明るくなるのに浩二は驚いた。

「そんなんでいいの? そんなんで、俺と一緒に戦ってくれるの?」

「へ? あ、ああ、うん」

 歓声を上げて、文字通り小躍りする祐輔。浩二の対面に座る後池が、机越しに囁いてきた。

(いいのか? そんなんで。オカズどころか主食が無くなっちまうんだが)

(だいじょーぶっすよ。ネットにその手のネタなんて唸るくらい落ちてますから)

「あ、あのっ! それから……」

 愛美にはまだ続きがあるらしい。さらにきつく、関節が白くなるほど手を握り締めて、彼女は声を絞り出した。

「ごめんなさい。神田君の、その……本当にごめんなさい」

「うん、いいよ」

 祐輔は穏やかな笑顔で謝罪を受け入れている。詩鶴も動転がやっと治まったようで、愛美の傍に寄ると、よかったなと腕に手を添えていた。その光景にほっこりしている浩二であったが。

「おーい、部長、発作か?」

 後池の急な、しかし意外と冷静な声につと見ると、その横にいる夜那岐が立ったまま机に両手を突いて、プルプル震えているではないか。

 発作? まさか。でも、後池は『ばあさん』呼ばわりしていたし。もしかして、と浩二が携帯を取り出した瞬間、夜那岐ががばっと跳ね起きた!

「キター!」

 今日はくるくると表情の変わる部長である。

「あ? 何が来たんだ? お迎えか?」

「だってだって! 愛美ちゃんと詩鶴ちゃんの妄想禁止ってことはよ?」

「よ?」

「私の時代じゃなーい! 時代!」とVサイン。

「時代? 年代物の間違いじゃねぇのか?」

 と後池は実に苦々しげだが、夜那岐は意に介さないご様子。

「まあ見てなさいって……はーい! 佐上君、一昨日までの報酬の小切手よ~」

 夜那岐は祐輔の椅子の端に右足を掛けて、思わせぶりに制服のスカートをたくし上げた。

「あの……部長、ちょっといいですか?」

「なぁに?」

「もはや定番を超えて記号と化したオーバーニーソックスじゃない点は良いんです。なんで網タイツなのかは分かりませんけど」

「そりゃあ、九ノ一ですから」

「いや、意味が分かりませんけど」

 そう、夜那岐のほっそりとした脚に履かれている網タイツの端に、件の小切手が挟まれているのだ。しかも多分わざと内股側に。

「ボンレスハム状態になっていないというのも好感が持てるんですが……」

「ですが?」

「ホワイトチョコポッキーを網で包まれてもちっとも美味しそうじゃないゴブルァ!!」

 勇敢な裕輔の哀れな顎は、夜那岐の左ニーアタックでかち上げられた。

「ひどい! ひどいわ!」

 夜那岐はふらふらと後池の隣に座ると、後池の肩に寄りかかって泣き始めた。寄りかかられた後池は『言わんこっちゃない』といった渋い顔だ。その溜息は深く、重い。

(佐上君は、網タイツが好き……)

「あの、征城さん? なにメモしてんの?」

 愛美がつぶやきながら、スマホを操作してメモっていた。聞きとがめた祐輔が慌てて質問すると、

「え? わたし、メモしないとすぐ忘れちゃうから」

「いやメモが悪いんじゃなくて!」

「というか、なぜそれをメモするんだ?」

 詩鶴のツッコミに、今度は愛美が慌てた仕草でスマホを振り回す。

「い、いやそれは、ほら!」とどもった愛美が、突然にっこり。

「詩鶴ちゃんの今後の参考になるじゃない?」

「な?! ななな!」

「いや征城さん、こんなちびっ子サイズの網タイツなんてォグヴァッ!!」

 今度は哀れでない祐輔の腹は詩鶴がフルスウィングした学生カバンの直撃を受け、そのドタバタで話は流れた。なぜ愛美のメモが詩鶴の参考になるのか、浩二にも祐輔にもちっとも分からないまま。


2.


