#027 転移魔法陣、風の転輪を探して
そのとき――
駆け寄りたい気持ちを抑えた。補機も
だけど……ガストーリュが激しく
そして、小型の
真銀製の精密機械が壊れる嫌な音色が弾けた。
「やめなさいっ! それには……!」
とっさに声が叫んでいた。私の声だけど、私の言葉じゃなかった。〈鳥籠〉の中の少女が声をあげていたの。その言葉の意味は、後で知ることになるけど。
そして、きっと、確信したのだろう。
〈鳥籠〉の少女が誰なのかを……
その次に起きた出来事は、私だけじゃなくて、
――再び、漆黒色の
それは、私や天空艦隊の騎士たちの想定を大きく超えた高位魔法だった。
まさか、そんな超高位魔法を今まで使わずに温存していたなんて、考えもしなかったの。
◇ ◇
♯星歴682年 10月 17日 午前7時10分
アゼリア市北区上空 天空揚陸艦パレイベル艦橋
東の空、細くたなびく紫色の雲間から、朝日が眩しく差し込んできた。
夜が明けた瞬間だった。
パレイベルを含む
船橋に警報音が鳴り響いた。ソニス法符師は、うるさい警報音に負けないように声を張りあげた。
「飛竜も、
銀雪聖堂の東庭園に、複雑怪奇な魔法符形によって編まれた、巨大な円筒形の時空転移魔法陣が出現していた。
♯星歴682年 10月 17日 午前7時15分
アゼリア市北区雪銀聖堂 東庭園
なに、これ……
夜明け前の薄紫が朝日に払われて、鮮やかな青が東の空から天頂へと広がり始めていた。その新鮮な蒼穹の真ん中で、複雑怪奇な円環魔法陣が絡み合いながら、狂った時計機械のように回転していた。
私も一応、艦隊史の授業で時空転移門や転移魔法について学んでいた。歴史の授業で習って知っていたから……私たちが信じられない類いの巨大円環魔法陣の内側にいることに気付いた。そして慄然とした。
私たちの世界は、六百年前までは七つもの時空転移門を持つ異世界連合軍の拠点だったの。漆黒妖魔の脅威に対抗するために、異世界から選りすぐりの騎士や天空艦船を掻き集めて、連合艦隊を作っていたの。
けれどね、忘れ去られたわけじゃない。
だから、天空艦隊はパニックに陥った。
六百年前、天空海戦時代の昔、この世界は漆黒の貴姫様との戦いの中で、全ての時空転移門を失った。だから、もう、私たち世界は異世界への扉をひとつも持っていない。
だけど……
妖魔側は、この巨大な
それでも、この世界の内に限るならば、遠く離れた場所へ瞬時に移動することができる。世界守護結界の影響下にある帝都アゼリア市の真ん中から、巨大な
だって、
もちろん、銀雪聖堂の庭にいるってことは、世界守護結界に邪魔されるから使える呪符も限定される。
勝てなくて負けてしまうことはあっても、逃げられる可能性はないと思っていた。
なのに……
まさか、帝都の真ん中で転移魔法の扉が開くなんて、ありえない。
ふいに気付いた。
先ほど〈鳥籠〉の中の少女が、あっちこっちに燭光信号で出した指示には、空へ向かって世界守護結界を開くように司祭様へ求めた内容が含まれていた。
「沙夜様っ!」
天空揚陸艦パレイベルが発した警報が、ユカが携えた通信布にも浮かび上がった。
――時空転移魔法に巻き込まれる危険あり。至急、全展開部隊は後退せよ。
紅く浮かぶ文字が明滅を繰り返して、異常事態がもたらす危険を知らせていた。
もう、驚いている場合でもないし、考えている時間もない。
黒髪を翻して振り返った。
「ガストーリュ、戻って下さいっ!」
声を限りに叫んだ。
ガストーリュは応えなかった。激しく暴れる
「剣を捨ててっ! ガストーリュ、戻ってっ!」
円月刀は、長剣と違って間合いが少ない。鋼鉄の長剣と異なり間合いを確保したまま、打ち込むことが出来ない。音よりも早く斬撃を浴びせるために、円弧を描くように斬り付ける――そんな刃を持つ刀剣だった。だから、
必死にガストーリュに呼びかけ続ける私とユカだけが、転移魔法を形作る巨大な円環陣の中に取り残されていた。
ユカを振り返った。一瞬、ユカを巻き込んでしまうことに躊躇した。だけど、ユカが私の想いを察してうなずいてくれた。
もう、方法はひとつしか残されていなかった。
ユカが駆る飛竜に跨がり、再び、空を目指した。
素早く周囲を見廻して、複雑な時計機械さながらの転移魔法陣を確かめた。予め、〈鳥籠〉の少女が燭光信号を使って天空船や他の飛竜を、この場所から離していた。まるで、この事態が予定されていたかのように、天空船や飛竜や
逆に言うと、転移魔法陣の中に取り残された私たちを救出可能な位置には、誰もいなかった。
そう。もう、転移魔法〈ランペル・シュルーペの
ユカを巻き込んじゃった以上、失敗は許されない。必死で〈ランペル・シュルーペの
大急ぎで、転移距離を管理している
「ユカ、このでっかい魔法陣のたぶん第二象限に――時計で言うと三時から六時の位置に跳躍転移の距離を管理している〈
ユカは片手で飛竜の手綱を操りながら、複雑に廻りながら輝く魔法陣を双眼鏡で読み上げてくれた。それを万年筆で殴り書きにして、大急ぎで解いた。
「違う。これじゃないっ! これ、転移後に空間を元に戻すための中和鍵か何か? だと思う」
「すみませんっ!」
「ごめん、次の魔法符形を読んで。お願いっ!」
髪を掻き上げながら計算式を見直した。魔法符形のプログラムコードの繋がりから目的の〈
どこ? 風魔法で確か、時計機械になぞらえて〈風の
えっと……確か……
遠く近く
これを書き換えてしまえば、遠くには飛ばされない。
上手く帝都のすぐ外に飛ばしてしまえば、むしろ、好都合なくらい。まだ、何とかなる。何とかしてみせる。
こういう大規模で巨大な魔法の場合、
ちょうど時計機械の歯車と同じね。時計機械の場合は、
跳躍転移魔法〈ランペル・シュルーペの
「あと、二つくらい隣の周転円を読み上げてっ!」
魔法力の流れを計算して、見当を付けた。だけど、もう時間がない。気持ちばっかり焦った。
そのとき、ユカの声色が変わった。そう、見つけてくれたの。
「沙夜様っ!」
ユカが指し示した先に、小さな銀色の
「ユカ、お願いっ!」
私の声よりも早く、ユカは飛竜をその
そう、転移魔法〈ランペル・シュルーペの
ぎりぎりで風の〈
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