#034 天空第四艦隊群、衝撃戦

♯星歴682年 10月 17日 午前9時22分

  ウルスティア領東部、天空第四艦隊群旗艦グルカントゥース


 高度三千セタリーブ、大気中層を天空第四艦隊群の九隻は、緩いカーブを描きながら、敵妖魔軍船団ようまぐんせんだんへ急接近していた。

天測てんそくより船橋へ、敵船団の詳細映像、取れました」

 旗艦グルカントゥース、その中央マストに位置する天測てんそく室から報告が届いた。直ちに、船橋に詰めた戦術技巧官せんじゅつぎこうかんらは解析機を回した。


「徽章確認、古文書アーカイブへ参照中……」

 古文書アーカイブには、太古から現在までの数多くの天空艦がその主舵しゅだに掲げた徽章を収集整理した識別ファイルがある。既知の妖魔軍船ようまぐんせんであれば、概要や主要な戦歴なども参照可能だった。


「徽章、アーカイブに該当あります。敵は、フェリム第4期 漆黒しっこく本営所属、第三軍船団ぐんせんだん指揮下 第九爆撃艦隊と推測されます」


「……本営艦隊だと?」

 帝都に侵入した機械獣魔きかいじゅうまは、そのあまりに硬い堅牢さから貴姫艦隊きひめかんたい所属である可能性が伝えられていた。少なくとも帝都、天空艦隊てんくうかんたい統合指揮所はその可能性を検討していた。

 だが、いま天空第四艦隊群が対峙しているのは、漆黒しっこく軍本営だと判明した。メートレイア伯爵はくしゃくは首をひねった。


 貴姫艦隊きひめかんたいは、漆黒しっこく軍本営とは対立関係にあると、古文書アーカイブは伝えていた。

 帝都の中と外で、妖魔ようま機械獣魔きかいじゅうま軍船団ぐんせんだんは連携していたのではないのか……?


 少なくとも、セオル筆頭戦術技巧官ひっとうせんじゅつぎこうかんは、帝都に侵入した機械獣魔きかいじゅうまと、直轄領ちょっかつりょう外縁部に現れた妖魔ようま軍船団ぐんせんだんは連携作戦を行っている前提で作戦を立てていた。


 あの彼が、作戦の見立てを誤ることがあるのか?


 これが事実ならば、鬼才と賞賛されるセオル筆頭戦術技巧官ひっとうせんじゅつぎこうかんが、まるで素人のように作戦の前提条件を見間違えたことになる。


 そんなことが、起こりえるのか……?


 しかし、メートレイア伯爵はくしゃくの戸惑い色の思考は、天測技巧官てんそくぎこうかんの声に遮られた。

「敵、妖魔艦隊ようまかんたい、横隊へ陣形を転換開始」

 天空第四艦隊群は目標に急速に接近していた。陽動作戦を継続中だった妖魔軍船団ようまぐんせんだんは対応を強いられたのだ。

呪符じゅふ爆雷戦に移行する模様です」

 戦術技巧官せんじゅつぎこうかんが読み上げる状況図を一瞥して、バルク・イス・メートレイア伯爵はくしゃくは肉食獣の笑みにひげ面を歪めた。

妖魔軍船団ようまぐんせんだん、半包囲陣形に展開する見込み――包囲軸は我が艦隊に対して、0の0。同一高度で正対する位置です」

 戦術技巧官せんじゅつぎこうかんが未来位置の予想を提出した。正対位置で半包囲陣形を組む意図は明確だった。天空第四艦隊群を撃滅できるだけの呪符じゅふ爆雷を搭載しているという自信のあらわれだ。

 対するグルカントゥース率いる天空第四艦隊群は、急遽掻き集めた変則的編成の九隻だけだった。


「なるほど……」

 漆黒妖魔しっこくようまの中でも、本来ならば主力であるはずの漆黒しっこく本営艦隊の練度は、むしろ低いことが知られていた。貴姫艦隊きひめかんたいを相手にした際には、ボロ負けを繰り返した天空艦隊てんくうかんたいだが、漆黒しっこく本営軍はそのかぎりではない。