 一騒動終わって、そろそろ敵の出現する時間帯だからと夜那岐がブリーフィングを始めた。

「まず、スペシャルワンとサポートの人の組み合わせなんだけど、詩鶴ちゃんどうする?」

「……メグちゃんのサポートでお願いします」

「なんか、イヤそうなんだけど」と愛美の目が潤む。詩鶴は慌てて釈明した。

「いや、メグちゃんと組むのが不本意じゃないんだ」

「そうよねー」と夜那岐がニヤニヤする。

「趣味の"祐輔の観察"ができなくなるもんねー」

「……ふーん」

 と愛美は詩鶴をジト目で見つめた。詩鶴は悠然とした構えで受けて立つ。

 浩二は祐輔のひじを小突いた。

(なんかコメントしろよ、お前)

(何を言ったらいいのか、見当もつかねぇよ)

 などと困った顔をするが、こいつは自分が幼馴染に"観察"されている事について、なんとも思ってないのか?

「京郷君はどうなんだい?」

 と後池に突然振られた浩二は、思いついたままを述べた。

「まあ、そーっすね、オレは祐輔のほうがいいかな、と思ってますけど」

「んじゃ、決まりだな」

「それから」と夜那岐が続ける。

「日本支部からの連絡だと、テッサリア騎士団がそろそろこっちに現れるみたいだから、まあ適当に応対してやって」

「なんすか、それ?」

「要するに同業者よ」と夜那岐は憮然とした表情のまま。

「うちと違って、スペシャルワンを必要としないメソーラ退治を業務にしているの」

「え? そんなこと、できるんですか?」

 浩二たちは驚いた。I.A.から繰り出されるカードでしか攻撃が効かないと聞いていたからだ。

「フラクトゥス・アモリスを加工して、銃弾にしてるという話よ。日本に来たことはなかったんだけど……」

 いつも簡潔に断言してきた夜那岐が、言いよどむ。浩二たちの無言の催促にもしばらく目を閉じて耐えていたが、やがてうっすらと目を開くと続きを語り始めた。

「 Festum Messis。すなわち収穫祭が起こるかもしれないの」

 また聞いたことのない単語が出てきた。収穫の祭りというからには、フラクトゥス・アモリスを大量に回収するイベント……つまり、

「メソーラが大勢攻めて来るということですか?」

 詩鶴の質問に、夜那岐は硬い表情のまま首を横に振った。

「違うわ。オルガニーツァが来るの。大量の近衛兵を引き連れて」

 更なる新単語の連続襲来に動じないのは、詩鶴だけだった。

「主催者? ……メソーラが集めた結晶を幼生に食べさせている奴が、収穫祭の主催者として直接収穫に来るということですか?」

「違うわ」

「んじゃあ、なにを収穫しに来るっていうんですか?」

 夜那岐の眼は、祐輔を見据えた。

「あなたよ、佐上君。あと、ついでに愛美ちゃん」

「わたしはついでですか……ていうか、佐上君?」

「そう」

 驚愕が皆に滲みるまで、部室は沈黙を保ち続けた。

「気付いてない? 校内の変化に」

 夜那岐の問いに、高校生カルテットはお互いを見合ったが、すぐに浩二が閃いたようで手を叩いた。

「そういえば、みんな、なんとなく落ち着いてきたような気がしてたんですけど」

「そう」と夜那岐は微笑む。

「この高校のフィーバーが終わったんだと思う。でも、メソーラは出現し続けている。理由は恐らく、佐上君の力を試しているのよ。もちろん、カップルが絶滅しちゃったわけじゃないから、結晶の収穫は続行しつつ」

 夜那岐は、お茶を一口飲むと話し続ける。淡々と、しかし明らかに激情と悲哀を押さえつけて。

「メソーラはね、元はヒトなの。この世に恨みを抱く者、なんの希望もない者、そういったヒトをスカウトして回ってる。そういうメソーラもいるのよ。そのヒトの恨みの力、あるいは絶望の力を人類に向けさせるために。その親玉たる女王おん自ら勧誘に来る。それが Festum Messis 」

