#020 銀雪聖堂上空、機械獣魔を迎え撃て
♯星歴682年 10月 17日 午前5時15分
アゼリア市北区銀雪地区上空
統合指揮所にはオーフェリア
全ての
もしも、無理をして規定水位未満で大型天空船を
それに何よりも時間優先。だから、呼び寄せた天空揚陸艦パレイベルは
飛竜は
飛竜の手綱はユカが握った。私はユカに手伝われて、ユカの前に座った。頑張り屋さんのユカは、侍女官なのに飛竜を乗りこなせた。
これが、宮廷貴族のお姫様付き侍女官だったら、飛竜なんて物騒な乗り物は、怖がるだけで近寄ることさえしないと思う。だけど、ユカがお仕えするって決めた相手は私、法印皇女だった。古の漆黒妖魔が遺した魔法機械と戦うことが役目である以上、侍女官と言えども、飛竜を乗りこなす必要があったの。
でかい飛竜を操るのってすごく難しい。ユカは、私の側にずっといるために、いっぱい練習を頑張ったんだと思う。
「
やあっ! とユカの黄色い声が叫んだ。
ばさりばさりと飛竜が羽ばたいた。
私は飛竜を操るなんてできない。武家であるメートレイア伯爵家の娘としては、かなり恥ずかしいことだけど、練習しても飛竜は私を怖がってしまうの。
魔法力に敏感な生き物である飛竜には、チビの私が本当は魔法力に限っては、とんでもなく馬鹿力だって見抜かれてしまう。私が指示を出しても、飛竜はパニックを起こしたり、怖がって地面にうずくまってしまったりと、全然ダメだった。
だから、
「ユカ、アガスティア
これは
ユカは
左手で飛竜の手綱を握り、右手で
それにひきかえ、私は……
だって、真空管がいっぱい詰まった無線機は大きくて重いし、すぐに電池が切れるから、統合指揮所みたいな地上の施設か、最低でも突撃艦以上の大きさがある天空船じゃないと扱えなかった。今回は、同じ帝都内だから
他に魔法を使う通信布もあるけど、こっちは小さくて便利な反面、
だから、どんなときでも見渡せる距離なら絶対に大丈夫な
アガスティア
その模範演技の
「アガスティア先生から返信です……」
ユカの声が、ちょっと低くなった。「先生」とアガスティア
「あの……『
ため息。六百年前、どんなに頑張っても勝つことが叶わなかった
この騒動を勉強の場にしなさいという意味らしい。
侵略軍のお姫様が努力目標なんて、地上に住むみんなには不思議と思えるかも知れない。でも、
ことあるごとに、
アガスティア
もう一度、ふたりでため息をついたら、ユカが空の向こうを指さした。
「パレイベルです。寄せますね」
「お願いします」
飛竜のことは、ユカに丸ごとお願いすることにした。
天空揚陸艦パレイベルは、昨日の朝の時点では
チカチカとパレイベルが
「ラファル
パレイベルはまず港区
ラファル
それでも一番に手のかかるガストーリュは整備しきれず、パレイベルの中で整備を続けている……統合指揮所を飛び立った後に届いた続報によると、相当な無理をしているらしい。
蒸気投射管で撃ち出すという無茶なリクエストに応えるために、
心の中でラファル
ユカは、巨大な天空揚陸艦の後部甲板へ飛竜を降ろしてくれた。ユカの操る飛竜には、初めて乗せてもらったけど、怖いとは少しも感じなかった。それくらい、ユカの手綱捌きは上手かったの。
すぐに連絡役の従者が駆けてきた。さすが直轄領守護艦隊所属艦ね。些細なことかも知れないけど、しっかりしていると思った。
お迎えに来てくれた従者の少年に案内されて、パレイベルの艦橋を訪れた。赤錆色をした装甲板に包まれた天空揚陸艦の船内は、外観のごっつさとは逆に
バレイベル艦長にご挨拶を申し上げて、艦橋で最新の戦況情報を仕入れた。
敵、
「十分前にナギリ
パレイベル付きの
繰り返しになるけど、こんな風に
もう、わかったよね?
