帝都アゼリアと法印皇女と妖魔の機械獣魔

魔法機械騎士と少女と

#005 帝都外周運河、少女が感じた予兆は


#星歴 682年10月11日 

 アゼリア市杜山区葦華通もりやまくあしかどおり2丁目付近


 少女は、ふいに何かの気配に気づいた。運河の水面をゆくゴンドラの中ですっと立ち上がった。


 ゆらり、ゆらり。


 アゼリア市外周運河を進むゴンドラは、降りて来たばかりの大型天空船が巻き起こした波に揺れた。少女は、その揺れるゴンドラの中ほどに器用なバランスで立って、何かを探して、黒髪を揺らしながら周囲を見回した。

沙夜姫様さやひめさま、いかがなさいましたか?」

 傍らに控える従者が少女に問うた。少女は小首を傾げた。

「何か大きな見ない物が通り抜けた気がしたの。それも何か良くない物が通った気がして……」

 沙夜姫さやひめと呼ばれた少女は、まだ外周運河の水面を見回して何かを探していた。従者たちは、当惑した顔を見合わせた。


 ◇ ◇


 何から話そうか?

 そう、迷ったけど、やっぱり最初から全部、お話しようと決めた。

 それにね……銀杏金枝寮ぎんなんきんしりょうのみんなは帝国貴族ていこくきぞくの華やかな宮廷生活とかいうのを期待しているみたいだけど、ごめんね、うちはそういうの全然関係なかった。


 だって、私のお家、メートレイア伯爵家はくしゃくけは、帝国を妖魔ようまの脅威から守る役目を負っている武家だから。


 だからね、最初から……そう、一番の親友になってくれたユカと出会った頃からお話ししようと思ったの。


 ◇ ◇


 私が法印皇女ほういんこうじょになったのは、ちょうど二年前の秋のことだった。

 あの頃、十二歳だった私は、護衛――というよりは、お目付役の従者たちに連れられて、天空船や魔法機械騎士まほうきかいきしや天空帝国が定めた法規について、毎日、課外授業を受けさせられていた。


 法印皇女ほういんこうじょになる少し前、金穂月シュス・イズエ初旬のあの日も、そうだった。立派な法印皇女ほういんこうじょになるために必要な教習だからと言われて、天空船にまつわる色々な知識を詰め込み勉強させられていた。

 あの時、外周運河でゴンドラに乗っていたのも、実習先の天空船へ向かう途中だったからだった。


 思い返すと、複雑な想いでいっぱいになる。

 私は、この後、大変な騒ぎの中で慌ただしく法印皇女ほういんこうじょに任命されることになるの。


 私が運河の水面を指さして、「いま何か通った」って話したとき、お付きの従者たちは半信半疑だった。きっと、私が詰め込み勉強に嫌気がさしていて、従者たちが困り始めていたせいね。

 私だってほんの一瞬だけ感じた黒い違和感が、帝都がひっくり返ってしまうほどの騒ぎになるなんて思いもしなかった。


 えっと、外周運河っていうのはね、帝都アゼリア市の周りをぐるっと囲んでいる大きな水路のことでね、帝都に降りて来た天空船たちを泊める場所だった。運河に天空船を降ろすのは、積荷を積み替えるのに便利だから。天空船なのに、運河に降りることが出来るのは、この外周運河が特別だから。


 この世界で測量の基準となっている、ティンティウム湾平均海面から、ちょうどプラス五百セタリーブのぴったりの高さに水面が来るように、この運河は水位をいつもたくさんの閘門こうもんで調節していた。

 つまり、天空船の最下層航路帯と同じ標高に運河の水面がある。だから、帝都外周運河は天空船と水上船とが交わることができる特別な場所だった。より正確にいうなら――外周運河を建設するのに適した標高にあった高原に、帝都を建設したと説明した方が良いかも知れない。


 話を戻すけど……後で思えば、私、あの時、もっと真剣に通り過ぎたと感じた「見えない何か」を探すべきだった。たとえ目で見えなくっても、精神を集中すれば、あるいは、私の魔法力ならば――運河の底に潜って隠れている何かに気づけたのかも知れない。でも、学校で六時間きっちり勉強した後で、さらに課外授業が待っているのかと思ったら……ごめんなさい。私、そんなに模範的な生徒じゃなかった。


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