「……あの」と祐輔が俯かせていた顔を上げる。

「俺、別に恨みも無いし、希望だってそれなりにありますけど」

「あなたはスペシャルワンよ」

 夜那岐は静かに言い返した。

「絶望から立ち直った力、でもそれだけではどうにもならない現実。それは、良きメソーラとなる資格なのよ」

 そこまで説明されて、浩二は思い至った。

「祐輔が断固拒否したら、その命刈るべし。それもまた、収穫ってことですか……」

「そんなこと、させない」

 その言葉は裕輔の想い人ではなく、幼馴染から放たれた。当の祐輔は、何とも言えない表情で考え込んだままだ。

「――そいつらが来る可能性はどのくらいなんだ?」

 そう夜那岐に問いかける後池の顔は、ベテランの警察官らしい精悍な、それでいて余裕のあるものに浩二の目には映る。

「高い、としか言えないわ。この街でメソーラが連日出現している一方で、他の街ではオルガニーツァの近衛兵が出現しているから」

「普通逆じゃないすか? 直属の兵隊のほうが身分が高いんじゃ……」

「身分、ってもんがあいつらにあるならね」と夜那岐は祐輔の質問にくすりとした。

「能力的にはメソーラのほうがダンチよ。近衛兵は、それこそ昨日の愛美ちゃんのアイデアじゃないけど、銃弾が当たればその衝撃で吹き飛ばせるくらい。スペシャルワンのアルテで言えば、ペア系の一撃で撃破できるわ」

(佐上君、佐上君)

 愛美が佐上に顔を寄せて、ひそひそ声を出した。

(なに? 征城さん)

(要約して)

 祐輔が愛美にお願いされている。が、詩鶴のほうが速かった。

「要するに、メソーラよりやばい敵が来るかもしれないってことだよ、メグちゃん」

「えええ?! どーしよう! わたしまだ初心者なのに……」

「俺のターンを奪うなよ!」

「ふん」と詩鶴はそっぽを向いてしまった。夜那岐がにやにやしているところをみると、止める気はないようだ。

 その後も一昨日の戦闘に関する反省会をして、ちょうど終わったところで部屋の無線が着信! 敵が出現したようだ。緊張する愛美に、祐輔が声を掛けた。

「大丈夫! さ、行こう!」

「あ、うん!」


3.


 学校近くの公園で、カップルがメソーラに襲われていた。浩二たちが駆けつけたときには既に2人とも地に伏し、襲撃者がのっしのっしと犠牲者のほうに歩を進めていた。

「も、もうやられちゃったんじゃ……」

「いや、まだだよ」と祐輔がI.A.を着装しながら愛美に言う。

「それにしても、今までのと感じが違うな。もしかして、投射型って奴か?」

 祐輔が取りあえずカードを2枚放って、雑兵を5人と8人前面に展開したのを真似て、愛美も雑兵を自分の前面にばらまく。

「わ……!」

「どしたの、征城さん?」

「今、どさっと重い物積まれたみたいに体に負担が来たの」

「そうそれ!」と祐輔は笑いかけたが、浩二が遮った。

「2人とも! メソーラがこっち見たぜ!」

 祐輔と愛美が表情を引き締めて敵と正対するより早く、メソーラの肩が大きく跳ねあがった!

「え?」

 ひゅぼっ、という音とともに、青白い炎のような何かが高速で飛来し、慌てて飛び退いた祐輔の前面に展開した雑兵たちの左翼が吹き飛んだ。青白い光はそのまま浩二のすぐ横を轟音を残して飛び抜け、公園の植木に着弾、さすがに威力が落ちていたのか樹を大きく揺らしたのみであったが、

「あ、あっぶねぇぇ……!」

 浩二の体中から冷や汗がドバっと出る。

「浩二、詩鶴、下がってろ!」

 言われて、浩二と詩鶴はそれぞれ斜め後ろに走り、樹の後ろに隠れた。

「祐輔、征城さん! オレたちが周囲は見張るから!」

 一昨日の河原での戦闘では、浩二が祐輔の手札に見入ってしまい、接近してきたメソーラの発見が遅れた。浩二の叫びは先ほどの反省会で出た改善点である。

「えとえと、ワンペアできたから……えいっ!」

<< Lance Charge >>

 愛美の掛け声とともにカードが放たれ、ランスロットとオジェ・ル・ダノワが馬を駆ってメソーラへと突進する!