 現にいま正対している敵軍船団ぐんせんだんは、物量差と魔法力の差だけに頼った力押しをやろうとしていた。これが仮に、伝承が最強と謳う貴姫艦隊きひめかんたいならば、こんな単純な仕掛け方はありえないだろう。


「敵、妖魔軍船団ようまぐんせんだんの全艦船を識別完了、読み上げます」

 リストを手に、往年の筆頭戦術技巧官ひっとうせんじゅつぎこうかんが立ち上がった。


 旗艦、イルスペーレン級 二等支援艦〈ペーレアルム〉


 旗艦直属編成 

  クルックパス級 通報艦 1隻

  ヴァリアント級 巡洋艦 2隻


 右翼編成

  クレイセン級 防御臨撃艦 2隻

  ペルティーム級 呪符じゅふ爆雷投射艦 8隻


 左翼編成

  アズリア級 要撃艦 2隻

  ペルティーム級 呪符じゅふ爆雷投射艦 7隻

 

 「なお、ペルティーム級は標準型及び旧型のみです」

 

 船橋に安堵のため息が誰ともなく漏れた。

 漆黒しっこく貴姫きひめは、漆黒しっこく軍に所属する各種軍船ぐんせん魔法機械騎士まほうきかいきしの改造を、数多く手がけていた。

 ペルティーム級呪符じゅふ爆雷投射艦は、貴姫きひめが改装を施した代表事例として知られていた。もしも、いま正対している敵妖魔艦隊ようまかんたいがすべて貴姫きひめによる改装艦だったら、強気の対応もプライドも、さっさと引っ込めて逃げ出すべきだった。

 標準型ペルティーム級が呪符じゅふ爆雷を6本搭載するのに対して、貴姫きひめ改装型は64本もの呪符じゅふ爆雷を搭載し、かつ同時に運用可能だった。この場合、15隻のペルティーム級から投射を受ける呪符じゅふ爆雷の総数は、最大で960本にもなる。その事態が避けられたのは幸いだった。


 彼我の戦力差を評価し終えた、往年の戦術技巧官せんじゅつぎこうかんはにやけ笑いを隠しながらも、常識的な評価を読みあげた。

「標準型軍船ぐんせん、かつ呪符じゅふ爆雷の充足率が仮に6割としても、50本以上の同時攻撃を受けることなります。当方は急編成のため、防空艦船を随伴していません。爆雷への対抗手段を欠いている状況ですが……」

 バルク・イス・メートレイア伯爵はくしゃくは苦笑いを返した。

「それくらいじゃ負けていい理由にはならんだろう」

 この武闘派天空貴族ぶとうはてんくうきぞくの中では、この状況は困難とは認識されていなかった。あえて言えば、妻が率いる法印皇女船ほういんこうじょせんレアルティアが真後ろにいて、戦いぶりを見られている。そして、娘たちを早く迎えに行かねばならない。それが気にかかることのすべてだった。

 

「速攻で、ぶち破り、突破する」

 

 往年の戦術技巧官せんじゅつぎこうかんは予想どおりの展開に笑った。船橋に詰めた部下たちに、指示を飛ばした。

「船内、全ての防御隔壁を閉鎖」

「安定翼面及び補助帆を格納」

 船体制御を担当する技巧官ぎこうかんらが次々と衝撃戦への手順を進めた。蛍砂けいさ表示管には、旗艦グルカントゥースが、巨大な鉄槌とへ変貌してゆく有様が投影されていた。


 船橋中央に仁王立ちし突撃準備を指揮するメートレイア伯爵はくしゃくの傍らに、白髪の老人が杖を突きながら歩み寄った。メートレイア伯爵はくしゃくが、ぴったりのタイミングに現れた老法符師ほうふしを振り返った。

