#022 急襲、魔法機械騎士へ法符魔法を



♯星歴682年 10月 17日 午前6時20分

  アゼリア市北区銀雪聖堂 東庭園上空



 ガストーリュ、始めるよ。


 心の中で呼び掛けた。

 それから、飛竜が羽ばたく風の中で後ろを振り返った。

「ユカ、燭光信号しょくこうしんごうをお願い」

「はいっ!」

 ユカは手綱を操りながら、飛竜の脇腹に吊るした籠から燭光信号器しょくこうしんごうきの筒を引っ張りあげた。それから法王宮殿で急ぎ用意してもらった文書番号簿に記録を取った。夜明け前の薄紫色の星空をゆく天空揚陸艦へ、燭光信号器しょくこうしんごうきを向けた。

 

 応えはまもなく返った。天空揚陸艦パレイベルの黒いシルエットにチカチカと光の明滅のメッセージが瞬いた。

沙夜さや様、ガストーリュ様が蒸気投射管へ移動されました。まもなく……」

 ガストーリュはしゃべらない。誰も騎乗しないまま自身の意思で行動する。そして、指示できるのは私の心の中の声だけ。他の人の指示は通らない。

 燭光信号しょくこうしんごうでラファル技巧官たちに連絡すると同時に、心の中でガストーリュに呼び掛けた。天空揚陸艦の船腹の中でひとつのことをする準備が、だけど別々に動いていた。

 だから、ガストーリュが蒸気投射管へ移動したら、それが作戦開始の合図と決めていた。


 頭上で蒸気の塊が弾ける爆音が轟いた。

魔法機械騎士まほうきかいきしガストーリュ様、投射されました。目標座標は、320の2000のマイナス5。銀雪聖堂ぎんゆきせいどう、東庭園です」

 ユカが読みあげたのは、天空船てんくうせんバレイベルを基準にした見通し系座標だった。

 空を見あげてバレイベルを確認した。同時に蒸気の筋をまといながらガストーリュが降って来た。


 ぶっつけ本番でも、何とかできる自信が一応、あった。「できるっ!」って、思うことにした。

「ユカ、もう少し寄せてっ!」

 ユカには言葉で、ガストーリュには心の中で、それぞれに指示した。私の魔法力が届く半径の中を、ガストーリュが降下しながら通るようにした。

 空を見上げながら、ユカが手綱を操った。ぱさりぱさりと、飛竜が円を描くように羽ばたいた。

 瞳を閉じた。


 ――来たっ!


 蒸気投射管から撃ち出されたガストーリュは、巨大な鋼製の剣を両手持ちに携えながらも、空中姿勢を正確に保っていた。

 私の魔法が届く範囲は、この頃は半径百二十セタリーブくらいしかなかった。だから、必死に心の中で魔法を唱えた。

 この空中を降下する僅かな時間の間に、ガストーリュを一気に全力稼働の状態に引きあげた。さらに、妖魔ようまが展開した防壁を破るために、私の魔法機械騎士を護るために、その白亜の体躯と携えた剣に魔力を付与した。

 妖魔ようまに警戒や対応する隙を与えないために、私の許を通り過ぎる一瞬で全てを済ませた。


 先ほど、天空揚陸艦パレイベルで天空騎士たちから掻き集めてもらった、魔法符札の五分の一を使った。


 土魔法〈ドラスの鉄籠目てつかごめ

 鋼鉄で編まれた籠とその中に匿われたうさぎの絵が描かれた土魔法のカード。打撃と雷撃に対する防御を引きあげる魔法だった。


 水魔法〈カトレの水晶壁〉

 透明な水晶の結晶を六つ組み合わせた鉄壁の防壁。剣による斬撃や火魔法による焼却攻撃を防ぐ。私が使える数少ない水系統の魔法だった。


 風魔法〈カナムカナムの全音休符ぜんおんきゅうふ

 これは音響攻撃を防ぐ魔法。真銀特殊鋼は硬くて粘り強くて頑丈だけど、特殊な音響を使う共振攻撃には脆いの。機械内部で共鳴破壊が起きないように、危険な周波数帯の音響を止める魔法だった。

 真銀機械にはお約束みたいな守護魔法だけど、もう一回、余計に掛けた。きっと、妖魔の機械獣魔も、全音休符魔法を多重掛けしているはずだからね。


 火魔法〈メルディズクの火喰鳥ひくいどり

 鋼鉄の剣に掛ける攻撃強化魔法。ラファル技巧官は、ガストーリュ向けには特に上出来の剣を用意してくれた。でも、機械獣魔が面倒な冷雷魔法を使うのなら、対抗上も火魔法は必要と思った。


 次々と魔法符札を投げた。

 全力で魔法を使った。

 ごめんなさいって、何度も心の中で繰り返した。

 申し訳ないけど、貸して頂いた魔法符札が使うたびに、蒼白く燃えあがった。勝つため、ガストーリュを護るためだけど、私は大切な魔法符札を焼き切れるまで完全に使い切ってしまった。