「メグちゃん、雑兵に指揮官付けて! 祐輔はその手札ならスペードのフラッシュ狙ったほうが早い!」

 詩鶴がどこから取り出したのかメガホンを使って、2人に指示を飛ばしている。これも、先ほどの反省会の成果の一つ。スペシャルワンそれぞれに対するサポート役は一応決めたが、愛美はしばらく裕輔と一緒に戦闘をこなしてやり方を覚えることを希望した。

 だが、裕輔は自分の戦闘に手いっぱいで、愛美の指導まで気が回りにくいであろう。そこで彼の負担を軽くするため、戦術はともかく放ったカードと残りのカードを記憶できる――全アルテの発動条件と効果も、祐輔のマニュアルを読んで理解している――詩鶴が、周辺監視役とバックアップ役を兼任することになったのだ。

 詩鶴のアドバイスを受けた愛美が抜き放ったのは、クラブのK。

<<King of clubs "Alexandros" >>

 だが、大王は戸惑っていた。

「? あれ? 余の馬は?」

「え? なんで?」

「そいつじゃなくて、ハートのJ!」

 混乱している愛美と詩鶴に、浩二が叫んだ。

「ランスチャージがやられちゃったぞ!」

 メソーラに向かって突っ込んでいったランスロットとヘクトルは、メソーラがまた打ち出した光弾の直撃を受けて霧散してしまった。先ほどの攻撃といい、結構な威力のようだ。

 光弾はそのまま直進し、愛美の雑兵を薙ぎ倒して、これまた横っ飛びに交わした愛美をかすめて詩鶴の隠れる隣の樹を大きく揺らした。

「うわ、さすがバレー部」

 ちゃんと地面で一回転して起き上がった愛美を見て、浩二は感心した。

「あれ? えーと」

「ハートのJ」

 愛美は次の行動を度忘れしたらしい。忘れなかった詩鶴がフォローしている間に、

<< All hands assault >>

 祐輔がアルテを発動! ランスロット率いる兵団がメソーラに突撃を敢行する。が――

「遅い!」

 メソーラの光弾がランスロットを直撃! 将を失った兵団はそのまま進んでメソーラの爪で粉砕されてしまった。

「ああもう、なぁにやってんだ! 裕輔殿! なんで2人でわざわざ撃たれる場所にいるんだよ! 移動して奴の横から攻めろよぉ!」

 愛美が召喚したラ・イルに説教されてしまった祐輔は、先の攻撃の余波で減った雑兵を補充しつつ、メソーラの左を取ろうと動いた。

「え、えと、私たちは――」

「マドモワゼルはご心配なく。このエティエンヌ・ド・ヴィニョル、我が身を賭してお守りします」とラ・イルはひざまずき、愛美の右手を取って接吻した。

「おいフランク人! 何だよその扱いの違いは!」

 祐輔ががなりながらヘクトルを召喚し、攻撃態勢を取らせる。

 ラ・イル隊とヘクトル隊は連携してメソーラと丁々発止の駆け引きを繰り返し始めた。メソーラが正対すれば盾を構えて密集し、その間にもう一方が接近する。メソーラがそれを嫌って後退すれば、あくまで2方向から攻撃可能なように位置変更。メソーラが光弾を撃ってくれば、縦に身を潜めるか散開して損害を少なくして。そんなことを繰り返すうちにタイムアップ。

「くそっ! また来るぞ!」

 とメソーラが吐き捨て、時空の裂け目に帰っていこうとした、その時。

 公園の奥が激しく光ったかと思うと、一発の銃声が夕闇迫る公園に響く! 次の瞬間メソーラが前に弾け跳んだ!

