#035 貴姫付き魔法機械騎士、朝顔の種

 #星歴682年 10月 17日  午後11時40分

  ファレスティカ門跡


 十六夜の月が中天に昇った頃、寒さのあまりストールに包まって凍えて震えていたら――ふいに、ガストーリュが言ったの。


 操演そうえん室へどうぞ、新しい朝顔の姫君……と。


 それから、私を乗せた巨大な掌がガストーリュの胸元に寄せられて、同時にずっと固く閉ざされていたガストーリュの胸元、操演そうえん室の扉が開いた。蒼い月に照らされた真夜中の深い闇の底で、操演そうえん室の中から白い光が漏れていた。


 驚いた。

 だって、機械騎士きかいきしガストーリュはこれまで操演そうえん室には誰も入れようとしなかったの。ウルシル魔法機械まほうきかい工廠こうしょうで修理していた時も、操演そうえん室だけは開かなかった。外部からの開閉コマンドを受け付けないし、ラファル技巧官ぎこうかんは無理にこじ開けたりしないから……そのままになっていたの。


 ガストーリュは私付きの魔法機械騎士まほうきかいきしなのに、私を騎乗させない理由はひとつ。

 もしもの時に、身を挺して私を守れなくなるから。

 心の音色が重なるにつれて、ガストーリュの思いが伝わってきたから、私はただ感謝していた。


 だけど、ここには誰もいない。焼き払われた過去の時空転移門の跡地。見通しが効くから危険に巻き込まれる心配は、少なくともいまはない。それに、ガストーリュは優しいから、寒くて凍えていた私を見過ごせなかったの。だから、絶対に死守するために私を騎乗させないという、自身の誓いを破ってくれた。ちょっと嬉しかった。


 初めてガストーリュの操演そうえん室を目にした私は、そのまま立ち尽くしてしまった。

 ずっと幼い頃から絵物語で、漆黒の貴姫様きひめさまやフェリム第4期の超技術について、聞いたり読んだりしてきたけど……こんなにとは、思わなかった。


 座席が空中に浮いていた。その周りを半透明な蛍砂表示管けいさひょうじかんがたくさん取り囲んでいて、さらに複雑怪奇な機械類への操作系らしい「何か複雑なもの」が天井や壁に並んでいた。

「あの……」

 戸惑って息をした。座席の上には、青い朝顔の絵をプリントされたクッションが置かれていた。そう、ここはあの漆黒の貴姫様きひめさまだけが座ることが出来る場所のはず……


 どうぞ、新しい朝顔の姫君……


 さすがにおしりに敷いてしまうのは恐れ多いから、朝顔の絵が描かれたクッションは膝の上に抱いた。操演そうえんの座席に座ると、操演そうえん室の扉が閉じた。蛍砂表示管けいさひょうじかんが見やすいくらいに、室内照明が抑えられた。


貴姫きひめ先導船との魔韻まいんリンク途絶中。

 魔韻まいん伝達経路〈イポメアリンク〉は閉鎖中」

 目の前の蛍砂表示管けいさひょうじかんに浮いていた文字は、そう読めたけど……その時は、意味は分からなかった。この意味が分かっていたら、後であんなことにならずに済んだのに。

 

 ゆっくりガストーリュが歩み出した。 

 すぐに総ての蛍砂表示管けいさひょうじかんが消えて、操演そうえん室の中は暗く静かになった。


◇  ◇ 


 ガストーリュの操演そうえん室の中は凄く暖かくて安心感でいっぱいだった。低く鼓動のように魔法機環まほうきかんらしい機械音が響いていた。それが気持ち良かった。前夜から徹夜に近い有様だったし、魔法を駆使したせいもあるし、漏斗魔法ろうとまほうで時間を飛んじゃった負荷もあったし……眠ってしまったの。

 やっぱり疲れてたのかな。

 ガストーリュの操演そうえん室に座った途端、緊張が切れてしまった。


 ――夢を見たの。

 走馬灯のように。

 慌ただしく駆け抜けたあの夏の出会いから、今日までを。


 あの盛夏の午後、突然の出会い以来、私はガストーリュに魔法力を与え続けて、魔法機械まほうきかい工廠こうしょう技巧官ぎこうかんたちに手伝われながら、ガストーリュを修理してきた。

