#026 帝都と貴姫様の禁則事項
お話を戻すと、その時、もっと冷静になって周りを見ていたら、私、気づけたかも知れない。ただ、一生懸命なだけで、熱くなってしまって、ちっとも状況が見えてなかった。そんな未熟さが恥ずかしくて悔しい。
気づけたかも知れないの。
漆黒の貴姫様が全世界を相手に戦い、勝つことが出来た理由に。
それは、攻撃力ではないの。
大砲の数や威力でもないし、剣や槍の鋭さでもない。
それは――常識外れに硬い防御力と、圧倒的な技術力にあるの。
敵軍が放つ砲弾、その全てに耐えてしまえば――敗北は有り得ない。
どんな攻撃魔法だって、無効化してしまえば、傷つくことはない。
敵対する者が持つ全攻撃力を超えることができるならば、絶対に倒されることはない。
敵をむやみに追い回す必要はないの。
全部受け止めてしまえばいい。
敵が勝手にスタミナ切れになるのを、にっこり笑って見ていればいいの。
そう、いま私たちの目の前にいる巨大な
反則的なまでの硬さと、とんでもない魔法技術力っ!
唯一、対抗できたのは、同じ設計思想と技術で作られた、ガストーリュだけ。
だからね、この
そう仮定したら、強大な
そうなの。事件の後の調査でも、
深夜に曲がりくねった路地を通り抜けたはず。なのに、巨大な
部品の製造系統が一部判明していたのだから、古文書アーカイブを精査したら気づけたのかも知れない。徹夜で妖魔に対応していたから、その時間がなかった。
それにね――
私たち天空艦隊や天空騎士たちは、帝都アゼリア市を守って、必死に戦っているけど――貴姫様はアゼリア市を攻撃目標とは考えていない。
でも、言い添えると、漆黒妖魔にも色々な派閥がある。貴姫様の命令に服しているのは、〈貴姫艦隊〉と呼ばれる一部の妖魔に限られるから、直轄領守護艦隊の役目が重要であることは、少しも揺るがないけど。
でもね、こんな歪で邪悪そうな
だから、邪悪な
かつて、貴姫様はアゼリア市内に侵入したことがある。それはもう話したよね。
そのとき、記録によれば優雅に半日以上も掛けて市街を散策して、アイスクリームやクッキーを買い食いしたらしい。街角で猫たちと戯れたり、水路をゴンドラで廻ったり、大通りに面した喫茶店のオープンテラスで紅茶を楽しんだり……遊んでばっかりだった。
まあ、天空艦隊を
唯一、戦略目標として獲得を目指したのが、当時、建設途上だったアゼリア市の都市計画図だったとか。もちろん、そんなの普通に区役所に行けば手に入るし、本当に北区役所で五百リン払って買ったらしい。
漆黒妖魔は、自分たちの世界を持たず、天空船に棲みながら流浪する魔法民族だった。
その技巧官である貴姫様は、アゼリア市を――いつか、自分たちの街をどこか遠い異世界に作る時のモデルと考えていたらしいの。二年後の今なら、イメージがわかる。天空回廊と地上の街とが重なり合う場所――外周運河を備えたアゼリア市に、貴姫様は理想を見ていたの。天空に棲まう流浪する漆黒の妖魔と、地上に棲む
だからね、外周運河を運用するために必要な、市街地の建物高さ制限とか、地区ごとの用途指定とか、外周運河の水質を管理する手法とか……色々なことを知りたがったって伝わっている。市内散策したのも実際に歩いて住み心地を確認したという説もあるの。
天空艦隊でも武官や騎士たちはあまり認めたがらないけど……貴姫様はアゼリア市を傷つけることを禁止している。古文書アーカイブに残された文献によると、貴姫艦隊の全軍に対して、優先順位が四番目の命令として発令されているはず。
(えっとね、みんな驚かないで聞いて欲しいのだけど、攻撃が禁則事項なのはアゼリア市だけなの。ティンティウム市は対象外だから……)
だから、
もしも、外周運河なんて大回りをしないで、市街地を問答無用に押し通れば、迎撃準備が間に合わないから……今頃、妖魔は勝利していたはずだった。
それに、不可視魔法を被った妖魔の天空船は、この
銀雪聖堂に着いてからも、そう。
圧倒的な力を持っているのに、わざわざジグザクに進んだり、止まったりして時間を潰していた。一見、
問答無用に押し通れば良かった。
銀雪聖堂に踏み込んで、大聖堂を薙ぎ払って、地下第一層に安置された世界守護結界を踏み荒らせば、勝ちだった。
確かに、世界守護結界は、巨大な円環魔法陣で古代魔法技術の結晶だった。もの凄い魔法力を宿しているけど、実体は大聖堂の地下一層目に安置された、水晶パネルを床に敷き詰めた円環陣でしかない。精巧な法符魔法を刻印された水晶パネルの床は、
それなのに……
私がガストーリュと一緒に迎え撃つ準備が整うまで、無駄に時間を潰して、それとなく、その時を待っていた。
アゼリア市内に被害や犠牲を出したら……あの漆黒の貴姫様に、めっ! って、怒られるから、禁則事項を忠実に守ったの。
でも、不思議に思うでしょ?
