#024 〈鳥籠〉、虚数月魔法を口移しで
#星歴 684年11月 5日 午後5時15分
ティンティウム市
今夜はパエリア。それにポテトサラダ。ジャガイモの皮を剥きながら、
だって、寮母さんに何となく相談したい時って、あるでしょ。
実は……
「……それで、あなたの
パエリアパンに敷いたお米の上に、ティンティウム湾で獲れた新鮮な白身魚やアサリやエビを並べながら、ウェルティーヌさんが微笑みかけてくれた。
ガラス製のボールの中に切り分けて、ガーリックドレッシングに漬けていたトマトを差し出した。この大きめに切り分けたトマトは、
それに、ウェルティーヌさん特製のガーリックドレッシング。これが、きっと、美味しさの秘訣だと思う。嘗めてみたことがあるけど、ニンニクと塩味が強いけど、玉ねぎと、それにお酢も少し感じた。でも、作り方は内緒って言われて、教えてもらっていない。
それに、ポテトサラダの方にも、ちょっとだけこだわりがあった。
ほくほくに茹であげたジャガイモを塩やマヨネーズで味付けしながら潰すのだけど、木べらで潰していた。本当は厨房にある機械で練ってしまうこともできるんだけど、そうするとペースト状になって、いまひとつ美味しくない。だから、手間だけど、ほくほくのジャガイモの食感を残すために、木べらで押し潰していた。
これが結構、手間だった。でも、おしゃべりするには、ちょうど良かった。
美味しいものを食べる口と、おしゃべりをする口は同じだから、この時間、この場所だけは、秘密の重さを感じないでいられたのかも知れない。
ウェルティーヌさんの優しい笑みにうなずいてから、瞳を閉じて、ガストーリュとメルアリューズに心の中で呼びかけた。
すぐに声が心の中に返ってきた。
うんざり気味な声が話す報告内容にあきれた。
「
そう話した私の声までもため息混じりになっていた。
メルアリューズは、息苦しくってかなり参った様子だった。
「お願い、メル。あと少し、我慢してください」
心の中でメルアリューズを拝み倒した。
だって、
そりゃあ、そんなものが帝都にありますとは、言えないよね。
ウェルティーヌさんが、ぷっと可笑しそうに笑った。
私、ガストーリュやメルアリューズとおしゃべりしている時は、空中に向かって話しかけているみたいになっちゃうから、確かにヘンかも知れない。
というか、やっぱり、ヘンだよね? 遠く彼方にいる
「今夜はどこまで話すつもり? 早くしないと、あなたの
それでも、ウェルティーヌさんは、打ち明け話をやっと始めた私のこと、嬉しそうに見守ってくれていた。
だから、少しずつお話ししようと思うの。
さあ、今夜も続きをお話しますね。
◇ ◇
#星歴682年 11月 17日 午前6時50分
アゼリア市北区雪銀聖堂 東庭園
剣を失ったガストーリュへ、後方に待機していた
今度は、土魔法〈ドラスの鉄籠目〉
ガストーリュが手にした鋼鉄製の剣に再び
「ガストーリュ、もう一度、お願いっ!」
私の意図を正確に理解したガストーリュは、鋼鉄の剣を左手に持ち替えた。私付きになってくれた
ガストーリュが駆けだした。先ほどとは違い、真っ直ぐに突っ込むのじゃなくって、
夜明け前の風の中でユカへ声を張りあげた。
「ユカ、
風切り音で声が掻き消されそうだったけど、ユカは私の意図をすぐに理解してくれた。私が指し示した方向へ飛竜が飛んだ。
蒸気投射管を使っての
今度は、ガストーリュの剣技に頼って、本気で凌ぎ合いながら
私、実は……水魔法は苦手だった。
魔法の他にもしなきゃいけないことがいっぱいある時、たくさんの魔法を同時に使う時、魔法の
水魔法〈ファレンカルクの
大量の水を必要とする
銀森聖堂と門前町とを繋ぐ
「ガストーリュと逆回りに飛んでっ!」
飛竜が引き連れてきた
凍っちゃえっ!