 いま、ガストーリュの半分は貴姫様きひめさまの魔法力じゃなくって、私の魔法力でできていた。


 修理が進み、打ち砕かれた機械の欠片だったのが、太古の精悍せいかんな姿を取り戻していくにつれて、私と、眠り続けるガストーリュの魔法音韻まほうおんいんが少しづつ交じり合うようになった。


 一昨日、天空教習艦てんくうきょうしゅうかん「アキアカネ」をぶっつけて落ち込んだ時、ガストーリュは目覚めてすぐ、私を慰めてくれた。私の失敗話を聞いてくれた。寡黙な機械騎士きかいきしだから多くはしゃべらないけど、気持ちが伝わってくるの。

 

 大丈夫、そばにいて、守り抜きます、と。


 そして、盟約めいやく

 あの時、落ち込んでいた私は、ガストーリュの求めた盟約めいやくを受け入れてしまった。居合わせた技巧官ぎこうかんたちは、強力な機械騎士きかいきしが勝手に動き回っていることの恐怖に、すっかり意識が向いてしまい、気が付いていなかったけど――私がしたことは本当はもっと重大なことだった。


 漆黒の貴姫様きひめさまに代わって、私がガストーリュの盟約めいやくの主になってしまったの。


 希います――いつ、いかなる時も我と共に在らんことを。


 心の中だけで言葉にした盟約めいやくの詩編は、有名な御伽噺の中にあるから、帝都のに住む人なら誰でも知っているはず。ガストーリュがその言葉を求めたから、心を持つ機械騎士きかいきしの思いが伝わってきたから、求められたとおりに応えてしまったの。


 私、あの時、独りぼっちだったから、ずっと一緒にいるって約束したいって求められたら、我慢できなかった。


 そのあと、法印皇女ほういんこうじょに任命されて、ユカが侍女官になってくれた。

 臨時とはいえ小さな騎士団きしだんまでも与えられた。

 一夜限りだけど、教導騎士団きょうどうきしだんを始めとする大勢の方々と一緒に戦って、寂しいって気持ちがひと段落した。


 そして、今は再び、ガストーリュと二人だけになった。

 だから、やっと、冷静になって「盟約めいやく」を結んじゃったことにきづいたの。


「あの、ガストーリュ、私と勝手に盟約めいやくを結んで大丈夫だったの?」

 ガストーリュは貴姫様きひめさまを守ることを唯一の命令として与えられた存在のはず。絶対的な主の命令に背くことになるはず。それが心配だった。


 答えは数瞬後に返った。


 先ほどの漏斗魔法ろうとまほうの特殊空間内で貴姫様きひめさまと再会し、新たなご命令を受領いたしました。

『わたくしを宿す者、「新しい朝顔の種」を守護せよ』 

 漆黒の貴姫様きひめさまはそう仰せです。


 夢の中で静かに佇むガストーリュの声は、まるで感涙を堪えているかのように、震えていた。


 そして、気づいたの。

 新しい朝顔の姫君と呼ばれた理由に……でもね、私がその名を与えられた本当の意味を理解できるのはもっと後のことだった。


◇  ◇


 私とガストーリュの会話が済むのを、夢の傍らで誰かが待っていた。

 

 ゆっくり振り向いて、夢の天幕の端っこに呼び掛けた。

「どちら様でしょうか? 私たちに何か……」

 そう声をかけた時、本当はそこにいるのが誰なのか、何となくわかっていた。

 ゆらり、ゆらりと漆黒の大きな影が揺れながら歩み出た。


「昨日より帝都アゼリアにてお手合わせを頂いた者、漆黒の軍勢に連なる者、ファランガルトにございます」

 太く静かな声だった。昨夜、魔法音韻まほうおんいん擾乱じょうらんに乗じて帝都に侵入し、外周運河がいしゅううんが経由で銀雪聖堂ぎんゆきせいどうに攻め入ったあの巨大な機械獣魔きかいじゅうまに宿された者、その声は堂々としていても礼儀正しい。六百年前の貴姫様きひめさまの命令を忠実に守り、帝都に侵攻しながらも、何も壊していない――律儀で誠実な忠臣の言葉だ。

