天空海戦物語 魔法機環と少女と
天菜真祭
クッキーとガス燈の灯る街角と
#001 鈴猫焼菓子店、幼い法印皇女とクッキーと
#星歴 684年11月 4日
ティンティウム市赤猫東通28番地の
少女は、
曲がりくねった路地裏の石階段を五十セタリーブほど駆け上がった。
そして、お菓子屋さんが集まる
もう
市立芸術学院音楽科の青い制服に、ストールを羽織った姿。小柄な黒髪の少女は、息をついて立ち止まると――胸元から小さな懐中時計をひっぱりだして見詰めた。
それから、白い息を吐く。懐中時計を戻した胸元を押さえてから、また、金色に染まる
少女が向かう先、
◇ ◇
からん、からん……
しっぽに鈴をリボン結びした猫の絵で飾られた扉を開けた。もう、お客さんは誰もいない。お目当てのクッキーの棚もすっかり寂しくなっていた。
「おや、まあ……どうなさいました?」
「あの、お友達と仲直りしたいんです。だから……クッキー、いっぱい、ください」
息を切らして飛び込んで来た私が、そんなことを口走ったから――パティシエさんは、最初ちょっと驚いた顔をした。でも、すぐに泣きそうな私の顔に気づいて、事情を察してくれた。
「今日焼いたクッキーは、おかげ様で売り切れました。生地も残っていません。でも、卵や砂糖、小麦粉はたくさんありますよ」
そして、パティシエさんは優しく微笑んだ。
「お嬢さんは、いつもココアクッキーをお買い上げくださる芸術学院の生徒さんでしたね。お手伝い頂けるなら、ご希望の数のクッキーを焼きましょう」
放課後にお友達と良く買いに来るから、これでも私は、この
息があがっていた胸元を押さえた。
「音楽科二年生、
ぺこりと頭を下げた。
優しい言葉を掛けられたから、内緒にしていたはずのフルネームを思い切って口にした。
パティシエさんは驚いた様子の後に、もっと、優しい微笑みになった。
「帝都からいらっしゃった方だろうとは、薄々気付いておりましたが……」
小さくうなずいて応えた。黒髪に雪肌だから、私が北部地方の出身だってことは隠しようがない。北部には帝国の
数年前から、有名な
この名前は地上の街での居場所を守るために、ずっと、隠していた。
パティシエさんが隠した一瞬の表情は、
閉店後の
小麦粉と砂糖をふるい、牛乳でバターを溶かして……
たくさん作った型抜きクッキーをオーブンで焼く合い間に、お茶も出して頂いた。
「頑張りましたね」
ううんと首を振る。
「ご無理を言って、すみません」
いくら放課後の
それに
毎日、毎日、お気に入りのお店に通っていると――ある日、店主がその
そして、
すると、パティシエさんは白い帽子を脱いで深く頭を下げた。
その意味に気付いて、深呼吸した。
「
これが、ずっと、お友達にも秘密にしていたこと。大人を相手に、メートレイア
「恥かしいから、そういうの、なしにしてください。私、今は、ただの音楽科の生徒にすぎないですから」
そう、名前のとおり。私は
でもね、正直に言うと、重すぎる役目だった。だから、二年前に
だけど、小首を振って黒髪を揺らした。
「このクッキーも、この場所も私のお気に入りです。今日は、勇気が欲しくってここに来ました。お友達に本当のことを言える勇気、もう、一回だけ戦える勇気……それが欲しくて」
ぽつぽつと紡ぐ言葉をパティシエさんは、静かに聴いてくれた。
「わたくしのクッキーが、
もう一回、黒髪を揺らして首を振った。
「ううん。鈴猫のクッキーは女の子、みんなの元気の源と思います。だって、美味しいもの」
それから、
――だから、たとえどんな
焼きたての甘い匂いを詰めた大きな紙袋を抱いて、扉の前で再び深くお
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