貴姫様は、六百年も昔々のお伽噺のはず。
それなのに…… なぜ?
迷惑なお伽噺のことは、はっきりいって、忘れていた。
だって、私にとって〈迷惑なお伽噺〉は、学校で意地悪をされるクラスメイトの、嫌な笑い声と結びついている記憶だから。そんなこと、思い出してたら、帝都を守って戦うことなんてできないよ。
私、まだ気付いていなかった。
漆黒妖魔たちは、〈鳥籠〉の在りかを探し続けていたの。
〈鳥籠〉の中に棲む少女と再会するために。
その少女は、朝顔の花に連なる者たちにとっては、かけがえのない主であり、それ以外の妖魔にとっては許されざる反逆者だったから。
妖魔たちは、〈鳥籠〉を探していた。
〈鳥籠〉の中の少女は、私を妖魔たちに試させるように仕向けた。
それなのに、帝都を守って戦う天空艦隊も、突然の危機に対処するので精一杯だった。漆黒妖魔がなぜ、いま、帝都に侵攻したのか?
「世界守護結界の破壊」という表向きの理由しか把握できていなかった。
私も、ユカも、そう。
ただ、一生懸命だった。
だから……気づけなかった。
最初に正解を出したのは、ガストーリュだった。
さすが、貴姫様にお仕えした唯一の近衛騎士ね。だけど、ガストーリュは多くを語らない。心の中で語りかけてお話を聞いてもらうことは出来るし、応えも返してくれる。でも、それは言葉じゃないの。イメージみたいな……説明しづらいけど、気持ちを返してくれるの。
ガストーリュは私との絆を信じて、私の盾となり剣となってくれる。
私、その理由をガストーリュには尋ねなかった。
だって、ガストーリュの意思は眩しいくらいに強くて、私を絶対の主と信じていたから、そんなこと聞けなかった。
私の心の中に溶けていた〈鳥籠〉と、その中に棲む少女。
そして、〈鳥籠〉と少女を宿している私という存在が何なのか?
この命題は、この後ずっと現在まで私に付きまとうことになる。
漆黒の貴姫様は、六百年も過去の存在のはず。
でもね、貴姫様は滅んだわけじゃないの。
そう、六百年前に行われた大規模な法印魔法の効力が無期限には続かないことと、貴姫様がいまも存在し続けていることは、地続きの関係だった。
繰り返すけど――アゼリア市の都市計画区域内への直接攻撃は、貴姫様が定めた禁則事項に抵触する。だから、
だから、戦いが次の段階に進んだら――
次の段階とは……
この仮定が成立した時だった。
つまり、人が絶対に習得できないはずの虚数月魔法を私が使う、その時だった。
もしも、〈鳥籠〉が私の中にあるとしたら、私、つまり沙夜・イス・メートレイア法印皇女は、虚数魔法を使えるはず。しかし、そんな物騒な物を簡単には、披露するはずはない。
それならば、使わざるを得ないように仕向ければいい。
そして、私は、ユカと一緒に虚数月魔法〈シャムシールの斬撃〉を使った。
破局の引き金は小さな出来事だった。
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