 黒い影となって揺らぐその姿は、古の武人のシルエットを映していた。


 だから、私も深く一礼した。

沙夜さや・イス・メートレイアです。若輩の者ですが、法印皇女ほういんこうじょの任に就いています」

 貴姫様きひめさまから、この武人、ファランガルト様を倒すように求められたことを、どう話そうか迷って言葉を探していた。貴姫様きひめさまを私が夢の中に宿していること、それを教えてもいいのか判断がつかなかった。

 それに、夢の中に一緒に溶けているから伝わってくるの。

 この人、貴姫様きひめさまのこと本当に敬愛している。

 貴姫様きひめさまを宿す私と剣を交えたこと、それは絶対的な主である貴姫様きひめさまに反抗したことに同義ではないかと――それを知らせたら、この武人を傷つけてしまう。そう心配になった。


 だけど、私が逡巡しゅんじゅんしていたら、古の偉丈夫いじょうぶはいうの。

「この身は、いまは獣魔と化した魔法機環まほうきかんの中にあります。朝顔の君におかれましては、お手合わせのうえ、我を打ち破り、法印ほういんを頂きたく存じます」

「そんな、ファランガルト様、私の魔法はとんでもなく危険で、あなたを壊してしまうことに……」

 慌てて、危険過ぎるからできないと断りを言おうとした。こんな風に丁寧ていねいなご挨拶を受けたら、馬鹿力の魔法で焼き払うなんてできない。だけど、武人の言葉に遮られてしまった。

「我は武人ゆえに、貴姫様きひめさまに認められた姫君の力を見たいと存じます。言い添えるならば、この機械獣魔きかいじゅうまと化した姿に囚われている限り、我には安寧の時はないのであります」

 知っているの? 私と貴姫様きひめさまのこと。それに、私の切り札魔法のこと。

 六百年も眠り続けた古の漆黒軍の機械騎士きかいきしは、法印ほういんが解けたとき、機械獣魔きかいじゅうまに変わり果てていた。女神様が六百年前に施した法印ほういんで深く眠り続けていた、その間に武人の魂を宿した魔法機環まほうきかんごと、禍々しい機械獣魔きかいじゅうまに組み込まれてしまったの。

 

 深呼吸した。

 やっと貴姫様きひめさまが「この機械獣魔きかいじゅうまを倒して」と求めた理由が分かった。


 ガストーリュを振り返った。

 私付きになってくれた白亜はくあ機械騎士きかいきし精悍せいかんな姿のまま、心の音色で応えてくれた。


「ファランガルト様、謹んでお受けいたします」

 何とか笑顔を作れた。


◇  ◇


 目が覚めたのは、その直後だった。

 ゆっくりガストーリュが歩む足音は、心なしか静かになっていた。眠ってしまった私を起こさないように気を使ってくれたの。それに…… 魔法機環まほうきかんの音色がほんの少し変化している気がした。


 あれ……? 私の魔法の音韻おんいん……じゃない……そうじゃなくって……!


 操演そうえん室の中に魔法の残響が残っていた。

 膝に乗せていたはずのクッションをおしりに敷いていた。それに、操演そうえん室の中にたくさんの蛍砂表示管けいさひょうじかんが立ち上がって、様々なメンテナンス画面が開いていた。足元にもどこからか引っ張り出したらしいマニュアル類が積みあがっている。


 視界の片隅で赤い明滅表示が私の注意を引いた。現在ではあまり使われない古式表意文字が何とか読めた。手を伸ばした。指先が触れた。


 口元を覆った。ふいに涙が溢れてきた。泣いてしまった。

 

貴姫様きひめさまより緊急補修受領」

 私が眠っていた間に、入れ替わりに夢の中にいる貴姫様きひめさまが出てきて、私の体を使ってガストーリュを急いで修理したらしいの。何となく読める範囲で言うと、ありったけの予備回路を開放して機能回復させたらしい。ガストーリュは巨大な魔法機械騎士まほうきかいきしだから、内部にはかなりの冗長系を隠し持っていた。


