#024 〈鳥籠〉、虚数月魔法を口移しで



#星歴 684年11月 5日 午後5時15分

  ティンティウム市朱鷺ヶ丘ときがおか16番地 銀杏金枝寮ぎんなんきんしりょう



 今夜はパエリア。それにポテトサラダ。ジャガイモの皮を剥きながら、寮母りょうぼのウェルティーヌさんと話した。


 銀杏金枝寮ぎんなんきんしりょうには、試験期間を除いて、夕食の支度を寮生が交代でお手伝いするルールがあった。ちょうど、今夜は私の順番だった。芸術学院のキャンパス内には他にも寮があるけど、寮母さんのお手伝いをするルールは、銀杏金枝寮ぎんなんきんしりょうだけらしい。でも、今夜の私にはちょうど良かった。

 だって、寮母さんに何となく相談したい時って、あるでしょ。


 実は……

 天空艦隊てんくうかんたいから届くお手紙をこっそり仕分けしてもらうために、ウェルティーヌさんには、天空艦隊てんくうかんたい統合指揮所とうごうしきしょ戦術技巧官せんじゅつぎこうかんにも話していない、私の秘密を知らせていた。何というのかなあ――ウェルティーヌさんには不思議な包容力があって、こうして夕ご飯のお手伝いをしているうちに、何でも自然と話せてしまうの。


「……それで、あなたの騎士きし天空船てんくうせんはいま、どこにいるのかしら?」

 パエリアパンに敷いたお米の上に、ティンティウム湾で獲れた新鮮な白身魚やアサリやエビを並べながら、ウェルティーヌさんが微笑みかけてくれた。


 ガラス製のボールの中に切り分けて、ガーリックドレッシングに漬けていたトマトを差し出した。この大きめに切り分けたトマトは、銀杏金枝寮ぎんなんきんしりょうのパエリアには欠かせない。煮崩れたトマトの酸味がご飯にすごく良く合うの。

 それに、ウェルティーヌさん特製のガーリックドレッシング。これが、きっと、美味しさの秘訣だと思う。嘗めてみたことがあるけど、ニンニクと塩味が強いけど、玉ねぎと、それにお酢も少し感じた。でも、作り方は内緒って言われて、教えてもらっていない。


 それに、ポテトサラダの方にも、ちょっとだけこだわりがあった。

 ほくほくに茹であげたジャガイモを塩やマヨネーズで味付けしながら潰すのだけど、木べらで潰していた。本当は厨房にある機械で練ってしまうこともできるんだけど、そうするとペースト状になって、いまひとつ美味しくない。だから、手間だけど、ほくほくのジャガイモの食感を残すために、木べらで押し潰していた。

 これが結構、手間だった。でも、おしゃべりするには、ちょうど良かった。


 美味しいものを食べる口と、おしゃべりをする口は同じだから、この時間、この場所だけは、秘密の重さを感じないでいられたのかも知れない。


 ウェルティーヌさんの優しい笑みにうなずいてから、瞳を閉じて、ガストーリュとメルアリューズに心の中で呼びかけた。


 すぐに声が心の中に返ってきた。

 うんざり気味な声が話す報告内容にあきれた。


帝都外周運河ていとがいしゅううんがで大型貨物船に乗せ替えられたところです。まだ、アゼリア市港区の桟橋にいます」

 そう話した私の声までもため息混じりになっていた。機械騎士きかいきしガストーリュはともかく、天空船てんくうせんであるメルアリューズまでも、わざわざ大型貨物船に隠し積みなんて、大げさなことと思った。

 メルアリューズは、息苦しくってかなり参った様子だった。天空船てんくうせんなんだから、本当は風の中を自由に飛びたいのだろうけど…… メルアリューズは凄く目立つ天空船てんくうせんだから仕方ないのかも知れない。

「お願い、メル。あと少し、我慢してください」

 心の中でメルアリューズを拝み倒した。


 天空艦隊てんくうかんたいとしては、メルアリューズの存在はできるだけ秘匿ひとくしたいのだろうけど……


 だって、貴姫先導船きひめせんどうせんメルアリューズは、六百年前の天空海戦時代に、世界守護艦隊せかいしゅごかんたい相手に全戦全勝をやってしまった張本人なんだから……

