#016 帝都、震撼
♯星歴682年 10月16日 18時45分
アゼリア市中区
最初の指示を出した後は、報告を受けたながらの食事になった。精巧な透かし彫り彫刻で飾られた天井、白亜の大理石造りの大ホール、テーブルを彩る鮮やかな花々。まるで結婚式の披露宴会場みたいと思ったけど、夕食が配られると本当にそう錯覚してしまいそうだった。
ここは、七つの天空艦隊群を束ねる
だけど……
まだ緊張で硬くなっているユカが、記録紙を片手に私の前に直立した。
ユカはまじめでいつも一生懸命だから、美味しそうな暖かい匂いにも負けないで、侍女官のお仕事をしてくれたの。
「
お父様が指揮するグルカントゥースは、直轄領西部に出現した妖魔軍船団へ向かう途中、帝都のすぐ北側で妖魔の軍船と偶然すれ違い、急遽、反転してこれを追い回していた。そして、件の不可視魔法を使われて取り逃がした。
その直後、機械獣魔が銀雪聖堂に出現した。
そこまでが私が法印皇女に任命される直前の出来事だった。
私はきっと困った顔をしていたと思う。でも、ユカは緊張しまくった様子で続けた。
「お母様の
お母様の指揮する
ユカはちゃんと今日の任命式に合わせて正式な
ユカのお家は、テュー
つまり、平たくいうと、ユカのお父様は
「あのね、ユカ、ご飯食べよう」
私はユカが席に着くまで用意された夕食に手を付けなかった。だって、ユカが座ってくれないと、「いただきます」ができない。
「あの、でも、まだ、ご報告すべき内容が……」
ユカは無電で届いた記録紙を他にも抱えていた。でも、私はにっこり笑って見せた。お腹も空いていた。
「座って、手を合わせて、ね」
メートレイア
毎年、
もしも、帝都アゼリアでいちばんにスープが美味しいお店は? って問われたら、
でも、この日の夕食も本当に美味しそうだった。特に白身魚入りのリゾットが先ほどから気になっていた。
当然だけど……ここに並んでいるお皿は早く食べないと、冷めたり延びたりして美味しくなくなるメニューばっかりだった。私が手を付けないから、他の
「えっ! あっ…… ご、ごめんなさい」
やっと気付いたユカは、頬を赤らめて、しゃっくりみたいな黄色い声をあげた。このときのユカの表情を、きっと、私、ずっと忘れないよ。
夕食の後は歯磨きして、それから一度、
最初にこれを仕立て直したのは、お母様だった。帝国で最も獰猛な赤毛の雌豹という怖い二つ名で呼ばれる、最強の
暖かインナーを着込んだ上に、手縫いの法印皇女の衣装を被った。暖かいのにさらさらして、纏わり付いたりもしない。ウエストをきゅっと締めると、なんか気分も引き締まる気がした。
今度は、お飾りだけど、レイピアも腰に吊るした。帯剣しても私は、お野菜くらいしか切れないけど。
◇ ◇
統合指揮所へ戻ったら、みんなに注目されて恥ずかしかった。でも、そんな笑みの時間はすぐに終わって、戦いの時間がもたらす緊張が統合指揮所を満たした。
「あれっ? 何これっ!」
感じた波動に驚いて、立ち上がり天窓を見あげた。思わず口元を覆った。完全に想定外だった。やられたと直感した。
帝都まで気づかれずに侵入を果たした、新種の
ところが……
席を立って、隣のテーブルにいる通信担当の
「あの、
「現地の展開部隊に至急連絡。一時退避。それと被害報告をください」
通信担当の若い
当惑を隠せないまま
そして――
遠雷みたいな砲声みたいな低い振動が、統合艦隊指揮所にも届いた。窓の外では驚いた鳥たちが鳴き騒いでいた。都心で緑の多い
続いて、現地に展開中の
「報告をお願いします」
天を仰ぎたい気分だった。完全に想定外だった。そう来るとはね。
「
「我が方の損害は、四騎です。接近中だったところをやられました」
こういうのは嫌だった。心臓がしゃっくりを起こした。
大切な
……ため息。
あぶない、あぶない……
うっかり突撃とか、
へたり込みそうだった。いつの間にか
ユカのお母様、セリム司祭様は優れた魔法の使い手だった。
襲来した
その精密観測の結果、
見た目の体積に較べて観測された魔法力が小さく、質量も少なめだった。内部に搭載された
そして、怖いくらいに
包囲し追い詰めたならば、
未知の不可視魔法だから、問題なの。解析してしまえば、それは脅威ではなくなる。だから、
それなのに、
――終わったの?
ううん、違うっ! これって!