 胸がちくりとした。

 伝説に謳われる漆黒の貴姫艦隊きひめかんたいの強さの秘密は、この打たれ強さにあるの。

 誰一人欠くことなく皆で生き残ること、それを目標に掲げていた貴姫艦隊きひめかんたいは、法外なまでに硬い。実際、帝都で交戦した機械獣魔きかいじゅうまファランガルトの防御の厚さは飽きれるほどだった。だけど、貴姫様きひめさまの執拗な防御態勢はそれだけじゃない。

 たとえ多重防御を抜かれたとしても、その先にはたくさんの予備回路が隠されていた。

 魔法による間接防壁、装甲による直接防御、そして手厚い冗長化によるダメージコントロール。六百年前だったら、これに貴姫様きひめさまの戦術や、全艦隊を有機的にリンクする防御陣形が加わるのだから、天空軍が勝てるわけがない。


 だけど、ガストーリュはこれで手持ちの防御力を総て使い切ってしまった。

 貴姫様きひめさまじゃなくって、ダメダメな私を主にしたせいだ。 


 ……ごめんなさい。私、あなたを傷つけてばかり。

 それなのに。


 それなのに、心の中でガストーリュの声が言うの。

 

 いつ、いかなる時も朝顔の姫の笑顔と、ともにあります――と。


 ぽろぽろ泣いていたら、ふわっと空中に何か青くて綺麗きれいな物が浮かびあがった。空気の中から湧きだしたそれは――


 美しい蒼い水晶ガラス製の球体が、微かな燐光を放つ魔法符形まほうふけいを伴い、空中に浮いていた。操演球そうえんきゅうに似ているけど、違う。


「記憶の水晶球……だよね?」

 それは、絵物語にしか出てこないもう失われた技術だった。 


 手を伸ばした。指先が触れた途端、涼やかな声が聞こえた。

「この映像情報を沙夜さやにいつ伝えるのか、あるいは教えないのか、その判断はガストーリュにお任せしますね」


 貴姫様きひめさまの声だった。


◇  ◇


 桔梗咲きの青い朝顔を模したドレスを纏う貴姫様きひめさまが、透明な笑みを浮かべた。微かに瞳が潤んでいる。

「ファランガルト殿、いま、あなたはどなたの命令に服しておいでですか?」

 貴姫様きひめさまの声が機械獣魔きかいじゅうまに問いかけた。漆黒の貴姫きひめの許を離れて行動するあなたは、いま、誰の指揮命令下にあるのかと。

 主である漆黒の貴姫きひめの声は、けして詰問調ではなかったの。むしろ、遠い親友に話しかけるかのように優しくて、再会できたことを喜んでいた。

貴姫様きひめさま、大変に申し訳ありません。いまはまだ申し上げられません」

 応えたのは誠実な武人の太い声。先ほど夢の中でお話しした漆黒の古い騎士の声だった。敬愛する主に刃向かうことになったことを、恐れているかのように、その武人の声が震えていた。


 漆黒の貴姫様きひめさまが、妖魔ようまからも、私たち天空艦隊てんくうかんたい関係者からも尊敬される理由は、誰に対しても敬意をもって接しているからなの。普通ならば、絶対的な盟主に対して反抗するなど、叱責どころの話じゃ済まされない。


 でも、貴姫様きひめさまは叱りつけるなんてことはしない。姿は機械獣魔きかいじゅうまとはいえ、心を持つ者同士として相対していた。

「私の〈鳥籠〉が沙夜さやの中にあることを、ご内密に願えませんか?」

 朝顔のドレス姿の貴姫様きひめさまがゆっくりと頭を下げた。

 ファランガルト様が唸る声がした。

 ファランガルト様は貴姫様きひめさまのことを敬愛してやまない武人だった。だから、貴姫様きひめさまが自身に対してどう接するのかも知っている。

 でもね、久遠に近い時を超えて再開した絶対的な主に、こんなふうに頭を下げてお願いされたら……


 武人として葛藤を抱えている様子だった。

「……貴姫様きひめさま、申し訳ございません。この機械獣魔きかいじゅうまの身体がある限り、与えられた命令に服さねばなりませんゆえに」

 