 そりゃあ、そんなものが帝都にありますとは、言えないよね。


 ウェルティーヌさんが、ぷっと可笑しそうに笑った。

 私、ガストーリュやメルアリューズとおしゃべりしている時は、空中に向かって話しかけているみたいになっちゃうから、確かにヘンかも知れない。


 というか、やっぱり、ヘンだよね? 遠く彼方にいる機械騎士きかいきし天空船てんくうせんとおしゃべりできるなんて。


「今夜はどこまで話すつもり? 早くしないと、あなたの騎士きし天空船てんくうせんがティンティウムへ着いちゃいますよ」

 それでも、ウェルティーヌさんは、打ち明け話をやっと始めた私のこと、嬉しそうに見守ってくれていた。


 だから、少しずつお話ししようと思うの。

 漆黒しっこく貴姫様付きひめさまづきのはずの機械騎士きかいきし天空船てんくうせんがどうして、私に付き従ってくれるのかを……


 さあ、今夜も続きをお話しますね。


◇  ◇



#星歴682年 11月 17日  午前6時50分

  アゼリア市北区雪銀聖堂 東庭園


 

 剣を失ったガストーリュへ、後方に待機していた教導騎士団きょうどうきしだん魔法機械騎士まほうきかいきしが新しい鋼鉄の剣を投げた。クムク副騎士団長ふくきしだんちょうの時と同じだった。数に限りのある鋼鉄の剣は、それをより有効に活かせる機械騎士きかいきし教導騎士団きょうどうきしだん内で融通し合っていた。互いに信頼し合っている教導騎士団きょうどうきしだんならではの戦い方だった。


 今度は、土魔法〈ドラスの鉄籠目〉

 ガストーリュが手にした鋼鉄製の剣に再び法符魔法ほうふまほうを掛けた。魔法機械騎士まほうきかいきしとして、ガストーリュは破格の大出力を持っていた。機械獣魔きかいじゅうま装甲外骨格そうこうがいこっかくが硬くて、切るのが無理なら、力任せに撃ちかまして叩き壊すことを考えた。だから、本来は打撃や雷撃を防ぐ守備魔法符しゅごまほうふを、鋼鉄の剣を強化するために転用した。

「ガストーリュ、もう一度、お願いっ!」

 私の意図を正確に理解したガストーリュは、鋼鉄の剣を左手に持ち替えた。私付きになってくれた白亜はくあ魔法機械騎士まほうきかいきしは、私からの攻撃魔法は右手で、防御魔法は左手で受け取る。


 ガストーリュが駆けだした。先ほどとは違い、真っ直ぐに突っ込むのじゃなくって、機械獣魔きかいじゅうまの動きを探りながら、その禍々まがまがしい漆黒しっこく機械の周囲を回り込んだ。


 夜明け前の風の中でユカへ声を張りあげた。

「ユカ、外周運河がいしゅううんがのすぐ上を通ってっ!」

 風切り音で声が掻き消されそうだったけど、ユカは私の意図をすぐに理解してくれた。私が指し示した方向へ飛竜が飛んだ。

 蒸気投射管を使っての急襲きゅうしゅうは上手くいかなかった。

 今度は、ガストーリュの剣技に頼って、本気で凌ぎ合いながら妖魔ようまを攻めることになる。だから、私の魔法力も投入して、可能な限りガストーリュを応援するの。


 私、実は……水魔法は苦手だった。魔法符札まほうふさつは使わなかった。魔法符札まほうふさつは魔法の音韻おんいんを一時的に覚えてくれるメモ用紙にすぎないの。たくさんの魔法を素早くどんどん使うのには便利だけど、使い熟せる自信のない魔法には不向きだった。

 魔法の他にもしなきゃいけないことがいっぱいある時、たくさんの魔法を同時に使う時、魔法の音韻おんいんを心の中で編む時間が足りない時、そんなとき、魔法符札まほうふさつを使う。でもね、魔法符札まほうふさつは、凄く便利だけど、魔韻まいんを一時的に蓄えてくれる便利なカードにすぎない。使い熟せない水魔法は、私が直接にコントロールするしかなかった。



 水魔法〈ファレンカルクの蔓草つるくさ

 大量の水を必要とする束縛魔法そくばくまほう外周運河がいしゅううんがの水を汲み上げて、漆黒しっこく色の機械獣魔きかいじゅうまを縛る水の鎖を編んだ。


 銀森聖堂と門前町とを繋ぐ外周運河がいしゅううんがに掛かる真砂橋の下を潜って、飛竜は水面すれすれで、背面飛びにくるっくるっと廻りながら飛んだ。飛竜の廻りに蔓草魔法つるくさまほうに吸い上げられた水が、まるで本当の蔓草つるくさのように螺旋らせんを描いて巻き付いた。

「ガストーリュと逆回りに飛んでっ!」

 飛竜が引き連れてきた外周運河がいしゅううんがの水が、漆黒しっこく機械の禍々しい獣魔じゅうまをぐるぐる巻きにした。機械獣魔きかいじゅうまが防御に使っているのと同じ、ファレンカルク系統の魔法だから、これは無効化されない。 


 凍っちゃえっ!


