#003 音楽室、天空艦隊から突然の使者が
#星歴 684年11月 4日
ティンティウム市
計算違いの始まりは、二週間前に天空第七艦隊群宛てに、うっかり手紙を出したことだった。
最近ね、
先月、気になったのは、「南方湿原で
第七艦隊群は、
私は、このティンティウム市に留学する前、
第七艦隊群には、お世話になった方々が何人もいらっしゃるから、心配になって手紙を書いてしまった。
――それが、失敗だった。
天空艦隊や帝都にある各省庁から、私宛てに手紙が舞い込むことが、これまでも時々あった。実は、
だから、第七艦隊群から返信が来たら、いつもどおりに
ところが……今日、午後の授業中に、想定外の出来事が起きた。
天空第七艦隊群は辺境地方でも激戦区を
そんな実戦集団だから、私のこと、もの凄く高く評価していたらしい。本音は、喉から手が出るほどに、私を欲しかったとか。
だけど、
だけど、私から戦況を尋ねる内容の手紙が届いたものだから……さあ、とばかりに通信筒いっぱいに資料を詰めて使者に持たせた。
後で話すけど……私は、
……私、普通じゃないもの。
だけど、辺境区で
だから、私が情報を求めたとたん、
まさか、本当にここへ来るとは、思わなかった。だってね、ここはティンティウム市立芸術学院のキャンパス内だよ。ティンティウム市は地上にある自由市だから、天空帝国とは独立した自治権を持っている。さらに芸術学院も学校として独自の自治権を持っているの。
つまり、地上にある上に二重に自治権に守られているのだから、天空艦隊関係者と不用意に遭遇する心配はないと考えていた。
さらに
番号付き天空艦隊群の絶対指揮権だって、
部屋の扉に鍵を掛けて、お布団に潜れば、もう、誰も追いかけてこないと信じていた。
それなのに、第七艦隊群からやって来た使者は、
大き過ぎるくらいに立派な剣を下げて、
その天空騎士に、私が斬られるんじゃないかって心配した子もいたと思う。怖い思いをさせてしまったよね、ごめんなさい。
その天空騎士は、大きな紙製の筒を携えて、私の前に歩み寄った。
もちろん、天空騎士が通信使であることは、
仕方なく、私は椅子に掛けて騎士が歩み寄るのを待った。本当は、笑ってごまかすか、逃げちゃおうかとも思った。
「
かつんと靴を打ち鳴らした天空騎士が、通信筒を両手に捧げ持ち、私の前に跪いた。天井に届くかと思うほどの
まさかの展開に、遠巻きに私を見守るお友達の黄色い驚きの声が沸く。
「ご苦労様です」
もうこうなると、私は
心の中で私は、「やっちゃった」と後悔した。せっかく、いままで無名の貧乏貴族に成りすまして、特に注目されることもなく無事に過ごして来たのに……
でも、天空貴族の武家の娘として、
「ご苦労ですが、書状を確認しますので、少しの間だけ、控えてお待ちください」
音楽科の皆が見ているから、どうしようかと迷った。それに、この人、誰だっけ? 絶対にどこかで一度、会っているはず……
傍らに控えるユカのすまし顔を盗み見た。ユカは、本来が
だから、使者殿に聞こえないように、小声で尋ねた。
「ユカ、あの人、誰?」
「天空第七艦隊群、
あっ……!
やっと思い当たって、あんぐりしそうな口元を覆った。
この人、
ため息を漏らした。
だからって……音楽科の教室にまでやって来るんですか。
それも
私のため息、
「
これは知っていた。
また、ため息をついた。私の廻り、幸せがいっぱい
たった二人だけの天空艦隊として正式な編成表に載っているの。冗談にしか見えないけど、派遣先はティンティウム市、遂行中の作戦名には
たった二人だけでも、規定上は艦隊司令部と同格の扱いだから……やっと気づいた。それで
ううん。正確には……
地理の授業で使う世界地図の巻物みたいに大きい通信筒を抱いて立ち上がった。一応は機密保持のため封印が施されているから、これを開封魔法で開く必要がある。私の体格だと、この通信筒は一抱えもあって、椅子に掛けたままだと無理だった。
でも、立ち上がると、いっそうにみんなの視線を集めた。
えっと、天空艦隊共通の簡易暗号で、今日、
通信筒の端に施された封印の
やっと、フレーズの組み合わせを思い出して、口の中だけで小声で唱えた。
りーんっと、開封を知らせる音色が音楽室に響いた。
ぽんと、蓋を抜いた。
中身は、たっぷり
小首を傾げながら、薄い
天空第七艦隊群の絶対指揮権を帯びているレグル
繰り返すけど、レグル様は、この二年間、私には何も文を送って来てはいない。メートレイア家と同様に
――何か、良くない理由があるに違いないと思った。
――えっ?
ざっと目を通して、レグル
「ゆ、ユカ、お願い、計算尺を貸して」
震える私の声に気づいたユカが、
取り巻く音楽科の生徒たちも、私の顔色が蒼ざめたことに気づいて、ざわめき始めた。
計算尺を滑らして、
あまり楽観視できない数字が出てくる。
深呼吸して、気持ちを落ち着けようとした。
「ペーシオン
続きの言葉を紡ぐことを
もう、
「私の天空船と
「
「お友達に事情を説明する時間に充てます。もう、私、ここでは普通の女の子でいられたのに……」
ペーシオン
「リグル
隣に控えているユカの横顔を
でも、ユカには、私が何に気づいたのか、伝えておかなきゃいけない。
ユカを招き寄せて、耳たぶに息を吹きかけた。
「面倒な
第七艦隊群は、
「ここって……?」
ユカは戸惑って聞き返した。
私は、窓を
「学校のお隣。ティンティウム大聖堂にある
ユカは驚いて口元を被った。
他の生徒が大勢見てるから、人差し指を口元に当てて、内緒と合図した。ごめんとささやいて驚かせたことを詫びた。とある事情で……
私は、忘れていたはずの天空艦隊や
この世界には、まだたくさん、
世界を護る役目を持つ
幼かった私が、二年前に帝都で
アルカに質問責めにされたのは、このすぐ後だった。音楽室で騒ぎが起きたことを聞きつけて、アルカはペーシオン
アルカとすれ違う瞬間、ぺーシオン
アルカが授業を受けていたのは、
「さっきの天空騎士は誰? 何を話しに来たの?」
アルカは息を弾ませたまま、声をあげた。
「その資料は何よ? それに、さっき……『私の天空船と
答える言葉が見つからなかった。
ずっと一緒の部屋に暮らしていたのに、アルカには私が
いつも三人で一緒に寝起きしていたのに、食事もお風呂も街歩きも一緒だったのに――私の過去のことは、私とユカのふたりだけの秘密にしていたの。
名もない貧乏貴族の娘って偽っていた。
「
アルカの声が泣きそうに震えた。我慢できなくて声をあげた。
「ちがう、違うことなんてない……」
「違うでしょ! ふたりだけで秘密にして、私を置き去りにして」
私とアルカの間で、ユカがおろおろしていた。でも、止まらない。
「ちがうの!」
「――大事なことはちゃんと話してよ!」
後は、ごめんなさい。
気が付いたら、
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