不可視魔法と機械獣魔と

#015 銀雪聖堂、幼い法印皇女が求めたこと


♯星歴682年 10月16日 18時20分

  アゼリア市北区真砂通3番 銀雪聖堂ぎんゆきせいどう


 巨大な漆黒しっこく色に濡れた妖魔ようま機械獣魔きかいじゅうまは、教導騎士団きょうどうきしだんが繰り出した魔法機械騎士まほうきかいきしに取り囲まれた。

 法王親率教導騎士団ほうおうしんそつきょうどうきしだんは、天空帝国てんくうていこく最強の騎士団きしだんだった。平時には他艦隊に属する騎士団きしだんの訓練と指導しどうを、緊急時には少数精鋭の切り札としての役割を担ってきた。

 教導騎士団きょうどうきしだん法王親率艦隊群ほうおうしんそつかんたいぐんに属しており、彼らが駆る魔法機械騎士まほうきかいきしには、蓮の華が刻印されていた。

 精密観測の結果、この機械獣魔きかいじゅうまには、銀雪聖堂ぎんゆきせいどうが展開した防御魔法壁を、直接に突破する能力はないように見られた。世界守護魔法陣せかいしゅごまほうじんの持つ絶大な加護を背景に、セリム・イラ・テュー司祭らは魔法機械獣魔まほうきかいじゅうますらも押し返す防壁魔法を完成させていた。


 しかし、この妖魔ようま魔法機械獣魔まほうきかいじゅうまが、未知の不可視魔法を使う可能性という一点が不安要素だった。多重防御陣に守られているはずの帝都アゼリア市内に、易々と侵入を果たした魔法力は、精強せいきょうを誇る教導騎士団きょうどうきしだんにとっても十分に脅威となり得ると判断されたのだ。


 着任早々に難題を背負い込んだ沙夜法印皇女さやほういんこうじょの判断は、慎重寄りだった。この小さな少女が教導騎士団きょうどうきしだんへ与えた指示は、次のとおりに優先順位を振られていた。


 1.市街地及び銀雪聖堂ぎんゆきせいどう教導騎士団きょうどうきしだんに人的被害を出さないこと。

 2.周辺警戒を繰り返し行うこと。

 3.銀雪聖堂ぎんゆきせいどうを守ること。

 4.不可視魔法の魔法陣を観測すること。

 5.獣魔じゅうまを逃がさないこと。


 指示文はアガスティア教導騎士団長きょうどうきしだんちょうとの連名になっていたが、実際に指示の内容を考えたのは少女だった。今回の危機は、まだ見習いに等しい法印皇女ほういんこうじょにとって、格好の教材とみなされていた。


 初めて発令したこれらの指示からは、少女の性格が垣間見かいまみられる。沙夜法印皇女さやほういんこうじょは、武官として敵を倒すことを目指すのではなく、戦う力の源泉となる魔法技術を敵から習得することに意識が向いていた。


 周辺警戒を繰り返すことを求めたのは、この機械獣魔きかいじゅうまが囮である可能性を考慮こうりょしていた。つまり不可視魔法を被った機械獣魔きかいじゅうまがひとつとは限らない。突然にあらぬ方向から不意打ちを受ける可能性を危惧きぐした指示だった。

 さらに、獣魔じゅうまの破壊を命じない代わりに、不可視魔法の魔法陣を解析する試料を求めたのは、この未知の不可視魔法を特に危険視していたことがうかがえる。


 教導騎士団きょうどうきしだんは、幼い法印皇女ほういんこうじょが求めたリクエストに、その技量で応えた。銀雪聖堂ぎんゆきせいどうを守る魔法壁に取り付いた機械獣魔きかいじゅうまを半包囲し、蓮の紋章を刻印された機械騎士きかいきしが次々と抜刀ばっとうした。

 複数の魔法機械騎士まほうきかいきしで包囲し圧力を掛ければ、獣魔じゅうまは不可視魔法を使うと判断したのだ。あるいは切り刻んででも、件の不可視魔法を使うように追い込むつもりだった。

 もちろん、機械獣魔きかいじゅうまが不可視魔法を行使しなければ、その核である魔法機環まほうきかんを抉り出すところまで、教導騎士団きょうどうきしだんならばやるはずだった。魔法機環まほうきかんを引きずり出して、呪符じゅふプログラムを解析にかければ結果として、不可視魔法を調べあげる目標はクリアできる。


 しかし、獣魔じゅうまが次に取った行動は、少女の予想を超えていた。

 

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