 風魔法〈システィーナの氷菓子〉

 本当はお料理に使う、かき氷を作るための魔法。生活支援魔法のひとつで、ジュースやお酒に合うかち割り氷でも、綿毛みたいなふわふわのフラッペでも、かき氷だったら何でも作れるスイーツ魔法。


 禍々まがまがしい機械獣魔きかいじゅうまの足回りを、がちがちに、凍り付いた〈ファレンカルクの蔓草つるくさ〉が縛りあげていた。システィーナ魔法系は、基本、カナッペとかブルスケッタとかポットパイとか、可愛らしいお料理やお菓子を作るための支援魔法だから、こういう荒っぽいことには向いていない。

 それに、〈システィーナの氷菓子〉は、システィーナ魔法系の中でも最下層にあって、本当に入門用の魔法だった。たぶん、地上に住んでいる人たちでも半日講習を受けたら使えるくらいに簡単なの。


 こんな高レベル魔法が凌ぎ合う場面には、完全に場違いだった。

 でも、それが狙いだった。

 妖魔ようまを相手に正攻法で打ち勝つのは難しいの。


 だから、あえてかき氷を作るお菓子用の魔法で攻めた。ふわふわの魔法だけど、僅かな時間ならば、頑張れば、機械獣魔きかいじゅうまの動きを封じられる。

 まさか、妖魔ようま側もかき氷を作る魔法で拘束されるとは想定していないはず。対策は用意していないはず。だから、この魔法は通るはずなの。

 食べても大丈夫なくらいに弱いけど、これだって冷雷魔法の一種だから、もちろん〈ファレンカルクの静謐せいひつ〉には無効化されない。


「ガストーリュ、いまですっ!」

 ガストーリュの振り下ろした鋼鉄の剣が、機械獣魔きかいじゅうまの尻尾に生えた巨大なトゲを叩き割った。さらに、漆黒しっこくの鱗を次々と叩き割り始めた。

 だけど、〈ドラスの鉄籠目〉で強化したにもかかわらず、鋼鉄製の剣はみるみる刃こぼれしていく。ここまで魔法を駆使しても、機械獣魔きかいじゅうま装甲外骨格そうこうがいこっかくは法外なまでに硬い。でも、この戦いで初めて機械獣魔きかいじゅうまにダメージを与えることができたのは、前進だった。


 何とか、いけるっ!

 そう、思った時だった。 

 

 機械獣魔きかいじゅうまを取り巻く魔法音韻まほうおんいんに嫌な変化が起きた。一瞬、全ての音が消えた。不自然な無音の空間が機械獣魔きかいじゅうまの周囲、半径で三百セタリーブくらいの円形に現れた。それが、円から細い楕円形に引き絞られていく。

 細長い矢のように楕円形の無音空間が変化した。そして、その先にガストーリュがいた。


 はっとした。

 〈テムテムカムナの鈴虫〉だった。

 やっぱり、真銀特殊鋼しんぎんとくしゅこうの天敵、鈴虫魔法を使ってきた。

 瞳を閉じて一生懸命に耳を澄ました。


 聞こえない音が聞こえた気がした。

 瞬間、私もガストーリュの体躯に付加していた鈴虫魔法を発動して打ち返した。


「ガストーリュっ!」

 泣きそうな声で叫んだ。

 上手くいかなかった。


 半波長だけ位相をずらして、完全に同じ音色の鈴虫魔法を打ち返したはずだった。

 でも、相殺するはずが、ちょっとずれた。

「半音下だった! どうしようっ!」

 思わず口元を覆った。


 だけど……

 ガストーリュは、鋼鉄の長剣を自身の前にかざして、鈴虫魔法の魔韻まいんを防いでいた。鋼鉄の剣が粉々に砕けた。真銀しんぎんじゃなくっても、共鳴破壊魔法を至近距離で浴びたら金属はばらばらにされてしまう。

 ガストーリュの被害は、左肩口にひび割れが開いた程度に見えた。魔法機械工廠まほうきかいこうしょうに持ち込んで精密計測しないとダメージを判定しきれないけど、致命的な事態は回避できた。

 