「カルド祭儀官さいぎかん殿、船体防御を願います」

「うむ」 

 カルド祭儀官さいぎかんは、言葉少なめにうなずいたが、その眼光は研ぎ澄まされていた。


 カルド祭儀官さいぎかんの唱えた土属性の防御魔法〈ドラスの鉄籠目〉が第四艦隊群の全船を包んだ。

 天空帝国法王てんくうていこくほうおうより派遣され、主に艦隊司令部に随行する祭儀官さいぎかんは、司令部では監査役に相当する役目を担っていた。

 番号付き天空艦隊てんくうかんたいは、その管轄区かんかつくの中では絶対指揮権ぜったいしきけんと呼ばれる戦術上のフリーハンドを与えられていた。

 一方、正しき法に則った統治を国是とする天空帝国てんくうていこくにおいては、天空艦隊群てんくうかんたいぐんは完全に自由とはいかない。ゆえに戦略面では天空艦隊てんくうかんたい統合指揮所による相互調整があり、政治面においては祭儀官さいぎかんが、お目付け役として常に艦隊司令部の判断に介在してい

る。

 しかし、老獪な古老が求められる役目はそれだけに留まらない。

 魔法技術においては、師匠の水準にある彼ら祭儀官さいぎかんは、艦隊が高度な魔法を必要とする際には、その要請に応えてきた。

 

 グルカントゥースの後部信号ヤードが瞬いた。

 燭光信号しょっこうしんごう――『旗艦が先行する。各艦は後方にて待機されたい』

 燭光信号しょっこうしんごうは見通しが効く範囲ならば、限られた方向にだけ通信できる。


 メートレイア伯爵はくしゃくは、次に操演台そうえんだいに歩み寄った。ちっちゃな筆頭操演術ひっとうそうえんじゅつ士の少女の栗色の髪に、大きな掌を乗せた。

「あの……? メートレイア伯爵はくしゃく様……?」

 少女が戸惑い声を漏らした。メートレイア伯爵はくしゃくはにやりと悪戯っぽく笑った。

「もうすぐ、ごっつんの面白い戦い方を教えてやるぞ」


 天測技巧官てんそくぎこうかんの声が船橋に響いた。

妖魔軍船団ようまぐんせんだん呪符じゅふ爆雷投射艦を前列に繰り出しました。まもなく、呪符じゅふ爆雷が来ますっ!」

 天測技巧官てんそくぎこうかんの声に、ラティーナの栗色の髪と頭がびくっと反応した。それを見越していたメートレイア伯爵はくしゃくは、幼い天才少女の頭を撫でた。

「風の法符ほうふをたくさん用意。だけど、まだ待つんだ」

  

 天測技巧官てんそくぎこうかんの強ばった声が告げた。

呪符じゅふ爆雷群、投射されました。数は……五十二本です!」

「爆雷群の進路を推定、演算中――」

 船橋中の巨大蛍砂けいさ表示管に緩い弓状に展開した敵艦隊が、一斉に呪符じゅふ爆雷を投射した状況が映し出された。一方、天空第四艦隊群は、旗艦グルカントゥースだけが突出している。

 呪符じゅふ爆雷は、その名のとおり攻撃呪符じゅふを詰め合わせた空飛ぶ攻撃魔法の爆雷だった。六百年前、フェリム第4期、この呪符じゅふ爆雷による大火力が、漆黒しっこく貴姫きひめの猛攻を支える原動力だったと伝えられていた。

 そう、直撃されれば、たった数本でも旗艦グルカントゥースは撃沈される。それほどの大火力を呪符じゅふ爆雷は秘めていた。


 グルカントゥースが備えた魔法機環まほうきかんが、呪符じゅふ爆雷の進路を算出し終えた。

呪符じゅふ爆雷の進路確定――五十二本、すべてが本船を指向しています」

 普通ならば絶体絶命の危機に際しても、武闘派天空貴族ぶとうはてんくうきぞくといわれるメートレイア伯爵はくしゃくは、むしろ愉しそう笑った。

 

