#025 メートレイア伯爵家の迷惑なお伽噺

 メートレイア伯爵家には、迷惑なお伽噺があるの。


 公然の秘密というか、陰口というか……帝都に棲まう貴族家の多くの人々が知っているけど、失礼だから口にしないように気をつけている――そんな、迷惑なお伽噺がある。


 六百年前、世界史の時代区分でいうとフェリム第四期に、この世界で暴れ回った漆黒の貴姫様は、突然に消えてしまったの。そして、女神様も時を同じくして消えてしまった。

 女神メティーン様による全世界規模の法印魔法の儀式によって、私たちの世界は救われたとされている。その法印を解けないように、いまも世界中に眠る太古の魔法機械の欠片に掛け直すのが、私たち法印皇女のお仕事。

 女神様はいまも遙か空の高みにいらっしゃって、私たち人の営みを見守って下さっていると、伝わっている。だから、正しい法を守りなさいと、法王様も司祭様も神官の皆様もそう教科書どおりに教えてくれる。それは、とても正しいことだけどね。


 じゃあ、漆黒の貴姫様はどこへ?


 その答えが、メートレイア伯爵家に伝わる迷惑なお伽噺だった。

 法皇家よりも古く、天空海戦時代から続く古い家柄のうちには、とっても迷惑なお伽噺があるの。


 そう、漆黒の貴姫様は、メートレイア伯爵家の血筋に連なる者の夢の中に棲んでいるって。


 もちろん、それはただの悪い噂話だと思っていた。正当性や伝統やらを気にする貴族家の人々にとって、最も古く由緒あるメートレイア伯爵家が、一番に素行が悪くガサツで粗暴で不作法で……(悪口なら数え切れないくらいだけど、割愛させて)……というのは納得できない。だから、妖魔の血筋だなんていう滅茶苦茶なお伽噺をつくって、由緒正しい貴族家の地位から追い落とそうとしたと、そう、信じていた。

 だって、帝都に棲んでいた時に通っていた貴族家の子息が集まる学校では、この悪い噂話もいじめのネタのひとつだった。


 それにね、魔法技術的に見ても、風、火、土、水、光、闇、月、どの魔法系統を組み合わせても、さすがに他人の夢の中に棲む魔法なんて作れない。さらにいうと、六百年も前からとなると、代替わりするから、他人の夢に棲むだけじゃなく、親から子に遺伝する必要もある。


 いくら漆黒の貴姫様の魔法力がバケモノだとしても、できることと、できないことの分別くらいはあると思っていた。月魔法に属する漆黒の妖魔であるからには、少なくとも光魔法は使えないはずだし……


 そんなことができる魔法なんて、有り得ない。


 そう信じていたの。


 だけどね、美しい整合性によって完成された魔法体系には、ひとつだけ、理屈の通じない例外があるの。思い返すと、私、何も知らなかった。



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