 ため息。

 私のミスを、ガストーリュの剣技が救ってくれた。

「ガストーリュ、ごめんなさい」

 心の中だけじゃなく、声にしてしまった。ガストーリュは答えない。ただ、私の盾になり、私の剣になってくれる。


 再び、ガストーリュの許へ鋼鉄製の長剣が投げられた。

 でも、ガストーリュはもうその剣を受け取らなかった。

 緩いカーブを中に描いて届いた鋼鉄の剣は、ガストーリュが手を伸ばさなかったから、そのまま銀雪聖堂ぎんゆきせいどう東庭園の碧い芝生に突き刺さった。

 この鋼鉄の剣では勝てない。それは解りきっていた。

 

 白亜色はくあいろをした私の魔法機械騎士まほうきかいきしは、すっと私を見詰めた。


 え……?

 いま、何て言ったの?


 心の中に届いたガストーリュの〈声〉は、魔法を求めていた。それは、聞いたこともない名を冠された呪符魔法だった。

「ガストーリュ、ちょっと、待って。私、そんな魔法、しらな……」

 戸惑って声をあげかけて―― それが、途切れた。



 ◇  ◇



 ふいに、感覚が途切れた。

 甘酸っぱい声が笑っていた。

 クッキーを焼いているような小麦粉の美味しそうな匂いがした。

 暖かくて、柔らかい風が微かに吹いていて、小鳥のさえずりも聞こえた。

 直射日光を遮るために掛けられた白い天幕がぱたぱたと風をはらんだ。


 

 私は……夢の中にある〈鳥籠〉の中にいた。

 〈鳥籠〉って呼んでいるけど、銀杏金枝寮ぎんなんきんしりょうがまるごと入ってしまうくらいに巨大な〈鳥籠〉だった。


 どうして……?



 わたし、いま、妖魔ようま機械獣魔きかいじゅうまと戦っている最中で、しかも飛竜に乗っていた。いくら何でも居眠りなんて有り得ない。空を飛び回る飛竜の背中でそんなことしたら、振り落とされちゃうし……

 でも、甘酸っぱい声がくすくす笑いながら、いつものように私に話しかけてきた。こんな時だって言うのに、ちっとも緊張感のない声だった。

沙夜さや、だいじょうぶ。だいじょうぶだから、心配しないでね」

 大丈夫って言われても、そんな……

「ちょっとだけ、沙夜さやのこと借りるけど、ちゃんと返すから、心配しないでね」


 えっ? えっ?


 そして、もう一度意識が一瞬、ぶれたように飛んで……

 私は、〈鳥籠〉の中に置かれた籐で編まれた椅子に腰掛けていた。

 その近くには、天井から涼やかな香りを放つラベンダーの花束が吊るされていた。

 傍らのテーブルには、レモングラス? みたいな匂いのハーブティーと、焼きたてのクッキーが盛られていた。このクッキー、何となく法王宮殿ほうおうきゅうでんで出してもらったクッキーに似ていると思った。きっと、一度かじったクッキーが美味しかったから、見よう見まねで作ってみたに違いない。が……


 さらに、その向こうには私の背丈よりも大きな姿見が置かれていた。

 そして、驚いた。

 大きな姿見の鏡面には、が映っていた。何かをユカに指示して、飛竜を外周運河がいしゅううんがのそばに降ろした。そして、私よりもずっと優雅な仕草で、芝生の上に降り立った。



 突然、こんな話の流れになっちゃって、ごめんなさい。

 私が戦いの最中に経験した感覚は、あまりにも唐突で不可思議なものだったの。


 この不思議な状況を――

 どう説明したら、わかってもらえるのかなぁ?


 実は、この〈鳥籠〉の夢は、幼い頃から時々、見ていた。

 凄く居心地のいい夢だから、お布団に潜る時にこの夢が見れるといいなって、密かに女神さまにお願いしてたこともあった。


 だから、まさかと思った。


 この時は、まだ、この〈鳥籠〉の夢が一体何なのか、私にも解らなかった。


 ――初めて〈鳥籠〉の夢を見たのは、幼い頃、思い出せない悲しい出来事が起きたその夜のこと。


 私、記憶を封印されているから、悲しい出来事の中身を明確には意識出来ない。

 だけど、ただ、ただ、悲しかったという感覚の残響みたいなものだけを覚えている。


 泣き疲れて眠った私にとって、初めて見た〈鳥籠〉の夢は、救いだった。

 目覚めた時には、少しだけど笑うことができた。

 