ひとつめは、
ゲートの開閉ができなくなると、
ふたつめは、私たち、天空軍の意思と意地を示すこと。
つまり、
……半分は、強がってみせただけ、なのだけど。
みっつめは、決戦の場を
最初の
だから、
おかげで、昨夜から帝都上空は、外周運河の北側から、南側へと回航される天空船の群れで大混雑になった。外周運河管理所と
天空揚陸艦パレイベルの艦橋は、この巨大天空船を操る機能だけでなく、展開した
先発組は、
「展開準備は……?」
私の問いに、往年の
「
さっき別れたばかりなのに、アガスティア
もう展開完了って、このお仕事の速さはやっぱり
そして、ガストーリュの整備に時間がかかるから、私たちは後発組に編成されていた。私たちの準備の方が遅れていたの。
「ガストーリュは? あの、整備の方は……」
遠慮がちにたずねると、後ろから良く知っている声が湧いた。
「仕上がっています……というか、無理矢理で間に合わせました」
振り向くと、艦橋の入り口に油汚れだらけの作業着姿が、にやりと笑っていた。ラファル
ガストーリュは
「イル砂漠に置き忘れてきたのでしょうね」
ラファル
私が駆け寄ると、ガストーリュは巨大な白亜の
それに、帝都の内くらいの近い距離なら、私とガストーリュの魔韻はいつも共鳴しているから、いま、どこで何をしているのかぐらいなら、イメージでわかるんだけど…… でも、やっぱりこうして触れ合う方が絶対にいいもの。
ガストーリュ、無理させてごめんなさい。
一緒に頑張ろうね。
法印皇女の衣装は、色鮮やかで柔らかくて軽くて――ガストーリュにも見てもらいたかったから。
触れ合って、こんな風におしゃべりした方が気持ちが満たされるから。
強大な
でも、私とガストーリュのこんな関係は、あんまり一般的じゃないらしい。やっぱり金属の塊である
ひとしきり、へんてこな抱擁の時間を過ごして満足して、ガストーリュの両手に包まれて…… 下を見たら、取り残された格好になったユカが驚いたような呆れたような顔をして、私たちを見上げていた。
古文書アーカイブに当たった結果、敵対する
だから、私も追加の対策を求めた。
天空揚陸艦パレイベルを預かる
これも本来ならば、もっと手間暇をかけて私専用の
手渡させた色鮮やかなカードを二束に分けた。どれも綺麗で大切に使われている様子がわかる。
ひとつめの束はガストーリュのために、ふたつめの束はもしもの時に……本当の非常時にしか使わないと決めていた、ある魔法のために。
「ありがとうございます。 あの……もしかしたら……」
これから相手をする
「ご所望の
私の魔法力が馬鹿力なのは、天空騎士たちの中でも知られていた。帝都であの攻撃法符を使う可能性は限りなくゼロに近いのだけど、本当に追い詰められた時は…… そう、嫌な予感がどこかでしていた。
「……ごめんなさい」
まだ、どんな戦いになると決まったわけじゃないのに、
◇ ◇
準備と打ち合わせを済ませたら、再び、飛竜を駆って、天空揚陸艦パレイベルから飛び立った。メインローターを最大速力で廻したパレイベルは、北区上空へ差しかかっていた。飛竜を駆って、
まだ、寝静まっている帝都の家々を飛び越えて飛んだ。
「
ユカが指さした先で、チカチカと
ユカにお願いして、飛竜をゆっくり旋回させてもらった。
――やっと、追い付いた。始終、
そしてついに、
「
アガスティア
……っ!
ふいに
「そんな……っ!」
驚いた。思わず声をあげた。新種の不可視魔法はかなりの高性能と予想していた。だけど、こんなに短時間に溶けるように見えなくなるなんて。だって、
さすがの練度だった。緑の芝生に覆われた
だけど、蜃気楼みたいな不可視魔法の塊に振り下ろした剣が火花とともに弾かれた。
「硬い、この
「太刀が通らない!」
蓮の徽章を刻印された
クムク
だけど、激しい連撃の末に、剣が砕け散るように折れた。
すると、すぐに後方にいた
先陣を務めるクムク
私には、ほとんど不可視魔法を見破ることなんて出来なかった。後から
でも、
クムク
必死に阻止を試みた
「この
クムク
しかし、敵である
敵の装甲外骨格が硬いことを予想し、剣を研ぎ直して魔法までかけてあった。にもかかわらず、刃が立たなかった。残念だけど、魔法技術の最盛期だったフェリム第4期に属する
最後は、クムク
ユカはとっさに高度を上げて、飛竜を魔法
でも……
「だめです。こいつには火力が足りません」
至近距離から浴びせた強力な火魔法の直撃が、ようやく不可視魔法を破った。でも、それは絶望を確認するだけの効果しかなかった。
「クムク副長っ!」
「……うそ」
私に
そして、
「
ユカの声が悲鳴みたいに私を呼んだ。
深呼吸した。
「うん。私たちも行くよ」
なるべく笑顔を作ってユカに答えた。ガストーリュを迎えに行くと、身振りでユカへ合図した。パレイベルから
――大丈夫、きっと、何とかできるはず。頑張ろう。
不安でつぶれそうなユカの横顔に、そう呼びかけた。
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