「爆雷二十二番から二十八番、左舷より急接近――爆雷が機械詠唱きかいえいしょう、開始――火魔法〈メルディズクの火喰鳥〉です」

「爆雷十四番、十九番、二十番、右舷より――同じく機械詠唱きかいえいしょう、風魔法〈セレンの風切笛〉が来ます」

 天測技巧官てんそくぎこうかんが、敵呪符じゅふ爆雷が次々と発効させた攻撃呪符じゅふの魔方陣を観測し、読み上げた。

 多数の呪符じゅふ爆雷による飽和攻撃、それが漆黒しっこく貴姫きひめ以後に妖魔ようま天空軍船てんくうぐんせんが用いるようになった戦術だった。人と漆黒妖魔しっこくようまとの間には、圧倒的な魔法力の差が存在する。多数の呪符じゅふ爆雷による飽和攻撃という戦術は、人という種族の魔法に対する限界と脆弱さを嘲笑う。


「艦底部からも呪符じゅふ爆雷っ! 包囲されます」

 

 メートレイア伯爵はくしゃくは瞑想の如く目を閉じて佇んだ。至近距離に迫った呪符じゅふ爆雷の軌道を心の音韻おんいんで感じ取る。

 そして――叫んだ。

 

「方位352の俯角2、風魔法〈レーアの羽音羽根〉を多重掛け、十二枚!」

「はいっ!」

 魔法符札まほうふさつの束をその小さな胸元に抱いた少女、ラティーナが黄色い声で応えた。


 その瞬間、巨大なグルカントゥースの船体は、風の翼を十二枚、まとった。 


 亜音速にまで旗艦グルカントゥースの船体が加速された。

 呪符じゅふ爆雷の群れを一気に突き抜けた。


 魔法の多重掛け――ラティーナという天才少女の才能のひとつだった。〈レーアの羽音羽根〉は風魔法としては、ごく汎用的なものに過ぎない。しかし、同時に同一魔法を多重掛けで用いることで、その能力と可能性は飛躍する。量が質に転化するのだ。


 他方、機械詠唱きかいえいしょうされる魔法には、人の心が紡ぐ魔法の音韻おんいんのような柔らかさは存在しない。巨大な破壊の鐘の音は暴力的であるが、プログラムされた戦術しか持ち得ない。

 全ての呪符じゅふ爆雷が、グルカントゥースの船体があったはずの場所に殺到した瞬間を狙い、後ろを振り返ったメートレイア伯爵はくしゃくが声をあげた。


音韻爆雷おんいんばくらい、撃て!」

 グルカントゥースの船体がいるはずの空の一点には、小さな法符ほうふ爆雷がひとつだけ漂っていた。高加速の瞬間、法符ほうふ爆雷を切り離していたのだった。

 妖魔ようま呪符じゅふ爆雷がその瞬間、たったひとつの法符ほうふ爆雷の効果範囲内に集まっていた。呪符じゅふ爆雷のプログラムがグルカントゥースの追撃へ書き換わるよりも早く、その一瞬を狙い――起爆した。


 発熱と冷熱と風と土と光と闇と――相反する様々な魔法の音韻おんいんが、相克し反響し合い、無秩序な不協和音の衝撃波を空中に撒き散らした。


 至近距離で弾けた音韻爆雷おんいんばくらい――魔法音韻まほうおんいんの無秩序な雑音の洪水から守るために、メートレイア伯爵はくしゃくは、ラティーナを包むように抱き寄せて両耳を塞いでいた。

 少女に騎士服の裾をぎゅっと握られたまま、メートレイア伯爵はくしゃくのひげ面が笑った。

 少女ラティーナは、乱れた栗色の髪を振った。


「さあ、我々のターンだ」


 強烈な魔法音韻まほうおんいんの爆音をゼロ距離から浴びた敵呪符じゅふ爆雷は、内蔵した魔法機環まほうきかんが宿す符形ふけいプログラムを破壊された。機能不全に陥った呪符じゅふ爆雷はすでに脅威ではない。


