#035 貴姫付き魔法機械騎士、朝顔の種
#星歴682年 10月 17日 午後11時40分
ファレスティカ門跡
十六夜の月が中天に昇った頃、寒さのあまりストールに包まって凍えて震えていたら――ふいに、ガストーリュが言ったの。
それから、私を乗せた巨大な掌がガストーリュの胸元に寄せられて、同時にずっと固く閉ざされていたガストーリュの胸元、
驚いた。
だって、
ガストーリュは私付きの
もしもの時に、身を挺して私を守れなくなるから。
心の音色が重なるにつれて、ガストーリュの思いが伝わってきたから、私はただ感謝していた。
だけど、ここには誰もいない。焼き払われた過去の時空転移門の跡地。見通しが効くから危険に巻き込まれる心配は、少なくともいまはない。それに、ガストーリュは優しいから、寒くて凍えていた私を見過ごせなかったの。だから、絶対に死守するために私を騎乗させないという、自身の誓いを破ってくれた。ちょっと嬉しかった。
初めてガストーリュの
ずっと幼い頃から絵物語で、漆黒の
座席が空中に浮いていた。その周りを半透明な
「あの……」
戸惑って息をした。座席の上には、青い朝顔の絵をプリントされたクッションが置かれていた。そう、ここはあの漆黒の
どうぞ、新しい朝顔の姫君……
さすがにおしりに敷いてしまうのは恐れ多いから、朝顔の絵が描かれたクッションは膝の上に抱いた。
「
目の前の
ゆっくりガストーリュが歩み出した。
すぐに総ての
◇ ◇
ガストーリュの
やっぱり疲れてたのかな。
ガストーリュの
――夢を見たの。
走馬灯のように。
慌ただしく駆け抜けたあの夏の出会いから、今日までを。
あの盛夏の午後、突然の出会い以来、私はガストーリュに魔法力を与え続けて、
いま、ガストーリュの半分は
修理が進み、打ち砕かれた機械の欠片だったのが、太古の
一昨日、
大丈夫、そばにいて、守り抜きます、と。
そして、
あの時、落ち込んでいた私は、ガストーリュの求めた
漆黒の
希います――いつ、いかなる時も我と共に在らんことを。
心の中だけで言葉にした
私、あの時、独りぼっちだったから、ずっと一緒にいるって約束したいって求められたら、我慢できなかった。
そのあと、
臨時とはいえ小さな
一夜限りだけど、
そして、今は再び、ガストーリュと二人だけになった。
だから、やっと、冷静になって「
「あの、ガストーリュ、私と勝手に
ガストーリュは
答えは数瞬後に返った。
先ほどの
『わたくしを宿す者、「新しい朝顔の種」を守護せよ』
漆黒の
夢の中で静かに佇むガストーリュの声は、まるで感涙を堪えているかのように、震えていた。
そして、気づいたの。
新しい朝顔の姫君と呼ばれた理由に……でもね、私がその名を与えられた本当の意味を理解できるのはもっと後のことだった。
◇ ◇
私とガストーリュの会話が済むのを、夢の傍らで誰かが待っていた。
ゆっくり振り向いて、夢の天幕の端っこに呼び掛けた。
「どちら様でしょうか? 私たちに何か……」
そう声をかけた時、本当はそこにいるのが誰なのか、何となくわかっていた。
ゆらり、ゆらりと漆黒の大きな影が揺れながら歩み出た。
「昨日より帝都アゼリアにてお手合わせを頂いた者、漆黒の軍勢に連なる者、ファランガルトにございます」
太く静かな声だった。昨夜、
黒い影となって揺らぐその姿は、古の武人のシルエットを映していた。
だから、私も深く一礼した。
「
それに、夢の中に一緒に溶けているから伝わってくるの。
この人、
だけど、私が
「この身は、いまは獣魔と化した
「そんな、ファランガルト様、私の魔法はとんでもなく危険で、あなたを壊してしまうことに……」
慌てて、危険過ぎるからできないと断りを言おうとした。こんな風に
「我は武人ゆえに、
知っているの? 私と
六百年も眠り続けた古の漆黒軍の
深呼吸した。
やっと
ガストーリュを振り返った。
私付きになってくれた
「ファランガルト様、謹んでお受けいたします」
何とか笑顔を作れた。
◇ ◇
目が覚めたのは、その直後だった。
ゆっくりガストーリュが歩む足音は、心なしか静かになっていた。眠ってしまった私を起こさないように気を使ってくれたの。それに……