八メルトリーブも離れているこの
おそらく帝都の北半分は、いま、魔法的な雑音に見舞われて……警戒用の探知魔法が通らない状態のはず……
そして、気付いた。
立ち上がって、思い切り息をした。
「全天警戒、急いでっ!」
弾けたように統合指揮所の真ん中で叫んだ。広い大理石作りのホールに、私の黄色い声が反響した。
「敵は一頭だけじゃないわっ! この
思い出して!
お父様のグルカントゥースは、帝都北部で不可視魔法を使う妖魔の軍船を一隻、取り逃がしていた。さっき、自壊したのとは別に、もうひとつ妖魔は帝都へ侵入させているの。
波状攻撃。それも先に侵入した機械獣魔を踏み台にして、あろうことか天空帝国帝都の空を奪ったの。
こんな凝った手を妖魔が仕掛けてくるなんて……!
その後は、時間との競争だと気付いた。すでに、先手を奪われて敗色濃厚な状況だったけど――いま、帝都にいる
◇ ◇
「機械魔獣が
古文書アーカイブからの参照結果は最悪だった。解析結果を聞いた瞬間、ひっと体中が竦みあがった。複数の
「幸い、
深く、ため息。
今度こそ、私は統合指揮所のタイル張りの床にへたり込んだ。
魔法力で劣る側が主に使う武器で、
至近距離でこんな爆音を浴びたら、魔法に敏感な人ならショックで倒れてしまう人も出てしまうだろう。
こんなとんでもない物を八十万都市の中で使われてしまうなんて、私、指揮官失格だよ。
「
落ち込んでいたら、今度はペーシオン参謀官が、私に歩み寄ると耳打ちした。
「おそらく妖魔の狙いには
えっ?
驚いた。そしてペーシオン参謀官に説明されて気付いた。
妖魔側は、多重防御の奥深くにあり
つまり、
セリム司祭様もそのことは気をつけているらしい。地上付近に広がった魔法ノイズだけをきっちり相殺して、それ以外の高度に向かった音韻ノイズの相殺は行わなかった。だから、帝都上空は、いま、大変な
だけど……
してやられた。
新種の不可視魔法を曝いてやるつもりが、あべこべに
そして、頭を抱えたくなる出来事は、まだ、終わっていなかった。現在進行形で、しかも
全周囲に警戒を求めてから、一時間近くも経過していた。でも、まだ、
もちろん、
「
困り果てていると、ペーシオン
きっと、驚かれたと思う。
でも、恥をいとわず帝都中に「空を見あげて
「
一番乗りは、帝都西端にある
続いて……
「
帝都西側に水道水を送っていた巨大な揚水塔からも何か見えたと連絡が届いた。ユカが私の隣で、次々と電話に出て報告をまとめてくれた。
この時間、空高く上がっているけど満月はまだ東の空にあるから、帝都の西側から見えたってことは――
「
帝都の地図にプロットされたたくさんの目撃情報をたどるとそうなると、ペーシオン
そして、ペーシオン
「えっ? 中区を十九時半頃に通過した可能性って……」
頭を抱えたくなった。完全に敵のペースだった。先手を取られてから、やられちゃったって理解しているんじゃ、だめだよ。
ぱんっ!
自分で自分の頬を叩いた。
「仕切り直そう!」
ユカにお願いして、夕食後のお茶とお茶菓子をたくさん用意してもらった。統合指揮所は素晴らしいことにお菓子が食べ放題だった。紅茶の茶葉も香りが良い銘柄が揃っていた。
広い統合指揮所のテーブルを廻って、みんなに声をかけて集まって頂いた。
オーフェリア
戦い方も、相手がうんざりするほどに堅実で、とにかく手堅い。「
だから、
そう、先日、〈アキアカネ〉で挑んだ私もあっけなく通せんぼされて負けた。
そのオーフェリア
きっと、職人としてのプライドがそうさせたんだと思う。
それからもうひとり。
もちろん、他の艦隊にとってお手本となるべき
とにかく厳しく、誠実で、
その指導力には定評があり、どんなに不器用な
だから、私やユカみたいな学生や、若い
そのアガスティア先生をお招きした以上は、失敗は許されない。アガスティア
誤解がないように言い添えると、アガスティア先生の怖さは、叱られる怖さじゃなくって、できるまで繰り返される
そのアガスティア先生の蒼く澄んだ鋭い瞳が、私のことを、まるで
少し考えてから、言葉を選びなから、ふたりの司令官に話しかけた。
「少しだけここを離れても良いでしょうか? 試したい方法があるんです……」
話し始めて気付いた。さっきまで寄り添ってくれたはずのユカがいない。
後で聞いたのだけど、飛竜を乗り熟せるまでしごかれた
このときは、さすがにそこまでの事情には思い当たらなかった。でも、アガスティア先生の補習授業が怖いのは、みんな一緒なのでユカが逃げ出しても何も疑問に感じなかった。だから、
このとき、離れたところに逃げたユカを
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