「敵艦隊、呪符じゅふ爆雷の全てを喪失したもよう――呪符じゅふ爆雷投射艦を反転、退却させています」


 メートレイア伯爵はくしゃくは敵艦隊が陣形転換を強いられるこの瞬間を狙っていた。鈍重な呪符じゅふ爆雷投射艦は、爆雷を失ってしまうと、ただのお荷物でしかなくなる。艦隊を守る臨撃艦や要撃艦と展開位置を入れ替わる僅かな間に、妖魔艦隊ようまかんたいには無防備なスキが生まれる。この間が必要だった。なぜならば、衝角しょうかく攻撃を成立させるには、敵艦隊へ、ゼロ距離まで異常接近する必要があるからだ。


「信号旗、無電で各艦へ指示、突撃開始」

 燭光信号しょっこうしんごうと異なり、信号旗と無電はともに妖魔ようま側からも見える通信手段だった。

 後方待機していた八隻が急加速した。

 対抗手段を失った敵軍船団ぐんせんだんへ、衝角しょうかく攻撃という恐怖を与えるために、あえて突撃命令を見せたのだった。


「ガルト筆頭戦術技巧官ひっとうせんじゅつぎこうかん、指揮下の各艦へ目標の割り振りを頼む」

「はっ! こちらはお任せください。伯爵はくしゃくはご随意に衝撃戦をお楽しみください」

 往年の戦術技巧官せんじゅつぎこうかんは芝居かかった仕草で伯爵はくしゃくへ敬礼した。

「任せた、こっちは存分にやらせてもらう」

 

 まだ騎士服の裾を、ちっちゃな筆頭操演術ひっとうそうえんじゅつ士の少女に掴まれたまま、メートレイア伯爵はくしゃくは笑った。

「ラティーナ、ごっつんを教えてやろう。衝角しょうかくを展開せよ」 

 天空第四艦隊群旗艦グルカントゥースの艦首に、巨大な真銀特殊鋼しんぎんとくしゅこう製の衝角しょうかくが出現した。その根元には攻撃法符ほうふを内包した魔法機環まほうきかんがあり、早くも真紅しんく法符ほうふを浮かび上がらせていた。


 天空第四艦隊群は、天空帝国てんくうていこくが誇る突破力の純粋な塊だった。

 高速で天空を疾駆し、情け容赦なく敵艦船の舷側に真銀特殊鋼しんぎんとくしゅこう製の衝角しょうかくを突き刺し、突き破る。もちろん天空艦隊てんくうかんたいなのだから、大砲も充分に搭載していた。しかし、最後に頼れるのは、消して砕けることのない巨大な衝角しょうかくという刃だった。


 しかも、この衝角しょうかくはただ突き刺すだけではない。根元に攻撃法符ほうふを詰め込んだ大型魔法機環まほうきかんを搭載していた。敵艦の内部に突き刺してから、攻撃魔法を直接に敵内部に注入するという、控えめに言っても無理矢理な攻撃方法を彼らは得意技としていた。


「艦首、突撃衝角しょうかくへ魔法法符ほうふ印加いんか――

 一番、〈メルディズクの煉獄矢〉

 二番、〈メルゼルクの熱共振炉〉

 三番、〈ドラスの過重分銅〉

 四番、〈レーアの真空斬撃〉

 各魔法機環まほうきかんへ攻撃法符ほうふ詠唱えいしょうを指示せよ」


 旗艦グルカントゥースを先頭せんとうに天空第四艦隊群の九隻が、全速力での突撃を始めた。その船尾主舵しゅだには、徽章として剣と百合の花が描かれていた。

 敵妖魔艦隊ようまかんたいの陣形転換はまだ終わっていない。呪符じゅふ爆雷を使い果たした呪符じゅふ爆雷投射艦の移動が遅れていた。急接近する天空第四艦隊群への迎撃が間に合わない。


「距離1000セタリーブを切りました。衝撃戦可能範囲に敵艦を捉えました」

 続いて船橋に、甲高い空中衝突警報が鳴り響いた。本来は、空中衝突事故を未然に防ぐために、異常接近した天空船てんくうせんがあると警報が鳴る仕組みだ。衝撃戦をする以上は、衝突警報は何の意味もなさない。

