#025 機械獣魔と〈鳥籠〉の中の少女と

 

 私が〈鳥籠〉の中にいる間は、〈鳥籠〉の中の少女が私に成り代わっていた。

 〈鳥籠〉の少女は、私の夢の中に棲んでいるのだから、他人から見たら、どちらも〈私〉に見えるかも知れないけど……


 でもね、〈鳥籠〉の少女は、私よりも遙かに的確に指示を出して、混乱の渦中にあった事態をまとめた。とてもじゃないけど、私には逆立ちしても出来ないことを、何気なくやってしまったの。


 その時、教導騎士団きょうどうきしだんは、かなり悲壮な全力突撃の準備に入っていた。切り札のガストーリュと法印皇女までもが通用しないのなら――もう、そうするしかなかった。私が〈テムテムカムナの鈴虫〉に対応しきれなかったのは、教導騎士団きょうどうきしだんにも見えていた。


 だけど、〈鳥籠〉の少女は、そういう痛そうな戦い方は望んでいなかった。

 本気だけど、被害を出さない……そんな戦い方を求めていた。

 だから、司令塔役になれる私の体を借り出して、状況を仕切り直してしまったの。


 ユカに指示して飛竜を外周運河近くに降ろさせた。

 それから、何か合図して、ガストーリュを呼び戻した。

 銀雪聖堂の上空にも東庭園にも展開している教導騎士団きょうどうきしだん燭光信号しょっこうしんごうを送った。ユカから真鍮製の燭光信号器しょっこうしんごうきの筒を借りて、チカチカと次々と指示を飛ばしたの。

 内容はごめんなさい。姿見越しでも見えるんだけど、例によって読めない。何となく教導騎士団きょうどうきしだんに後退を促したのだけは解った。


 それに上空に展開している天空船にも距離を取るように求めた……みたい。

 さらには、銀雪聖堂を守る司祭や神官たち向けにも燭光信号しょっこうしんごうでメッセージを飛ばしていた。

 ちょっとびっくり。

 燭光信号しょっこうしんごうの瞬きだけで、あんなにも混乱していた銀雪聖堂の状況が変わった。〈鳥籠〉の中の少女は、私の――法印皇女権限を使ったとはいえ、あっという間に天空船も教導騎士団きょうどうきしだん魔法機械騎士まほうきかいきしも配置転換させた。

 

 〈鳥籠〉の中の少女が何をしたのか?

 それは、後からユカや教導騎士団きょうどうきしだんの皆様に聞いたり、さらに戦闘詳報などを調べて解った。私の法印皇女権限を使って指示を出しているのだから、記録に整理されていたの。


 銀雪聖堂、東庭園を中心とする半径八百セタリーブから全員を待避させていたの。

 理由は、色々と取り繕ってあるけど、強力な魔法を使うためとぼかしていた。

 さらには、銀雪聖堂を守るセリム司祭様へも、強力な魔法が放つ魔法音韻まほうおんいんを上空へ放出するため、再度、世界守護結界を大気上層へ向けて開くように求めていた。


 〈鳥籠〉の少女は、この後の展開を知っていた。

 そのシナリオを書いたと言った方がいいのかも知れない。

 妖魔側に、私を……沙夜・イス・メートレイアを試すように、促したの。

 私の中に〈鳥籠〉が存在するのか、否かを……

 そして、その「試験」をするための準備をしたの。


 はあ~

 何度思い出しても、ため息が出ちゃう。


 二年も前の出来事だから、さらにこの次にどうなるのかを体験した後だから、こんな風に整理して話せるけど――あの時、一生懸命だった最中は、私、何も解っていなかった。


◇  ◇


 元に戻るのはあっけなかった。

 私と〈鳥籠〉の中の少女との交代方法は簡単だった。こんな取り込み中の最中だから、説明は後回しで、とにかく試した。理解は……たぶん、後で追い着いてくると思った。

「じゃあ、はいっ!」

 と、ハスキーな甘酸っぱい声に誘われて手を出したら、ぱんっ! と手を打ち合わせた。たった、それだけ。そう、ハイタッチ。私の夢の中に棲んでいる〈鳥籠〉の少女と、私の交代方法はそれだけだった。


 〈鳥籠〉は特別な魔法だった。


 本来なら、複雑で大規模な魔法の儀式を必要とするはずなのに、ここまで単純化できるのは……この少女の魔法技術力が化け物である何よりの証拠だった。でも、そんなこと、意識すらできなかった。だって、何の違和感もなく、交代できるんだもの。


 その瞬間に感覚が戻った。


◇  ◇


 夢が覚めたら、ユカがすぐ傍にいた。当然だけど、ユカは私の身に何が起きていたのかを知らない。振り向くとガストーリュの涼しい視線が私を待っていた。


 凄く恥ずかしかったけど、ユカに掻い摘まんで事情を話した。さすがに、〈鳥籠〉の少女のことは言えないから、とにかく強力な魔法を使うから、私の苦手な水魔法を手伝って欲しいと伝えた。