 貴姫様きひめさまは少し考える仕草の後に、悪戯っぽく微笑した。

「それなら……ごめんなさい。沙夜さやを試したいのです。お相手をお願いできますか」


 ファランガルト様の声が急に弾んだ。  

「はっ! 喜んでお受け致します」

 武人の魂は、主からの命令を待っていたの。六百年前もきっとこんな感じだったのかも知れない。漆黒の貴姫様きひめさまに連なる機械騎士きかいきしたちは、みんな貴姫様きひめさまの言葉を待っていた。


 そして、遠い盟約めいやくへの思いを言葉にした。

「いつ、いかなる時も、我らの心は貴姫様きひめさまの許にあります」


 祝詞の如くに紡いだ武人の声に、ガストーリュもまた心の声を重ねて唱和した。

 それは、誓いであり、歌でもある古い漆黒の騎士たちの願い。


 漆黒の貴姫様きひめさまは希われました。

 いつ、いかなる時も我と共に在らんことを。

 たとえ、時の彼方、星の彼岸にあろうとも、

 思い願うかぎりは、我と共に在らんことを。


 ゆえに、我らは、いつ、いかなる時も、朝顔の姫君の笑顔と共に在り。

 我らが朝顔の姫君は、深き深淵、常夜の底にあっても、

 朝を諦めぬゆえに、

 我らは繋がり、華と咲いて、姫君の笑顔に応えるのみ。



 私が見ているのは、記憶の水晶球に込められたガストーリュの記憶。真銀しんぎん特殊鋼とくしゅこう製の魔法機械騎士まほうきかいきしの目に映った情景のはずだった。なのに、胸がいっぱいになった。もらい泣きかも知れないけど、ふたりの漆黒の騎士たちが誓い合う想いを感じた気がした。


 でもね、それは、私だけじゃなくって……

 ふたりの漆黒の武人が唱和する盟約めいやくの詩編を、漆黒の貴姫様きひめさまは微笑みながら聞いていた。頑張って微笑みを作っているのがわかる。貴姫様きひめさまは泣かないって決めているの。だから、頬をぬらしたまま、透くように笑っていた。



 これが漆黒の貴姫様きひめさま

 六百年前に私たちの世界守護天空艦隊てんくうかんたいを全滅させた、史上最強の妖魔ようまの戦術家の本当の姿だった。

 


 だから、あの時、貴姫様きひめさまは私に新しい魔法を与えて、機械獣魔きかいじゅうま〈ファランガルト〉を倒せと求めたんだ。そうやっと理解できた。

 機械獣魔きかいじゅうまを倒せば、〈鳥籠〉が私の中にあることを、他の漆黒妖魔ようまたちに知られずに済む。そして、法印ほういんを施せば、ファランガルト様を私の許に置くことも出来る。

 だから、頑張ろう。

 きっと、上手くいくはずっ!

 



 #星歴682年 11月 18日  午前1時30分

  アルティナ市跡オアシス湖畔のサライ旅館


 月が中天を通り過ぎた真夜中、ゆっくり歩むガストーリュはアルティナ市跡に着いた。オアシス湖の畔に僅かに明かりが見えた。人が住んでいる。それだけでほっとした。もうお腹がすいてフラフラだったもの。


 ガストーリュが心の音色で私を呼んだ。同時に蛍砂表示管けいさひょうじかんが立ちあがり、湖畔の桟橋にカンテラを掲げて立つ少女の姿を映した。遠目でも誰だかすぐにわかった。それが通知音とともに拡大表示された。古い表音文字で名前が画面に書き添えられた。


 ガストーリュは桟橋の近く湖の畔にひざまづいた。操演そうえん室の扉が開き左手を添えて私を降ろしてくれた。 

「ユカっ!」

 カンテラを提げて駆け寄ってきた栗色の髪を抱きしめた。

沙夜さや様、さやさま……」

 ユカの声が泣いていた。先にここの場所にたどり着いたユカは冷たい夜風の中、ずっとこんな夜更けまでカンテラを持って、私を待っていたの。

「大丈夫だった?」

 腕の中で栗色の髪がうなずく。

沙夜さや様も……」

「私は大丈夫、ガストーリュがいるから。ユカ、こんなに凍えて……」

 ほっぺたまで冷たくなっているユカが愛おしくて、ぎゅっと抱きしめた。

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