 敵妖魔軍船団が恐慌状態に陥ったことは、見てわかるほどだった。空中衝突事故は、天空船にとって最も恐れられることのひとつだった。その大事故をわざと引き起こそうという衝角攻撃は、通常の天空船乗りの感覚からは、正気の沙汰ではない。しかし、天空第四艦隊群は加速を緩めない。彼らは、その火祭りの常軌を逸した活況と、生贄とを欲しているのだから。


「距離50セタリーブっ! 衝突しますっ!」

 天測技巧官てんそくぎこうかんが声を張りあげた。最初の標的に選ばれた呪符じゅふ爆雷投射艦が、慌てて旋回しているが、遅すぎて、衝撃戦を始めたグルカントゥース相手には止まっているに等しい。


 破壊音。


 衝撃にグルカントゥースの船橋も揺れた。

 だが、メートレイア伯爵はくしゃくは最高の笑みを浮かべた。獲物に鉤爪を立てた瞬間、その肉食獣の至福だ。

 パジャマ姿の小さな少女の栗色の髪を撫でる。

「推進主軸をギアダウン、高トルクモード、メインローター全開っ!」

「はいっ!」

 ラティーナの可愛らしい声が操演球そうえんきゅうを回した。

 グルカントゥースの推進主軸の減速歯車が一番に低いギア比に合わせられた。天空を高速で飛翔する高回転ギアから、巨大な衝撃専用の低速高出力歯車に動力が切り替わる。

「ぶち抜けっ!」

 めきめきっと敵妖魔ようま軍船ぐんせんが軋みをあげた。脆弱な装甲しか持たない呪符じゅふ爆雷投射艦はあっけなく串刺しになる。 

「艦首魔法機環まほうきかん、四番、〈レーアの真空斬撃〉撃てっ!」

 瞬間、風の太刀が妖魔ようま軍船ぐんせんを切り払った。敵船が衝角しょうかくを受けた位置で破断した。

「次、方位120、マイナス12、520――巡洋艦をやる。加速だ」

 声とともに、くるりとラティーナの頭をそちらへ向けた。幼い少女は、まだ、自身では天空船てんくうせん同士の位置関係を組み立てられない。衝角しょうかく攻撃は瞬発力が全てといって言い戦い方だった。乱戦の最中にいて、周囲の敵味方の天空軍船てんくうぐんせんの動きを瞬時に全て読み切る必要がある。メートレイア伯爵はくしゃくはその技量では天空艦隊随一てんくうかんたいずいいちの実力を誇る。


 旗艦グルカントゥースは一度、地表近くまで急降下し、大型天空船てんくうせんにはありえないほどの急速な姿勢変換をした。

「メインローター、リバースっ!」

 メートレイア伯爵はくしゃくの号令が飛ぶ。

 船尾で推進力を発生させる巨大な風車の如きメインローターが、逆回転した。推進主機を反転させて得られた巨大な制動力が、地面に激突しそうな勢いだった船体を急静止させた。