 ガストーリューが轟音と水蒸気の白煙を伴いながら、私とユカを乗せた飛竜が宙に描く輪を通り抜けた。


 私の手にはもう一枚、魔法符札が残っていた。

 ユカはすぐに飛竜を翻して、ガストーリュを追いかけてくれた。

 逆さ落としのように飛竜が舞った。

 ちょっと怖かったけど、ユカを信じた。


 そして、最後の一枚は、祈るような気持ちで用意した。


 風魔法〈テムテムカムナの鈴虫〉

 これが、真銀特殊鋼の天敵。音響共鳴破壊魔法。人の可聴域を超える超高周波を浴びせて真銀特殊鋼に含まれる真銀を破壊して、ただの鉄の塊に変えてしまう厄介な呪符だった。

 たくさんの四分音符をまとう可愛らしい鈴虫の絵が、ちょっとだけ、お気に入りだった。カードの絵柄は可愛いのに…… もしも、やられた時の被害は大変なものになるの。


 使った理由は、攻撃ではなく、防御向けだった。

 全身が真銀特殊鋼製の魔法機械騎士ガストーリュを繰り出したら、隙あらば妖魔はこの鈴虫攻撃を仕掛けてくるはずと思った。妖魔の機械獣魔に切り結んだ瞬間を狙われて、これを至近距離で浴びると、最悪、バラバラにされてしまう。

 フェリム第4期に属する強力無比な機械獣魔を相手にするんだから、全音休符の多重掛けでも心配だった。全音休符魔法を抜かれたら、その先にあるガストーリュは病みあがりで無理をしている状態だった。

 真銀特殊鋼にとって天敵、鈴虫攻撃を受けたら、まさかの全破壊もあると覚悟した。だから、こっちも同じ〈テムテムカムナの鈴虫〉を打ち返して、相殺するつもりだった。

 ……逆位相の鈴虫をとっさに使える自信は、なかったけど、もしものときはやるしかないと思った。

 それにね、「準備しているぞ」って、ポーズを見せるだけでも、機械獣魔への牽制になって欲しいと願った。

 

 こんなにたくさん魔法を使った理由は、簡単だった。

 奇襲じゃなくて、急襲きゅうしゅうを考えたの。

 妖魔ようまの機械魔獣にこちらの意図を悟られないようにする努力よりも、十分な魔法をガストーリュに与えることを優先した。無駄に奇襲に拘るのは弱者の論理だっていうのが、メートレイア伯爵家の一家言いっかげんなの。自己満足な小細工をしている暇があるなら、相手が備えていようが、壁を築いていようが、問答無用に押し通る確実な力を用意しなさいって教えられてきた。

 至近距離で大きな魔法力を使えば、当然、妖魔ようまに気づかれる。でも、妖魔ようまが対応に動くよりも早く攻め切ってしまえば、勝てるはず。万全にはほど遠いガストーリュを振り回すのだから、準備を調えたうえでの短期決戦を目指した。

 ユカは飛竜を駆って、ガストーリュを追いかけてくれた。おかげで何とか予定していた魔法の全部をガストーリュに与えることができた。


 ガストーリュが降下した場所は銀雪聖堂ぎんゆきせいどうの東庭園にある鐘楼の陰。無防備な着地の瞬間を庇うには良いけど、少し遠すぎた。風に流されたのかも知れない。

教導騎士団きょうどうきしだん、西側から突撃しました」

 ユカが状況を整理して背中越しに伝えてくれる。さすが教導騎士団きょうどうきしだん。不慣れな私たちとの連携を取るために、彼らはこっちの動きを見て判断し、勝手に合わせてくれた。悔しいけど、確かに合理的だった。だって、私やユカは初心者だから、作戦を練ったとしても、実際には作戦どおりに動けるとは限らない。

 巨大な妖魔ようまを挟んだ向こう側で、教導騎士団きょうどうきしだんが猛烈な突撃を敢行した。

「ガストーリュ、お願いっ!」

 私が口にするよりも早く、白亜はくあ魔法機械騎士まほうきかいきしは鋼鉄製の剣を抜き払い、地響きを立てて風の如く突進した。

 ガストーリュの動きに呼応して、教導騎士団きょうどうきしだん機械騎士きかいきしたちは獣魔機械じゅうまきかいの注意を引き付けてくれた。至近距離から攻撃こうげき魔法を放ち、携えた剣で禍々しいシルエットに斬り付けた。硬質な金属音が耳障りに弾けて、火花が迸った。

 猛烈に突進するガストーリュの大きな背中を飛竜で追い駆けた。私の魔法が届く範囲からガストーリュがはみ出さないように、ユカは飛竜を地面すれすれの高度で矢のように飛ばした。


 ウエストポーチから、さらに魔法符札を取り出した。これはパレイベルに乗り組んだ天空騎士や操演術士たちにとって大切なもの。その借り物の魔法符札をどんどん消費してしまうのは、本当に辛かった。わたしの魔法力は悪い意味でも馬鹿力なの。