風魔法〈システィーナの氷菓子〉
本当はお料理に使う、かき氷を作るための魔法。生活支援魔法のひとつで、ジュースやお酒に合うかち割り氷でも、綿毛みたいなふわふわのフラッペでも、かき氷だったら何でも作れるスイーツ魔法。
それに、〈システィーナの氷菓子〉は、システィーナ魔法系の中でも最下層にあって、本当に入門用の魔法だった。たぶん、地上に住んでいる人たちでも半日講習を受けたら使えるくらいに簡単なの。
こんな高レベル魔法が凌ぎ合う場面には、完全に場違いだった。
でも、それが狙いだった。
だから、あえてかき氷を作るお菓子用の魔法で攻めた。ふわふわの魔法だけど、僅かな時間ならば、頑張れば、
まさか、
食べても大丈夫なくらいに弱いけど、これだって冷雷魔法の一種だから、もちろん〈ファレンカルクの
「ガストーリュ、いまですっ!」
ガストーリュの振り下ろした鋼鉄の剣が、
だけど、〈ドラスの鉄籠目〉で強化したにもかかわらず、鋼鉄製の剣はみるみる刃こぼれしていく。ここまで魔法を駆使しても、
何とか、いけるっ!
そう、思った時だった。
細長い矢のように楕円形の無音空間が変化した。そして、その先にガストーリュがいた。
はっとした。
〈テムテムカムナの鈴虫〉だった。
やっぱり、
瞳を閉じて一生懸命に耳を澄ました。
聞こえない音が聞こえた気がした。
瞬間、私もガストーリュの体躯に付加していた鈴虫魔法を発動して打ち返した。
「ガストーリュっ!」
泣きそうな声で叫んだ。
上手くいかなかった。
半波長だけ位相をずらして、完全に同じ音色の鈴虫魔法を打ち返したはずだった。
でも、相殺するはずが、ちょっとずれた。
「半音下だった! どうしようっ!」
思わず口元を覆った。
だけど……
ガストーリュは、鋼鉄の長剣を自身の前にかざして、鈴虫魔法の
ガストーリュの被害は、左肩口にひび割れが開いた程度に見えた。
ため息。
私のミスを、ガストーリュの剣技が救ってくれた。
「ガストーリュ、ごめんなさい」
心の中だけじゃなく、声にしてしまった。ガストーリュは答えない。ただ、私の盾になり、私の剣になってくれる。
再び、ガストーリュの許へ鋼鉄製の長剣が投げられた。
でも、ガストーリュはもうその剣を受け取らなかった。
緩いカーブを中に描いて届いた鋼鉄の剣は、ガストーリュが手を伸ばさなかったから、そのまま
この鋼鉄の剣では勝てない。それは解りきっていた。
え……?
いま、何て言ったの?
心の中に届いたガストーリュの〈声〉は、魔法を求めていた。それは、聞いたこともない名を冠された呪符魔法だった。
「ガストーリュ、ちょっと、待って。私、そんな魔法、しらな……」
戸惑って声をあげかけて―― それが、途切れた。
◇ ◇
ふいに、感覚が途切れた。
甘酸っぱい声が笑っていた。
クッキーを焼いているような小麦粉の美味しそうな匂いがした。
暖かくて、柔らかい風が微かに吹いていて、小鳥のさえずりも聞こえた。
直射日光を遮るために掛けられた白い天幕がぱたぱたと風をはらんだ。
私は……夢の中にある〈鳥籠〉の中にいた。
〈鳥籠〉って呼んでいるけど、
どうして……?
わたし、いま、
でも、甘酸っぱい声がくすくす笑いながら、いつものように私に話しかけてきた。こんな時だって言うのに、ちっとも緊張感のない声だった。
「
大丈夫って言われても、そんな……
「ちょっとだけ、
えっ? えっ?