 悲鳴を上げて、愛美と詩鶴が身をすくめる。怯みながらも、とっさに愛美のほうに駆け寄る祐輔の向こうに、浩二は1人の女性を見た。暗くて髪の色はよく分からないが、その分白い肌の顔と同じく白い上着が闇から浮いて見える。オリーブドラブのカーゴパンツを履いているのと相まって、余計にそう見えるのだろう。浩二から50メートルほど離れていてもわかるガタイのいい女性が手に持つ物体、それは――

「ピストル?」

 浩二にはその手の知識は無いが、とにかくゴツい外観の拳銃をくるくると手で回すと、すとんとレッグホルスターに収めた彼女は、口を開いた。

「やれやれ、間に合ったみたいだね」

 そう言いながら浩二たちのほうに向かって大股で歩いてくる。見た感じは白人のようだが、イントネーションが少しおかしいくらいの流ちょうな日本語に、浩二たちは面食らった。

「キミたち、ヘブローマのスペシャルワンだよね? 初めまして。商売敵です」

(佐上君、佐上君)

 また愛美が祐輔にこっそり聞いている。

(どう見ても外人さんなんだけど、こんばんわでいいのかな?)

(無理に英語で話す必要ないんじゃ――)

「後ろ!」と詩鶴が叫ぶ!

 後ろ、すなわち女性があっさり通過したせいで半ば忘れられていたようになったメソーラが音も立てず起き上がり、肩を素早く駆動させた!

 女性もまた動いた。しゅっと拳銃を抜くと反転して引き金を引くまでに1秒と掛からず、銃弾と光弾が激突した閃光と爆発音が公園の木々と遊具の存在を浩二たちに思い出させる。

「く……くそっ! くそが! 明日まで帰れなくなっちまったじゃねぇか!」

「帰るなよ、人生の敗北者」

 女性はそう冷たく言い放つと、まるでついでのように銃弾をもう1発、今度はメソーラ本体に向かって撃ち込んで、おもむろに銃口を上に向けると親指で何かの留め金を操作した。すると、拳銃の胴部からシリンダーが飛び出て、薬莢がバラバラと公園の土の上に落ちていった。

「どうしても帰りたいってんなら、あたしが帰してやるよ」

「くそ……ふざけるな! きさまにあの方のような真似が――」

「無に帰れ」

 女性はメソーラに悪口を投げつけながら、腰に付けたマグポーチからひと塊の金属物を取り出した。拳銃を下に下げて、むき出しになったままのシリンダーにその金属物をはめ込むと、かすかな金属音とともに、銃弾が装填される。残された装填用器具を投げ捨てながら、女性は静かに言った。

「人類の敵よ、我が愛銃の刻み痕として生きろ」

 手首をひねってシリンダーを拳銃に戻した女性が、浩二の予想を裏切ってすぐにはそれを構えず、銃把を両手で握ると、カチリ。銃の撃鉄を両の親指で起こした。

<< Ream hammer,start up! >>

 男声によるコールとともに、女性は拳銃を素早く構えると、引き金を引く。

 次の瞬間、激烈な光と轟音が鳴り響き、浩二たちは思わず耳を塞いだ。銃弾は止まることなく拳銃から発射され、なぜかキラキラと光り輝く残照を残しながら飛んでメソーラの分厚い胸に叩き込まれていく。吹き飛ぶ暇すらなく8発全てをその身に受けたメソーラは下手くそなマリオネットのように踊ったあと、くぐもった絶鳴を上げただけで四散してしまった。

「……ほう、フルオートになるのか、あれ」

 耳から手をこわごわ離しながら、詩鶴が呟く。

「わたし、ピストルの音って初めて聞いた。ドラマとかと全然違うね」

 と愛美はまだ動悸が治まらぬ様子。彼女を心配そうに気遣っていた祐輔が、突然声を張り上げる。

「ちょっと! 勝手に持ってかないでくださいよ!」

 女性が、メソーラが塵と化した場所に身をかがめると、フラクトゥス・アモリスを回収していたのだ。

「さっき言ったでしょ? "商売敵"って」

 祐輔の抗議などどこ吹く風と、女性は笑うと結晶を手のひらでもてあそんだ。

「倒した奴がいただく。日本ではどうか知らないけど、世界の常識よ?」

 黙ってしまった祐輔に、彼女は尋ねた。

「ヤナギ、っていう人はどの方?」

「ここにはいませんよ」

 と気を取り直した様子で祐輔は答えた。夜那岐は忍びとしての機動力と忍術を生かすため、県警と連携して広域を哨戒しているのだ。これもまた、反省会の賜物。

 夜那岐と連絡を取るべく、詩鶴が電話をかけ始めた。

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