 たくさんの金銀色の鈴で飾られた、綿毛のようにふわふわな羽根のカードに微かに唇を触れさせた。魔法は祈りだと思うの。

 この風魔法が私が一番に得意な魔法。

 色々なことができる風の魔法を、ガストーリュを応援するために用意した。


 機械獣魔きかいじゅうまがこちらに対応した。火炎系の呪符じゅふを展開し、〈メルディズクの煉獄矢〉に酷似こくじした攻撃こうげき魔法を放った。

 ガストーリュは、わずかな間に垣間見たユカの技量を高く評価したらしい。妖魔ようまの機械が放った魔法の矢をかわした。もしも私に危険が及ぶと判断したのなら、ガストーリュは自らみずから敵の放つ攻撃こうげき魔法に当たりに行く。かわしたのは、ユカがきっちり敵の魔法攻撃こうげきを避けると評価したためだった。

「やあっ!」

 ユカの黄色いかけ声が飛んだ。その瞬間、地面付近で飛竜が一回転した。間近を真っ赤に熱を放つ呪符じゅふ球が過ぎった。

沙夜さや様っ!」

 ユカの声が、カウンター攻撃こうげきへ入るタイミングを教えてくれた。待機させていた風魔法を発動させた。高周波の振動が空気を振るわせた。

「〈レーアの羽音羽根〉っ!」

 白亜はくあ魔法機械騎士まほうきかいきしが亜音速で突進した。情報と運搬を司る風魔法の波動が、白亜はくあ魔法機械騎士まほうきかいきしを文字通りに疾風に変えた。

 たとえ機械獣魔きかいじゅうまが強力な虚数魔法の鎧を被っていようとも、音速を超えた剣を防ぐことはできない。いくら虚数魔法だっていっても、鋼鉄の剣が冷雷の効果に食べられてしまうまでには、百分の数秒は必要なはずだった。鋼鉄の剣が魔法に侵食される前に、音速越えの剣で機械獣魔きかいじゅうまを貫けばいいはずだった。

 

 教導騎士団きょうどうきしだんとガストーリュとが同時に機械獣魔きかいじゅうまに剣を突き立てた。獣魔じゅうま教導騎士団きょうどうきしだん機械騎士きかいきしに向いていた。ガストーリュは背後から獣魔じゅうまの巨大な背中に亜音速の剣を真っ直ぐ突き刺していた。

 一瞬だけ、仕留めたと思った。でも、すぐに違うと気づいた。

 妖魔ようまは、背中から切りつけたガストーリュに盾だけを向けていた。ガストーリュの剣は盾ごと妖魔ようまの背中を貫いていた。でも、浅い。

 カウンター攻撃こうげきのタイミングは完璧だった。ガストーリュの突きは、盾を貫き正確に機械獣魔きかいじゅうまの背中から、その心臓部を捉えていた。

 教導騎士団きょうどうきしだんとの連携も上手くいったと思う。妖魔ようま機械獣魔きかいじゅうまは確かに陽動に乗せられていた。

 でも、剣が保たなかった。

 ガストーリュは自身の剣を失っていた。本来ならば、おそらく真銀特殊鋼しんぎんとくしゅこうの大剣を帯びていたはず。だから、教導騎士団きょうどうきしだんから鋼製の剣を貸し与えられていた。だけど、その鋼鉄の剣が、ガストーリュの猛烈な突きと、機械獣魔きかいじゅうまの頑強な装甲外骨格とのせめぎ合いに耐えられなかった。

 赤く熱を帯びて焼けただれた剣が、硬すぎる機械獣魔きかいじゅうまの外骨格に弾かれて曲がっていた。ガストーリュの優れた剣技は、融けかけた剣を半ば無理矢理に、機械獣魔きかいじゅうまの背中を覆う鱗状の装甲の隙間にねじ込んでいた。でも、切っ先は間違いなく壊れたはず。

 剣の切っ先が融けてしまった以上、これ以上は戦えない。

「こちら、沙夜法印皇女さやほういんこうじょ隊。失敗です。剣が壊れました。作戦継続不能……繰り返します。失敗です」

 ユカの声は悲鳴に近い。


 恐竜を思わせるシルエットが停止していたのは、僅かな時間だった。ガストーリュの音速を超える突きは、機械獣魔きかいじゅうま魔法機環まほうきかんに少なからず衝撃を与えていた。呪符じゅふで編まれたプログラムの一部が一時的に飛んだのだと思う。

 でも、妖魔ようま機械獣魔きかいじゅうまはすぐにダメージから復帰した。この機会を逃さず、教導騎士団きょうどうきしだん機械騎士きかいきしが繰り出した長槍を甲羅だらけの腕で防いだ。

 そして、ガストーリュへ振り返った。


 私の反射的な判断は、ガストーリュを庇うことだった。

 土魔法〈ドラスの鉄籠目〉で腕というよりは棍棒に近い殴打を防ぎ、剣を手放して、ガストーリュを後退させた。刺違えたなら仕留められたかも知れない。でも、できなかった。

「ガストーリュ、下がってくださいっ!」

 ユカにも機械獣魔きかいじゅうまから距離を取るように指示した。

 

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