転移魔法と機械獣魔と
#023 少女たちの時間と鳩時計
#星歴 684年11月 4日 午後10時00分
ティンティウム市
ぱっぽ、ぱっぽ……
談話室の壁に掛けられた鳩時計が鳴き始めた。小さな白い鳩が、からくり細工の羽根でぱたぱたと羽ばたいた。
すっと、息を吸い込んで、声をあげようとして…… ふいに鳴きだした鳩時計を
「
ユカの声に、少女、
ちょうど、お話は
鳩時計のどこか気の抜けた鳴き声で、我に返ってしまったから、
◇ ◇
クッキーは食いしん坊な女の子たちに
とりあえず、安堵した。
ずっと言いたくても言えなかったことを吐き出したら気が楽になった。
と、思ったら……甘かった。すぐに質問責めにされたの。
地上の街ティンティウム市で生まれ育った女の子たちにとって、
でもね、ティンティウム市から帝都は結構、遠いの。快速の天空客船で航海してもティンティウム市からは気流を逆行することになるから、二週間近くかかる。だから、みんな私が帝都にいた頃のことを話すと言ったら、談話室に集まってくれた。
ずいぶん、話したつもりだったけど、みんなは、まだまだ、聞き足りないみたいだった。
それに、興味関心の方向も様々だった。
そろそろ退散してお布団に潜りたかったのだけど……
最初に口火を切ったのは、寮長で四年生のレーネ先輩だった。
「
他にも何人かうなずいていた。そう言えば、先輩方は
「えっと……
……物凄く厳しいけど。
たどたどしく、取りあえず受けそうなことを口にした。でも、そっちじゃなくってと遮られてしまった。
「
えっ……?
そう言われて気付いて、単純に困った。
メートレイア
どう説明して良いか見当が付かなくって、言葉に詰まっていたら、ユカが進み出た。こういう役回りはユカの方にお任せした方が上手くいく。
「メートレイア
レーネ先輩は残念そうにため息をついた。
「華やかな舞踏会…… 一度で良いから行ってみたいものです。麗しい貴族家の方との
舞踏会という単語が引き金だったらしく、レーネ先輩はうっとりと宙を見あげた。
一方、私とユカは、うんざり気味に顔を見合わせて
「あれは、
「でも、帝国貴族家の
レーネ先輩は絵物語の読み過ぎだとおもう。空想の物語と現実はかなり違うってことを、どう話したら良いのだろう。またも言葉が見つからなくって困っていたら、ユカが少し声を潜めた。ユカは不機嫌になると、こんな風に声を低くする癖がある。でも、これは演技かな? と思った。
「それが政治です。もしも、仮に意中の方がいらっしゃっても、勝手に躍るわけにはいきません。貴族家同士の婚姻は、帝国内の勢力均衡を破る火種になりかねませんから……」
一瞬、レーネ先輩は、はっとなって私とユカを見た。
「えっ…… それは、そうですね……」
それから口元を覆いながら、レーネ先輩までもが声を潜めて、そう理解したと答えた。
ユカは本当に上手だと思った。これ、悲恋物の絵物語にありがちなお約束の筋書きだった。貴族家同士の派閥争いに巻き込まれて、家柄違いの若い
いかにもレーネ先輩が好みそうな説明だった。帝都アゼリア市と、ここティンティム市は三千六百メルトリーブも離れているから、大声でも絶対に聞こえないのに、すっかりユカの演技に引っかかっていた。
ユカは普段が凄く誠実だから、嘘をつくとみんな信じてしまう。
そして、ユカの嘘はいつも私を護るためにある。
――本当は、私の魔法力が化け物だって貴族たちは知っている。まめまめしく舞踏会に通う甘えた貴族のご子息たちは、怖がって近づきもしない。
そうね、もしも、私を本気で怒らせたら、舞踏会の会場なんて、一瞬で焼き払ってしまうかも知れない…… そんな感じで、くわばらくわばらって怖がられていた。
もちろん、さすがにそんなこと絶対にしないけど。
それに、私、全然、踊れないから、私の相手を務める
ユカは、私がこの化け物じみた魔法力を使うことを恐れていた。チビの私には、あまりにも大きすぎる力だから。
だから、嘘をついてごまかしたの。
興味津々で聞きたがる先輩方に、ユカがちょっと怒った顔をしていた。私のことを一生懸命に庇ってくれるのは、ありがたいけど、ユカはちょっと、過敏に反応しすぎかも知れない。
凜としたユカの横顔にちょっとため息をついたら、すぐ横に、ひょこっと、リボンを結んだ、緩い巻き毛が揺れた。
「あの、
今度は一年生、シルファが遠慮がちに声をもらした。
「シルファ、今までどおり、
えっと、この子は一年生で一番に私に懐いてくれたシルファ。少し
シルファは
シルファが魔法を使えないのは、シルファ自身が魔法が使えないと思い込んでいるから。魔法はイメージが大切だから、できないと思うとできなくなっちゃう。
シルファは魔法に凄く憧れているのに、昨日までは教えてあげられなかった。
でもね、今夜は違う。
シルファを呼び寄せて、抱き寄せた。この子はペーファリユの森が出身地で、とても色白だった。北部地方出身の私も雪肌で、南国ティンティウムの紫外線はちょっと苦手だった。でも、シルファはもっと真っ白だった。ゆらゆら揺れる髪までも透き通った白銀色だった。
「シルファは、風魔法も水も土も使えるよ。本当は