 ユカは、小さくうなずいた。なるべく意識しないようにしたけど、栗色の髪の中でユカの耳たぶが赤く染まっていたから、私もきっと同じように頬を火照らせていたと思う。

 手を繋いで、一緒に魔法を唱えた。

 私が風の魔法を、同時にユカが水の魔法を唱えた。ちょうど、合唱みたいな感じね。私がメゾソプラノで、ユカがアルトだからね。

 そして、ユカの細い肩を抱き寄せて、唇を重ねた。ユカの頬が、そして耳も真っ赤に染まっていた。


「ガストーリュっ!」

 声の限りに私の魔法機械騎士まほうきかいきしの名を叫んだ。寡黙な機械騎士きかいきしはそれでも私の心を感じ取って、この立ち振る舞いで答えてくれる。つま先立ちになって両手を空へ振りあげた。巨大な機械音が降って来る。

 一心に魔法の言葉を心の中で唱え綴った。私の周りに銀色の魔法符形まほうふけいが次々と湧き出した。

「私たちの力、受け取ってっ!」

 魔法機械騎士まほうきかいきしの右拳が、極めて正確に、私の両手に触れる位置で一瞬だけ静止した。ユカの白い手が、私の手首に触れた。ふたり分の魔法の詠唱をひとつに合わせた。


 虚数月魔法〈シャムシールの斬撃〉


 月の光が映った外周運河がいしゅううんがの水を、巨大な半月刀の形に変えた。私の背後にあった運河の水が次々と浮き上がり、銀色に輝く法符ほうふに導かれて、蒼く輝く半月形の刀身に形作られた。


 ガストーリュが巨大な半月刀を受け取った。その手応えを確かめるために、一度だけ空を切った。蒼い燐光が円弧を描く刃の軌跡に飛び散った。凶暴きょうぼうな風が巻き起こった。

 ガストーリュは受け取った特殊な形の剣を手に、私をじっと見下ろした。

「ガストーリュ、お願いします」


 ガストーリュが駆け出した。漆黒妖魔しっこくようま機械獣魔きかいじゅうまは、銀雪聖堂を攻めることを止めてガストーリュを待っていた。

 そして、再び、衝突。硬質な金属同士が相食む音色が響いた。

 半月刀が機械獣魔きかいじゅうまの背中に生えたステゴサウルスの骨板みたいな装甲板を、横薙ぎに切り払った。この部品すらも極めて硬質な真銀特殊鋼しんぎんとくしゅこうで形成されている。たちまち半月刀が刃こぼれを起こした。でも、その巨大な刀身は運河の水を魔法符形まほうふけいで固めて作った氷の刃だった。

 刃が欠け落ちても、すぐに魔法符形まほうふけいが刀身を作り直してゆく。魔法で作った刃だから、魔法符形まほうふけいが生きている限り、外周運河がいしゅううんがに水がある限り、何度でも半月刀を作り直せた。


 今度は本物だった。

 ガストーリュが優勢に押していた。


 教導騎士団きょうどうきしだんが使う鋼鉄製の長剣は、突きや打ち込みといった直線的な動きで戦う。それに対して、〈シャムシールの斬撃〉で生み出された半月刀を振るうガストーリュの動きは、まるで舞うように柔らかく円弧を描いていた。半月刀は、ぐるりと円弧状の鋭い刃を持って、斬撃に向いていた。だから、ガストーリュはつむじ風のように弧を描きながら戦っていた。

 教導騎士団きょうどうきしだんからも感嘆の声が漏れた。それほどにガストーリュの剣技は美しくて、完成されていた。


 ユカとうなずき合った。

 私とユカとで再び、魔法を唱えた。〈シャムシールの斬撃〉を運河の水に二重掛けにした。ガストーリュの白亜の体躯に並ぶほどに、巨大な氷の刃が生み出された。

 ガストーリュを呼び戻して、巨大な新しい半月刀を与えた。

 戦いに終止符を打つべく、私の魔法機械騎士まほうきかいきしに命じた。

「法印をします。この機械獣魔きかいじゅうまを切り開いて、魔法機環まほうきかんを抉り出してください」

 ガストーリュは蒼く研ぎ澄まされた巨大な三日月形の刀身を、つむじ風のように一度振るい確かめた。私がうなずくと、ガストーリュは再び風のように駆けだした。



 この時、本当は――私が、気がつかなきゃいけなかったの。



 かつて、漆黒の貴姫様が全世界を相手に戦い、勝つことが出来た理由……

 貴姫艦隊が、世界守護艦隊にも、異世界連合の真紅艦隊しんくかんたいにも、漆黒妖魔の艦隊にさえも勝つことができた理由に。


 

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