#002 赤猫通駅、迎えに来てくれたユカとアルカに
それから、今度は抜け道を通らずガス燈で華やぐ大通りを引き返した。
「
私と背格好が同じくらいの少女が、息を弾ませて駆け寄って来た。栗色の髪がガス燈に照らされて、艶やかに揺れていた。
「鈴猫のクッキーをお買い求めでしたら、私にお言い付けて下されば……」
「ユカ、ごめんなさい。でも、これは私の決心のためだから」
大きな紙袋をぎゅっと抱きしめた。
ユカも制服姿だった。きっと、私のこと、着替える間もなく、ずっと、探していたんだ。気づいたら、ユカのことが愛おしくて切なくなった。
この栗色の髪の少女、ユカ・ティア・テューは、二年前、帝都にいた時に私付きになった
ユカは、ずっと側にいてくれた。だから、声色だけで私の気持ちを解ってくれる。
「
「アルカ、ごめんなさい……」
バツが悪すぎて、紙袋を抱いたまま小声でつぶやいた。
「当然でしょっ! あんな顔で泣きながら飛び出されたら、心配しない方がどうかしてる」
もうひとりの私の親友、赤い髪の少女、アルカ・ミルグランセンは、地元育ちだった。ティンティウム市内
私、ユカ、アルカの三人で、学生寮ではひとつの部屋に棲んでいたの。
「何よ、それ?」
アルカは、夜風の中に甘く香ばしい焼きたてクッキーの匂いが混じっていることに気づいて、私が大事そうに抱く大きな紙袋を
「ずっと、名前のこと隠していてごめんなさい。だから……皆で食べながら私のこと、話そうと思って……」
アルカは、ため息をついて見せた。
「二年近くも一緒の部屋に住んでいるのよ。あたしが気づいていないと思っていたの?」
クッキーの匂いの中で小さく首を竦めた。
言われて気づいた。アルカの家は
でも、私が話すのを二年近くも待っていたんだ。
「……ごめんなさい」
「
ほんの少しだけ混じった怒りを隠した声が呼んだ。
トラムが通り過ぎる車輪の音、車窓から零れる光の中で、パンと頬を打つ音が微かにした。
◇ ◇
ガス燈が照らすアルカの横顔は、泣きそうだった。ユカは、静かに寄り添ってくれる。
トラムが通り過ぎると、急に静かになった。
アルカが黙ってしまう。私も打たれた頬の暖かさでアルカの気持ちが解ったから、もう言葉はいらなかった。
――ずっと三人で一緒、親友だよって、約束していた。守れない約束だと知っていた。
でも、それは、約束じゃなくって願い事だったんだと、今更に思った。
学校を卒業してしまえば、アルカとはもう会えない。
こんなに私のことを想ってくれるアルカと別れる時が来ることなんて考えたくなかった。だから、ずっと一緒にいたくて嘘をついて、メートレイア
だから、ごめんなさいと言葉にしてしまった。私はアルカに叱られたかったの。甘えだって解っているけど、それでも、望まずにはいられなかった。だって、こんなにも一生懸命に私を叱ってくれる人はいない。
ユカは、きっと、アルカに心の中で感謝していると思う。私が望んでいても、ユカには出来ないことを、アルカは代わりにしてくれるから。
次のトラムに三人で乗った。
かたん、かたんと、
もう、夕食時間を過ぎていて、三人ともお腹が空いていた。私、いっぱいクッキーを抱いていたけど、これは学生寮に帰り着くまで袋を開けないって決めていた。
アルカに打たれた頬は不思議と痛くない。
同じ学年なのに、私にとってアルカの傍は、まるで姉の隣に座っているかのように安心できる場所だった。
アルカは、私が秘密にしていたことを怒ったわけじゃなかった。「ごめんなさい」という言葉を私が口にしたから、叱ってくれたの。
アルカと私は、ごめんなさいって言葉を言わないって約束していたから。叩いてもらわないと、私の「ごめんなさい」が止まらないって、アルカは知っているから……
上手に叱ってくれるアルカが、迎えに来てくれて嬉しかった。だから、アルカの横顔に、心の中だけで「ありがとう」とつぶやいた。
かたん、かたん……
車窓の向こうを街の灯が流れていた。ティンティウム市は、世界最大の
もちろん、帝都にも
だけど……北部高原にある帝都では、冬のお祭りは、本当に雪が降る季節になるから、とにかく寒かった。
帝都は、貴族や騎士、多くの
私は、二年前に負った
ため息をひとつ、甘いお菓子の匂いの中で零した。
ティンティウム市のトラムは、複雑な市街に合わせて、時折に狭い路地を通る。小さな曲がり角を、きつめの半径でちょっと無理をして回るから、がたんがたんと車内が揺れる。
ふと、アルカの赤い髪が、私の頬に触れた。
私の記憶が確かなら、
この世界は、およそ六百年前に
だけど、女神様はもういらっしゃらない。
なのに、六百年以上も過ぎて、肝心の
だから、危険な
だけどね、危険な
だから、私は、
そんな特別な子が、貴族の子女が集まる帝都の学校へ、普通の顔をして通うのはちょっと無理だった。私が気にしなくっても、他の生徒達は私を特別視していた。だから、友達も出来なかった。いつも、お昼はひとり、校庭の隅っこでお弁当を食べていた。
地上の街に来てからは、そんな煩わしいことは、全然なくて幸せだった。
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