これは嘘じゃなかった。でもね、
「うそ……」
ここまでは、四月にシルファたち一年生が
「嘘じゃないよ……今まで、魔法、教えてあげられなくって、ごめんね」
シルファの自信なさげな言葉を遮って、笑って見せた。
でも、もう秘密の尻尾を間違えて踏んで転ぶ心配はしなくていい。
戦うだけじゃなくって、本当は
私は……だめだめだけどね。
でも、シルファが相手ならば、こんな私でも教えられると感じていた。だって、シルファは本当に才能があるし、それに四月にシルファが入学して以来、ここで半年以上も一緒に暮らしてきた。お料理当番も一緒の班だし、良くお部屋にも遊びに来てくれた。お風呂も一緒のことが多いし……
だから、大丈夫と思った。
魔法はイメージが大切なの。
それでも、最終的には、魔法力の根源は私たち、人の心の中にある。
心の中の〈音色〉が、魔法の根源だった。
だからね、いつも一緒にいて、私のことを慕ってくれるシルファとなら、上手くいくと思うの。
「教えてあげるよ。風魔法でいい?」
シルファが戸惑いがちに小さくうなずく。
やっぱり一番に得意な〈レーアの羽音羽根〉を教えることにした。
抱き寄せて、呪文と言うよりは、風のイメージの言葉の欠片をささやいた。
これは、お母さんが小さな子供に初めて魔法を教えてあげる時のやり方なの。
例えば、風魔法だったらね――
そよ風、暖かい春風、湿った雨風、暴風雨の最中の風、乾いた秋風、凍てついた雪風…… 優しい風、怖い風、色々な風を描いた絵本と、幼い子を一緒にお膝に載せて、ゆらゆらしながら、風魔法のイメージを教えていく。
私も風魔法が得意になったのは、きっと、お母さんがこうして教えてくれたから、かなぁ?
私、チビだから、お膝は無理だけど、シルファを抱き寄せてたっぷりと風のイメージの言葉や詩片をささやいて、それから私も風魔法を途中まで心の中で唱えた。
そして、
招き寄せて、ぎゅっと抱きしめたシルファと唇を重ね合った。
驚いた様子で瞳がどんぐり眼になったシルファに向けて、しーっと、唇の前に一本指を立てて、静かにと合図した。
残りの詩文をシルファの耳たぶに吹きかけて教えた。
声に出してごらん。きっと、上手くいくよ。そう、表情に出して伝えた。
シルファが、こくんとうなずいた。
「れ、〈レーアの羽音羽根っ!〉」
黄色い震え声が、魔法の鍵となる
とたん、
「……す、すごい。凄い、です。
びっくり眼のシルファに、えへへと笑い返した。
「これがシルファの実力のほんのひと欠片だよ。練習したら、もっと凄くなれるよ」
「魔法って、口移しで教える物なんですか?」
今度は、ロズリナ。シルファと同じく一年生。私とシルファが魔法を口移ししたのを見て、すっかり頬を赤らめていた。
恥ずかしいから、あんまり意識しないで欲しいのだけど。
「本当は、お母さんとちっちゃい子供でこうします」
でも、シルファは地上の街に住んでいたから、たまたま今まで最初の魔法を教えてもらう機会がなかっただけだもの。
「そうなんだ……」
ロズリナの声のトーンが下がった。ちょっとがっかりしたような下がり方だった。
「恋人同士とか、学校の先生と生徒の間とかでも、こんな風にするのかと思ったのに……」
私とユカは、反射的に「ない。ない」と首を振ってしまった。
えっと、恥ずかしいから条件反射みたいに、「ない」って答えてしまったけど、私、ユカとも魔法の口移しをしたことがある。私が使えない水魔法だけど、ユカは大得意なの。どうしても水魔法の
それにね、
そうね、鉄棒の逆上がりができない子に、親が付き添って抱き支えて廻してあげる、あんな感じと同じね。
でも、
魔法を唱えて口づけを交わすと、相手はその魔法を直ちに使えるようになってしまう。
たったそれだけのことで、魔法の
それは〈
誘惑されて、うっかりキスをしたら、悪い
盛大に談話室の中がひっくり返ったのに、レーネ先輩は全然、気付いていなかった。談話室の中をこんなにしたら、寮長であるレーネ先輩に怒られると思ったのだけど、その心配はなさそう。もっと別のことは心配だけど。
レーネ先輩はそんな絵物語をお部屋の中、レースが掛けられた
うろ覚えだけど、帝都中区桜通にある国立公文書館の古文書アーカイブ、あの開架書庫には悲恋物ばっかり集めたライブラリがあった…… はず。
えっと、〈
私には理解出来ないお話ばっかりだけど。
お話について行けないから、私、お弁当の時間は校庭の隅っこでひとりで食べてた。ユカが来てくれるまでは、私、本当にひとりぼっちだった。
だって、イバラの垣根や
そんな面倒くさいものなんて、私だったら〈メルディズクの
ふと、アルカの様子が気になった。
いつもは、私とユカとアルカで一緒なのに、アルカは私の視界に入ることを避けて、談話室の隅っこで雑誌を読んでいた。
帝都にいた頃のお話は、アルカにとって少し辛いと思う。自分の居場所がないのは、イヤだよね。でも、ごめんね。もう少しお話が進んだら、私、アルカのこと大好きだって話せると思うから。
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