 それから……

 〈鳥籠〉の夢は、私が辛い時やピンチの時の夜に時々、見るようになっていた。

 嫌なことが学校であって…… 塞ぎ込んでお布団に潜った時や、泣き疲れて眠った時に、〈鳥籠〉の夢を見ていた。


 確かに、法外に硬い機械獣魔きかいじゅうまと戦っているんだから、これまで経験した中でも最大級のピンチなのは間違いないけど…… 戦っている最中、飛竜で空を飛んでいる真っ最中に夢を見るとは思わなかった。


 さらに、この時の〈鳥籠〉の夢は、白昼夢というだけではなく、いつもと何か違っていた。


沙夜さや、ガストーリュが求めている魔法、教えてあげますね」

 抱き竦だ すくめられて、唇を重ね合わされた。

 びっくりして見あげたら、清楚で涼やかな微笑みが嬉しそうに私を見ていた。


 夢の中で逢う〈鳥籠〉の中の少女の顔を見たの、実はこれが初めてだった。甘酸っぱい笑い声は、何度も聴いたのだけど、なかなか、顔を見ることができなかったの。

 夢って、そんな感じのものでしょ。

 それが、やっと、お話し出来るようになった。


「あ、ありがとうございます……」

 そう、お礼を言いかけて気付いた。


 これって、〈周転円環魔法陣プラスミド〉交換だよっ!


 驚いた。

 有り得ないことだった。

 私が、この清楚な美少女から口移しで与えられた魔法は、普通の学習方法では絶対に覚えられない魔法だった。教導騎士団きょうどうきしだんの魔法術の指導騎士しどうきしを専属で付けられたとしても、絶対に習得出来ない、そんな魔法だった。

 だけど、漆黒妖魔しっこくようま機械獣魔きかいじゅうまと戦うにはどうしても必要な呪符魔法じゅふまほうだった。

 だから、ガストーリュはその月魔法を私に求めた。


 私が使えない魔法だったから、〈鳥籠〉の中の少女は、私にその月魔法〈シャムシールの斬撃〉を口移しで教えてくれた。


 私、この瞬間に、人が絶対に習得出来ないはずの―― この月属性魔法つきぞくせいまほうを覚えてしまったの。


 人が使える魔法は、火、水、土、風、光の五つのはずだった。それなのに、本当は妖魔が使う魔法のはずの月属性魔法つきぞくせいまほうを、私は口移しで覚えてしまったの。こんなこと、できるのは、ニンゲンじゃなくって、妖魔だけのはずだった。

 

 私の驚愕をよそに、〈鳥籠〉の中の少女は、少し悪戯っぽく笑っていた。

「えっとね、シャムシール系統で必要な月属性符形つきぞくせいふけいはあげたよ。もう、沙夜さやはガストーリュが求めている魔法が使えるはずだよ……でも……」

 空中に月属性つきぞくせい虚数魔法きょすうまほう〈シャムシールの斬撃〉を表す魔法陣まほうじんが描かれた、小さな黒板が浮かび上がった。片手持ち出来るくらいの小さめの学習用の黒板に、チョークで複雑怪奇な虚数魔法きょすうまほう呪符じゅふが手書きされていた。


 なぜか、黒板の端にはリボンを耳に結んだ、うさぎさんの可愛いイラストまで書き添えてあって、「さあ、頑張ってお勉強しようね」と台詞付きだった。


 赤いチョークがくるっと、呪符じゅふの一部分を囲んだ。

沙夜さやにいま、ちゅって、あげたのは、ここ。冷雷修飾符の虚数項きょすうこうのところ。沙夜さやの体は普通にニンゲンさんだから、虚数項きょすうこうは括弧で括ったまま使ってくださいね」

 

「もういっこ」

 今度は青いチョークでくるっと、別の整数項で表記された周転円しゅうてんえんを囲んだ。

「この水属性みずぞくせい魔法符形まほうふけい沙夜さやはまだ持っていないけど……ユカさんは大得意みたいですから、こっちはユカさんから分けてもらってください」


 えっ?


「ユカさん、沙夜さやに認めてもらいたくって一生懸命です。だから、この水魔法の整数項はユカさんに、くださいなって、お願いして。ふたりの絆を深める良い機会だよ」


 えっ? えっ? えっ!


 最後は、「頑張ってね、応援してるよ」って、抱っこされて、頭を撫で撫でされて、送り出された。〈鳥籠〉の中の美少女は、私のこと、まるで未就園児みたいに、猫かわいがりするの。


 ――あとで、私はこの〈鳥籠〉の中の少女が誰なのか、知ることになる。

 知った時は、本当に驚いたけどね。


 私、本当に、驚いたの。

 だから、もう少しだけ、答え合わせは後にお話しますね。


 

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