 夢中で操演球そうえんきゅうを操る少女、ラティーナの周囲に無数の魔法符形まほうふけいが舞い散る。

「縦軸方向180度旋回、総員、船体の急激な姿勢変換に注意しろ」

 グルカントゥースの各部で補助ローターが全速回転した。

 パジャマ姿のままだったラティーナが、またも〈レーアの羽音羽根〉を唱えた。

 船首を下に降下していた船体をその場で力任せに上向きに姿勢変換した。

「直上の敵巡洋艦、回避開始しました。方位270……」

 真下からの串刺し攻撃の意図に気づいた敵艦が、慌てて逃げ出した。

「もう遅い、艦首魔法機環まほうきかん、二番、〈メルゼルクの熱共振炉〉 焼き払えっ!」

 船体の動力だけでは足らず、魔法までも投入した操演そうえんは、旗艦グルカントゥースを燃える鋼鉄の槍に変えた。


「次、敵艦隊旗艦を仕留める」

 三度、メートレイア伯爵はくしゃくの号令が飛んだ。ちっちゃなパジャマ姿の少女は、でかい伯爵はくしゃくの手でくるりと回された。

「イルスペーレン級、方位265、同一高度、距離250セタリーブで左旋回中……」

 天測技巧官てんそくぎこうかんが敵旗艦の動きを読み上げる。

「逃げられると思うな、方位250、敵艦よりも小さな半径で回れっ!」

「はいっ!」

 ラティーナの黄色い声が答えた。百合の花を描いた主舵しゅだがいっぱいに切られた。天空第四艦隊群旗艦グルカントゥースの巨大な船体が傾きながら軋みをあげながらも、急旋回した。

「敵艦、方位360、同一高度、距離50セタリーブ」

「追いついたっ!」

 小さな少女ラティーナは自身のした操演そうえんにさえ興奮していた。巨大天空船てんくうせんを本気以上の勢いで振り回したらどうなるのか、初めて体感したのだから。

 メートレイア伯爵はくしゃくが舌なめずりした。標的である敵イルスペーレン級のメインローターと主舵しゅだがすぐそこにある。

「ぶっ潰してやるぜ。艦首魔法機環まほうきかん 三番、〈ドラスの過重分銅〉」

 グルカントゥースの真銀特殊鋼しんぎんとくしゅこう製の衝角しょうかくが触れた途端、敵艦の巨大な主舵しゅだとメインローターが粉微塵に砕け散った。しかし、巨大な鉄槌と化したグルカントゥースは止まらない。そのまま敵艦を船尾から突き刺した。


 耳障りな重い衝撃音が弾けた。


 敵艦の機関部を捕らえた瞬間に、衝角しょうかくに掛けられていた攻撃魔法が破裂した。

 空気が暴力的な鋼鉄の重りに変わる。敵艦が歪な姿に圧し折られてめちゃくくちゃに潰れた。

「敵旗艦を撃破っ!」

 船橋内がどっと沸き立った。

 メートレイア伯爵はくしゃくは片手を振り上げた。艦首魔法機関には、まだひとつ攻撃魔法が残っている……


「あなた、そこまでしておいてくださいな」

 しかし、紅潮の火祭りは、蛍砂けいさ表示管へふいに割り込んだ瑠華法印皇女るかほういんこうじょのあきれ声に遮られた。

法印皇女船ほういんこうじょせんレアルティアです。方位180、同一高度、距離は後方2500セタリーブに接近。まもなく、参戦可能な位置に達します」

 天測技巧官てんそくぎこうかんの報告に、メートレイア伯爵はくしゃくは振り上げた右手をゆっくり降ろした。

「交代の時間か…… もう、一隻、やれると思ったんだが……」

 頑張ったラティーナの栗色の髪を撫でながら、未練がましくぶつぶつ……


 こちらもあきれ顔になった筆頭戦術技巧官ひっとうせんじゅつぎこうかんがリストを手に報告した。

「うちの各艦もそれぞれ衝撃戦を敢行、十隻を撃破しています。そろそろ仕舞の頃合いかと思われますが……」

 そこへ天測技巧官てんそくぎこうかんも報告を重ねた。

「レアルティア、左旋回を開始…… 舷側砲列を使用する模様です」

 法印皇女船ほういんこうじょせんレアルティアは、その両舷側に多数の火砲を備えていた。言うまでもなく衝撃戦はしない種類の艦船である。

「レアルティアより通信、『舷側砲斉射をします。邪魔だから退避願います』とのことですが……」

 通信技巧官ぎこうかんがため息交じり伝えた。


 続いて蛍砂けいさ表示管の中で、深紅しんくの髪の法印皇女ほういんこうじょがちょっと怖い顔で言う。

「あなた、あとはこちらで片づけます。お仕事が済みましたら子供たちのお迎えに行ってください」

 メートレイア伯爵はくしゃくはまだ未練たらたらにため息をついた。


「戦闘終了…… 後片付けを法印皇女船ほういんこうじょせんへ委ねる。本艦隊群は、うちの娘たちの出迎え任務に移行する」


 






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