そして、もう一度意識が一瞬、ぶれたように飛んで……
私は、〈鳥籠〉の中に置かれた籐で編まれた椅子に腰掛けていた。
その近くには、天井から涼やかな香りを放つラベンダーの花束が吊るされていた。
傍らのテーブルには、レモングラス? みたいな匂いのハーブティーと、焼きたてのクッキーが盛られていた。このクッキー、何となく
さらに、その向こうには私の背丈よりも大きな姿見が置かれていた。
そして、驚いた。
大きな姿見の鏡面には、私の背中が映っていた。何かをユカに指示して、飛竜を
突然、こんな話の流れになっちゃって、ごめんなさい。
私が戦いの最中に経験した感覚は、あまりにも唐突で不可思議なものだったの。
この不思議な状況を――
どう説明したら、わかってもらえるのかなぁ?
実は、この〈鳥籠〉の夢は、幼い頃から時々、見ていた。
凄く居心地のいい夢だから、お布団に潜る時にこの夢が見れるといいなって、密かに女神さまにお願いしてたこともあった。
だから、まさかと思った。
この時は、まだ、この〈鳥籠〉の夢が一体何なのか、私にも解らなかった。
――初めて〈鳥籠〉の夢を見たのは、幼い頃、思い出せない悲しい出来事が起きたその夜のこと。
私、記憶を封印されているから、悲しい出来事の中身を明確には意識出来ない。
だけど、ただ、ただ、悲しかったという感覚の残響みたいなものだけを覚えている。
泣き疲れて眠った私にとって、初めて見た〈鳥籠〉の夢は、救いだった。
目覚めた時には、少しだけど笑うことができた。
それから……
〈鳥籠〉の夢は、私が辛い時やピンチの時の夜に時々、見るようになっていた。
嫌なことが学校であって…… 塞ぎ込んでお布団に潜った時や、泣き疲れて眠った時に、〈鳥籠〉の夢を見ていた。
確かに、法外に硬い
さらに、この時の〈鳥籠〉の夢は、白昼夢というだけではなく、いつもと何か違っていた。
「
びっくりして見あげたら、清楚で涼やかな微笑みが嬉しそうに私を見ていた。
夢の中で逢う〈鳥籠〉の中の少女の顔を見たの、実はこれが初めてだった。甘酸っぱい笑い声は、何度も聴いたのだけど、なかなか、顔を見ることができなかったの。
夢って、そんな感じのものでしょ。
それが、やっと、お話し出来るようになった。
「あ、ありがとうございます……」
そう、お礼を言いかけて気付いた。
これって、〈
驚いた。
有り得ないことだった。
私が、この清楚な美少女から口移しで与えられた魔法は、普通の学習方法では絶対に覚えられない魔法だった。
だけど、
だから、ガストーリュはその月魔法を私に求めた。
私が使えない魔法だったから、〈鳥籠〉の中の少女は、私にその月魔法〈シャムシールの斬撃〉を口移しで教えてくれた。
私、この瞬間に、人が絶対に習得出来ないはずの―― この
人が使える魔法は、火、水、土、風、光の五つのはずだった。それなのに、本当は妖魔が使う魔法のはずの
私の驚愕をよそに、〈鳥籠〉の中の少女は、少し悪戯っぽく笑っていた。
「えっとね、シャムシール系統で必要な
空中に
なぜか、黒板の端にはリボンを耳に結んだ、うさぎさんの可愛いイラストまで書き添えてあって、「さあ、頑張ってお勉強しようね」と台詞付きだった。
赤いチョークがくるっと、
「
「もういっこ」
今度は青いチョークでくるっと、別の整数項で表記された
「この
えっ?
「ユカさん、
えっ? えっ? えっ!
最後は、「頑張ってね、応援してるよ」って、抱っこされて、頭を撫で撫でされて、送り出された。〈鳥籠〉の中の美少女は、私のこと、まるで未就園児みたいに、猫かわいがりするの。
――あとで、私はこの〈鳥籠〉の中の少女が誰なのか、知ることになる。
知った時は、本当に驚いたけどね。
私、本当に、驚いたの。
だから、もう少しだけ、答え合わせは後にお話しますね。
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