あれ……? 私の魔法の
膝に乗せていたはずのクッションをおしりに敷いていた。それに、
視界の片隅で赤い明滅表示が私の注意を引いた。現在ではあまり使われない古式表意文字が何とか読めた。手を伸ばした。指先が触れた。
口元を覆った。ふいに涙が溢れてきた。泣いてしまった。
「
私が眠っていた間に、入れ替わりに夢の中にいる
胸がちくりとした。
伝説に謳われる漆黒の
誰一人欠くことなく皆で生き残ること、それを目標に掲げていた
たとえ多重防御を抜かれたとしても、その先にはたくさんの予備回路が隠されていた。
魔法による間接防壁、装甲による直接防御、そして手厚い冗長化によるダメージコントロール。六百年前だったら、これに
だけど、ガストーリュはこれで手持ちの防御力を総て使い切ってしまった。
……ごめんなさい。私、あなたを傷つけてばかり。
それなのに。
それなのに、心の中でガストーリュの声が言うの。
いつ、いかなる時も朝顔の姫の笑顔と、ともにあります――と。
ぽろぽろ泣いていたら、ふわっと空中に何か青くて
美しい蒼い水晶ガラス製の球体が、微かな燐光を放つ
「記憶の水晶球……だよね?」
それは、絵物語にしか出てこないもう失われた技術だった。
手を伸ばした。指先が触れた途端、涼やかな声が聞こえた。
「この映像情報を
◇ ◇
桔梗咲きの青い朝顔を模したドレスを纏う
「ファランガルト殿、いま、あなたはどなたの命令に服しておいでですか?」
主である漆黒の
「
応えたのは誠実な武人の太い声。先ほど夢の中でお話しした漆黒の古い騎士の声だった。敬愛する主に刃向かうことになったことを、恐れているかのように、その武人の声が震えていた。
漆黒の
でも、
「私の〈鳥籠〉が
朝顔のドレス姿の
ファランガルト様が唸る声がした。
ファランガルト様は
でもね、久遠に近い時を超えて再開した絶対的な主に、こんなふうに頭を下げてお願いされたら……
武人として葛藤を抱えている様子だった。
「……
「それなら……ごめんなさい。
ファランガルト様の声が急に弾んだ。
「はっ! 喜んでお受け致します」
武人の魂は、主からの命令を待っていたの。六百年前もきっとこんな感じだったのかも知れない。漆黒の
そして、遠い
「いつ、いかなる時も、我らの心は
祝詞の如くに紡いだ武人の声に、ガストーリュもまた心の声を重ねて唱和した。
それは、誓いであり、歌でもある古い漆黒の騎士たちの願い。
漆黒の
いつ、いかなる時も我と共に在らんことを。
たとえ、時の彼方、星の彼岸にあろうとも、
思い願うかぎりは、我と共に在らんことを。
ゆえに、我らは、いつ、いかなる時も、朝顔の姫君の笑顔と共に在り。
我らが朝顔の姫君は、深き深淵、常夜の底にあっても、
朝を諦めぬゆえに、
我らは繋がり、華と咲いて、姫君の笑顔に応えるのみ。
私が見ているのは、記憶の水晶球に込められたガストーリュの記憶。
でもね、それは、私だけじゃなくって……
ふたりの漆黒の武人が唱和する
これが漆黒の
六百年前に私たちの世界守護
だから、あの時、
だから、頑張ろう。
きっと、上手くいくはずっ!
#星歴682年 11月 18日 午前1時30分
アルティナ市跡オアシス湖畔のサライ旅館
月が中天を通り過ぎた真夜中、ゆっくり歩むガストーリュはアルティナ市跡に着いた。オアシス湖の畔に僅かに明かりが見えた。人が住んでいる。それだけでほっとした。もうお腹がすいてフラフラだったもの。
ガストーリュが心の音色で私を呼んだ。同時に
ガストーリュは桟橋の近く湖の畔に
「ユカっ!」
カンテラを提げて駆け寄ってきた栗色の髪を抱きしめた。
「
ユカの声が泣いていた。先にここの場所にたどり着いたユカは冷たい夜風の中、ずっとこんな夜更けまでカンテラを持って、私を待っていたの。
「大丈夫だった?」
腕の中で栗色の髪がうなずく。
「
「私は大丈夫、ガストーリュがいるから。ユカ、こんなに凍えて……」
ほっぺたまで冷たくなっているユカが愛おしくて、ぎゅっと抱きしめた。
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